白に緑に・前編 冬風 狐作 陰陽大戦記二次創作
 夏至も過ぎ梅雨も次第に深まる時期のとある日それは起きた。その日の出来事を朝から考えてみれば極々平凡で何の代わり映えも無く唯一違うと言えば、その兄弟以外には家族は皆外出していたと言う事である。普段は家の一角・・・古くからある家であり元はこの辺り一体の大地主であった名残で屋敷の面積は広い、その片隅にある離れにて寝起きし庭を造って楽しんでいる祖父まで久し振りに出かけてしまっていた。だから広い家はますます広く2人にとっては格好の遊び場となり思い思いの時間を過ごしていた。
 兄、川原大樹はひたすら朝からテレビゲームに熱中し、数日前にようやく手に入れたとあるRPGの映像流れる画面を食い入る様に見つめて微動だにせず指先のみを動かしている。一方で弟、川原広樹は自分達の使える唯一のテレビを兄に取られてしまったが為にやりたいゲームをする事が出来ず不貞腐れた感じがあったが、一応兄とは別に個別の独立した部屋として割り当てられている部屋の中でゴロゴロとしながら遊んでいた。
 ちなみにこの2人は良く上は高校生、下は小学生と間違えられるのだが実は中学生。それも1年しか歳の差の無い年子の兄弟なのである、ちなみに学年で現せば兄は2年、弟は1年だった。

 流石に幾時間も連続してゲームを続けて目が疲れた兄は、そこまでしたのが久々であった事もあって一休みしようと一旦セーブし、その場に大きく大の字に横になり天井を見つめる。築100年は下らないと言う旧家であるからその天井板の染みや木目は、大小様々のどれ1つ取っても同じ物は無いほどに多様化しておりしばしそれを眺め色々と想像を膨らませて寛ぐ。
 それはおよそ15分ほどだっただろうか、どうして疑問形にするのかと言えばそれははっきりと時間を計っていたとかそういう事は無いからだ。一応この程度であったかと言う漠然とした考えから導き出されたものであり、だからこそ確証は無いしその確証の無さを余計に強調するが如く彼は途中から居眠りをしていたのだ。午後の微風の吹き出す時刻、比較的田園地帯に立っているので自然がすぐ手を伸ばせばそこに広がっている環境であるからクーラーはそうそう使わない。
 そう天然のクーラーたる風が窓を開ければ吹き込んでくるからだ。流石に学校等でクーラーの恩恵を直接受けている兄弟にとっては初夏の内、およそ夏至の頃までは中々に厳しい物があったがそれも一時的な体の鈍りに過ぎない。しばらくするとすっかりクーラーが無くても平気になる・・・毎年繰り返され通過していく一種の通過儀礼と化した感すらあろう。そしてその微風の中で目を瞑りそうして眠りに落ちる、全く気持ちの良い時間からすれば昼からはややずれた昼寝であった。

「・・・さん、にいさん・・・!」
 ふと暗闇の中に響く何処か遠い声。しかし一度聞けば気になって仕方がなく、響く度に実感が声にこもりそして暗闇から光と色の世界へと引きずり出される。聞こえてきた響く声は矢張り弟であった、どこか困惑した調子を強く含み滲ませた声・・・何か事があった事が容易に分かる。
「どうした・・・広樹・・・気持ち良く寝ていたのに・・・。」
 まだ寝惚けつつ目を擦り屈折して体を浮かせながらもう片手は中を彷徨う。実は大樹は極度の近視であった、だから眼鏡を常に身につけており今回も眠くなって来た辺りで眼鏡を外し離れた所に置いた辺りで意識を失ったのだ。だから当然何処に置いたのか定かでは無い、だから手を何時もの如く彷徨わせた時その手の上に感触が出来た。それは眼鏡のフレームのひんやりとした冷たさに細さ、と共にもう1つの感触。
 そのふかふかとして柔らかく暖かさを含んでおり思わず首を傾げる、自らの手で取ったのではないから取ったとすればそれは弟以外の誰でもない。しかし広樹の手の感触はこんな物であったのだろうかとぎ疑問が過ぎる、どう考えての先程の感触は人のそれと言うよりも獣の毛皮のような感じである。適度なしなやかさと暖かさがその証拠でその感触は今なお手に残っていて感じられる。言われてみればぼやけて見える弟の姿は何処か白く見えてならない、それも気になり不思議と強く印象に残る事だった。
「あぁありがとう広樹・・・広樹・・・?」
「兄さん・・・僕・・・。」
 眼鏡をかけて動きを止める兄、向けられた視線に視線を重ねてじっと見る弟・・・その時2人の時間が止まった。

 兄はもう一度眼鏡を外しを擦って眼鏡をかけ直し再び見つめる・・・矢張りそこにある弟の姿に変わりは無かった。
「広樹・・・なんだよな?」
 そう尋ねると相手はそっと首を縦に振る、その目には動揺の色が色濃く残っていた。当然、大樹は驚きを隠せなかった。どうしても前にある姿が弟たる弘樹とは結び付かなかったからだ、白に濃い藍色見慣れぬ色合いと形をした服・・・そして尻尾に踊る細い尻尾。縄と言うと聞こえが悪く猫の尻尾と言うべきであろう、そんな尻尾比較的大きなな鈴を吊るしてが踊っている姿をしている存在はとても・・・信じられなかった。
「そうだよ兄さん。兄さんが寝ていたから前々からやろうと思っていたゲームをしようと思って、兄さんのしていたゲームをセーブしてソフト入れて電源入れた途端いきなり意識が飛んで・・・気が付いたらこんな体に。」
 その声は確かに広樹の声であった。若干聞きなれている声と差は見られたが殆ど変わりは無く、ただその発する姿だけは全く異なっていた。そう思いもう一度見返そうとした時、さっと比較的強い風が背後より吹き込んできた・・・それが元で急に世界が戻ってくる。そうそれは叩き付ける様な強い雨音にそして雷の音、部屋の電気は消えていて当然テレビの画面も消えていた。
 風に乗ってかすかに感じる焦げ臭い匂い、いきなり一瞬だけとは言え眩く光る世界・・・それは雷光だった。続けて地面を、建物を揺るがす振動と音が全てを包む。それらを受けて瞬時に大樹は瞬時にある事に気が付いた、そう何が原因でこの様な事態が引き起こされたのかを。そしてゲーム機に手を伸ばそうとした時、彼もまたある事に気が付き驚く。そう己の変化に・・・伸ばした手の姿に彼は全く覚えが無かった。そしてまた絶句し動きを止める事になる。
「兄さん・・・?」
 そう弟に声をかけられるまでの数秒間。明らかに硬質化したと見える鱗様の翡翠色とも取れる皮膚の手と黒と金の縁取りに鮮やかな緑色に彩られた服を見つめて。

「兄さん・・・?」
「ひ・・・広樹・・・俺も姿が・・・?」
「あれ?気が付いてなかったの・・・?ずっと平然としていたものだからもう気が付いていたのかと思ったんだけど・・・そうだよ、兄さんの姿も僕が目を覚ました時には既にその姿だったよ。」
 兄と弟、それぞれ別の驚きを見せて向かい合った2人は互いの姿を改めて見詰め合う。大樹から見た広樹の姿は相変わらずの白虎柄の毛皮と濃紺のチョッキに茶色の厚手の手袋と朱色のズボン、そして陰陽の印として見た覚えが誰しもはある図柄の描かれた肩当をはめた姿であった。そしてその図柄をぐるっと囲む様に何らかの獣の姿・・・それは広樹の姿と同じく白に藍色の柄をしており見た所で虎、白虎の様であった。
 対して大樹の姿は簡素を基調とした広樹とは異なり中々に重厚である。胸元のリボンと矢張りその中心にある陰陽の図柄の止め具が印象的であろう。細い金と厚い黒の縁取りの中の鮮やかな緑色、何らかの意匠の描かれた余裕ある上着とも取れる服の下には柿色の同じく余裕のある布地があり、黄色地に黒の格子模様が入った下着と思しき服の姿も見える。その服の包む体は翡翠色をして表面は滑らか、一定の硬さと弾力感が感じられ纏っている服の腰の辺りから覗き地面へと垂れている尻尾も見れば、その姿は正しく蜥蜴であった。
 ひしてその顔は何処と無く人の特徴を漂わせつつも目は大きく瞳は茶色、目元には細い筋が引かれておりその落ち着いた佇まいは知的な雰囲気を静かに漂わせていると言えよう。髪の毛は茶色で比較的に長い、その頭の上には古代中国の役人が頭に載せる形状をした箱型とも言える濃紺に朱と金の走った冠がのっかっていた。
「何なんだ俺まで・・・これじゃあまるで・・・。」
 そう呟き再び大樹はまだ焦げ臭い匂いを発しているゲーム機に手を伸ばしそして蓋を開けた。そして入れられていたCDを見てそっと頷き呟く。
「このゲームに出て来るバンナイとコゲンタじゃないか・・・。」
 と、そして再びそのタイミングを見計らった様に雷光が輝く。雨は一段と再び強くなった様だった。


 続
 
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