娘の決断・後編 ポケットモンスター二次創作 冬風 狐作
「ん・・・何だ、母さんか、帰ってきたのか?」
 ガタッと言う音で彼、ベルの父親は目を覚ました。暗くなったリビングのソファーの上で気が付いたら寝ていたのだろう、と我ながらに思いつつ電気を着けようと手を伸ばした先で小さく光る赤い玉が現れる。
(・・・?)
 彼は首を傾げる、一体何なのだろうと。だが確かその辺りに垂れている照明のスイッチがあったはず、と構わず手を回した時、ふと手首が固まった。いや掴まれたと言うべきだろうか、明らかに細やかな毛の感触があるのに思わず注意を奪われた瞬間、不意に視界が妨げられた。
「ぐ・・・っ」
 思わずうめいてしまうめまい。妨げられたと言うのも不思議な、透明の様でしかし無数の色が虹の如く、一定の太さでランダムに繰り返す点滅する光に包まれたからであった。
 厄介なのは強烈なめまいに留まらない、強い頭痛を伴う強烈な不快感と思考力の低下が続いた事だろう。よろめく様に半身起こしていた体が何者かに掴まれた腕を除いて床に落ちん、との瞬間、その体は背後から改めて支えられる。瞬間痛い様な気もしたが、気のせいとしか感じられないほど神経は麻痺していた。
(パパ・・・だと・・・)
 そんな折に耳に届いたそれは風の流れの様だった。しかし耳に届いた中より、明らかに意味のある単語を載せていて聞き取れてしまったからこそ、気持ちがふと動揺する。それはその様な辛い中でも緊張故に硬くなっていた心が緩んだ瞬間ともなった。
(う・・・あ、あれ・・・?)
 不意に気持ち悪さがなくなった、同時に体がすとんと小さくなっていく。体の中の大半を占めていた気持ち悪さが縮まって行くと共に、体自体が風船の様に萎んでいく、そんな感覚に襲われる。
(あ・・・あれ・・・あれ・・・ジャノビー・・・え?そしてあれは・・・?)
 言葉が自然となくなる代わりに、静かに深い息を繰り返す様になる。そんな瞳の隅に映った顔には覚えがあった、そうジャノビーの顔であるのと認識出来た。
 だがよりはっきりと見えるのは瞳の中心に映る顔だろう、それは薄い紫に包まれた顔で赤い小さな輝きがその額に位置している事が把握出来る。それはポケモンであるのは違いなかった、しかし見慣れた姿ではなく、引っかかる何かはある物の明確な単語として浮かんでこない。
(あれはえーと・・・とぉ・・・ぉ・・・)
 必死になって浮かべようとするも、もう思考そして身体に力はなかった。身体に対してはどこか縮んだ、そう言う印象をようやく感じ取れる程度まで弱まっていて、その全てを包み込んだのはまどろみだった。酷く思い泥濘の様なまどろみは彼の肉体を蝕んで行き、今やすっかり取り込んでもなおその勢いは止まらない。ただ横たわる何かと化すのみだった。

 目の前にあるのは脱捨てられたかの様な服だった。しかしその中からはかすかな声が聞こえる、わずかにうめきながら床に転がる何かの姿は服の中に包まっている何かでしかなく、すっと伸ばされたクリーム色に包まれた手がそれを剥ぎ取って、あらわになった1匹のポケモンの姿だった。
「あー・・・かわいいなぁ、パパったら」
 そのポケモンを持ち上げたのはそのクリーム色の手、ジャノビーであり人でもある姿をしている、そうベルだった。その赤い瞳の中の瞳孔が淡い光の中に細められる。そしてすっと茶色の瞳を目蓋の下から出したイーブイはびくんっと震えて、急におびえ出す。
「こらこらジャノビー、駄目だろう?そんなにイーブイを怖がらせちゃ・・・子供なんだから」
「あっごめんねぇ、イーブイ。怖かった、私の目・・・?」
 だがイーブイはまるで縫い包みであるかの様にピクリとも声を発しなかった。息遣いはあって小刻みに震えているのが生きている証とも言えるその身体を、薄い紫の毛に包まれた手が掴み取り腕の中に抱え込む。
「そりゃ怖かったろうさ、イーブイなんて小さいんだから・・・ジャノビーなら丸呑みしちゃえるだろう?」
「ま・・・それはそうだね、えへへごめんね・・・パパ」
「・・・ブイ」
 イーブイのやや不機嫌そうな鳴声に思わず2人は、ベルとアーキッド、そうジャノビーとエーフィは微笑まざるを得なかった。エーフィ、それはカントーやジョウドに縁のある読者には馴染みのあるポケモンであろう、しかしここイッシュでは珍しい部類に入る。イーブイと言う存在自体はある程度知られていたが、その進化形となるとリーフィアとグレイシア程度しか余り知られてはない。それ以外のイーブイの進化した姿は本当に見かけないのだ。
 だからトレーナーとしてかつて歩き、そして今でも自前のポケモンを持っているベルの父が思い出せぬままに、意識を落としたのはその為であった。しかしベルの父はなおもいる、そうイーブイの姿となって。
 だが意識はもう戻る事はない。それはあくまでも幼いイーブイでしかない、そして本能的にジャノビーの視線に恐怖を感じる、小型のポケモンでしかないのだから。純粋にポケモンとして敵わない立場にまで堕とされた、1匹のイーブイでしかない。

「さて・・・この子には色々と頑張ってもらわないとねぇ、僕と君の為に」
 イーブイを撫でながらエーフィのポケ人、そうアーキッドの変化した姿は、それは自信有り気に口を開いた。背後では二股に分かれた尻尾が気持ち良さそうに揺られている姿は、つい先ほどのベルの部屋でのジャノビーと同じく自然で違和感はない。
「うん、そうだね、きっとそれが幸せだと思うの」
「流石にショック受けていたものなぁ」
 撫でながらふと2人が巡らす言葉の先にあるのは半日ほど前の事だろう、それはこのリビングでの「告白」の時の事だった。何でアーキッドがいるのか?それに対しての父親からの質問に返した内容がそれだった。男女の告白となれば、そうある程度察しが付くだろう、親密な関係であることを明かした上で一緒に、そう別の地方で暮らそう、と誘いも交えての告白だった。
 当然、あらかじめ知っている訳が無い。また折り悪く急用で母親がそこに居合わせなかった事もあって、父親は感情を爆発させてしまいう。何を勝手な事を、と話はこじれる。それでもある程度父親が落ち着いた辺りで、また改めて母親を交えて話そうという話になり、2人はベルの部屋にこもった一方で、リビングに残った父親はその場で1人深い悩みの中に眠りへと落ちる。
 つまりベルの部屋であった前述の展開。そうベルが人から人でない姿へ自ら望んで変わった光景は、その直後のものなのだ。ベルは言った「後悔していない」と、そしてそれは平然と見ていたアーキッドにとっては最大の喜びであり、結晶でもあったと言える。
 何故ならベルを、人から人でないものに変えてしまったのは彼なのだから。ベルの父親はトレーナーと言う印象をアーキッドに持った。確かに間違いではない、だがアーキッドが「ポケモントレーナー」として扱うポケモンは普通のポケモンではない、皆、一様に人でありポケモンであるそう言う存在を操る特異な人物なのである。

 ベルとアーキッドが知り合ったのは互いに旅の途中での事だった。その事自体はあくまでも偶然であったが、色々と縁が重なり、何時しか共に歩く様になっていた。その中で海の向こうの他の地域を知ったベルは強い関心を抱き、アーキッドと共に向かう事を決めたのが3年前。それは全くの自発的な彼女の決意であった。
 受ける形のアーキッドはすぐに喜びと共に同意した、またとない絶好の機会と返したのは言うまでもない。しかしその本音は違っていて真っ直ぐなものではなかった、色々と目論見があり、それとベルの行動が合わさったのである。
 それはベルの持っているイッシュのポケモンを手に入れたい、そしてそれを好みの形に変えたい、と言うもの。後者にある「好み」とは言葉を話し、人の様に行動出来、かつポケモンでもある存在にするとの意味。それはポケモンか人かのどちらかでは満たされないものであり、言ってみればどちらでもある必要があった。だからこそポケモンだけではなく、ベルが共に来る事を喜んだのである。
 幸いと言うべきか、アーキッドの考えには賛同する力を有するスポンサーがいた。よって絵空事でしかないその願望を、現実の物に出来てしまえる力を彼は既に手中に収めていたからこそ、まだ足りていなかった材料を探すべく彼はあちらこちらを旅していたのだ。
 その中で訪れたイッシュにて彼はベルと知り合った。同時にこれは、と思うポケモンを彼女の手持ちのポケモンの中に見たのである。そしてそのベルが彼と共に別の地方、それはカントー、へと行きたいと言い出した事は、それは喜ぶしかないと言うものだろう。
 そしてある日、唐突にそれは実行に移された。アーキッドの考えなど露も知らずに、知らぬ間に薬を盛られたベルはポケモンと共に深い眠りに就く。その中で己のパートナーでありアーキッドも特に気に入っていたポケモン、ジャノビーと融合させられてしまったのだ。結果として姿は新たなものになる、更に意識は都合よく混ぜられてアーキッドに対しての不信感など抱かない程度の配分にされた、新たな意識がそこには宿る。
 よってベルが、新たなジャノビーと人を混ぜた姿、ポケ人となって目覚めた事に驚きの感情はなかった。目の前のアーキッドに対して懐く、人の考えと言葉、そしてある程度の動きを操るポケモンでしかなかったのである。むしろ驚いたのはアーキッドのポケモン、ポケ人としての姿を見た時だろう。そうエーフィとしての彼を見た時ほど、その付き合いの中で一番彼女が驚いた瞬間に違いないのだ。
 その後、互いを己のパートナーと認識しては、人としての、何よりポケモンとしての姿のどちらをも交えつつ、2年余りを彼らは過ごす。そして結果としてベルが両親も、と口にし始めた事はアーキッドにとっては悪くない話であったと言えよう。そう新たな「ポケモン」が手に入るのだから、願ってもない話であった。

 故に2人は戻ってきた、このイッシュ、カノコタウンへと。設定として作った結婚を前提としたカップルの体裁すら明かさずに戻ってきたのだ。
 唐突な帰りと告白によって父親を惑わせ、憔悴させた先で自慢のポケ人姿で襲う事はその計画の一部でしかない。ジャノビーのくさへびポケモンとしての牙、エーフィのエスパータイプとしての能力。それ等の前にそんな弱った状態の人間が敵う筈もない。ベルの牙に仕組まれた毒、それは人をポケモンへと変える薬、の効果により瞬く間に姿を単なるノーマルなポケモン、イーブイへと堕してしまうのはまこと、容易な事であった。
「さて・・・次は君の・・・?」
「ええ、ママね。ふふ、パパはイーブイ、ママは何にしちゃおうかぁ?」
「そうだねぇ・・・まぁ少し考えよう、パパがどうしていなくなったのか、その理由もね」
「うん」
 2人の、ジャノビーとエーフィの会話の意味が分かっているのか、それは分からない。だがエーフィの腕の中に眠るイーブイはその耳をぴくぴくさせながら、小さなあくびを浮かべては寝息を立てる姿。それは幼い、守られる立場にある事をどこか示唆している光景だった。そしてイーブイには言を尽くす必要等なかった、あるのは真っ白な無邪気なポケモンの意識、その中でまだしばらくの惰眠を貪れるのだった。


 完
 

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