古の仮面達・第2話 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
『昔の人が掘った鉱山の坑道が今でも山の向こうからこちらへと通じている』
 この言葉を聞いたのは果たして何時だろうか、少なくともここ数ヶ月の話ではないのだけは確実だった。
 この山は今でこそ静かなものだが昔と言えばそれは水晶等の鉱物 の産する所、として知られて栄えていたもので辺りにはその名残が多数残っている。だがその多くは荒廃していて半ば自然に帰っているばかりか、今ではどこにそれがあったのかすら分からないものすらあるほどの時間の経過が進んでいた。今掲げた話もその1つであり、山の中に張り巡らされた坑道を伝えば行き来が出来るかもしれない、と言う様な内容で聞かされた話であった事だけは確かで、出所不明な与太話の1つとしてしか生半可に聞いていたからこそ良く覚えてはいなかった。
 だが仮にである。もし今いる洞窟がその坑道の成れの果てだとしたら若しかすると、そうして脱出出来るのではないだろうか?それを不意に思い付いたからこそ、彼は奥へと、懐中電灯の存在も助けとして進んだのだ。
(ああ・・・本当気が滅入る・・・けど)
 それはこの様な先の見通せない展開になる、とは思っていなかったからこその気の滅入りだったのだろう。しかし同時に反骨的な、この現状に決して屈したくない、との強い意地もない交ぜとなっていた。結果として衝動的なままに突き進んだ、と出来るだろう。幸いな事にふと感じる風の流れは奥へと続いている。それは風が抜ける先があると言う事であるから、結果として事態はある程度は期待している方向に動いている証、そうと受け取る事で少しは精神的な安堵を得られたからこそ、ゲンイチは更に歩を進めたのだった。

 懐中電灯の明かりを頼りに浮かび上がる空間を見つめれば見つめるほど、その心はかなり落ち着きへと傾いていた。だがそれでもなお夢中であり必死である気持ちによって多くは構成されていたものであるし、時折加わるスパイス、実態は足元の危うさに対するヒャッとした気持ちが重なっては、奥へ奥へと窪みと歪みだらけの中を進んでいく。
(本当に坑道の跡なんだろうか・・・?)
 その落ち着きの中でふと浮かぶのはそんな疑問。少なくとも人の背丈がちゃんと入る大きさが続いているのは坑道跡と言うに足る証拠と見れる一方、例えば坑道を支えていた木の杭、支保杭の残骸すら全く見当たらないのは奇異なものだった。
 そもそも坑道跡、とは言えども何もかも撤去されていると言うのはむしろ稀。幾ら人が元通りに回復させようと何がしかの痕跡は残るものであり、山をくりぬいているからこそ採掘が終わった後でも山を崩れない様にしなければならない坑道となれば、それは残っていて当然なのだ。だがここにはそれが皆目見当たらない。だから本当にここが坑道跡なのか、と坑道だと信じて進んできたのもあって、今になって不安に強く思う様になっていたのだった。
 だがその思いを一気に晴らしたのは皮肉にも、足元が滑らせて思わず転びかけた事であった。姿勢を直して照らし出せば、最初は単なる段差かと思えたその場所には一定の間隔にて下に続く窪みが浮かび上がったのである。それは自然の造形と結論付けるには不可解なもの、確かに自然の作用で人が創り出した様な形が生じる事は稀に有り得る。しかしそれを抜きにしてもこれは明らかに等間隔で均一、また自然が成したにしては独特の遊びが皆無である。
「やっぱり・・・坑道なんだろう、な」
 立ち止まり屈んで撫でて呟く言葉は改めてそれを物語っていた。指先で撫でれば、土ぼこりの下にあるそれが木であるのを感覚として伝えてくる。普段は湿気が少ないからか加工された木材としての性格を強く残したそれは、明らかにここは人がかつて立ち入った事を示す良い痕跡にして証明でしかない。
 では何でここにはこれ以外の人工的な痕跡が殆ど見当たらなかったのだろう。少なくとも彼の記憶の中にある、村の近くにあった坑道と比較したら何もないのはおかしい、との記憶が繰り返しの疑問につながり、不安に思えて前述したような展開となったのだから。
 実の所、この山の一部には極めて地質が安定していて、そこでは何の支えもいらない、なおかつ掘り易いと言う理想的な条件を揃えていた。その事を幾ら山に関わっている身とは言え、関わり方が異なる故に知らなかったからこそ疑問として浮かべた、当然の迷走。そうであったのがどちらにしても分からなかったからこそ引き起こされた、と言える。
 だが分からずともそこを辿るべきである、と言うのは奥へ行けば山の向こう側に、と言う可能性を信じているからこそぶれる所は無かった。思わずそれを人の足が踏むのは果たして何時以来なのか、ふと思いつつ慎重に下っていく。何時の間にか水の流れはどこにも見えなかった、どうやら坑道の上の方を歩いている内に別の坑道に流れ込んでしまった、と言うのが真相の様でそれもなんとなく把握して思わず安堵の息を漏らす姿があった。
 水没と言う心配から恐らく逃れられたと言う事はそれだけの大きな余裕を生んだのだ。だから張り詰めていた気も次第に緩み、軽やかとまでは行かずとも緊張感とは無縁な足取りになった頃、それと彼は出会う。階段の行き着いた先、平たいその場所で出会ったのだった。

(こんな所に・・・?)
 最初、その場所に到達した時にゲンイチがしたのは道はどちらに続いているのか?と探る動きだった。平たく水の気配は全く無い場所、改めて水攻めからの恐怖から逃れられたのを確認出来たからこそ、より大きな安堵の気持ちにて懐中電灯の明かりを巡らせた時、不意に照らし出されたのが今、屈み込んでのぞき込んでいる物体だった。
 それは先ほどの木、木製の階段にも増して土ぼこりを厚く被った箱とその上に載っている四角い石の様な物の組み合わせであった。相当放置されていたのだろう、箱と地面が接する所で土ぼこりはは緩やかな斜面を描き、すっかり地面と一体化していて微動だになどしないと無言で訴えている。
 しかし明らかにそれは人の手が介されないとその場に置かれる事は無い代物であるのに違いない。いかにも頑丈な金属製のその箱は軽く叩くと良い音を出し、しばらく自分の足音以外は静寂に包まれていた空間にふとしたメリハリをつける。傍目から見ても重さを感じさせるそれを持ち上げようと言う気にはならない、しかし一体何が入っているのか?少なくとも投げ捨てられたとか、捨て置かれたと言う気配ではなしに何か丁寧に置かれた、そう言う印象であるからこそ気になってしまう。
「あ・・・独立しているのか」
 しばらく見つめた末に彼は手を伸ばした。掴んだのは箱の上に載っている四角い石の様な物。触れるまでは取っ手か何かだろうと思っていたそれが、ただ載せられていただけの金属の塊と気付くなり妙に拍子抜けた気分になる。
 それに思わずの笑みが零してしまう、何だかしばらく開けるか否かと迷っていた自分に対してでもであり、その気持ちを抱かせた塊に対してものどちらにも対しての笑いであった。だから今度は躊躇無く、懐中電灯を地面に置いて、更にそれは今、手にしたばかりの塊によって斜めに配置し天井に向けてスポットライトの様に照らす、と言う形で辺りにある程度の明かりを確保すると言う工夫の余裕までも見せての行動だった。
「よっと・・・」
 掛け声つきで開いた時、恐らくその箱は鋼か何かだろうと言うのを指先で何となく予想する方に一瞬意識が向いていた。だから気付かない、開けた瞬間、懐中電灯ではもたらされない位置から一瞬だけ輝きが会った事など、決して気付けない。
 それは決して彼が悪いのではない、不注意と言うのは誰だってあるものであるし、次からは気を付ければ良いのが大半だろう。だが時としてそれに当てはまらないものがある、そして幸か不幸か、彼はそれに当てはまってしまったのかこれからの展開なのだった。

(ねぇ?もう目覚める時?)
「・・・!?」
 慌てて辺りを見回したがどこにも見当たらない、その不意に届いた声が出ていると思しき物は影も形も見当たらない。
(私もう少し寝ていたんだけどなぁ・・・起こしに来ちゃったらしょうがないね) 
 しばらくの沈黙を破るのはまたその謎の声だった、「誰だ」と叫びたくなったが理解出来ない事に萎縮してしまい、喉が言う事を聞かずに息として飲み込まれてしまうのみでどうしようもない。
(じゃあ起きようかな・・・起こしに来たらきっちり起きろって言われてるからね・・・)
 声は続いた、心なしかあくびの様な響きすらまとって、いかにも眠くかったるいとまで取れる声の緩さが逆に怖かった。そして目にしたのだ、目の前で暗いだけの箱の中が薄っすらと明るくなったのを。続いてそれが浮かび上がってきたのは、とても自分が見ている光景と信じられなかった。
(ふうん・・・男の子なんだ、まっ構わないけど)
「ひ・・・っ」
 ようやく漏らしたのは小さな悲鳴だった、だが意に介さずといった感じでそれは迫ってくる。見えない肉体、透明人間がいるのかと言う様なまでにスムーズな動きをして顔が、そう仮面だろう。懐中電灯の明かりの中に照らし出されるのは黒い、のっぺりとした表面ではない前に大きく尖がった楕円形に近い曲線は、かなり前からVの字に広がる豊富な赤黒い毛の流れと共にふらふらとこちらに迫ってくるのだ。
 そしてゲンイチは知る、その箱の中から現れたのと同じ輝きが豊富な毛をまとめているヒスイ色の丸い珠から発せられている事を。そしてそれに理性が幾ら喚いても、その瞳はすっかり惹き付けられて目蓋すら閉じるのを忘れるまでより強く反応しているのを、妙に客観的に理解して肯いている自分が己の中にいるのも理解した。
 その己はこう言った、これは大いなる名誉に違いないと、お前は選ばれたのだとのそれに不思議と納得して一歩を踏み出してしまう。そしてまたあの声が目の前で浮いている、しかしその揺れ方は人の歩いてくるそれにそっくりな仮面から発せられているのだ、と己はゲンイチ自身でありながら、ゲンイチに対して示唆するのだ。そして納得を彼も返してしまうのだ。
 だから自然と立ち止まると大きく手を開いた、それは抱擁を今、正に相手にせんとする姿勢だっただろう。だから仮面は応える様に一旦立ち止まり、幾拍の後に肯いて一気にその中へと飛び込んだ。彼もまるでそこに体があるのが見えているかの様な見事なタイミングにて腕を交差させ、しかしそのまま両胸にクロスする形で打ち付けられる。そのと時には仮面は姿を消していた。
「う・・・っ」
(ふふ、ありがと・・・肉体くれて、ホウオウ様に言われたのかしら?だって私を起こすと約束してくれたのはホウオウ様だもの・・・新しい生き生きとした肉体と共に、ね)
 ホウオウ様、その響きには何か覚えがある様な気がゲンイチはした。だがもうその頭ではそこまで考える余裕は無かった。その頭は最早、あの仮面であったのだから。顔、頭、そこはほぼ黒に覆われて湧き出る様な豊富な赤黒い毛がこれまでにも増してなびいていた。珠は不思議と浮き上がる様でゆらゆらとしてはその肉体、ゲンイチの肉体を照らす。
 その輝きの下で、肉体はまるで無くなってしまったかの様だった。それだけ他のあらゆる色と言う色を、強くなったヒスイ色は殺していた。だから先ほどの透明人間にゲンイチは成り果ててしまったかの様で、しかしそれでも肉体の感覚は維持されているからこそ繰り返し繰り返し体を揺らしてしまう。そしてその度に何かが崩れ整うのだ、ヒスイ色は時として水の色にも見えるがその通りに感覚は、液体の如く柔軟性を得ているのを示していた。
 だから次第にヒスイ色が薄れるにつれて、それは再び秩序を、色と形、そして固さを取り戻していく。その過程は先に言ってしまうなら山から産出された鉱物として整っていた物が、人の手にかかって精錬され製品として整った形に改めて再編成されるのに近いだろう。しっかりとした男らしい、胸の厚い体躯は今やなかった。あるのは芯はしっかりとしていて大柄ではあるが、ウエストの括れが目立つ、ある意味では理想的な逆三角形の胴体、それが首の下にあった。
 華奢な印象は大柄と書いた時点で示された通り無い、脚も太く腕も太い。しかしただ太いのではなくそれぞれの付け根から広がっていく感じであった、そしてそれを覆う濃い灰色の毛は胸から肩、腕から指先、ウエストから下の部分にかけて一層厚みを増して、その境目にて特徴的なまでの形に伴う。例えばウエスト周りのギザギザとも言うべき毛並みであろう、外向きの小さな跳ね具合と共に表現された境目は尚更その肉体のシャープさを印象付ける。
 そしてその極みは顔にあると言って過言ではない、楕円形と評したあの仮面は今、すっかり顔にして頭になっていた。最初に包まれたからこそだろうか最も生気が漂っていて、くっと開かれた鋭角の目蓋の中からは水色の双眸が零れる。周囲を彩る赤い隈取と共に開いていた三角形の耳が、その中の赤い毛をはっきりと見せてぴくぴくと先ほどから動いているのを見れば、もう仮面とは決して言えない顔であろう。
「ふぁぁ・・・っ」
 だがその口が開いた時、漏れて来たのはその整いぶりとは逆にある緩いあくびの声だった。どこか眠気を誘われるあくび、それをしばらく大口を開けて漏らした後、赤い3つの爪の目立つ手で軽く口元を押さえてから、「それ」は今度ははっきりとした言葉を発した。
「ゾロアーク・・・ここに久々に目覚めりっと、でも変ねぇ・・・ホウオウ様いないじゃないの、もう」
 軽く胸、胸周りのほぼ黒い、周囲よりも分厚い毛並みの中にはふっくらとした双球が隠されているのだが、そこを叩いて自らゾロアークと呼んだ存在は訝しげに辺りを見回した。そして自らの期待していた存在がいない事に軽く溜息を吐いたのを合図、と言わんばかりに体を振る。
 次の瞬間には跳ね上がるとその空間を自在に、闇に包まれていると言うのに全てを把握しているかの如く、上へ下へと跳ねては飛び回る。土ぼこりが積もり続けるだけの静かな空間を舞い上がったそれ等による喧騒状態へと導くのだ。当然、視界は極めて悪くなる。しかしその間も壁面に地面に触れる足音は、全く途絶える事無く一定のリズムで響き続けてそして土ぼこりが収まる頃には消え果ていた。

「ふう・・・何時振りの地上かしらね、うーん良い夜・・・空気も美味しい・・・」
 地下のあの場所で土ぼこりがようやく落ち着いた時、地上であの声は響いていた。風になびく毛並みは月夜の輝きと共にその姿にふとした女性らしい印象を与える。
「もしかして私が目覚めたのって何かの間違い?この肉体も何も知らないし・・・まっ正直、そろそろ眠るのにも飽きてたから遊ばせてもいましょうか、ご馳走様」
 体を撫で回しつつゾロアークは丁寧に呟く。そしてまたも黙ったまましばらくたたずんでは、月明かりが雲で隠れた一瞬の瞬間の後、その影はそこにはもう見当たらなかった。だがほんのりとした甘い香りが残されていた。

 それは彼らが触れてしまう日からまだまだ数ヶ月も前の出来事であった。


 続

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