夏のグレイシア 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
「んー・・・涼しい」
 それはどこか西の方にある大都市の一角、そこは複数の似通った高層建築の並び立つ団地。中でも高層に位置する一室よりふと漏れていたのがその声だった。
「やっぱりこう言う日は家の中でのんびりよねぇ・・・」
 部屋の中は白と水色が多用されたそれは涼しげな印象、いやそれは印象に留まらないだろう。ふと部屋の天井と壁の接する隅を見上げれば、今正にそこに据え付けられたエアコンよりそれこそ勢い良く冷風が噴出しているのだから。それもご丁寧に視覚的に分かる様にと言う事なのだろう、吹き流しまでその口には付けられている。
 肝心の声の主はどこにいるのだろうか?ふと見回してみても見当たらない、椅子の上は空であるし無造作に置かれた座布団の上にも痕跡はない。しかし声と気配はする、と思って視線を向けるとベットの上にその姿はあった。それは布団の中に包まって横になって、顔の部分だけを突き出す形で部屋をここまで冷やすのとは矛盾した姿勢。枕に顔を乗せたうつ伏せで、体の力をすっかり抜いた文字通りのリラックス、と言う具合で見ていくとふとその顔も青く見える。寒いがっているのだろうか?
 いやそうではなかった、そもそもの色だった。詳しく書けば濃い青と水色の2色で、全体的には水色でわずかに突き出た鼻先は紅一点ならぬ青一点の逆三角形。髪の毛かと思える箇所はそれほどの柔らかさは感じられず、むしろ硬い塊。3つに分かれて構成された菱形的な形の集合体とも言える具合で、そしてその傍らからは先端がはっきりと菱形の濃い青ならぬ藍色となった房とも言える物が両脇から垂れていて、だらっと言う具合にシーツの上に広がっている。
 そして瞳も深い青色、少しばかりの薄目となって開かれているそこからは緊張感とかそう言うのは一切感じられないその存在。1匹、否、1人のグレイシアが心地良さそうに、矢張り菱形の大きな耳を分厚い羽毛布団の厚みよりも高くしては時折揺らして、気侭に惰眠を貪っているそんな有様だった。
 そんな時だった、いきなり部屋のドアが開けられたのは。途端にすっかり冷え切っていていた部屋の中に、ドア1枚を挟んで熱のこもっていた廊下の空気が流れ込んでくる。そして新たな影が1人、入り込んできたのは。

「ああ、寒っ・・・どんだけ冷やしてるんだよ、グレイシア!」
 その姿は人であった、若い青年と言う具合の眼鏡をかけた男だった。
「電気代だった馬鹿にならないんだからな・・・」
 そして続け様に机の上に置かれていたリモコンに手を伸ばし、その画面に表示されている設定温度を見て一瞬目を丸くしてから電源ボタンへと指を向けかける。
「あっもう消さないでよ・・・私の部屋なんだからっ、それに私の服まで踏みつけて」
 それまで布団の中で見せていた表情、そして気配が嘘であったかと言う様に鮮やかに布団を跳ね除けたグレイシアは、鮮やかとも言える跳躍を見せて男に体当たりをした。同時にリモコンも奪え返し、しっかりと握っては体当たりにより大きくよろめいて体を、脇にあったタンスに持たれかけさせている男を睨み付けた。
「私のって言ってもな限度が・・・それに服位片付けておけよ、全く・・・」
 脇腹に思いっきり食らったものであったから、その辺りをさすりつつよろめいた拍子に踏んでしまったグレイシアの服。それは床の上に無造作に脱ぎ捨てられていたからだったのだが、文句を口にしつつ慌てて足をどかしてそう返す。しかしグレイシアは無言でじぃっと睨み付けた後、リモコンを掴む腕を動かしエアコンへと向ける。そしてそれに気付いて慌てて止めようとする男を今一度、蹴飛ばしてから更に温度を数度、下げたのだった。
「ふん・・・あなたこそ私の部屋にいきなり入ってくるなんて良い度胸よね、ちっとも学習してなくて・・・」
「だからそう言う問題じゃないだろ・・・先月の電気代、跳ね上がってるんだぞ?とにかく下げろ、温度を」
「あらそうなの」
「そうなのって・・・もう幾度と無く言っているんだが・・・」
 あっさりと返すその言葉に、ふと打ちのめされた様な気になって苦渋の色を大いに浮かべながら飲み込み、男は更に続ける。
「ごめんなさいね、私、ポケモンだから難しい事分からないのよ・・・グレーィ?」
「だからそう言う問題じゃ・・・」
 だが一向にグレイシアは意に介さない、それどころかますます自らのペースを見せつけ、そして真面目に言おうとする男を惑わしていく。そうそんな繰り返しがしばらく続いた。

「とにかく・・・」
「とにかく・・・あなたも早くポケモンになっちゃえば良いのよ!さぁさぁ・・・!!」
 そしてそれはそろそろ尽きかけると言う時だった、堂々巡りの繰り返しでもう良い、と男が内心で強く諦めてそれでも最後に一言と言いかけた時、その言葉を反復したグレイシアは、男の衰えていた勢いを飲み込んで全てを己のペースに引き込んだ。大きく微笑んでは手に掴んでいたリモコンをさっとペットの上に投げるなり、すぐ間近にあった男の体に手をかけて、その際に背中側に回る事も忘れずに掴むとそのまま勢いをつけて押し出す。
 慣れた手付きで、男が一瞬の混乱から冷めぬ内にグレイシアは外へと押し出す。いやただ押し出すのではない、そのまま上手く押し歩いては先ほどまで硬く閉じられていたグレイシアの部屋とは別の、扉の開け放たれた部屋に入っていく。そしてその直前から手をかけていたズボン、服をこれも手際よく、最もその服自体が軽装な室内着であったのも大きな一因であったのだが、一挙に剥ぎ取る様にして脱がせる。そう剥くと言う文字の通りにすると服の下に隠されていた、男にしては白い素肌をさらけ出された。
「眼鏡も外して・・・っと」
 眼鏡も当然ながら外し、ベッドの脇にある台の上に置いた流れでベットの上へと押し倒したのだ。当然ただそうしたのではない。背中に手を突いて、ついでに軽く首筋に極めて冷え切った、文字通りの凍える風を吹きかけて軽く麻痺させると言うのも同時にしてから、手早く傍らにある箱を開けて、中より丸く収められた長い布状の物を1つ手に取って被せていく。
 それは男の背格好と全く一致した大きさだった。それをしっかりと鼻歌を心地良さそうに漏らしながらグレイシアは、尻尾も同時に大きく振りながら全身にあわせると強く押し付けた。そう馴染ませる様に、適度な力でぐいぐいっと密着させて。
 それはその意図通り、なのだろう。次第に馴染んでいく黒、その1色であった生地は段々と弛みをなくしてその表面に一体化して行き、ピンとした張りまでも浮かべ出し自然な気配をまとい始める。そう生きている、つまり生きている物にだけある、一種の熱を帯びながら何時の間にか覆い被さっていた全ての部分に定着していく、その内に何時しかあの白い肌の色はどこにも見えなくなっていた。だが基本的な姿自体は変わらない、腕があって胴体があって首があり足がある。それはグレイシアと同じに、人の体つきがそのまま活かされていた。
 しかし矢張りそうでない部分も現れ始める、既に色がそうである様に耳が大きく膨らむように伸び始め、また腰の尾てい骨の付近よりも同様な膨らみが姿を現し始める。ただ長いのではなく、ふっくらとした膨らみを併せ持つと言うのがその印象だろう。
 そしてただ輪郭に沿って定着していた黒に厚みとも言える印象が生まれ、柔らかさとなって随所に余裕となって現れた時、それは全てがしなやか、しかし短い漆黒の毛となった。口周りもグレイシアと同じくわずかに突き出して、顔の輪郭もまた変わる。そして額にふとした円い輪、それは水色の縦に長い楕円形が浮かんだのが締め括りだった。

「うう・・・」
 ようやく声が呻きとは言え漏れ、ふと開かれた瞳はそれは大きな形だった。そして澄んだ青ではなく同様な琥珀とも言える黄色に染まっている。そして起き上がる、耳をビクッとさせつつベットの上に両手を背後に突いて支えの様にした格好にうつ伏せから向き直すと、ベッドの端に膝を折って乗った格好でグレイシアと向かい合った。ただ黒1色であった体のあちらこちらに、額にあるのと同様な円や線と形こそ違う物の、水色の模様を持った姿となって。
「おはよう、ブラッキー」
「おはようじゃないよ、もう真昼間だって言うのに・・・これからする事があったのになぁ」
 いかにも思い通りになった、と言う調子で楽しそうな声のグレイシアにブラッキーは少しばかり、むすっとした表情を浮かべて頭をかきながら返す。そしてわずかに視線を反らすが、何を言うでもなく口元をもごもごと動かし続けている。
「へえ?何を?」
「えーと・・・何だっけ・・・」
 だが一体何をするのか、と言う質問に咄嗟に答えられない。そして余計にもごもごとして、次第に恥ずかしそうな表情すらみせるブラッキーにグレイシアは改めて声をかけて、大きく体を近づけた。
「すぐ思い出せないなんて大した用じゃないのよ、それとも咄嗟の嘘かしら・・・?」
「そ・・・そんなのはないっ」
 嘘と言われた事にブラッキーは慌てて否定した、そう実際に何か用事があったのだと強く思いつつ、嘘であると言う部分を否定する為にその様に口に。しかし次の瞬間、グレイシアの微笑を見てしまった、と言う思いを強く抱いたのも然りであった。どうしてはっきりと言わなかったのかと、そして言い直せば間に合うのではないか・・・と淡い期待を浮かべて今一度、半笑いのまま口を開きかけた時、グレイシアはそれを封じた。
「あーらぁ・・・用はない上に嘘も付いていないだなんておかしいわねぇ・・・?」
 その時のグレイシアの瞳は獲物を狙う猫の目付きに相応しかった。
「いや・・・ちが・・・っ」
「あらまだ言うの・・・本当に学習しないわね、あなたは・・・さっポケモンらしく理解させてあげるから・・・ね?」
「う・・・っ」
 次の瞬間、既にブラッキーの体の脇に両手を付き、覆う様にしていたグレイシアの体はブラッキーと接し、そしてその暗い体を再びベットの上へと押し倒す。当然の事ながらそのグレイシアはひんやりとしてこの熱気漂う部屋の中では心地良かった、それに思わず、反射的に息を吐いて脱力するなりブラッキーの心もまた緩む。
(ま・・・いいかな・・・ポケモンらしく・・・電気代だっていいや・・・)
 そう浮かべた瞬間、グレイシアの柔らかさが特に胸に今一度伝わってきた。そして口の中に涼しいその吐息が吹き入れられて、ブラッキーは瞳を閉じてしまう。最早気持ち良く全身に伝わるその快感に大きく身を震わせては、その背中に手を回し更に受け入れ、そして更なる涼を欲するのみだった。
 それはまだまだ日の高い、そして1日で最も気温の高いそんな晴天の日の1コマ、窓の外では熱い空気がふとそよ風として街の中を駆け抜けていた。


 完
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