長く生きる事 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
 7月そして8月、文月と葉月とも呼ばれるその2カ月間は、夏と呼ぶに相応しい姿を魅せるそんな時期である。それは勢いにあふれているとの表現通りで、梅雨も明けた頃には植えられたばかりの頃と比べれば頼もしくなったとは言え、まだ膝の辺りまであるかどうかと言う稲がわずかこの間に、一気に伸びて早稲であれば軽く穂を8月の穂には垂らしているのだから、正にそれはその象徴であろう。
 何よりも稲に限らず全ての植物はこの時期に最も成長する、そして人もまた活動的になる。まずイメージされるのは夏休みだろう、何よりも冬と違って何事も軽装ですぐに動きやすいと言う事が言えなくはないだろうか?だからこそ、おおよそ殆どの存在が年間を通して最も勢い付く、と言える。

 そしてそれはこの別の世界、そうポケモンの世界でも変わる事はない。この夏と言う時期は多くのポケモン達が矢張り活気付き、多くのトレーナーが、普段は街で仕事をしている様な俄かトレーナーとでも言うべき人達を含めて、どこか手持ちのポケモンを手にあちらこちらへと出かけてしまう、そんな季節。
 その背景としては、大人であれば子供の頃をふと思い出してと言う懐古的な面が強いであろう。だがその、大人達がふと思い出すその時期の真っ只中にある子供達にとってはどうしてなのだろう。それは少しだけでも自らのどこかで、ポケモンと関わるからこそ抱く理想の姿、トレーナーの頂点であるポケモンマスターに対する憧れが一層浮かぶからではないだろうか?
 子供と言うのは得てして、大人から見たら安易とも思えるかもしれないが、当の本人たちは至極真面目にそうなれる、そうなると心の中に浮かべる、そう言う節が極めて強い。それこそが子供を子供らしくし、そしてふと前述の通りの様な大人達が、昔に対して思いを馳せる最大の要因になるとも言えようが、とにかくはそう言う存在である。
 だからこそ学校と言う忌々しい、その時にはその必要性がイマイチ理解できない存在から解放された彼らは、その時の彼らにとって分かり易く身近に感じられるポケモンマスター、それに対する憧れを少しでも形にする為に野に山に海へと繰り出すのだろ。そして夏が終わるのを惜しむのを繰り返し、何時しか成長していく、それが彼らにとっての現実なのだから。

 やや前置きが長くなってしまったがこれはただの説明ではない、とここで述べようと思う。では、と問われたらこう答えるしか無いだろう。そう独白、これはこの小説の主人公たる存在の、それなのである。

(ああ、夏ですねぇ・・・)
 ここ数日、雨が降らなくなったと感じていた彼はふとした洞穴、それは彼の家であるがそこからふと外に足を踏み出すと、そのまま大きく体を伸ばして大きくあくびをした。
(さて見回りに行きますか・・・)
 体全体を表に出すと大きくその体を振る。比較的大柄で前脚と後脚で支える体をしゃなりしゃなりと、少しばかり大仰に振られながら森の中へと進んでいく。一番最後に立派な、その体を見る者のほぼ全てが視線を最初に向ける彼の自慢の尾、九尾を振る。赤い瞳にほんのり白のかかった山吹色、胸周りの豊富な毛も矢張りアクセントで良く目立つ、1匹のキュウコン。
 彼がこの森に住んでどれ位になるのか、知るのは彼しかいない。少なくとも並のポケモンのレベルではないのは確かだろう、だから彼が言わない限り、また浮かべない限り我々には分からない。
 そんな事をふと書いている間に彼は素早く森の中を歩き回っていた、比較的トレーナーが入ってくることの多い浅い部分から、滅多に入ってくる事はない、入ってくるのは大抵熟練かそれか未熟故にうっかり迷い込んで来てしまったそんなトレーナー程度の深い部分まで、彼自身が自らの縄張りと認識しているその広い範囲を慣れた足取りで歩き回る姿は、夏の深い緑の中に浮かび上がる様で何とも美しい。
 その脚が不意に立ち止まったのは、巣穴からかなり歩いて、およそ1時間はかかったそんな場所。直線距離であれば大した事は無いのかもしれないが、様々な所を迂回した果てに到着したのは森も奥も奥。比較的平坦なその地形の中で不意に岩が現れ、それらによって盛り上がった丘の上にある土地だった。
(・・・お久し振り)
 立ち止まった彼は数拍置いてから、何の脈絡も無しにその言葉を一言浮かべその頭を垂らす。それこそ目を瞑って、口もしっかりと閉じて深く一礼と言う勢いで、その姿を書く事すら憚れる雰囲気を纏った姿だった。そんな彼は元の姿勢に戻ると共に、すっと1つ2つと脚を進めて体を軽く曲げる。それはそう、今、頭を垂らした対象を包み込むな姿勢で、音すらも立てない静かでありながら一瞬の動作。
 そして再び瞳を瞑る、静かに顎先を地面につけてどこか微笑んだ様に口元を歪ませて動きを止める。それはまだこれからこの森が暑さの盛りを迎える頃だった、その場所へと木々の間から差し込む光の角度がそうであるのを、しっかりと示していた中での姿だった。

(んん・・・)
 キュウコンが目を覚ましたのはそれからほぼ半日が経過したそんな時間だった。ここで言う半日とはちょうど12時間と言う意味ではない、そう太陽の照っている時間がそろそろ終わる、そんな時間になっていたと捉えてもらえれば良いだろう。
 この間ずっと彼は眠っていた。静かに深く、何時も寝る時よりも何処か、ある意味では思索に耽って。そう完全に眠っていたのではない、静かにその身を落ち着かせ、そして微動だにする事無く瞳を閉じてひたすらに思いに耽る。それは彼がキュウコンだからこそ、とも言えるだろう。その評判、非常に賢い、尻尾を踏むと祟られる、9人の仙人が一緒となった姿、とそれ等はどこか他のポケモンとはまた違う印象をキュウコンに与えている。キュウコンなら、キュウコンだから、とそれは良い意味でも悪い意味でも人々、特にトレーナーの間では言われているのはまた確かな事である。
 彼からすれば各々、そうキュウコンそれぞれ全てが同じではないと言うところだろう。どう思われようとも気にしてはいない、しかし彼が幾らそうであろうとも客観的に見て、今まで生きてきた中で接してきた同族、そしてトレーナーとの関わりの中でそう言う考えをその賢い頭の中でしっかりと持っていた彼は、正しくイメージ通りに賢いキュウコンであった。
 既に独白、と言う言葉を使ったが、改めて明らかにするとあの箇所はこのキュウコン、即ち彼が浮かべたものである。少なくともそれは彼自身の身に起きた事ではない、あくまでも物心覚えた頃はロコンであったし、何時しか進化した一介のポケモンに過ぎないのだから。ただこの森に住み着くまでの間に前述の通りに多くのトレーナー達と接して来た中で、彼が見出した1つの結論なのだ。
 だからこそ彼はこの時期になるとより強く思ってしまう。もうどれ程前かは流石の彼でも忘れてしまったが、きっかけとなったのはその頃に縁合って共にいたトレーナーの家での出来事。ニンゲンがこの時期になると行う行事を見知って以来、ますます強まり更に歳月が過ぎてそのトレーナーと別れて以降、この森に住み着いてから毎年の様にこの場所に来てする、年中行事。
 それは過去に世話になったトレーナー達、縁のあったその周りの人々、戦った相手、あるいは仲間であったポケモン達、そして棲家たるこの森の移り変わり。それ等、もう出会う事の出来ない、自らよりも先に旅立っていた者達を、例え一瞬の出会いであったとしても可能な限りに全てを今一度思い出し、そして想いを馳せてはそれを通じて自らを見つめる事。時として大変切なくもある、だからこそ全てを終えた時、彼はその様にした事を1つの区切りと見なして立ち上がれるのだ。

 その際の姿、きりっとした鼻筋の美しい顔、ますます磨きがかかったとも取れる九尾、と言う表情と輝きの組み合わせにより、それ等を闇夜の中ではっきりと魅せる姿は一種の神々しさすらあったと言えるだろう。そして彼は、この場に来た際の行動とは逆に不意に頭を上に突き上げ、大きなあくびを浮かべる。長く大きく、どこまで顎が開くのかと言うほどした後、あっさりと閉じて薄っすらと赤い瞳を外気に晒した時、それは不思議な現象がその場に現れた。
 1つ、いや2つに3つと不意に空中に現れる灯火。それ等は色も様々で揺ら揺らとなる様はどこか不安定であるが、一定の形以上には崩れる事は無いある意味完璧なそれ等が無数に出現し、キュウコンの周りを取り巻く様に並ぶ。そしてキュウコンは驚く様も見せずに、むしろその表情をより柔和にして見渡す。不思議とキュウコンが視線を向ける度に、それ等の揺らぎが大きくなるのは気のせいであろうか?
 いや気のせいではない、揺らぎつつも安定していたそれ等は、矢張り一定のリズムと言うべきほどに整い始めると隣接する者同士で混ざり合い始めるのだ。そう融合、と言えるだろう。溶けて揺れて溶けて揺れて、その繰り返しの果てに無数が1つになった時、すっかり大きな形となったその塊はすっかり地に付いて新たな形を呈していたのだから。
(お帰りなさい・・・今年も)
 そんな形に彼は親しげに、それでいて恭しく頭を改めて垂らす。そして元に戻して一歩踏み出すと、形もまた踏み出してその首同士をすり合わせて気持ち良さそうな顔をまた共に呈する。
 何時の間にかそこには2匹のキュウコンがいた。1匹は当然、彼である。しかしもう1匹は色の異なる、そんなキュウコン。毛並みもより豊かでほんの少し体格も大きいが、それ等を除けばそっくりな2匹が今、正に首をすり合わせているのだ。
(ただいま、今年も会えて良かった)
(ええ、僕もね・・・さて遊ぼうか)
(うん)
 交わされる言葉は決して悲愴的な物ではない、久々に再会出来た古い友人同士が交わす様なそんな言葉で聞いているこちらもどこか和まされる、その様な言葉である。
 そして彼等はふと離れるとまず、新たに出現したキュウコンが走り始めた。続いて彼がその後を追う、その丘の上、広くとも狭くとも無い平地の上をぐるぐると互いの九尾を追う様にして、何とも楽しそうに息を弾ませて走り回っているではないか。
(待てよ・・・!)
(追いついてご覧よ!)
 その時、改めて交わされる言葉はどこか若さすら感じる響き。そう少年達が暑い最中に遊んでいる、そんな光景を連想させる。
(おわっと!?)
(へへ、何時も同じとは限らないって!)
 そして不意にターンした彼の行動にぶつかりかけて、慌ててターンをするもう1匹。追う者が追われる者になり、追われる者が追う者になると言う立場逆転の光景も交えてそれは何時までも続いた。闇が深まり、彼等の存在がより露になればなるほどそれは激しさを増していく。もうどちらがどちらか分からないほどに。
 だが結末はあっさりとしていた、何時の頃からか一方がわずかながら遅くなっていったのだ。だから機敏さも次第に失われていく中で、もう一方は相変わらずであるからその距離は次第に縮まっていく。そしてようやく追い付く、と言う時に不意に遅くなっていた方が消えたのだ。正に消失、と言う言葉が似合うほどであったと書けるだろう。
(おっとっと・・・もうこんな・・・か)
 慌てて足を止めたのは体の具合からして彼であるキュウコンだった。再び持ち上げられた頭、その視線の先には木々の間から見える夜空は、最早すっかり白んで朝空と言うべきほどにまでなった姿になって広がっていた。
(やれやれ・・・楽しい事と言うのは本当、時間を忘れてしまうね・・・)
 軽く清々しげに息を吐きながら彼はそう浮かべた。
(お疲れ様・・・また来年な)
 再び気持ちを静かにすると頭を一礼させてから、彼は軽い足取りでその丘を下った。そして巣穴に向かって今度は最短距離で歩いていく。その間に1度も振り返る事無く、ただ森の中へと消えていくその九尾。それを見つめる様にそびえる丘の上に直立した太い幹、更に多くの逞しい根っ子を張り巡らした大木が、次第に朝日の中で自らの色を取り戻しながら見送っているのみだった。

「お盆と言うのはね、おじいさんとかおばあさんとか、とにかくもう亡くなったこの家の人が帰ってくるんだよ」
 暑い夏の日差しの下、1人の青年がそう呟きながら準備を手伝っていた。
「ま・・・ポケモンに言っても分からないか、流石のキュウコンだとしても。でも大切な行事だからね、見ていると良いかもしれないね」
「キュウゥ・・・ン?」
 話しかけていたのは傍らにいるポケモン、まだ山吹色の面が濃い、彼の昔日の姿。
「作業が終わったら、ちょっと近くまで行こうね」
 軽く鳴いて返した彼に青年はにっと笑って、返していた。


 完
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