弐百十七番道路ニテ・後編冬風 狐作
「さてと・・・そろそろ夕飯に・・・ん?どうした?」
「あ・・・いや、ちょっと何の瓶かなぁと気になって・・・」
 とは言え尽きる時は尽きるもので、有り余ると思えていた会話も展開に悩む様になってしまった。そんな息切れとも言える様になった辺りで少年は、先ほどから気になっていた物にしばらく視線を向けていた。それに男が気が付くまでそう時間は要しない、そして先ほどから気になっていた、背後にある棚に並べられた小瓶の数々が気になっていたのだと素直に答えると、軽い頷きと共に立ち上がるなり、その中の幾つかの瓶を脇にある机の上へと並べて見せた。
「まぁどうと言うことはないんだが・・・」
「その、ポケモンの写真が貼られているので何の瓶かなと・・・」
「ああこれか、これは昔研究で使っていた物の余りだよ。今は食材とかを保管しておく様に・・・ほら、中々いける」
 そう言うとおもむろにその内の1つの瓶に手をかけ蓋を外し、その中身の乾物を手にして男は口に運び、食べながら少年にも進めてきた。研究に使っていた、と言うのがふと気になったが男が普通に食べているのだから問題はなかろうと、少年もまた続けてそれを口に運ぶ。どうやら秋の内にこの辺りの野山に生えていた物を収穫して干した物らしく、その素朴さには新鮮な物を感じずにはいられなかった。
「まぁもったいぶって置いてあるが、つまりはこう言う再利用でしかないのさ。ちょっと料理を作って来よう、その間、空腹だろうし食べていて構わないよ。棚から新しいのを取ってきても良い、何せそろそろ春だから」
「あ・・・ではお言葉に甘えて・・・」
「はは、畏まらなくて良いから、ね」
 男は立ち上がり、壁にかけてあったエプロンを巻くとそのままリビングの隣にある台所へと姿を消した。その後を途中まで追う様に、他にどの様な物があるのだろうと少年は棚の前へと足を運んだ。棚の前からはリビングの中からは見通せない台所の中がはっきりと見える、とは言え生憎、男は背中を向けて屈み込み、床に置かれた箱の中を物色している最中であったから、少年の事を見ている素振りはなかった。だから少年も声はかけず、適当に見繕った幾つかを手にして元いた椅子の場所へ腰を下ろす。
 片っ端から開けてはつまみ、口を動かす。中身はどれも多様で、ある物は果実、ある物は芋類、ある物は・・・と果たして干す前はどの様な物だったのだろうか、と想像するのがまたふとした楽しみとして何時しか芽生えていく。そうなっていくと次第に、最初は気にしていた瓶に貼られたポケモンの写真よりも中身の方が気になって仕方なくなり、文字通りそれに対する関心は無頓着と言う言葉の通りになっていった。
 加えて食べる勢いに歩調をあわせるかの様に、マグカップの中身が無くなっていくのに意識が向く。これは当然とも言えるだろう、そう乾物と言う言葉の如く、水気の薄い物を次から次へと口に運んでいるのだから喉が乾いて仕方ないのだ。故に口を付ける回数は必然的に大きくなり、中身もまた減る訳でこれがますます、瓶の容器その物に対する関心を削いで行く事になった、そんな矢先の事だった。

「ん・・・っ!?」
 低い呻きだった、恐らく台所の中からは何かを炒める音が響いていた事から、距離も含めて考えると絶対、あの男の耳には届いていなかっただろう。呻きの原因となったのは急激な抱腹感と胸焼けだった、とにかく腹が張り、胸に喉にと焼ける様な感覚が伝わってくる。
(は・・・はきそ・・・っ)
 それは嘔吐感。少年はそうだと咄嗟に直感すると同時に、男からこの家のトイレがどこにあるのか、まだ聞いていなかった事を思い出し内心で大いにそれを悔やんだ。そして聞かなくてはと言う思いと、今、口を開けたら何かで出て来てしまいそうだ、と言う思いの狭間に追い詰められ、次第に精神的な余裕を無くし焦りで頭が一杯になっていく。
(駄目だ・・・いや・・・あぐっ・・・)
 今や胸と喉に広まっていた熱さは灼熱さ、となってそれ以外の、特に首筋を経て脳へと広がっていた。空にはそこを経て鼻、耳、何よりも眼球が異様に熱くなると共に激しい頭痛が襲う。とてもそれは平然と振舞える限度を越え、何時の間にか椅子から床へと体が、腰や足が砕けかの様になって力が消え失せて滑り落ちる。それでもなお、まだ力を入れる事の出来た両腕を床に突いては、頭を大きく垂らす姿勢に至っても少年は、まだ何とか対処しようと割れる様に痛い頭の中に浮かべてしまう。
 しかし両腕と背筋以外の力は見る見る間に、最早制御出来るほどの余裕は失われていった。体の熱さ自体は相変わらず酷くこそあれ、それ以上の広がりは無く、既に広まった場所を更に熱していくと言う様子であった。そして心なしか、何やら体が熱によって一部は膨らみ、また溶ける、即ち縮んだ様に感じられたのは気のせいだったのだろうか。前者は例えれば鼻から顎にかけて、後者は制御の余裕をなくした両足と言う具合に過ぎる。
(あ・・・ああ・・・あ・・・っ)
 とにかく苦しくて仕方なかった、舌をだらんと垂らして涎がわずかに糸を引いて垂れるのを見るのすら、もう出来ないのではないかと言うほどに頭痛と目の灼熱さ、転じて眼痛は著しかった。
(は・・・もう・・・う・・・ぐっ・・・!)
 とうとう両腕すらも力が入らなくなった時、大きく少年はバランスを崩して左肩から床へと崩れ落ちた。その際に感じたのは両足に感じたのと同じ感覚だった、そう力が抜けた途端、熱が両腕の中に広がり一部は溶けて縮まり、一方では膨らむと言う熱の錯覚、と思える現象が起きたのをその様な中で察知したのだ。
(・・・い・・・い゛っ・・・体!?)
 一体何が、そう思ったその時だった。一旦完全に閉じられた目蓋を開きかけた瞬間、体の中にこもりにこもっていた熱が口から噴出したのだ。それはもうその口を大きく開けきっても足りないくらいで、開きかけた瞳も再び閉じねばならないほどの勢いだった。  吐いてしまった、それが直感だった。しかしすぐにそれはおかしいと少年は気が付く、そう吐いた後には考えられない爽やかさが体の中に急に現れたのだ。何よりも液体的な感触が全く無かった、むしろ深呼吸の息を吐き出している時に近い感覚だったと言えるだろう。体にも力が戻っていた、落ち着きはおろか頭痛すらもどこかへ消えてしまっていた。それでもしばらく、そのまま瞳を閉じて横たわっていたのは言うまでも無い。ただ大きく息を吐いては胸が動くのを感じるのみだった。

 ようやくその落ち着き振りに体が慣れ、瞳を開けると目の前には見覚えの無い鏡が置かれていた。少なくともその鏡が立てかけられているのは、もう見慣れたと言って良いあのリビングに置かれた金属の机の脚。
「おや・・・目が覚めたかい、夕飯は出来たんだが・・・?」
 投げかけられたのは男の声だった、その声に気付くなり少年は急に意識を覚醒させて起き上がろうとして・・・戸惑う。何故なら幾ら立ち上がろうとしても視線がある一定の高さ以上に持ち上がらない、何よりも体自体が全体として床に向かっているのだから。手にしろ脚にしろ、何しろ腹部に胸部に至るまでがその方面を指向してしまい、それ以上に起き上がろうとするとバランスを崩してよろけてしまうのだ。
「はは、そんなに慌てずに良いよ・・・君」
 そんな少年を見かねたのか、男は少年の肩に手をかけて抱き上げた。少年にとっては正に渡りに船だったと言えるだろう、何故か起き上がれないところを起こしてくれたのだ・・・から。
「ブ、ブースタ・・・ァッ!?」
(ありがと・・・え!?)
 確かに視線は見慣れた位置へと戻ったのは確かだった、しかしそれは自分の足で立った結果ではなかった。そう男に抱き上げられての事だった。
「弱ったな、区別した筈だったんだが・・・まだあったか」
 男は抱き上げてそう呟きつつ、手中のモコモコ、橙のそれにも増しての渦を巻いた様な流れを持った白、何れも豊かな毛に包まれた存在を撫でる。
   「ブ、ブゥッ」
(これはどういう・・・!)
 少年は驚いた、喋ろうとすると口から出て来るのは鳴き声。そうそれもポケモンで聞き覚えのある鳴き声なのだから、おまけに橙の毛に包まれた明らかに自分の体としか思えない位置にある、心当たりの無い物が視界に入る。
「まぁ・・・そのだ、君が食べた物の中に過去の実験の遺物があった様でね・・・つまり、これだな」
 そう言うと男は片手で机の上に並べられた瓶の内、オレンジ色の実が詰まった物を指差した。
「これは果実だと思ったろう?」
 少年はそれを見つめて首を縦に振る。
「私もそうだとばかりに思っていたんだが・・・どうやら勘違いしていたらしい、これは・・・ほのおのいしの成分を抽出した物なんだよ」
「ブー・・・!?」
(ほのおのいし・・・!?)
「ああほのおのいしだ、まぁどうしてかって言われたら・・・色々とあってね、とにかくこれはヒトに作用するんだ、面白いだろう?」
 そう言うと途端に男は微笑んだ、いや口元を歪ませたと言うべきだろう。そして少年を片手で抱え、そして指差していた片手にてその瓶を手にするとニヤニヤとした笑みを消す事無く、リビングから外れて少年が使う様にと案内された部屋の向かいの部屋の扉を開ける。
「とにかく物騒だから閉まっておかなくてはね、全く最近は私も年の様でとり違いがあっていけない・・・ほら、ご覧」
「ブ?」
(何?)
 事情が良く飲み込めないまま、妙な冷静さを取り戻した少年は言われるがままの方向に視線を向ける。そこにはずらっと同様の瓶が、ただ中身の色はどれも違うものが何れも数種類ストックされて並べられていた。
「見たまえ、これがみずのいし、リーフのいし、かみなりのいし・・・ハクタイ名物のコケのもある。どれもその成分を抽出したものなのだよ、懐かしいねぇ・・・そして、仲間だ」
(仲間・・・?)
 その言葉と共に少年は地に下ろされた、そしてそこにも鏡があった。そこに映し出されたのは体の大きさに対して明らかに毛の分量が大きい存在、特に首周りを覆う物と尻尾の白い毛は見るからに柔らかそうで額の物に至っては、ほのおのいしその物に近しい整った形をしている。そんなそれ以外は橙色の毛並みを纏う、深い黒の大きな瞳、そして内側が黒い毛で覆われた耳の輪郭に幾らかのギザを持つ存在。それはポケモン好きでなくとも、すぐに名の知れるポピュラーでありながら手に入れるのはそれなりに難しいポケモン、ブースターの姿に他ならなかった。
「さぁてキュウコン、ブースターと仲良くしてあげなさい・・・ちなみにキュウコンも君と同じく、軽装備で来て弱ったところを助けたのは良いんだが、矢張り食べてしまってね。あの後片付けたはずだったんだがもうろくしたものだよ、はははっ」
「ブゥッ・・・!」
(キュウコン・・・!)
   部屋の中から姿を現したのはそれは見事な九尾の尾を身軽そうに揺らすキュウコンだった、1度遠くから見た事はあるものの、この様に近くで見た事はこれまで無かった。それに加えてこの姿であるから迫力と言えよう何かが違い、その赤い瞳で見返された暁には思わず身を振るわせてしまった。
「コォン・・・?」
(あら、あなたも?)
「ブゥ・・・」
(ええ・・・)
「キュウウ・・・コォンッ」
(迷惑よねぇ・・・まぁよろしくっ)
「ブ・・・ブスタァッ!」
(は・・・はい、よろしくっ)
 傍から見ればそれは鳴き交わし。しかし当事者となってみると矢張りポケモン同士であれば、意味は通じるのだと言う、ある意味当然でもあろう事に少年は改めての納得をしながら、瞳で見返された時の印象とは対照的なキュウコンの調子にほっと内心で一息を吐く。
「さって・・・おふたりさん、食事でもしながら打ち解けあったらどうだい?私は楽しいがすっかり空腹でね・・・」
 そんな2匹に男は、そもそもの元凶であるにも関わらず暢気な声をかけると、ドアを開けたままリビングへと踵を返す。それに続いて出て行くキュウコンの後を追いながら少年、ブースターはようやく、その揺れる豊かな九尾を見る事で自らの置かれている状況を再認識した。そう果たしてこれからどうなるのか、そもそもヒトとしての自分はどうなってしまうのか、とようやく浮かべるべき事を浮かべては大いに内心で動揺し始めた瞬間でもあった。


 完
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