きらめける暑さ 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
 あの日、久しぶりに戻って来た町には熱気に満ち溢れていた。強い日差しと濃い湿度も相俟ってのそれは一段と体に響きじわじわと確実に体力気力を奪い生み出されるのは体内に積もる熱と多量の汗のみ、到着した時間帯も悪かったのもあるだろう。今は昼の真っ只中、猫すら日陰にこもって表に現れていない中をキャリーバック引いて炎天のアスファルトの上をただただ歩いているその姿は滑稽としか言いようが無い。
 しかしこれはある意味では一種の代償なのだ。一番安く戻るには、更に言うならその中で一番時間に無駄がない方法を選んだ結果この時間帯に到着するのが最善であったのを選んだ結果に他ならない。
「うう・・・それにしても暑すぎ・・・。」
 歩みを止めずに片手で首から垂らしたタオルで顔の汗を拭い太陽を見上げる。太陽は相変わらず勢いよく輝きそして焼かれた空気は全身に纏われる、呟く程度で決してそれに変化が起きないことは承知していながらも矢張り呟かざるを得ない。そして一歩でも早くアパートの自室へ転がり込もうと足を進める。

「にしても・・・矢張り秋なのかなぁ。」
 それから数日、まだ幾分持ち込んだ荷物で幾分賑わっている部屋の中で彼はふと呟いた。机の上には様々な・・・その多くが読んだままそこに積み重ねてある本の類がわずかに埃を被っていて、またその隣の床の上には先ほど届いたばかりの二つの段ボール箱が開封されたままで置かれていた。そしてやや床の上も色々な物が置かれてごたごたとしている部屋、基本的にそれは帰省する前の部屋模様と殆ど相違は無かった。
 最も見た目だけに限れば、の話である。そう見た目は殆ど変わらない、部屋には様々な物が溢れていて万年床と化したベッドがあってそして電気が灯りその中に彼がいる。この部屋にいるときの何時も通りの光景がそこに広がっている。しかしそこには以前、つまり帰省の前とは確実に異なる点が二つほどあった・・・まずは静かだと言う事である。
 勿論、部屋の中には音は相変わらずある。それは彼の動く音であったりまたPCから流れる曲の音もあろう。また半分、網戸にて開かれている窓の向こうから響いてくる道路を走る車の音と言うのもある。だがそれでもそれはつい先ほどまでと比べるとずっと静かであった、それは部屋の中から響く音が1つ減っていたから・・・ではそれは何の音だろうか。
「本当、涼しくなったし・・・もう扇風機閉まってもいいのかもなぁ。」
 呟く言葉と視線が向けられた先にあるのは何ともオーソドックスなこれぞ扇風機と言える形のおおかな扇風機。コンセントこそささっているものの電源が切られているのでもう止まって久しいように見受けられた、そう無くなった音とはこの扇風機の動くモーター音に翼が回り風を作り出す小さいながらも意外と耳に付くあの駆動音。それが部屋の中から消えている事こそ、見た目では分からない部屋の変化の1つである。
 そしてもう1つとは、それこそもうお分かりだろう。扇風機を止めていると言う事、加えて前述した彼の発言・・・それらからもう答えは示されているのだから。つまり扇風機を必要としないまでに下がった部屋の気温と言う見えないけれども存在を感じられる気温の変化、それが残った1つの変化であった。
 開かれた窓からは時折響く車の音の合間には、夜の涼しい秋風が立ち並ぶ家々に設けられた庭の木々の葉を揺らし流れる音が秋虫の良く響く鳴き声と共に流れ込んでいる。そしてそれは何処か乾いた、夏の昼間の熱をかすかに帯びている涼しいながらも重さを持ち合わせていたほんの数日前まで漂っていた風とは異なる、季節の変わり目をこの上なく実感出来る風であった。
 その風に思わず作業する手を休めて体を伸ばす彼・・・やや集中しすぎて火照っていた体に日の風は正に天恵で、そのまま自然と瞳が閉じて体から力が抜けるのもまた無理は無い話。夜風に乗って寝息が響くのにそう時間はかからなかった。

「ふあ・・・ん、ああ寝てたか・・・。」
 目を覚ました時の姿勢は椅子に腰掛けていると言うよりも寄りかかっていると言う方が相応しい姿勢だった。体の半分以上が滑り落ちていて足の大部分は床についていて胴体の半ばからやや上以上は椅子の上で・・・とにかく何かの曲芸のワンシーンをそこだけ切り取って固定したかの様で面白い。
 その姿勢から何とか倒れない様に、また弾みでコロ付きの椅子が頭に押し出される様に動き出さない様に気を付けつつ体勢を戻して一あくび。大きく手を伸ばして体を伸ばして反り返って大きく一息を吐いて何とかぼやけた意識を回復させる、そして首を横に振りながら手を戻した時に今度は視界がぼやけた。
"・・・!?"
 その唐突な出来事に彼は思わず戸惑い一瞬思考停止してしまうがすぐに理解し、手を動かし始める。最初は机の上、次いでは屈んで床の上を落とした・・・正確には首を振った際に戻していた腕にぶつかって弾け飛んだ眼鏡を求めて盛んに、そして時間を重ねる度に必死さと焦りが徐々に加味されながら彼は探す。裸眼視力は極めて悪いからこそ眼鏡は体の一部、だからこそ必須である意味かけがえの無い存在故の焦りだった。
 だが眼鏡は見つからない、一体どこへ消えてしまったというのだろうか?当然この部屋の中にある筈だからこそそれに対する苛立ちは増すばかり、何時の間にやら涼しい中で大量の冷や汗に包まれながら彼は探しあぐね・・・そして半ば自棄になって幾つかの箱を乱雑に動かしたのを最後にベッドへと腰掛けて体を投げ出して息を吐いた。
 冷静にならないと・・・そう思ったからだろう、実際余りに焦る余りムキになりすぎているところはあった。足はベッドの下へ、そして両手を左右に投げ出して横になり呼吸を整える。子の様に些細な事で彼はよくよく昔から異様に熱を上げて暴走してしまう事は悪癖として承知していた、そしてそれに対して最も有効なのはそうこうして息を整えしばらく何もしないで横になっていること。そして何か別の事を少しでもすれば殆どの場合、それで解決してしまう単純な話である。
 だが今回はそれでは収まらない、そう何か別の事をするにしても必須な眼鏡・・・つまり視力が損なわれているのだから。それを補う眼鏡を見つけ出さない限り終わる事無く果てがないからだ。そして何も出来ない。
「どうしたものかなぁ・・・。」
 しばらくそのまま熱が引くのを感じながら彼は考えた。どうすれば今の様に暴走する事無く、落ち着いて着実に眼鏡を探し出す事が出来るだろうかと・・・簡単な難題だった。些細な様に見えて、1+1=2はどうして2なのかと言う素朴な、誰もが一度は思いまた聞いた事のある問題に匹敵する難解さをこの問題は彼の中で持っていた。答えは中々浮かばない、いや浮かんで来そうなのだが見出せない、すぐそこにあるのだが手に出来ない、そのもどかしさ。
"うう・・・あっ。"
 唸り、そしてふと1つの事を見出す。いや見出すと言うよりも思い出すだろう、この数週間の帰省の間縁遠かったある物の事を・・・そして楽しみを、それらはうっかり忘れていたまだ知ってから日の浅い存在だった。起き上がりゆっくりと歩を進めた先にあるのは軽く崩落した箱の山、奇しくもそれは先ほど探しあぐねていた最後に頭に血が上って崩した場所だった。
「そうだそうだ・・・これを忘れていたよ・・・もう。」
 苦笑しつつ彼はそれらの箱の内の幾つか、上に載せられている箱の中身も同時に元通りにしつつ一番中に置かれていた1つを手に取ると机の上へと置いて蓋を開けた。中に納まっていたのは折り畳まれた布、いや表面に微妙な光沢が見られるから布ではない人工の物と思しき素材と言うべきかも知れない。
 大事そうに取り出したそれをそのままの形でベッドへと持ち込むと、隅に丸まっていた夏用毛布を跳ね除けて代わりにまた対照的な手つきで広げた。広げられたそれはベッド一杯に近い大きさをした物で形は人型、また幾らかの鮮やかな陽気な色に彩られている代物だった。光沢は全ての表面に絶えずしていて触り心地はツルツルと言う辺りか、それにしばらく手を走らせて折り目等を直してから改めて見下ろしていた。
「これ着ちゃえば熱くなっても平気だし・・・それに目も大丈夫だ、早く来て見つけ出さないと・・・。」
 色々と呟きつつベッドに上がった彼は手早く服を脱いで・・・完全に全裸となってからその大きな代物の、形状からして肩に当たる部分を両手で摘んで背中側と体をむき合わせる。背中には縦に大きな切れ込みがありそこを開いてまず右足を、次いで左足と入れて両足を通して芯となり平たく横たわるだけであった生地に命を吹き込む。
 ぴっと中にある足を包み込んだ生地はハリを得て見違えると言うのは言い過ぎかもしれないが、それでも横たわっていた時よりもずっと見栄えは良い。いや生気すらそこには漂っていた、ただ中に人の足が通されただけだと言うのに不思議な事だろう。
 だがそれを見ている彼の視線、何よりも動きは淀みが無く何とも不思議とは思ってはいないようだった。唯一の変異といえば口元に漂う微笑み程度であろうか、だがそれも特段おかしい訳ではなくてこれまでの経緯を踏まえれば至極当然の仕草に過ぎないのかもしれない。そして腰から下までしっかりと通した後、まずは頭を包み込むと胴体も引き込む様な形で大方をその生地、肌と触れる心地は表面に浮かぶ光沢さから予想される人工的かつ無機質な物ではなかった・・・むしろ綿に触れ合っている様で自然な柔らかさをたたえていると言う不思議を超えた不可思議さとも言える素材だった。

「ああ・・・この感触、良いなぁ・・・なんで忘れてたんだろ・・・。」
 身を宿した彼はその中でそっと言葉を漏らす。心は穏やかさを超えた恍惚さに満ちていて思わず両膝を突き、何かをさも抱き抱えるかの様に両手を組み合わせて肩を狭め胸の中にしまいこむように体を曲げた。目は薄く閉じられ息が吐かれる、そしてまた1つ事態は推移する。
「んっ・・・は・・・これだ・・・ぁっ。」
 そして大きく息を吐き出すように呟いた次の瞬間、彼は体の芯が物凄く熱くなるのを感じた。背中には対照的に強い悪寒、言って見ればゾクゾクという表現その物の現象が起きて目を見開いて口もまた大開き。表面はあの身を宿した生地その物のままに黄と赤と薄黄にわずかな灰の4色にて彩られていて、黄はその協会付近に幾つもの山を作って赤とせめぎ合うかのようになりつつも膝から下に陣取り、後は手首と胸元に輝く。
 大体は赤でそれは文字通りの真紅、膝から上と両腕胴体、また顔と顔の表についているVの字の造形はそれで覆われ、次いで大きな面積を占めるのが薄黄・・・例えて見れば大きなスカーフを思わせる胸から首そして顔以外の全てを覆い、背後にて燕尾の様に二股になって伸びている・・・巨大な羽毛。
 それらは最早、生地の姿をなしてはいなかったいや姿をなしていなかったと言うよりも色合いとしてはそのままであって、材質が平面一辺倒の光沢ある物から豊富な毛へと変わっていたのだ。そしてそれは毛でありながら一種の塊・・・鳥の羽毛と同じく毛でありながら、まるで1つの連なりの如く落ち着いている色の塊となっている。
 体の芯から催されていた熱は今や落ち着いていた、そう全てに広がる事によってその熱よりも低い場所がなくなってしまったからこそそれが普通になってしまっていたのだ。先ほど大開きになっていた口は閉じられてはいるが角ばった出っ張り、赤でこそあれ嘴とも呼べる物を持ち合わせた形へと変貌している。そして改めて開かれた目は矢張り大きいままで黄色い縁取りの中に黒い目が浮かびそして輝く、本来なら存在する筈の無いその異形・・・その姿はバシャーモなる架空の存在、体内に高温を蓄えた生き物の姿となってもその後開かれた嘴の中から漏れたのは彼の声だった。
「ああ・・・本当気持ち良い・・・やっぱり熱い方が良いよ、ふふ・・・ふははは・・・っ。」
 大声で笑うその姿に偽りの影は微塵も無い、全てが自然でそして在るがまま当然の造形だった。全身の全ての微細なものまでも含めた穴から突き出た勢い・・・その声ないし気配は良く響きそして窓を通じて遠くへと広がる、正にその姿のモチーフとなったある生き物そのままに眠りに就こうとしていた町に目覚めを広げる。そして気配を察したのか、一部では犬の鳴き声もまた聞こえた。
「おっといけない・・・今は不味いな・・・。」
 ふとそれに気が付いた彼はさっと笑い声を止めると改めて体に目をやった、色は相変わらずでそれらは全て引き締まった肉体とともにある。余分な脂肪はおろか筋肉も無い、鍛え上げられたとも言えるそのスリムな体はこの肉体だからこそ彼の物なのであって、普段の細いけれども標準的な筋肉しかない彼の手に出来ない代物であるのは言うまでも無い。だからこそ食い入るように見飽きるまで見てしまうのはそう、何時もの事だった。
「全く・・・良い物だよ・・・こんなに気持ち良いし、何よりも良く見える・・・鳥目なんて嘘だ。」
 そう言って一瞬にっと微笑み夜闇へと通じている窓へ視線を向ける、眼鏡をかけた人の目であってもある程度の光の加わった形としてしか分からない闇夜の町は、今のこのバシャーモの瞳ではそれこそ暗闇の中の看板の文字すら大体は判読出来てしまう。それだけの驚異的な瞳だからこそ彼はこの生地・・・スウツと呼んでいる代物を思い出し着込んだのだ。
 しばらく座り込んだまま彼はくつろぐ、1人暮らしでもう長いこの住まいの中と言うことに加えてのこの体・・・とても人前ではする事の出来ない姿をしている事への気持ち良さ、つまり知られてはならない秘密をいましているのだ、と言うのが尚更その心をくすぐって仕方が無かったのだろう。

 しかしその様に心を満足させる為に着込んだのではない、このバシャーモの瞳ほどではないが普通に生活出来る視力を得る為の必須な器官いや道具を探すべくこのスウツを着込んでこの姿になったのだから。そして立ち上がって間も無くそれは解決する、探し物は何だったのかと浮かべる間も無く立ち上がってすぐに、その硬い毛ではない硬い灰色をした皮膚に包まれた三本指に眼鏡は抓まれていたのだから。
「やれやれ・・・こんな所か。」
 彼・・・バシャーモは探していた場所のすぐ脇から見つかった眼鏡を見つめては軽く息を漏らし、パソコンの脇に畳んで置く。これで目的は達成された、人に戻ってももう困る事は・・・無い。
「さてと・・・。」
 しかしバシャーモは戻ろうとしなかった、むしろ軽く膝を折ってストレッチをしていた。
「しばらく眠っていた事だ・・・挨拶がてら一運動とするかな、涼しい夜だちょうど良い・・・。」
 そして動いた先は網戸にて開かれていた窓、その網戸を静かにあけるとベランダへと出てきっと明かりも疎らになった住宅地を眺めそして夜空を見る。今夜は雲ひとつ無い綺麗な闇夜、ただしそこには銀色に輝く満月が姿を見せていた。
「バシャッ!」
 その銀色の静けさに響くバシャーモの一声、次なる瞬間、ベランダの柵へと飛び乗った体は大きく跳躍して隣の家の屋根へと殆ど衝撃無しに無音で着地し失踪しまた跳躍し・・・何処かへと走り始める。果たしてどこへその体流星の如くきらめかせて、この闇夜、まだ夜が明けるまでは時間がありまた人は眠る時間の中を一体どこへ行こうと言うのだろうか。だがそうしている間にその姿は遠くなってしまった、そして追いかけようにもどこに行ったのか。
 何よりもあのバシャーモの中は果たして彼のままだったのだろうかすら分からない、そしてそのきらめきの残した熱い軌跡すら涼しき夜風が消して行く。

「何じゃ、まだ起きてるのか。」
「ちょっとレポート書いていて・・・んっ何か涼しくなってる・・・。」
「涼しいのはさっきからじゃ。クーラー止めるぞ、まったく今の若いもんはこんな涼しい夜だというのにクーラーなんぞかけおって。」
「そんな、おじいさんが寝ている間に急に熱くなったからかけただけから。今すぐ消すから、ね?」
 とにかく言えるのはそれは現実だと言う事、ゲームないしアニメの中の存在であるバシャーモが現実に現れたと言う事は前述のある家の中でのやり取りの様に、一時的にその街の気温が上昇するという怪現象で証明出来るだろう。ほのおにしてかくとうタイプ、その特性はもうかのバシャーモは恐らく誰にも姿は見られる事はなかったのだろう。

 そして翌朝、彼の部屋の中で網戸から差し込んでくる朝日を浴びながら心地よい寝息を立てる彼の姿が在った。黒髪で眼鏡をかけたままぐっすりと寝込んでいた。快晴の外、からっとした空気の中太陽がきらめくのだけは何時も変わらない。そしてその空気は秋の風だった。


    完
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