故にやり取りは冒頭に戻る事になる。目覚めた友人は幸いにと言うべきか、ちゃんと指があるヒトの姿のままであった。対して私は明らかに違いつつある姿をしていた。ただやり取りは幾らかの嚙み合わなさを伴っていたのは否めない、どうしてこうなったのか、私神も分からないからではあろう。
なんでそんなに進行形とも取れる書き方をするのかとなれば、それはじわじわとその異様さが深まっていったからだろう。即ち、友人からの指摘とご丁寧に持ってこられた手鏡に映る自らの姿を照合すると、目覚めた段階で私は前述の通りに肘から指先にかけてがヒトらしさをすっかり書いていた。長さ自体は特に変わりはないとは言え、底面はそうは広さはないままに長く鋭い円錐形へと変化を遂げていた。
「うーんなんか見覚えがある姿なんだけどな、ほら、えーっと何だっけな」
友人は戸惑いつつも転じた私の腕であった円錐形の何かを突きながら評しつつ、心当たりがある物品の名前を思い出そうと必死になっていた。曰く、それはとてもひんやりしていて金属そのものの質感なのだと。同時に私は返す、指が触れる感覚が明瞭に分かる事を。友人の指が持つぬくもりと合わせて伝わってくると返しつつ、動かせてしまった時には互いに目を見つめあってしばし言葉が途切れたのは言うまでもない。
そう、異様な見た目ではあるがその肘から下に生じた円錐形の部分は私の体と繋がっていて、今や脳みその中でもはっきりと認識してしまえる。要は神経が繋がっている、意志のままに動かせる、その事が分かったが瞬時に返すべき相応しい言葉が見出せない、示せない状態を幾らか継続した後、それをまた打ち破ったのは友人の言葉だった。
「ああ、そうかこれ…まさかだけど、ここ触っても良い?」
「ここ?どこだい?」
「肘の付け根、いやその円錐の何かとのつなぎ目の所。なんか突き出てるんだよね、ほら」
突き出ている、その指摘は確かなものだった。円錐形の金属調の表面から肌色に変わって間もなくの場所、言わば腕を曲げると骨が出っ張る辺りから小さな出っ張りが確かに生じていて、いつの間に、との印象を合わせて抱けてしまえる。
「ひんっ」
「あ、悪い悪い…うん、これも関連したモノじゃないか?ひんやりした感触が同じだし、あれ?大きくなってる、何だよコレ」
「は、はい?大きくって言う前に、ん、あ、目がぐるぐる回ってくる…っ」
友人の指が体を突く度に私は脳みそ、特に前頭葉の辺りが強く締め付けられる様な感覚に襲われた。止めてくれれば良いのにとも思ったが、すぐにそう思う余裕すらなくなっていった。ただ強い痛みが頭蓋に沿う様にこめかみの辺りへと一筋に広がって行き、とても目を開けられる余裕はなくなっていた。その先にあるのは三半規管故に酔いと痛みが途端に押し寄せてきて首の裏が痛くなる。
その痛みは強烈で痺れすら伴い、とても頭を支える余裕はなくなっていき前へ前へと垂れてしまう。ただ耳だけはまともに機能していた、だから友人が何を言っているのか、それだけは明瞭に聞き取れたものだし、脳内に浮かんでいるモヤっとしたイメージがそれによりある程度形を有したモノに転じていく手助けをしてくれたのは違いなかった。
「なんだ、凄い…え、二の腕が短くなって黒くなってくぞ」
そう言われた時、私は円錐形と既になっている肘から先に生じて良く変化を前述の通りに把握していた。それは等間隔に二色を帯びていくもの、白ではなくなる部分は明るいピンクに近い紫色に染まっていき、それは頭の上にも大きな鶏冠状の飾りとなって生じるのも合わせて意識してしまえる。肩にも装飾と思しきものが出来ていた、それは顔に当たる個所を左右から護り隠す様な丸い形状となっていた。
「おいおい、体が小さくなってくし、どうなってんの?顔も歪んでロードバイクのヘルメット…あっそうか、その肘から先、槍だ、それもほら、ファンタジーかなんかに出て来るランスってヤツだよ」
普通、そんな場面に居合わせたらもっと驚愕なり、あるいは恐慌状態に陥るはずだろう。しかしその時の有人はとにかく淡々と、幾らかの抑揚は交えつつも変貌していく私の姿を彼なりに言葉にして伝えてくるのみだった。その中で先に巡らせていた疑問の答えも加えつつ、ある決定的な事を添えてくる。
「へっお、おい足が歪んで丸まって、え、いやなんでこっちに、ちょっとお前の体が一部流れてきて、んぐ、口がアッ!?真っ白だ、んっ」
途端に半ばはイメージ出来、残りは皆目分からなかった。何せもうしばらく私の瞳は完全に閉じられて久しい、ただ脳裏で今、体がどうした変化を遂げつつあるのかイメージ出来てしまえ、友人の言葉がそれを助けてくれていた。
しかし今の調子では友人自身にも何かが起きたのは違いなく、私の体の一部が何らかの作用を果たしたのも違いなかった。ただそれが我が足が軟化して、液体状になるとともに千切れるなり友人の身を襲ったとの事実であったのは後から知った事であった。
とにかく我が身とは切り離されて生じた事である以上、その時は全く浮かべる事が出来なかった。把握も出来なければ推する事もないままに、先ほどまで途切れなく発せられていた友人の声は今や時折、くぐもった呻きしかなくなってしまったのを受け止めつつ、更に強まる苦痛に開いていない瞳へと私はますます力を込めてしまえる。
もしヒトの顔と言えるべきもののままであったならすっかり歪んでいたのは違いなかった。体全体が強い痛みにより姿勢を維持出来ないまま均衡が取れるまで縮み切ったら、途端に意識が苦痛と共に砕け切って何もかもが分からなくなって―ワタシは終わってしまった。ただ最後に過った。ここはワタシの家だっけ、と。
そして間もなく、正しい答えの中に戻れる事を予感して私の意識は途切れた。
「ん、んん…何だ、寝てしまったか…」
起き上がりながら幾らか乱れた服を整えつつボクは大きく体を伸ばす。今いる場所は良くは分からないがどこかの家の中へと上がり込んでしまったのだろう、と床に落ちていた白いシルクハットを手にして被りつつ、ふと気付く。
「おっといけない、ポケモンを出しっぱなしでは他人様の家で迷惑になってしまうね。シュバルゴ、ボールに、お家に帰ろうか」
目の前のソファの上にはポケモンの姿。どうして表に出したのかは分からないがとにかく戻そうと、ポケットから出した空いているモンスターボールをかざしながらつぶやく。
「見た所バトルをしていた訳でもなさそうだし、まぁ良いか、気にしても仕方ない。それよりそろそろノボリ兄さんの消息が何か分からないかなぁ」
恐らくは寝ているのであろうシュバルゴがボールへと収まったのを確かめたら、ボクはとても気持ちが落ち着いたのを実感しては兄さんの事を浮かべてしまう。
何だろう、目を覚ますしばらく前まで凄く動転していた、とにかく落ち着きが無かった環境下にいた様な感覚がある。ただ今はとてもすっきりしていた、そして消息を絶って久しい兄ともどこかで近々に出会えそうな気がする。確証はなくも、何だかそう思え逸ってしまう気持ちを抑えつつその場を後にする彼の名前はクダリと言う。
今は唐突に消息を絶った兄のノボリを探して久しいサブウェイマスターであったポケモントレーナーのひとりである。