「ブースター?」
「はい・・・」
「ほら元気良く!」
「はい、エーフィ・・・姉さん」
「うん、そうブースターよ。じゃあ話続けるわね」
しばらくした僕はろくに抗せぬまま、その立場を受け入れていた。それはハルキと言う名前の人間からブースターへ、このハイツの中で一番新入りで下に位置するポケモンと僕がなった事を意味する。つまり失うモノがある一定の幅である一方で、見返りとすらも言えてしまえるであろう、疑問点を解く事に成功した。
それは忘れ去っていた事である。大変重要であるにも関わらず、実は把握していなかったここでの衣食と睡眠以外の時間、つまり昼間の過ごし方に関してであった。一応、僕は卒業をして社会人となった身の上。ここに来たのもその一環であり配属先として勤務先に住み込み様に、と言う指示されたからなのだが、実は具体的な職務の内容を全く知られていなかった。
そもそもここへは本意で入ったのではない。試しに他の場所を受ける前の練習程度で受けてみたら受かった、そして他の志望していたところは皆落ちた、その程度なのだから思いいれも何もあったものではない。この御時勢であるから結果論で見れば助かった、そんなありがたい話であるのに違いなかろう。しかし範疇外とも言える偶然の産物だったからこそ、僕は良いと一概に思えぬままの複雑な気持ちでやって来たのである。
最もそこには先入観による面も多かった、と言うのもバイアスとして見なければならない。だからいざ到着すると、複雑さの大部分は緩和されるに至った。とにかくは自分の衣食が保証される場所と言うのを実感出来た事は、心理的には多いにプラスに働き、その不本意な気持ちを幾分和らげる事が出来た。そうなると後はそう具体的な職務内容、それだけが一体何をさせられるのかと、ろくに調べもせずに受かった勤務先に対する不安として最もかつ唯一に近い形で残ったのである。
とは言え、その気持ちは長続きせず一旦身を潜める。それは新たな、あの挨拶を途中で遮られると言う、面子にも関する出来事が降りかかってきたから。それを食らって混乱する気持ちの方がずっと身近でかつ直接的な打撃であるのは大きかった。そうすぐに癒されない事実の前には、ある程度は時間が癒していた不本意さの残り香、幾ら職務に関する不満な気持ちは、目先の近さとして比すればずっと塵の様に微塵で小さく覆われてしまう。
更にその上へ地層の様に積み重なる、続く出来事がよりその傾向を強くした。神経をかき乱されてずたずたになって、余裕がなかったのも働いて僕の中は目先の事で一杯になってしまった。その中では自ら思い出す事、どこかで引っかかっていた気持ちは別として、あったとしてもまずは無理となって封じられたのだった。
「・・・それにこれがあなたの仕事よ、体で身を以って感じながら働けるなんてある意味一番楽よね?」
そんな僕にとってその彼女、エーフィ姉さんと呼ばなくてはならないのだが、エーフィからの一言はそれに再び気づくきっかけになった。
「え・・・つまり?」
正直、その「あなたの仕事」と言う言葉を耳にするまで意識が散漫としていた僕は、エーフィが何かを喋っていると言うのこそ把握こそすれ、耳はまるで具体的な内容を受け止めていなかった。だから咄嗟に聞き返すとエーフィは、その目尻で分かる程度にスウツの舌に覆われた顔にて軽く微笑み返し、肩へとすっと手を置くなり僕の体を正面に向け返した。
「とにかく、あなたのこれは繰り返すけど脱げないの。早くブースターになってしまう事、それが新入りの最初の仕事だからね」
改めて微笑む顔に僕は無言で首を縦に振る。同時に口ごもらざるを得ない、いやそれが正解と言わんばかりの絶対的な気配の前に、僕は改めて自らの立場を認識するしかなかったのだ。詳しい理由は何となくもう既に延べられてしまったかの様に思えるからこそ、そして聞き返しているにも関わらず絶やされない微笑の前に、己の責任と言うのを直感的に抱いてしまったから。そんな具合であるからふとした朦朧さにまた包まれ、彼女の口にする説明の中よりある単語が抜け落ちている事にも気付けなかった。
そんな僕のぼんやりとした瞳には、エーフィの肩越しにあの機械。上下で挟む様な形で僕を包み込み、視線を落とせば爪先に至るまでを赤色とクリーム色で覆い包んだ、このブースタースウツとやらに封じ込めた機械が妙にはっきりと映し出される。意識するまでもなく、またもエーフィの言葉に対する注意はどこか散漫になっていた。再び気が付いた時には、その部屋を後にせん、とその背中を追って扉の向こうの階段へと足をかけるところだった。
(皆に会うのか・・・)
ふと脳裏に浮かんできた「歓迎会」と言う文字を浮かべながら、気持ちをどこか押し殺し緊張しながら後についていくのだった。