終焉と豊穣とミカン―私的秋姉妹解釈冬風 狐作 東方Project二次創作
「秋、秋って言ってもねぇ…今は冬だとは分かっても、ああ、もう秋が恋しいわ。やっぱり秋よ、秋、そうだよね?」
 時は冬、外の世界の暦で言えばもう新たな年となる頃の幻想郷の片隅でそう、とても恋しそうにぼやく声があった。その響きはどこか、口ずさむ具合ですらある。
「そうねぇ、本当…レティの所に遊びに行くのも楽しいのだけど、やっぱりあの子、冬の妖怪だから長く一緒にいると、どうしても寒くなってしまうのよね」
 ぼやきに対するのは落ち着いた響き。のんびりとした調子で言われてそう思った、と言わんばかりのそれは、今、その言葉を耳にしなければ、とてもそんな事を思いもしなかったであろうとすら含ませているかの様な響きで、どこか他人事かの様に捉えているとすら見れる呟きですらあっただろう。
「レティって、もう、お姉ちゃんがもう少し秋を長く伸ばしてくれるだけで私は嬉しいのになぁ…あと1日だけでも長ければ、本当」
「そんな事言っても仕方ないわよ、あれが精一杯」
「でも、でもさぁ…やっぱり、お姉ちゃんも秋が長い方が良いでしょ?」
「それはそうよ、でも、うん、私は秋を散らすのが役目だもの。秋神とは言え、ねぇ」
 レティ、冬の妖怪、と関連するであろうキーワードが散りばめられる言葉は、紡がれる度にそこに秘められている秋を恋しく思う気持ちが大いに伝わってくる。対する声はその響きに呼応するかの様に納得しつつも、されど宥めると言った調子を強めている様にすら感じられる。
 そんな少しばかりトーンの違う声をぶつけ合う2人は、この幻想郷において秋姉妹として知られる二柱の姉妹神。姉たる静葉は後者の声であり、妹たる穣子は前者の、秋に対する想いを強く含んだ声の主である、とまず書ける事だろう。
 ここはそんな二柱の秋神の住まう家、神たる存在が住まう場所を家とするのもどうか、とは思われるかもしれないが、そこはこうしっかりと神社だとかと称するよりも限りなく家に近い。そもそも、炬燵の上に置いたミカンへと交互に手を伸ばす二柱の姿はとても人間らしくもあり、その閉じられた窓の向こうには深々と雪が降り積もっている事を知れれば、それはもう「家」と称するのが相応しいものであろう。
 なお秋の二柱の名誉を尊重するならば、その「家」は玄関の手前に一応、鳥居が建てられているとだけ触れておこう。ただそれは人里近くの森の奥にある巫女の住まう神社、また妖怪の山の頂上にある外の世界からやってきた三柱の神の住まう神社のものに比べればとても小さい。故に麓とは言え妖怪の山の中、優に人の背丈ほどは積もる環境においては今や、その多くを雪中に埋もれさせている始末であって、二柱にしても特に来る人もないから良いや、と放置している、そんな始末であった。
 最も来る人が全くいないと言う訳ではない、二柱、となるからには信仰する者達が彼女等にも確かにいる。故に真冬でも詣でに来る者もいて、わざわざ雪を掻き分けてくる者達がいれば、彼女等は喜んで迎え入れたものであるし、別にある一間にて泊まらせる事も時としてあるほどではあった。

 ただ、肝心なのはその数であろうか。それはおよそ1つの帳面に書き切れる程度、とするのが彼女等の言であって、恐らくそれは事実なところだろう。更に一般的に知られているのは、その多くが豊穣神として秋の前半に実る作物に対する豊作の御利益を有する穣子に対するものでああって、姉たる静葉には余り信仰が無い、との知識である。
 正直なところ、それは致し方のない事なのかもしれない、静葉は秋の後半、そうした作物に代表される恵みがもたらされた後に関わる存在であるからこそ、彼女を篤く信仰する者は本当に限られてしまうのだから。時としてはそれは、奇特の域とすらされてしまうのもまたあるだろう。
 とは言え、視点を変えてみるとそんな静葉の特徴は逆に彼女を彼女足らしめ、また強みとも時にはなる。何故なら同じく「秋神」を名乗る存在の多くが、穣子を含めて前述した通りの豊穣だとか、そうした「恵み」に焦点を当てる。つまり、基本的な秋神とは秋の実り、夏から秋にかけて、その威を特に奮えるからこそ、その後に控えている実りが散っていく過程においてはその季節の移り代わりと共に多少なりとも差はあれど、威を衰えさせざるを得ない。
 しかし静葉は秋が散っていく、即ち冬へと至る筋道を作れる、言うなれば秋の実りの後始末をどういう形であれ執り行え、司れて司る存在。それは人の言葉を借りれば「秋の終焉を司る者」として妹達とは逆の印象を抱かれていく。それを元にして二つ名として、とある書籍では「寂しさと終焉の象徴」とすら書かれてしまうほどであるから、いよいよ、良く事を知らぬ人の間では極まってしまうものではあろうとも、少しでも事情に通じる人の間ではまた異なった反応を得られる事につながる。
 即ち、他の「秋神」の通りではないからこそ、その時期、またその分野に関しての「神」としての評であろう。実りに彩られた後の秋はそれこそ静葉の独壇場、印象こそどうであれ実質的に季節を強く支配する、とすら言えてしまえるだけに彼女は強い存在として、専ら看做されており、それを承知しているからこそ、数こそ少なくとも彼女に対して向けられる信仰は特に篤く太い、と出来てしまえる。
「お姉ちゃんは本当、ええ本当に…」
「本当に、何かしら?」
「…こう、羨ましいなって、ああ別にどこかの橋姫みたいに思ってはないからね?ただ、ほら、紅葉で多くの人から想われる時が多いじゃない?あれは私には真似出来ないもの」
 故に巷に出回っている書籍や知識からの評価とは裏腹に、彼女は秋以外でも実際のところはそこまで深刻な姿を呈する事はまずなかった。少なくとも姿を消す事はない、確かに冬は自らが秋を終わりに導いたのを差し引いても、秋が終わってしまったから、との、言ってしまえば楽しんだ直後の反動であろう。むしろその点に関しては彼女の手によって織りなさられる染まれる秋の終わりの木々の有り様を、冬の単色となってから思い返す人が多いからこそ信仰が一段と強まるのだから、本当のところは実は一番元気とも言えてしまえる。
 しかし一方では信仰を得られつつも疲労が最もたまっている時期―秋の終わりを司るべく必要な力を発揮した後の疲労、は見逃せない要素だろう。秋に染められる木々を巡りに巡って染めては散らしての疲労に、人々から流れてくる回想からの、彼女らしい得られ方をする信仰からの力。それ等を上手く混ぜ合わせる必要性もあって、彼女は冬は妹と共にそこまで多くは外に出歩く事はなく、大抵はその家にこもっているのが冬に落ち込んでいるとされるところの本当の姿であった。
 しかし春以降となれば、色々と田畑にて精を出している妹の傍ら、すっかり回復した静葉はある程度セーブしつつも、実は活発に動き回っている。セーブしているのは春は桜、夏は緑と彩られて、秋の紅葉が太刀打ち出来ない、即ち、信仰が特に得られにくいからに他ならない。つまり晩秋から冬にかけて得られた信仰の力を徐々に開放している、そんな具合なのである。
 それでも、時として人里の喫茶店にてのんびりとお茶を嗜んでいたり、あるいはその秋をどう彩るか構想しているのだろうか、幻想郷の染まれる木々のある場所を余す所なく歩き回る等している姿が目撃される。そんな具合であるから、豊穣のみに専念出来る穣子以上に幅広い関わりを各所に有する存在とすら、言えるだろう。
 

「あーあ、こうした時期でもお参りに来る人がいるのは、嬉しいわよねぇ…大体はお姉ちゃんの信者だけど」
 穣子が、しばらくミカンを転がしていて、今やほんのりと橙に染めてしまった舌と共に漏らした言葉が正にそれを裏付けていると出来る。
 触れておくなら、今、二柱の食しているミカンは奉納品として持ち込まれた代物である。それは二柱に対して、とはされていたものの実質的には代々、秋の終焉の神―静葉を信仰する家の者が新年の挨拶として詣でた際の物であり、受け取ったのは静葉であって、その者は一晩、この「家」に宿泊した後、翌朝に里へ向けて帰っていったのはおよそ数日前の話。
「もう、穣子ったら。これは私達に対してどうぞ、と申していたじゃない?ありがたく頂きましょう、貴女だってほら、ミカンは大好物、なら問題ないわよ」
「それはそうだけどさぁ…ああ、早く春にならないかしら、早く田圃を耕したいわ、苗代も…そろそろしなきゃ」
「苗代の準備位は手伝うわよ、穣子ちゃん」
 生あくび混じりの呟きに静葉はにっこりと笑って応える。その途端、穣子の顔がぱっと微笑んだのは矢張り姉妹故、それとも豊穣神としての性なのかは分からない。
「ありがと、お姉ちゃんっ…て、そのミカンは私の、私が狙っていたもの。駄目駄目、苗代作りとか手伝ってくれるとしてもそれは駄目…」
「あらあら、もう実りの神様は欲張りな事。ええ、手伝ってあげるわよ、私も体を慣らさなきゃだし、紅葉の彩り付ける前の手伝いをしてくれたお返しとしても、ね」
 何気なく手にしたミカンのひとつのどこに目を着けていたのかは定かではなかったが、それは、と主張する妹の前にそのまま運んで置くなり、静葉もわずかに目を細め、空いている片手を口元に持っていく。
 見る限りではそれに続いたのは口の動き、丸く大きく、のそれはあくびであろう。時間は実のところは丑三つ時、まだまだ夕暮れが早く、朝が遅い、かつ、ここ数日降り頻る雪の影響からの強い冬の気配。雲の上に幾ら太陽が上がろうとも、それではとても吹き飛ばぬほどの濃厚な冬の気配の中に、彼女等は常に眠気を感じられて仕方なかった。
 これが秋なら夜でも眼が冴えてしまうほど活発な彼女等なのだから、矢張り季節と密接に関わる神である事の証左なのだろう。
 今、大変元気な冬妖怪ことレティ・ホワイトロックが春から夏、秋にかけては可能な限り涼しいところで静かに過ごしているのもまた同様、矢張り季節の関わる存在にとってはその本分たる季節がよろしいのは当然の事。仮に彼女等がどうであれ神ではなく、妖怪であったならば、レティの冬以外の時と様子は変わらなかったであろうし、特に静葉の場合は前に触れた書籍での描写の通り、正に「消えてしまう位」であったに違いない。

「大分回っちゃったかぁ…そろそろお布団に入る頃合かな、と言うか入らなきゃ駄目だね」
「そうねぇ、うん、ミカンもついつい沢山食べてしまったし…美味しかった」
 机の上に散乱したミカンの皮をまとめながら、改めてのあくびがそれぞれの口をまた飾る。
後片付けしておくから、先に寝てなさい、穣子?」
「ああ、良いわよ、私が今日は片づけるから。それにこの時期、お姉ちゃんの信者の人、結構来られるじゃない?私なんかよりもこの時期は沢山来るんだから、先に寝て構えていた方が良いわよ」
 幾度も幾度もあくびを、それは交互に繰り返した果てのやり取り。いいよ、いや、良いの先に、そんな具合で交わされる言葉の果てに夜は、まだまだ暗さの強い朝へと迫っていく。
 結局、今晩、先に布団にもぐったのは静葉だった。おやすみなさい、と自らの布団にもぐっていく静葉を見届けた後、穣子は、ひとりになって静かになった炬燵に再びもぐりこめば、一息、大きく吐くと机の端に置いてあった自らの帽子についている葡萄の房をひとつひとつ撫で回しては、その赤い瞳にてふっと天井の隅の影を見つめながら「豊かさと穣の象徴」は、ほんのりとその頬を染めたのだった。


 完
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