切符売りの気付き・後編お稲荷JKたまもちゃん!二次創作 冬風 狐作
「先輩、この場所ってどこか分かります?」
「ん、ああ、それならバスを案内するしかないな、まず系統が…」
 それからも忘れた頃にその場所との関わりは続いた。また幾らか経過した晩、事務所に詰めていた私は窓口に立つ後輩職員からの問い合わせを受けた際におや、と思いつつ先にした通りの案内を脳裏に浮かべつつ返す。
 何故ならそれはあの神社の場所そのものだったのだから、まさかと思いつつ喋る口とは別にチラッと監視カメラのモニター画面へと視線を向ける。確かにそこには問い合わせをしている人の姿があり、しばらくして案内を受けて去っていく姿を見ながら、私は思わず目を細めてうなってしまう。
「あれ、どうしました?スピーカー上がりっぱなしですよ?」
「おっと悪い悪い、切るね」
 後輩からの指摘の声に平静を可能な限り装いつつ、私は受話器を元の場所へと戻した。その時にはもう監視カメラのモニターから姿は消えていたとは言え、去っていく尋ね人のスカートを幾らかめくりあげる様な不自然な塊、何故か瞬時にそれは長い尻尾が垂れている、と私の頭は記憶に残る映像について認識し断定していた。
 一瞬飾りかとも思いたくなり、そうと考えるのが妥当なはずであるのに位置的にそれはない。即ち尻尾であると強く自らに言い聞かせているのを不思議なほど、おかしい位に自らに言い聞かせて納得している内心の内の私がそこにはいたのだった。
 それは先の記憶との結びつきがもたらしたものなのかもしれない、最もまだその時はまた新たな気付きが不意に私自身にもたらされる事には気付いてはいなかった。

 それから幾らかしての仮眠時間、他の職員にお疲れさんと言って仮眠室に籠った私は何だか体が無性にむず痒いのに顔を顰めてしまう。一体全体なんだろうと制服を半ば脱ぎ捨てたら下着一丁、後は室内に併設されてるシャワールームへと足よりも気が逸っている時には腕を幾らか掻いていたのは違いなかった。
 とにかく無性に痒くて仕方ない。それだけが強く意識を支配する中で鏡を前ら下着をまた脱ぎ捨てようとした時、裾を掴みつつ我が身を見ると先に掻いていた箇所、それは左腕であったがその場所が肌色をしていないのに気付ける。そこは2色、黒と白とで色付いていてその全てが毛並みと化していた、不意に憑物が堕ちたかの様に痒みはいずこかへと失せてしまう。
「おやおや、ああそうだったなぁ…うっかりしていた」
 驚きの気持ちはなかった、むしろ軽く舌を出して微笑みを浮かべる。それは愉快さをむしろ強く伴っていたもので、そんな程度に捉えたら下着を脱ぎ去るに合わせて体をぶんぶんと振ってみる。
 それこそ首も胴も、指を組み合わせて大きく伸びをする姿勢で大きく体を振る事しばらく。あれほど感じていた痒みはどこへやらと改めて認識しつつ、今は換気扇に向かう空気の流れがとても良く感じ取れる様になっていたのは全身が毛並みに覆われてからに他ならないと理解していた。そしてもう一息と強く体に力を、特に顔と尻の辺りに意識して入れたなら、それは幾らかの痛みを伴いつつ伸び始める、即ち顎に鼻、耳に背骨と体の主要な、また目立つ部位が骨格ごと周囲を巻き込んで変化していく。
「んんぉ…はぁっ」
 顔は尖り行く、三角形に近い形へと正面から見ても側面から見ても、前者なら二等辺、後者なら直角二等辺、との具合になって開いた口の内からは長い舌と牙の姿が見え、そのおまけと言えそうな大きな三角耳が長くなった髪の内より天を刺す様に現れては横を向いたりしていく様は正に調整している、と言えそうなものだった。
   背骨に込めた力はそれは尾骶骨を本来の機能に戻す為の動きだった、グイっと盛り上がるなり花開く様に一筋から幾重にも分かれる。それは全てが豊かな毛並みを瞬時に纏い長く太く、そして幾らか振られたら大きく垂れる。その先端は床にこそつかなかったがかかとの近くまで垂れていて、大半は漆黒に、そして先端だけは白い尾っぽそのものであった。
 その尾の色合いに倣う様に全身がその通りだった、爪先手先、そして耳の先が白く他は光の加減による陰影の差こそはあれ、深い黒色に染まった毛並みに包まれている。そしてまた大きく身をのけぞらせると胸の辺りの厚みが増す、それは単に毛並みが深みを持っていると言うだけではなかった、乳房がその内に秘められている、それが明らか以外の何物でもない黒狐がそこにはいた。

「おっと人に化けていて久しかったと言うに、こんな時に戻ってしまうとはいけないねぇ…」
 小さい声ながら笑みを伴った響き、深く吐く息と共に漏らしつつ私は鏡を通じて自ら見せびらかす様にその身を晒しながら考えを幾らか巡らせていた。
「ま、深くは考えない方が良いね…確かにあのお社は伏見から勧請されたものであったし、お使いの確か、えーと、そうオサキ、そう尾が裂けてると伝わるが名の由来と伝わる彼女が来たとしても何も不思議はない」
 私自身で思うに声のトーンも変化していた、低さより高さの強まった声は正に女声。もし仮眠室の外にいる正体を知らぬヒトに聞かれたら関心を持たれる事は間違いないものだったろう。何せここはまだまだ男社会との色合いが濃厚なのだから。
「とは言え、伏見の稲荷のお使いとしては大分鈍臭いねぇ。まぁそれだけ私が、まぁ恥ずかしながら正体忘れかける位にしっかりヒトに化けていたからかも知れない。それでもこうも稲荷に関わる者同士で直接接しながら、うん、アレは全く気付いてなかろうね、単なる駅員としか思ってなかろうね」
 とにかく気付かせなかったと言う事にしておこうか、と私は思った。相手も相手なのを踏まえれば強く追及しないに限る、しかし関心は抱き続けよう、そして今度接したならば相手が気付きやすい様に幾らか尻尾を出してあげようか。きっと驚くに違いないね、とシャワールームの壁に寄りかかってニンマリとすればその歯牙がチラッと毛並みの内より姿を見せる。
 そう普段はオスのヒトに化けてはとある都市のターミナル駅に勤めているこの土地に構えて久しい稲荷狐たる彼女はウンウンとうなずいては朝にまた人の前に姿を晒すまで、久々にこの姿で過ごしていようかとまた鏡に映る己が姿に重ねていたのだった。

 とは言えそうした都合良いとも、また虫が良いとも言えてしまえる気持ちとは往々にしてすぐに、となるもの。翌朝、またヒトの姿に化けて戻りつつ何食わぬ顔して、感覚だけは稲荷狐のそれを張らしていた私はおや、と気づいてしまった。
 そう列車を降りて改札に一群となって向かってくる人並みの中に同種の者がいる事に、そしてその名も思い出せてしまった。おやおやと、そちらをじっと見つめていたらあちらも気づいたのが、かき分けてこちらへと向かってくる姿が見える。
 その姿は長身で先の尾裂、もといオサキよりもずっとしっかりした雰囲気を伴うものだった。確か名はテンコと言ったなぁ、と私は思いつつ、あくまでも勤務中である、何より何も知らないヒトに過ぎないとの態でじっとしていると彼女の方から声をかけられた。
「これはこれは、こんなモノが落ちてましてねぇ」
 合わせて差し出されたのは大きな飾りのついた金具だった、先端が大きく雷紋の様になっているそれは実に見知っているものであっただけについつい答えを示してしまう。
「ええ、これは…鍵でしょうかねぇ」
「ご名答、全く、自ら正体ばらしてはりますよ、あんさん。これを見て鍵と即答出来はるなんて中々最近のヒトでは…ねぇ、駅員はん?」
 おっとしまった、とは口にせずとも表情筋を介して浮かべてしまえる。ただあくまでも今の私の姿は言われた通り、ヒトの姿をした駅員でしかない。だから敢えて私の方からそれに触れる事はしなかった。
「いやぁ、そうですか、ではこれを遺失物として扱わせて頂きますねぇ」
「本当、狸みたいな事を言いなさりはる、互いに稲荷に与しはる者であるのに…さて、先日は久々に東へと向かいはったうちのオサキがお世話になりはったようで。あの子、おっちょこちょいやから助かりましたわ、なのでこれは礼として受け取ってくだはります?」
 伏見の稲荷の姫からそう告げられる、かつそこには礼の意味も込められている。これは稲荷狐としては良い話であるだけにそのまま流れに与したくなってしまい危うくなりかけた、つまり瞬間的にヒトに化けている事を忘れそうになったのは言うまでもない。しかしそこで乗ってしまうとヒトとしての立場が危うくなる、さて、と思い直した瞬間、これまた助け船が来たものだった。
「ああ。それオレのです!落としていたんで助かりました!」
 形勢逆転とは正にそれ、声をかけて来たのは同じくこの土地に古くから根差している稲荷、ではなく顔なじみの古狸であった。勿論、ヒトに化けてこそいる。しかし私の様にヒトとしての定職を用意してないからこそ、用もないのに辺りをワンカップ片手にふらついていては葉っぱのお金で何とかしてしまおうとする事が多い彼をこの時ほど頼もしいと思えた瞬間はなかった。
「え、あ、ほれなら、駅員はん、あとはよろしく頼みますわ」
 その途端に動揺しつつも、上手く取り繕って去っていくが稲荷の姫テンコ。分かりました、その様にします、と受け取りつつ声をかけてきた古狸に私は大きな笑みを人の顔で浮かべては引き渡し用の書類を用意して身分証の提示を求める。
 そして一言、用もないのにぶらぶらしてるのが今回だけは役に立ったね、しばらく預かっといてちょうだいな、と小さく呟いた私に満更でもない顔でうなずきながら、古狸の彼は記入した用紙をこちらへ寄こす。それと引き換えに鍵と身分証を照らし合わせれば、そこには三浦三郎との名。
 それはかの九尾狐の遺児を見受けした稲荷なら動揺して違いない名前。故に私は本当、狸は悪いヤツだねぇ、とヒトの顔ながら大きく顔を歪ませた笑みを浮かべざるを得なかったのだった。

 結局、それからの後にあのテンコとオサキが姿を見せる事はなかった、気配を嗅ぎつける事もなかった。ただそれをきっかけとして私が再び稲荷狐の姿で過ごす時間は増えたものであるし、故に古狸と彼がどこからか持ってきた安酒で一晩だとか飲み交わす事もまた頻繁に、となった。
「本当、良くヒトに、それも男に化けてそれだけ過ごせるねえ、アンタは」
「慣れと言うものよ、稲荷として果たす事は今の世には少ないし、ならばヒトに交わりその中に加わって過ごすのもまた乙なモノ。何せ元々航海安全、旅路守護で信仰を寄せられていた杵柄とも言えるわね」
「オレには無理だよ、オレには。それにアンタ、ヒトに馴染み過ぎて戻り方とか一瞬忘れてただろ?オレ、そう言うの嫌なんだよね、だから化けてもその辺りふらついてるだけのおっさんでいるんだよ」
 それは図星だった、確かにあのオサキとの出会いがなければ若しかすると稲荷狐としての己を忘れてしまい、駅員のヒトとして全うしかねない状態になっていたもの。それを踏まえれば古狸の指摘は真っ当なものだった。
「ま、それはそうね…で、お酒が足りないんだけど?」
「全くのん兵衛だなぁ、女狐のお前に言うのもどうかと思うが、ほら、まだあるぞ」
「流石ね、取り敢えず明日のヒトに化けるのに支障がない程度にはもっと飲むとしましょう」
「それでこそアンタだよ、流石この土地を水から護る稲荷様なだけはあるね」
 そうそう、そうだった。私はこの土地が海から陸地に変わった頃にここでの役割をはっきりとさせたな、そう思いながら黒狐の姿でアタシは古狸がどこからか持ってきた、きっと葉っぱのお金で上手く調達してきた酒をグイっと喉に流し込む。
 とにかく伏見の稲荷の姫とその妹が久々に姿を見せた、どうした用事であったかは詮索するのは別の話として、その事実だけは取り敢えず土地の記憶に刻んでおかないと浮かべては、実に面白い、こう長く在り続けるのもこれだから止められないとだけ鼻腔に漂うアルコールの香りと共に脳の中で繰り返し繰り返し響かせる事、それはしばしなのであった。


 完
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