静かな秋、異国の秋・後編 冬風 狐作 東方Project二次創作
「しかしどうしてこんな場所に?」
 そんな事を振り返りつつ、駅の周りに広がる住宅街を抜け、ベルリン郊外に良く見られる緑地の中を行く道へと変わった辺りで私は問いかけてしまった。
 何せ不思議で仕方なかったのである、観光客とはおよそ無縁な場所を指定し、かつ到着したらまるで全て分かってると言いたげな足取りで歩んでいく。
 それはおよそ、初めての土地に来たと言う人のそれではない。昨日まではそうした印象は全く抱けてなかったが、先のカフェで目的地を告げられた時からふと抱けていた気持ちが今はすっかり大きくなっていて、ここまで来ると何か化かされていると言うか、そんな心地すら抱けていたのだから。
   対する返答はしばし無言であった、しかし歩調を緩めると共に幾らか語り出してくれる。そう、実に彼女らしく静かに告げてくる内容に私は思わずうなずく事しか出来なかった、と結論だけは先に述べておこう。それは理解出来、しかし時に理解し難い面がないまぜになっていたから、としか言いようがなかった。
 静葉さんは言う、実はこの土地に眠る縁者に会いに来たのです、と。
「縁者?誰か、身内の方でも?」
「身内、かもしれません。ただ、長らく大陸を挟んで合う事が叶わなかった相手であるのは確かな事です」
「あの疫病禍のせいで?」
「それよりもずっと、そうですね…あの大戦の頃に遡ります」
 大戦、最初その響きを上手く漢字に当てはめる事が出来なかったが、ふとはめるのに成功すると次に来たのは一体どういう時間軸で話がされているのだろう、との思いだった。
 ベルリンと大戦となれば、それはふたつしかない。ひとつは第一次、続いては第二次の世界大戦。特に後者においてこの土地は欧州戦線の最終決戦の場となり、それは多くの血が大地を満たしたのは世界史に刻まれているもの。しかし、静葉さんの言う大戦はその後者ではなく前者であった、即ち、第一次世界大戦、1世紀も前に遡る話を彼女は続けた。
「素敵な方でしたよ、ええ、それはもう。山の事を良く知り、私達に対しても実に礼を尽くしてくれる方でした。しかしある時、この土地に渡る事になり、そして帰ってこられなかったのです」
「私達、ですか?」
「ええ、本当は穣子も連れて来られたらよかったのですが季節は季節。収穫を終えた後の肝心な時期に流石に土地を離れる事は出来ません。だから私は独りで、あなたに付き添ってもらう形で来たのです。本当、ありがとうございます」
 様々な情報が次から次へと入ってくる。中でも穣子とは妹の名前だと静葉さんは添えて続ける、本当は自らもこの時期にせねばならない役目があるが、ともそこには重ねられていく。
「幸いと言って良いかは分かりませんが、あの大戦の頃に比べたら暖かくなりましたからね、だから叶ったのです。ただこの辺りは本当はもう染まっていなくてはならないのに、見て下さい?こんなにまだまだ青々としているのはいただけませんね」
「確かにもう晩秋、暦の上では立冬。ここは北ドイツだからよりそうなっているべきなのは確かですね」
 いつの間にか舗装された道路を外れて、轍のある未舗装の道に私達は折れていた、先を行くのは当然、静葉さんである。そして言われるがままに、より言うなら返せる範囲で応じれば応じるほど何だか頭の芯が痺れる様な感覚にとらわれてすらいく。まるで夢を見ている様な、そんな心地であるのは確かだった。
「ええそうですとも、秋は本当に大事な季節。だから本当なら、こう位にならないと、ね?」
 ゆっくりと歩く彼女の肩越しに見える垂れ下がっていた幹から分かれた枝葉、それを見ろと言われた訳ではないが彼女の手が伸びていく様を追って間もなく、私は息を飲んだ。それは正に驚きとの意味合いを多分に含んだもので、思わず足を止めてしまったのは言うまでもない。
「い、今は何を?」
「ああ、失礼しました。そう、この土地のこの気温、この風であるならば、もうこれだけこの葉は本来、鮮やかな色を得ていなければならないのを示しただけです」
「あ、あの何だかさらっと凄い事述べてる気がしましたけど…触れた葉が一瞬で緑から黄色へと転じました、よね?」
「そうですとも、私が変えましたから当然です。驚きました?」
 飄々とした感すらある、いやそれしかもう私は静葉さんの言葉に感じ得なかった。もう唖然とするではとても足りない気持ちを感じつつ、静かにうなずいては更に続く彼女の言葉を待っている私がいた。

 結局、その後はしばし饒舌になっていた静葉さんの口はまた静かなものになった。そして木々生い茂る道を抜けた先にある小さな古びた石塔、その前に到着するなり彼女は深く頭を垂れて何事かをつぶやき始める。
 それはある種のリズムを伴ったもので、先に彼女が言及した「礼を尽くしてくれた方」に関わるものであるのは推測出来た。しかしおよそ雰囲気から、何か詳しく触れるのは不味いと察した私はその様をただひたすらに眺め、そして一連の動作を済ませて戻りましょう、と告げられるまで一言も発せず、唾を飲み込むのすら忌避してしまえたほどだった。
 ただそうしたどこか畏怖を伴う気持ちはそこまで長くは続かなかった、2人して駅に戻るなり不意に覚えた空腹感。それは私も静葉さんも同じくだった様で、互いに察しあったの言うまでもない。そして何か良い場所はご存じですか?との彼女の言葉にうなずいた私はSバーンに乗り込んで、都心部にあるビヤホールへと早速案内してしまった。
 聖と俗の組み合わせが故に、とも言えるのだろうか。ベルリン郊外の小さな駅そばの林の中にある石塔付近で味わったのが聖であるならば、空腹感に誘われて至ったこの都心部に構えるビヤホールは俗の最たるもの。早速ビールに始まり色々と、最初は私のペースで、いつの間にか静葉さんのペースで飲んで食べて、周りのテーブルにいるドイツ人も巻き込んでわいわいとしている内に記憶は途切れて、次に気付いた時はホテルで迎える朝日に包まれている頃だった。
 恐らく、相当な量を飲み食いしたはず。取り敢えず身を整えて、またベッドに転がりつつ振り返ればそこにあるのは妙なまでに突き抜けた爽快感であったのは言うまでもない。そんな内にドアをノックされる、ああ掃除の係が来てしまったか、と確認しながら身を整えてまた街に繰り出し、ふと思った。アレ、誰かと一緒に来たはずだけど、どうしたんだろう、と。

 11月はベルリンにとり歴史が特に大きく動いたのが重なった月。それはドイツ史としても、ではあるがこの大都市だけを切り取ってみても実に重層的、また複合的で様々な反応が今なお惹起されるのは言うまでもない。
 そうした時期故にちなんだ場所を巡るのも、と思いつつも私は気持ちのどこかに、先に抱いた気づきと疑問を強く抱いたままであったもの。
 だからUバーンに乗り、またSバーンへ乗り換えて行きついて適当に地上に出る。そして行きついたシュプレー川河畔の遊歩道にあるベンチに腰かけて空を仰げば、そこには見事に色付いた広葉樹の枝葉が広がっていた。遠くには黒・赤・金の三色旗靡く官庁の姿を望みつつ、大きく息を吐いては異国で迎える秋の風に考えを巡らせて過ごすのだった。


 完
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