呼び出したもの〜美影と稲荷の謡う夜〜冬風 狐作 「鈴華美影の不可思議な日常」二次創作
 鈴華美影にとり、おかしな出来事に遭遇するのはもう日常であるとしか言えない。
 そもそも、美影のいるこの世界自体が、恐らく別次元の類似した世界からするならば「奇異」に満ち溢れている、とすら言えてしまえよう。しかし、そうとしても、その在る世界の基準に照らし合わせても、その中の住人たる美影の遭遇する様々な出来事は、その程度が半端ではなく、また回数に至っては目が回る、との具合であったろう。
 少なくとも例えるなら、それはある種の夢の様なもの。美影には退魔師として生きる身であるからこそ、そこには様々な因果が結果として絡みあう。それは様々な由来を有するものであるのだが、時には恨みであり、または願望であり、絶望であり、人も魔も妖も抱ける感情をその一身を以って引き受けて処理しているだけに、実のところ、かかっている負担は並大抵のものではない。
 だからこそ時として彼女も壊れる。否、意図的に壊れると言えるだろうか、それ等の負担にすっかり限界を迎える前に壊れる―それが行動として現れるのが、時として彼女が不意に数日間、行方をくらます事である。例え、その間に何か一大事があっても、決して居場所が分からず、連絡も取れず、ようやく限界との時になって現れる、との事が幾度となく繰り返されているのは、彼女を良く知る人の間ではすっかり知られているものであるが、それ以外の時の彼女の強さ故に、実質的に不問とされている、その空白を垣間見てみる事としよう。

「おう、来たか。久々だなぁ、お前さん」
 場所は不明の界隈に、見えるは大きな池。畔には桜並木がこれでもか、とばかりに並んでいて、その下に走る土色の筋には朱塗りの鳥居と灯の灯る常夜燈が延々と並んでいる。
 時刻もまた不明、ただ分かるのは夜である事。新月故の漆黒さ、あふれんばかりに瞬く星々の中にひときわ輝くのは北極星と北斗七星。すっと時折走る風に乗って見れば、その池からいずる水の流れが生み出すせせらぎの脇の丘の上、そこには一際大きな鳥居があって、その奥にはこじんまりとしつつも、柱の太さ、葺かれている銅の輝きが新月にも関わらずとも分かる、一目で手のかかっている、単なる建築ではない、と知れる社がその表の厚い扉を閉ざした具合で、矢張り常夜燈の瞬きの中に沈んでいた。
「いいやないの、来たい時に来て、なぁ?」
「ははっそりゃそうだ。大分纏っているなぁ、黒いのを?」
 静まり返っていた空間に響くやり取りの声、社の脇の小屋にも近い建物の中。扉こそ閉じられた中から響くのは、男と女の声、女は、そう我らがヒロイン鈴華美影、その声であるが、男の声は覚えがない。特徴としては快活、であろう。ふとした軽さのある響きに対して、美影の声は沈み気味で今にもこう、途切れてしまいそうな様子すらうかがえてしまう。
「全くなぁ、無茶し過ぎなんよ、おまんは、な?ちったぁ力抜かないと、どうにもならんくなっても知らんぞ」
「そんな事、分かってるわ…でもな…」
「ああ、言わんでいいよ、言わんで、ね。分かっとるから、ほら、何時もの通りにしろ、な?」
 男の声は美影とは明らかにイントネーションが違い、また言葉遣いも話が繰り返されるに連れて大きく異なっているのが見えてくる。ただその独特な訛りが深まれば深まるほどに、美影の声がどこか落ち着いてくるのも見逃せない。軽く礼を言う美影に、男の声は促しを入れて、それに呼応すればまたの促しを入れて…その繰り返しの果てに、ようやくと言って良いほどの先で美影の口から洩れたのは、小さな笑い声だった。
 男はそれを褒める、そうだ、それでいいぞ、と。
「ほれ、やっぱりおまんは笑っとるのが似合ってるわ。全く、怖い顔ばかりしてなぁ、そんなんじゃ、醜女になってしまうぞ、はは」
  「醜女、なんて酷い事言わんといて、うちはかわいい女の子や…それに」
「それに、なんじゃ?」
「…そうなる前に、あんさんに救ってもらうわ、そういう契約やろ?」
 美影の声は、そのまま変わらない。ただ何であろうか、普段見せているのとは明らかに異なる音色がそこには強くある。それはどこか依る気持ちの、と出来ようか、そう依る、頼る、依存する、そうした心地の表れであって、その表情もまた微笑むを越えた、ニヤリとした、どこかその面を思わせる独特な笑みを湛えている。
「ほぉ、じゃあしてやろう。今日も良く言えたなぁ、えらいぞ、じゃあ…続き、わかっとるね?」
「喜んで…させてもらうわ、今日も…んぅっ」
 他の少しのためらいがちな美影の声は、何か呻くような響きによって一旦途切れる。そして少しもすると、少しばかり荒くなった息遣いと共に再び漏れ始める―ああ、あんさんの、あんさんの本当相変わらず、臭いわぁ、臭いけど、おいひいの…と咥えるは男根。いきり立つ、真っ赤な男根を含んだ口はぎちぎちに膨れ上がっていて、ストロークする度に唇がめくりあがっては飲みこまれるの繰り返し。
「いいぞぉ、美影ぇ…すっかり様になってるなぁ、くく」
 ただその男根を良く見てみよう、よく見ればそれは男根を模した張り形であって、ただこれぞとばかりに朱色にて彩られているのみ。壁の柱より直角に生やされたその張り形に美影はすっかり貪りついていて、その姿勢は見事に四つん這いで、また全裸であった。
 そんな美影の様を見つつ、男は微笑みを絶やさない。美影が小さくとも呻きか、それ以上の呟きを漏らす度に何かと声をかけては、その劣情を巧みに刺激し、また引き出しているのが言葉だけでもうかがい知れる。
「さぁて、そろそろ良い頃合だろうなぁ…そのまま堪能していろよぉ?」
 大体どれだけの時間が過ぎたかは分からない、ただ美影はその模造の張り形をすっかりどろどろに唾液で浸しきったのは確かなところで、男がようやく動きを見せる。

 ひたすらの「奉仕」を繰り返す美影の背後に立った男は、その手にしたものを次から次へと美影に取り付けて行く。
 ひとつは真っ赤な布であり、また縄であり、更には様々な筆を介しての塗料が、その体を彩っていく。目隠しの様に顔は口以外はその赤布によって覆われて、更に手首足首にそれよりも小さいにしても、紐付きの類似した布が巻かれた。縄は首に、しかし首を絞めるとかではなく、首飾りに近い具合だろうか。そして様々な色合い―大別して朱、水、緑の順で体の筋に沿って紋様が描かれた所で、ようやくの真打登場となる。
 それは男自身であった、声の具合はやや低さを増していた。しかし先ほどほど言葉数は多くない、自らに対する掛け声の様な具合で時折発せられる以外は、動きとして全てが示されていく。姿は人に近しいまま、しかしその体の随所は白くなっていて、それ等が毛並みであるのが知れてくる。他には何もない、ただその背後に立つ「男」の肉体があるのみで、そして一息に、痙攣する美影の体。
「んっ…んぐぅ…んっ」
 もしその言葉の最後に何かの符号を着けられるなら音符であろう。感嘆符でも疑問符でもなく音符、何故なら、その後の彼女の呻きとも息遣い共は一定のリズムそのものになっていって、力強く、後ろから加えられる「男」の力に呼応して行くのだから。
「ああ、いいぞぉ、いいぞぉ…このメスぅ」
「ん、んぅ、あ、あっ…ンヴッ…」
 美影にしても「男」にしても言葉の後に着く符号は音符である、それぞれが、それぞれの力加減に応じて奏でられるリズム。それはひとつの協奏曲ですらあろうか、腰を振れば振るほどに「男」はある姿へと変わっていく。時折固まって震えるのは、その、美影の陰部に挿入した、己が陰部より熱きものを注いでいるが為なのは自明の事。ただ、その度に男の姿は白さを増してて、同時に美影は黒さを増していく。
 白き姿はより白く、黒き姿はより黒く。ただ後者はそれと比例して白き姿以上に姿を変えていく、大きく全体として膨らんでいくのだ。対して前者は縮んでいく様であって、ひたすらに注ぐのを繰り返した果てに来たのは―破裂だった。
「ん゛ぐっ!」
「ヴぅっ!」
 どちらがどちらの呻きなのかは分からない、ただ重なったその呻きの後、その室内には一瞬大きな闇が広がった。そしてすっと引いた時、つまり、視界がクリアになった時、そこにはただひとつの姿があった。

 それは美影であった、めくれた赤布の下には幸せそうな微笑みを浮かべて横たわる美影、しかしその姿もまたわずかなもの、わずかに首が動いたか思った次の瞬間、その顔はすっと突き出し始める、鼻を頂点として顎が前に伸び、呼応する様に耳が頭頂部よりに移動し、ただ全てが静かな内に行われた。
 それは変貌だった、意識はあるのか分からない内にその顔は布と共に再構成されて、わずかな間の後にそこには人顔ではなくなった美影がいて、その肉体の周囲には様々な「器物」が転がっていた。また何時の間に纏われている衣服は、朱に水と緑、そして白を交えた重ね着の装束と化していて、その背中側の腰の付け根付近からはふさっとした豊かな尻尾が姿を見せている。
「ああ…目が覚めたわぁ」
 開かれた瞳の中にあるのは縦に割れた瞳孔が特徴的な、爛々と朱に輝く瞳。顔のそれは獣、尻尾と合わせて獣であって、それは白狐。胸の程度は重ね着気味の装束の為にうかがいしれないが、手甲や脚絆の類は赤で統一されていて、そのぴんと張った三角耳の間には赤の頭襟がちょんと載っており、魔と言うよりも聖に近い雰囲気が纏われているのが特徴的であろう。
「さぁて、奏でましょうか。今日も、ええ」
 そしてもうひとつ、その口調が変わっている。それは音色自体は美影のものなのだが、言葉遣いが冠西弁ではない。若干の混じりがあるとは言え、違う物となっており、周囲に散らばっている器物を丁寧に手にすると扉を開けて外界へと出でる。
 外界の空気は相変わらずの夜のもの、今の今までいた室内に比べるとずっと澄んでいて気温も低い、そんな中で美影―白狐は尻尾を軽く揺らすと、すっと空中に駆け上がる。ずいずいと、上昇して行けば見る見る内にその社、また桜並木に大きな池を一望できる位置に達して、軽く首を振ると、なるほど、その周囲には更に纏われる様に先ほど手にしていたはずの器物―それ等は全て楽器、が円環を描く様にして漂う。
 それに対する白狐の表情は準備は整った、と言わんばかりであった。そしてひとつ、手前にあった笛を手に取る。木製の横笛、それをその突き出た口、マズルの先につけて間もなく、すっと奏でられる音が辺りに染み入った途端、その辺りの空間が揺れ始める。
 空間が揺れる、それは笛に始まる様々な楽器を美影転じた白狐が奏でれば奏でるほどに、酷くなり、そして漆黒の黒さが薄れて行く。
 それを見る人がいたならこう言った事だろう、ああ夜が明けて行く、と。漆黒から群青、そして白みへと、変われば変わるほどにその白狐の姿は次第に輝いていく。そしてとうとう闇のかけらもなくなった時、そこにあるのは強い輝きを放つ太陽であった、白狐の姿も何もそこにはなかった。

「ああ、よく寝たなぁ…なぁ、まだ寝とるやつがおるけどさ」
 その明るい昼となった世界、桜並木の奥の社の扉が開かれる。開いている者の声はあの「男」だった。
「まぁ、やっくり休んどけし、美影ちゃん。おまんは闇を破るからこそ、破った闇を晴らせる貴重な存在なんよ、だから大事にせんと、ね。なぁに、今は安らかに気が済むまで眠れ」
   「男」の声は、あの小屋に近い建物の中で寝ている少女―鈴華美影へと向けられていた。
 退魔師、それは人に仇成す存在を破り祓う者。美影はその第一級の存在が故に、「男」はその調子を整える者、と出来ようか。その正体は果たして何なのか、恐らくは、この桜並木と共にある連なる鳥居と社の組み合わせから、稲荷に類する存在であろう。
 「男」はかつて、唐突に退治をしに来た美影にこう言った―壊れてはならんからね?その身にたまった黒さ、それを晴らさねば、何時かはおまん自身が闇に堕ちる―故の約束と言えようか。最もどういうやり取りがそこであったのか、それは彼等しか知らない話、稲荷の事、それは得意な現世利益の一環として魅了したのは確実なところであろう。
「我々は世話好きじゃからなぁ、くく」
 以来、時折、美影はこの世界を訪れている。より言うなら、一定の「黒さ」を背負うと勝手に来る様に稲荷の契約を仕組まれているだけなのだが、その仕組みを明確に理解するのは「男」、より言うなら「男等」と美影しかいない。ただ美影のいるべき時間や世界とは少しずれた場所にあるが故に、周囲の人には薄々は分かる者がいたとしても、美影は見えなく、所在不明となってしまっては、その身を浄化して休息が整ったならば、送り返される。
 その仕組みが何時まで機能するのか、それは美影次第と「男」は質問されたならば答えるだろう。ただ不要になる時、それは美影の成長を示しているからこそ―楽しみだ、と稲荷の流れる「男」は、また微笑んで今日も美影がこの己が世界にいる限り、守護しているのだった。


 完
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