夏の夜の蔵の片隅 冬風 狐作 陰陽大戦記二次創作
 大学進学以来もう数年余りロクに帰っていなかった田舎の実家、就職も無事済ませて更に数年。何とかまとまった期間の休みも取れる身分になった事もあって彼はようやく帰ってきた。変えるまでの道中は大学生活の為に向うべく乗った夜行列車の姿は既に無く代わりに新幹線の姿、かつては1日1本とは言え乗り換え無く直行出来た最寄の駅には新幹線での乗り継ぎに加えて在来線、更には第三セクターと3回の乗換えを要して辿り着いた。
 所要時間こそ確かに短くなりありがたいとは感じられた、しかしよくよく考えてみれば以前に夜行列車で往復した際の実感した時間とは余り大差ないようには感じられた。確かに夜行列車は乗っている所要時間は長い、しかしその多くは寝ているのだから実際に起きている時間とは短いもので、何よりもその割り当てられた区画・・・寝台に寝転がっていれば次に荷物を手に車外に出る時にはそこはもう目的地。乗継での会談乗り降りや移動の苦労は微塵も無い。
 そうその安心感が強みだったのだなぁ、とふと降り立った第三セクターの単行ワンマン電車を見送りつつ無人化されて荒れ果て、今や数時間おきに普通電車が来るのみとなった駅のホームを眺めていた。そして駅前へと出る、駅前もまた荒れ果てていた。人影は無くもう廃止されたバス停が時刻表の場所のみを喪失して錆びて立ち尽くしている、そんな駅前ロータリーのひび割れたコンクリート敷に止まっている1台の軽トラに脚を向けた。車内には懐かしい顔が・・・地元に残った弟の顔がそこにはあった。

「いやー立派になったねぇ。」
「あちらではどんな仕事しているんだ?」
 似た様な質問を親戚一同、そして友人一同からそれぞれで催された宴席にて耳にし答えて数日・・・ようやく落ち着いてきた所で静かな夕餉を一人食べ、昔から自らが使っていた離れの縁側に腰掛けて夜空を見つつ風に身を委ねる。すっかり田園地帯の中にあるのだが風の影響と距離的なもので、ちょっとした山によって直接は見通せない海を感じさせる匂いがかすかに混じった風がそよそよと吹いてくる。
 幾らここまで来る手段が変わろうとも、誰もが年を取ろうともこの風だけが変わっていなかったのが幸いだった。最も嬉しかったと言っても良いだろう、空には満月・・・夏の夜に浮かぶ神々しいまでに美しく惹き付けられる姿が踊っていた。そしてそれをしばし眺めてふと蘇るはとある記憶、そうかつてこの地を去る前に立てた契りが脳裏に浮かぶ。
 そうあの時以来封じていた記憶が一気に弾けたのだ、そして居てもたってもいられなくなると自然と足は縁側の前に置かれていた下駄を履く。庭を大きく横切れば母屋からも外れた敷地の外れ、とは言え一応塀はあるもののそのまま裏の山も所有地であるから、屋敷の外れと言う意味にしかあくまでもその外れも外れに位置する大きな2階建ての蔵の前に立ち尽くす。そして辺りに一目が無いことを確認すると素早く扉の鍵をかてつの慣れた手つきを思い出しつつ外し、そして開ければさっと身を滑り込ませて扉を閉じた。この扉もまた以前と変わらぬ時が止まったような気配であった。
 外から見れば2階建に見える古びた蔵、その内部は更に広く屋根裏と地下室が加えてあるから四層構造とも言えようか。そして上部にある窓から上手い具合に差し込んでくる月の光を頼りに、半ば手探りにて記憶を同時に辿りつつ2階へと続く細くて急な階段を這い蹲る様に歩む。幸いにしてこの月明かりは2階に行けば行くほど強くなるので有り難く思いつつ登り切る。

 そのままそこからはすっかり復活した記憶を頼りに慣れた足取りで・・・と言っても数年振りではあるが、彼はその区画を横切り最奥に置かれたある物の前にて動きを止めた。それは長櫃であった、黒塗りのその櫃の表面にはそれこそ自然に埃が積もり思わず触るのも憚られるほど。その厚みはここまで歩いてきた蔵の中の如何なる場所とも似通っており、この蔵自体に立ち入る者がいなかった事を暗に示していた。
 そして次の瞬間、ある紋章の存在を櫃の真上に確認した彼はそっと櫃をそれこそ愛しそうに開け中身へと手を伸ばし立ち上がる・・・大きなしなった棒、人の背丈ほどの大きさのある和弓を手にして立ち上がりまたも手にしたまま今度は和弓を見つめる。月の光にさらっと反射する細い弦に無骨なまでに太くしなりそして所々に野生の気配を残した弓、握りの付近には何らかの造形が。獣の頭と角を図案化したと思しき形の中には正円にて中には2つの勾玉の組み合わさった、白に緑の対称の妙をなす陰陽を示す図があった
「はぁ・・・これを手にするのも・・・そして・・・。」
 至極幸せと言った気配の漂う顔をして軽く微笑みを浮かべるとその後に言葉は続けなかった。そして静かに月の光を確認すると背筋を伸ばして左手にて弓を持ち弦を右手にて弾く、明確な音こそしなかったが弦の振動が静かな空気を振動させて小波の様に同心円状に広がる。二度三度四度・・・それを繰り返して行く内にふと彼は心が穏やかになり薄く透明に透き通っていくのを感じた。そしてある懐かしい声を脳裏に聞く。
「そなたと会うのも久し振りだな・・・カワギリよ。」
「ああ、ようやく帰って来れた・・・待たせてすまない。」
 その声は懐かしい声、忘れたくとも忘れられない記憶に刻み込まれた声。
「忙しかったのであろう?再びそなたと言葉を交わせるのが真に嬉しくてならぬぞ。」
「ありがとう、俺も嬉しい・・・休みは取ってきた、次の満月まで・・・。」
「そうか・・・ではお主の体、久々に借り受けよう・・・。」
「ああ・・・っ。」
 やり取りが終わるとまたもあの記憶のみにあった感覚が戻ってきた、全身に走る軽い緊張。背筋を伸ばしていた体はますますピンと張りそして何かが駆け巡る、それはある種の爽快感を強く感じさせた。そして体が変わり始める・・・一応しっかりとしていた鳩胸はふっくらとした双球に、頂点に突部を持たせた形の良い文字通りふっくらと膨らんでいる。と同時に体の肉付きが柔らかくそれでいて締まった形に変化する。
 続けては爪先だった。およそ膝から下が薄っすらと、そして濃厚に茶色の獣毛に染まると大きく形を変えて若干の形の違いこそはあれども先端は黒い固まり、完全なる蹄と化す。続けては尾てい骨より軽く丸く跳ねた茶と白からなる獣毛に覆われた尻尾、鹿の尻尾が珠の様に肌理細やかでそれでいて健康的な色をした皮膚に良く生えている。
 髪は黒から濃紺に長く腰よりも長く垂れ下がり耳は鹿耳にて髪の中より立ち上がり、茶色と言う事もあってしっかりと存在感をその豊富な濃厚の長い髪の中にて主張していた。左右それぞれの頬には獣毛と同じこげ茶色の3本の筋が顎下より走りキレのある長い眉毛が印象的だった。
 その全裸の体・・・何時の間にやら体格の変化と共に彼が纏っていた服は消失しており、今やそこには全裸にして異形を取り合わせた美しい思わず息を呑まざるを得ない女体があった。そしてそれはある事で完成する、耳の背後より一気に生えそして伸びた鹿角の出現によって・・・そうして完成した体を愛でるでもなく再び薄く目を閉じた彼、いや彼女はまたも弦を弾く。
 するとそれこそ一瞬にしてその体は装束の下に消える事となり、朱の袴に碧の小袖そして焦げ茶の胸当てを当て腰から矢の詰まった筒を吊るした井出達となってその場に現れる。そして頭には黒い立烏帽子を被っていた。そして開かれた瞳は鮮やかな紅葉色をして輝いていた。
「さて・・・久々にこちらにて我が責務を果たすとするか・・・。」
 キリッとした表情にて呟くと彼女は何処をどうしたのかは分からないが、すぐさまに外に姿を現し宙を駆ける。満月の月明かりの下、なびく長き髪は美しくますますその姿に華を添えていた。そして闇世の中を行く彼女の名はクレナイ・・・とある世界においては楓のクレナイと言う名の式神として知られる存在である。久々のこちらの世界、誼を通じた仲の体に降りた彼女の顔はかすかな微笑みをその済ました顔に漂わせていた。


 完
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