奇妙なカップル・第2章 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
「ねえねえ・・・ケンイチさん、ケンイチさん・・・。」
 初めて言葉を交わした時はその様な具合だった、あの頃の僕はちょっとした病気を抱えていて毎晩薬を飲んでいたのだがそのせいで極めて目覚めは悪くその時もどこか夢現のまま、声がかけられるのに任せて横になっていた事を覚えている。だが次第にそれが夢ではないと気が付いたのは矢張り体を揺さぶられ出してからだろうか。
「うう・・・誰だ・・・?」
「私ですよ・・・起きたら言葉が通じていて・・・ああ人間って太陽の光を浴びると目を覚ますの早いんですよね?」
   その時の相手の言葉は聞いた事のない音色だった、とにかくは狐・・・いやキュウコンに抓まれた様な気分がして仕方ない中でもぞもぞと目を動かし始めた時、不意に目を閉じているにも関わらず辺りが明るくなったのを感じた。分かるだろうか、明るい太陽に向かって顔を向けてそして目を閉じている時に瞼を通じて光が入り込み目を閉じているにも関わらず視野が黒ではなく赤で統一されているあの時の事を。正にあの状態だった、そしてどこか暑いのだ、涼しかったはずなのに皮膚はどこか浜辺で肌を焼いている時の様なそれにすら等しい位にじわじわとではあるが皮膚の体感温度と言うのは上昇していた。
「え・・・何だ・・・!?」
 流石にここまで来ると目はすっかり覚める、何故なら明らかに異常事態なのだから。慌てて跳ね上がる様に起きて辺りを見渡すとそこは白を基調とした寝る前に電気を消す以前に見た記憶と合致するコテージタイプのホテルの一室の光景、しかし電気をつけていない筈なのにまた当然窓のカーテンは全て締め切っている筈なのに直接太陽が室内に入り込んで来たかの様な印象すら受けるほどに明るい白に染まっている。だからとても眩しい、眼が焼けるというのは言い過ぎだろうが白によって随所から法則無く反射してくるそれに思わず眼を細めてしまったのは当然の事だった。
「眩しい・・・っ・・・なんだこれ・・・にほんばれ・・・?」
 咄嗟に思いついたのはそれだった、これだけ明るいのに近い物を記憶の中から探し出すとすれば以前にバトルの際に似た様な環境で"にほんばれ"を発動させた時の事位しか思い浮かばない。しかし"にほんばれ"は周知の如くポケモンの技、つまりこの様な芸当が出来るのはポケモンでしかない。
「はいそうです・・・にほんばれですよ、ケンイチさん・・・やっぱりご主人さまですね。」
 そして返ってくる言葉はそれを裏付けて確証を与えていると言えた。"にほんばれ"に"ご主人さま"、それらを肯定して嬉しそうに言い返してくる存在など・・・いやそもそも考えにくいのだが少なくとも考えられる限りではポケモンしかいないだろう。その様に言って来る人間などある意味では特殊な分類であろうしそう言った類の人間は身近にいた覚えも、何よりもこの部屋の中に招き入れたような覚えは皆目無いのだから。よってある意味合理的かつ常識的でそして有り得なさも同様に色濃いのだがここでは自然とポケモン・・・それも手持ちの中での1つに行き着くしかなかった。
「ねぇご主人さまぁ・・・。」
 再び呼びかけられる声、そして背中側にすりすりとすりよってくる感触・・・それはどこか柔らかい。まず向けたのは顔だった、首を眼を細めたまま回すと白い中に見えるのは緑色、それも特徴的なロゼッタとも言えそうな刻みを持った形、そして同じく軽く弧を描いている緑・・・それは明らかにある手持ちポケモンそのものの特徴と言えよう。
「リーフィア・・・?」
 途端にそのロゼッタ様の、つまり耳がぴくんと反応すると共にすりすりとしていた動きが止まる。そして次に見せたのはその体自体がこちらにより向かって来て、更には僕の向けていた顔と相手の顔が完全に向き合う位置に合わせられ見えたのは大きな茶色の瞳にほんのりと薄く緑のかかった黄色い毛皮、そして先ほど見たあの緑色の耳と額から先端部分で軽く弧を描いているアクセント的な葉っぱ、それは間違いなくそれはリーフィアだった。耳のちょっとした切れ込みなど、どう見てもそれは日頃接していて一番手持ちポケモンの中で使っている彼女だった。
「そうです・・・おはようございます、ご主人さま・・・。」
 そのリーフィアの口から言葉が漏れている、既に耳に幾度もしていたと言うのに実際に見るとそれはとても現実の物とは思えない光景だった。何よりも表情が豊かで仕方がない、それは全く以って人と変わらず・・・何よりもリーフィアの顔であるからその顔の持つ鼻を頂点とした緩やかなマズルの形状も相俟ってより深みがある様に見えてならない。
 その微笑みかけてくるリーフィアに僕はしばらく唖然とした顔しか向けることしか出来なかった、だって信じられるだろうか?昨日の夜にモンスターボールに閉まった筈のポケモンが外に出ていて表情豊かに話しかけて来る等と言う事が。ただ唯一ここで言えたのは怖いとは全く思えなかったと言う事だろう、少なくとも恐怖とか畏怖に相当する様な感情は微塵にも抱けなかった。とにかくは驚きであり・・・どうこの事態を飲み込み、またどうしてこの様になっているのか?そう考える方にばかり頭が向かってしまい、勝手に空回りしていた故の唖然振りとだけ言いたいものである。
 結局そのままの格好で僕とリーフィアは、後で彼女から聞いたところによるとかなり固まっていたのだそうだ。当のリーフィア自身もその様に積極的に迫ってはいたものの、どこかではふとした戸惑いがどうもわだかまっており緊張していて肝心なところで一押しが出来なくて困っていたと言うから、このトレーナーにしてポケモンありと言えるのではないか等とふと思えてもしまったものだった。
 最もそれはまだ、まだまだ後に更に判明した事態よりはずっとマシであったと言うのも付け加えておかなければならない。そしてその事が余計にリーフィアのドジ振りとでも言えるだろうか、その強さに改めて気が付かされより好感を深めるようになる大きなきっかけとなったのだから何がどう転ぶのかは分からないと言う思いもまた強くせざるを得なかった。

「ふう・・・。」
「はぁ・・・。」
 ようやく"にほんばれ"の効果も消えて部屋の中が落ち着くと共に僕とリーフィアはその横たわったままの姿から身を起こし、それでもしばらくはそのまま上半身のみを起こした姿勢で互いに見詰め合っていたのだが、僕から先に動いてベッドから椅子に移った事でその場の空気は幾分緩んだ様に感じられた。そこで同時に吐きあうため息、僕は続いて軽く首元を掻いていたがリーフィアはそのままの姿勢でその光景を見れることそれが嬉しそうに相変わらず微笑むに留まっていた。
「なぁリーフィア・・・どうして喋れているんだ・・・?それにどうして出てるんだ・・・?」
 それを見ていた僕はそう言葉をぶつけた、何しろそれが最大の疑問であるのだから。だが希望した答えは返ってこなかった、むしろ逆に疑問が増えたというべきか・・・とにかくは次のような次第だった。
「え・・・ご主人さまが出してくれたんじゃないんですか・・・?」
「いや・・・そんなのは・・・無いはず、だって僕はずっと寝ていたんだよ?」
「・・・ですよね・・・だってメロメロしても起きなかったですし・・・。」
 メロメロ・・・果たしてその様な技を覚えさせていただろうか?そもそもメロメロは50%の確立で相手が攻撃出来なくなる技である、確かにリーフィアは彼女であるし僕は男、効果があるパターンではあるが10万ボルトと言う様な明らかに即物的な技であればともかくとしても変化技であるメロメロは効果が無いのではないかと思えてならなかった。
「あと・・・はっぱカッターもしたんですけれど・・・起きなくて・・・。」
「はっぱカッター・・・!何でそんな・・・え・・・あれ・・・あれ・・・っ!?」
 はっぱカッター、その技の名前を出された事に僕は驚いた。はっぱカッターについては確実に言える事、それは物理技であると言う事である。だからこそ先に出した10万ボルトで人が感電して新聞の三面記事に掲載されたり、また子供の遊び相手としてのゼニガメがみずでっぽうを出す様な側面のある技に含まれるものである。そうであるからその様な物をくらつては服は千切れ、またポケモンと比べてずっと柔な人間の皮膚は易々と傷だらけになってしまうのはとても避けようが無い筈である。
 だからこそ僕は慌てたのだ、もしや無残な姿を自分がさらしているのではないかと・・・しかし慌てて見た僕の腕は何ともなっていなかった、少なくとも出血の痕等は見当たらず瘡蓋すらない腕。そう腕・・・身に纏っていた筈のシャツはなくなっておりすっかり裸になっているではないか、そして何よりも驚いたのは傷が無かった事以上にある筈の無い物がそれも無数にあった事。それは腕を覆う物であろうか、水色そしてその水色の中に切れ込みの様に入ってくるやや濃い青色の色取りの豊富な流れる様な毛であった。それは腕の形そのままに覆い、そして全身へと広がっている。何よりも視野の隅にちらちらと入って来る物もまた見える・・・明らかに何かがおかしい光景であった。
「あれご主人さま・・・どうしたんですか・・・?」
 そうして自分自身を見つめていた矢先、再びリーフィアからの声がかかった。そして近付いて来る、それは何時もの様にとととっと言う軽やかな動きで素早くすぐ脇まで来ると手が差し伸べられて重ねられた。ちょうどそれは僕の掌の上にリーフィアが載せると言う具合であったが椅子に座って机の上に置かれている掌の上に四足である筈のリーフィアが、確かに大きさは1メートルはあるとは言え出来るものだろうか?そこで僕はまた気が付かされたのである、リーフィアが、四足で歩いているはずのリーフィアが人間と同じく二足で立ち上がって歩いていた事に。それはリーフィア人とでも言えば良いのだろうか、言葉が喋れ表情が豊かでそして二足歩行となればそう呼ぶしかないだろう。
「いや・・・そのこれなんだけど・・・?」
 それを見て思った僕は意を決してすっとその腕を差し出してみた。指先から手首までが青色に覆われ手首から先の水色に菱形様になって食い込んでいる毛並みに覆われた、掌を重ねられている方とは別の腕をリーフィアの前に出してみた。どの様な言葉を返してくるかと思いつつ、当然この様な姿で浮かぶのは唯1つあのポケモンしかいないのだが・・・ここはポケモンである、幾ら二足で歩いているとは言え記憶が正しければポケモンで元からあるリーフィアからその事を示してもらいたかったのだ。それは一種の恐れであったのかも知れない、自らでそうだと知る事の・・・誰か第三者に言ってもらってせめて救われたい、つまり最初に気が付いたのが自分でありたくなかった気持ちの発露と思えてならない。
 それを読み取ってかは知らないがリーフィアはしばらく神妙な面持ちで見つめ、今度は今まで掌の上に載せてくれていた腕を外してそれを以って差し出していた僕の腕を下から包む様に掴んで軽く持ち上げた。そして一言、嬉しそうに僕に向かって言葉を放ったのであった。
「・・・グレイシアですよ・・・ふふ。」
「だよ・・・ね・・・グレーィ・・・?」
  「あっもう鳴いたりして・・・フィー・・・!」
 矢張りその通りであった、グレイシア・・・と言う事は僕は人ではなくなっていると言う事だろう。つまり整理すればリーフィアはリーフィアでなくなったのと同じくをして僕は人ではなくなった、そして今の僕達は二足で歩け、また既に何度も書いている様に言葉を操り遜色無い表情を見せ合う人でもなくポケモンでもない存在となってしまっている。それは前述した様に彼女、つまりリーフィアがリーフィア人であるなら僕はグレイシア人と言うべきなのだろう。そう思いを一気にまとめると不思議と心のどこかで納得が入ってしまった、少なくともどうしてなってしまったのかと言う所に関しては必ずしもそう言い切れる訳ではない。
 しかし今ある現実が妙にしっくりと飲み込めてしまえたから、何よりも先ほどのやり取りの最後に自然と鳴声が漏れてしまった時点で休息に心は落ち着き、僕は軽く腰を上げて椅子に座りなおしていた。そして静かに口を開き小声で何かを口走った、何を口走ったのか僕にはどうも僕自身でも良く分からないまま・・・そして俯き加減になった次の瞬間、僕は不意に顔を上げて少し顔を近づけてきていたリーフィアのその唇を奪っていたのだった。


 続
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