サリーヌとフクス・フクスの好み・中編 冬風 狐作
【ご案内】こちらの小説は愛好者さんのブログ「不思議なお話」に掲載されています小説「美少女戦士サリーヌ」の二次創作となります。

「え・・・あ、まぁ・・・」
「それで、サリーヌとどんな関係なのかも教えて欲しいきゅうん」
 だが殊更、それにこだわる必要性は無さそうだ、と次の瞬間にはフクスの脳裏に考えが過ぎる。それはあれほどまで得意げであった顔が急速により赤らみ、何とか堪えようとするせいで口が歪んでしまっているのをさっと見つけてしまったからでしかない。
 それはより固く、アクセルが口を噤んでしまった事も示していた。更には一瞬などころか、少しを経過しても変わらないばかりか視線までもが泳ぎ始めたのだから。そう完璧にアクセルは調子を乱してしまった訳である。正直、こうも一変するとフクスは完全に思っていなかった。だからこそ、少しばかりの沈黙と被る様に言葉にならぬ息を吐くと言う形で、やや警戒と言う意味で先走っていた気持ちを静めるに努める。
 しかし、その様にフクスがうっかり隙を、少しの沈黙とため息の形で作ってしまったのを見ていても尚、アクセルは変わらない。ただ目を泳がせて、どうしようかと言う思考停止のサイクルを脳内で繰り返すだけ。それはその場の勢いが、すっかりフクスの側にある事を明示した以外の何物でもなかった。アクセルの失速はただそれを彩るだけで如何ともしがたかった。
 それこそ誰か見る者があったなら、自信満々かつ得意げに臨んで行った側の失調を我が身の如く感じた事であろう。それほどまでにあからさまなる変調はフクスをも驚かす。しかしそれは妖狐としての、特にその中にある強い好奇心を痛く刺激したのは言うまでも無く、アクセルは自らそれを招いたとしかもう言えなかった。
 とにかくこうなった以上、アクセルには次第に調子を上げていくフクスにこうする余力は十分に残っていなかった。だから質問された事に、それがつたなくであれ答える事しかもう許されてなく、活路をも見出せなくなっていたのだった。それは即ち、自分の全てをフクスに明かす事である。それはもう洗いざらいでなくてはならなかった。
「サリーヌとは先輩後輩の中でして・・・」
「それはここでの話きゅうん?」
「あっいえ、高校でも同じです」
 まずはサリーヌとの関係だった、部隊において、高校において、どこでどう知り合ったか、どうしてこの部隊に参加する事になったか。とにかくそれ等をフクスが思う限りに聞いた後は、アクセル本人への質問へと内容は移って行く。
「本名は何きゅうん?」
「泉 章です」
「白スーツだけど何が得意技きゅうん?」
「パンチ技です、ボクシング部ですから・・・」
 少しばかりその質問はこれまでの突っ込んだ、つまりサリーヌに対する感情を引きずり出されたのに比べると楽であったのだろう。ふと緩んだ表情が浮かんで、そう、軽く腕を動かして見せたりするが、フクスの質問全てに答えなかったのは失点であったかもしれない。フクスのきっとした瞳を認めるなり、また少しばかりの影が顔に落ちた。
「白スーツなのはどうしてきゅうん?」    「あっ、それはまだ入り立てですから・・・はい」
「じゃあまだ弱いきゅうんね、ふうん」
 入りたて、と自ら言うのも効いたのだろうが「弱い」の一言にかなりアクセルはまた揺さ振られた様であった。それは動揺ではなく、カチンと、憤りとして来た訳である。そもそも、既に彼の気持ちとは一連のやり取りの中で、当初思い描いていた都合の良い展開からはかけ離れたものになっているのは注視せねばならない。
 即ちそれは自信喪失と屈辱のない交ぜでしかない、経験に乏しい彼からすると自信喪失が根っことしても、強い屈辱の方がより意識の中で膨らんだものだろう。よってその精神や思考は非常にアンバランスなものになっていた、おとなしさと引換に冷静さを失い、感情の捌け口はつまりにつまっていく。だからこそ何とか挽回、目にモノを言わせてやりたいとの気持ちは強くその場を欲していた。
 そしてその格好の突破口としてフクスの一言をアクセルは見出した。だからその質問でもないフクスの言葉に対していよいよ、と堪えていた気持ちを漏らし始める。
「・・・フクスさんは強いんですか?どうなんです?」
 最も言ってしまった、とのわずかな冷静さから導かれる思いが同時に交錯する。だからこそアクセルはもう後には引けない、もう続けるしかないとの意識も交えながら、少しばかり熱くなった頭の中で返される言葉を待つ。
 対するフクスにすれば、またもアクセル自らがその馬脚とも、あるいは突っ込みどころを見せた、否、どうぞ突っ込んで下さいと熨斗をつけて持ってきた、そうとしかもう受け取れない。つまり飛んで火にいる夏の虫どころではない、格好の展開なのだった。
「さぁどうなんです?さぞ強いんじゃないんですか?」
 とにかくアクセルはそれを繰り返すしかない。シュッとパンチを繰り出す様子を見せて、ある意味威嚇しつつ何とか切り抜けなければと前途を探る。おぼろげながらイメージらしきものは浮かぶものの整理するために脳内で文字、あるいは口に出す言葉に変換しようとすると消えてしまうのだ。
 だから思えど動けないままひたすら繰り返す事しか出来なかった、それはいわゆる虚勢であろう。そして虚勢を張りつつ、先ほどの質問攻めの再現にも近い展開と心境をまたも味わう羽目になったのだから、正に墓穴を掘ってしまったと感じるしかなかった。

「うーん、相手してあげても良いきゅうんよ・・・」
 フクスはにっと微笑んで返す、ただしそこには考えがあった。だからこそ息を言い終えるなり止めなかったのであり、口もまた半開きに近い具合ですぐに動かせる様にしていたのだ。
「じ、じゃあ今しましょうよ。強いのなら是非その強さを見せてくださいよ」
 その言葉にしめた、と言わんばかりにアクセルは言葉をすぐに差し込んだ。
「ほら、どんなので戦うんです?見せて下さいよ・・・っ」
 そして思わずその場で手を繰り出してしまったのだ、ひゅっと。それはあるまじき、程度の差こそはあれボクシングをボクシングとして嗜んでいる者であるならしてはならない行為。しかし今のアクセルにその言葉は通じない、とにかく窮地にあるからこそ迷い、短絡的に考えてしまっているのだから。
(全くもう・・・懲りない子)
 フクスは咄嗟ではあったが避けつつ思う、いきなりではあったからぎりぎりの回避となってしまったが部活程度のアクセルの動きは、その瞳で見る限りでは大した事は無かった。矢張り隙が、ある種の遊びが多すぎるのである。だからこそ次なる一手は・・・受け止める。ぐっとその手首を掴んで、改めての微笑を見せ付ける。
「え・・・っ」
   アクセルの絶句は当然だろう。自分よりも小さく、そして絶対力技を示せば、と短絡的な確信を抱いていたのだから混乱しない方がおかしいものである。だからこそこれまでにない強烈なフクスの放った一撃であったに違いない、それは見えない一撃であった。だがしかしここまでの繰り返しの先に、最早フクスとしてもより大きな一撃を放たねばならないと確信していたからこそ、それはフクスとしては小さなジャブでしかなかった。
「ひ・・・え・・・っ」
 情けない声が漏れ聞こえる。震えている感じがはっきりと伝わってくる、それは全てアクセルが放っているものであり、フクスはその深い色合いの瞳を細めて無言で見つめる。その姿は大きくなっていた、あの金色の長い髪をたたえた小柄な姿はどこにもない。あるのはすらっとアクセルをはるかに上回る背丈を持った女性の姿。基本的な服装こそ変わらないが、その顔は珠の様に輝きを放つ他無く白と黒の袴が引き締めの役割を果たす。
「さて・・・と、人の話を聞かないで殴りかかって来る様な子にはお仕置きしないとね」
 フクスはアクセルの手をすっと振り落とす。それは高い位置から低い位置に一気に落ちた事から、二の腕の筋があらぬ方向へと一瞬動いた事で、彼は強い痛みと違和感に顔をゆがませるしかなかった。とても抵抗の出来る心境ではない、そもそも完全に排除されていたと言えよう気持ちの中で、表情をゆがませながら怯えた顔を向けねばならない。
  「・・・焼いちゃおうかしら、消し炭みたいに」
「え・・・いや、やめて・・・」
 心を、と敢えて言葉を続けなかった事がより効果あったのだろう。肉体を焼かれると咄嗟の勘違いをしたアクセルは懇願の悲鳴交じりの呻きを漏らした、向けられている顔はますます怯えた色に染まって今にも泣き出しそうですらある。
「・・・サリーヌに対してどんな思いを抱いているのかしら、もう一度言ってくれたら考えてあげる。焼き捨てるか・・・」
 それは一筋の光明としかアクセルには聞こえない、もう躊躇う気持ちも忘れて一言、彼は言う。気になっている、どこかでは好きな相手と。
 軽くうなずきながら目をしばらく閉じた後、フクスは再びアクセルを見つめた。普段であれば少なくとも普通のレベルよりは上にあるその顔は今では惨めなほど歪んでいる、仮にこのまま何かしないで黙り続けていればあちらから勝手に陥落してくるのではないか、と言う予感すらさせられる。実際、アクセルの心境はそれに等しかった。心の中では震え続けてならなかった、だからこそフクスは敢えて引き伸ばすのである。妖狐たる彼女に、その様な事はお手の物なのだから。

 それからしばらくの時間が流れる、何時の間にか2人の姿はその廊下からはなくなっていた。同時に基地の中にもいなかった。
 ではどこにいたのか。それはアクセルには全く馴染みの無い場所、そして基地のメンバーも恐らくサリーヌを除いて馴染みの無い場所、いわばフクスの本当の家である。
 場所がどこかは重要な事ではない、基地からも近く遠くある場所であり、然して重要な事では無い。問題はアクセルがそこに連れ込まれた、と言う事。当然、フクスの手を借りなければそこには普通の人間は入る事も基本的には叶わないのだから。
 そこでもアクセルは無言のままだった、しかし体自体はくつろいでいた。それは暖められたからだろう、その身は口こそ閉ざしつつも一角に設けられた浴室にて温まった後であるから、緊張による強張りは灰汁抜きされた野菜の如く心も含めて一掃されていた。今は用意された衣を身に纏って宛がわれた部屋にいて、ようやく来た指示に従わんと立ち上がったところだった。
 進む先にあるのは襖である、そしてそれを開き一歩踏み出るのは全く明かりに乏しい空間。全ての身をそちら側へと移して襖をしっかりと閉めると後はもう、ただ闇に染まった空間が彼を包み込む。
(・・・うう・・・どうなるんだよ)
 解れたとは言え完全に不安が消えたのではない、闇に接すれば、光に頼る人の心が怯えるのは自然の範疇である。だがフクスの指示には逆らえない、それを強く分かっていたからこそ彼は踏み出した。光の全く無い、その空間へと一歩一歩を踏み出す。
 最初の内からその空間、襖の先は生暖かい空気に満ちていた。それはどこかで惹かれる匂いでもあり、段々と歩調は早まる。足の裏も何時の間にか、そして液体の様にもなってくる。その中を彼はひたすらに進む。若し色がその空間にあったなら、その色が鮮やかな朱色に染まる空間である事を知れたであろうに、今はただ闇の中にある実感を色の代わりとして追い求めるのみである。
「あたたかい・・・」
 それをうわごとの様に繰り返しだしたのは何時なのか、その頃になると歩みは遅くなっていた。足はどこか引きずっている様な抵抗感があって、足首から今では膝までがそれに等しい。
 今では、と書いた様にそれは変化を伴っていた。確実に足は抵抗感に侵食されて、気が付けば腕もそうだった。その度に神経を暖かさが貫く、そして不安も期待へと変わっていく。何があるのかは分からない、しかしこれほど気持ち良くなっているときっと何か良い事が待っているのではないか、との気持ちに静かに変わるのは悪いものではなかった。
 顔はすっかり微笑んでいる、ずっずっと前へ進んでいく。最早腰周りまでも、果てにはみぞおちまでも腕の付け根までも、もう浸かっているのだ、抵抗感の何かの中に。そして残った体の部分、それは胸と胴体も何かに沈んでいく。
 それは目の前に構えていたものだった、そある程度の硬さを持っていたから少しの抵抗は、はっきりとしたわずかな曲線を持った壁としてある。しかしそれも一旦立ち止まった後の、少しの勢いをつける事で難無く突破出来てしまう。あとは抵抗感から全く開放された空間の中を、ただ伸びやかに安らいだ気持ちを以ってある方向と一直線に沈んで行き、その内に意識には幕が下りて静まり返るのみだった。水底の様な静まり方であった。


 続

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