禁忌の技・後編 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
「返しなさいって・・・おばさんは誰です?変な事を言うのは止めてください。」
 ミハルはすっかり顔をしかめて静かにそう言い返した。両手では何としてでも扉を閉めようとして力をせめぎ合わせながら2人は・・・歳の差こそあれ2人の女は女同時で熱い視線を交わせあった。
「おばさん・・・失礼ね、私達の物盗んでおいて・・・素直に返したら警察にも言わないでおいてあげるから、さぁ・・・。」 
「だから身に覚えが無いですよ、そもそもおばさんは一体何なのです・・・?本当いい加減にして下さい・・・車掌さんを呼びますよ・・・。」
「おいこらキナコ、よさないか。ここは列車の中だぞ・・・車掌でも呼ばれたり誰かに見られたら厄介だから落ち着いて・・・。」
 扉の奥から別の声が聞こえる、男の声だった。恐らくはこのキナコと呼ばれたおばさんと一緒にいる人なのだろう、だがその男の声を聞いてもなおヒートアップしたらしく相手はますます口数を増した。
「ヨシオ、よくあなたはそんな落ち着いているわね・・・目の前に私達のあれを盗んだ犯人がいるのよ。ほらあそこに・・・早くかえしなさいっ・・・。」
「ん・・・あっ本当だ・・・でも落ち着けってキナコもまずは話さないと。それに相手の娘さんだって戸惑っているじゃないか、盗んだと決まった訳じゃないんだから・・・っ。」
 と呟いて何とか宥め様とする男・・・ミハルもそれに同調して口を動かす。いきなりの事で何なのか分からないと、そもそも何かを盗んだ覚えは無いと・・・幸いその間に車掌や他の乗客は現れず、また客車も切り離されて一旦駅の外へと出たので騒ぎにはならず、何とかキナコと言う名の女を落ち着かせその場で事情を伺う。
 それについてミハルは基本的に聞く立場に終始していたが、少なくとも列車の中で初めてその荷物が自分の所に来ていたのに気が付いた事、それに気が付くまでその荷物については全く認識していなかった事などを伝えて謝ると、既に例の技マシンを入れて元通りにしておいた鞄を手渡した。
「うん、あぁちゃんと入っている・・・すまなかったね疑ったりなんかしてしまって。」
 と中身を確かめて安堵の表情を浮かべて頭を改めて下げるヨシオ、キナコの方はやや不満げな表情を表としていたがそれでも小さくは頭を下げてきたので一応の落ち着きはついたと言う事だろう。ミハルも頭を下げ返してそのまましばらくの談笑へと流れる、客車は今ホームから離れた駅の構内の外れの引き上げ線に止まっている所であり外には降りられないからだ。
 半開きになった扉の向こうをヘルメットを被った係員が片手にカンテラを下げて歩いていく姿が見え、わずかの間をおいて背後の窓の向こうをかなりの速さで列車が通過していく。恐らく今のがヒワダ発の連結される急行なのだろう、そろそろ動き出すと言う時ふと何気無くミハルはある言葉を口にした。
「そう言えばその中身は技マシンなのですね?」
「そうよ。」
 答えたのは珍しくもキナコだった、それに対してまたヨシオが狼狽した様な気配を漂わせるがキナコは意に介せずと言った調子で続ける。
「いいじゃないの、もう中身は見られているのだし・・・先日とある所で見つけた貴重な技マシンね。まぁ見て分かると思うけれど、極初期に作られて結局それ1つ限りしか作られなかった文字通り試作品・・・。」
 と何時の間にやら鞄ごと自らの手元に移していたキナコはその蓋を開けて中身を取り出し掌に置き転がす。CDと同じ形をした円盤が室内の明かりを反射して輝く時、大きく室内が揺れた。どうやら客車が動き始めたのだろう、だが機関士の腕が鈍っているのか下手なのかは分からないが運転が今までと比べると荒く客車が揺れる。座っていても思わずバランスを奪われるほどの物でよろけ様に壁に手をミハルが当てた時、キナコとヨシオも同様に壁に手を当てた。
 しかしその瞬間悲劇が起きた・・・そう衝撃で傾いた掌から技マシンのディスクが落ち、落ちた上にキナコの足がのった。そうそれは本当瞬時に連続して起きた事、全てが勢いで連鎖した結果慌ててキナコが足を上げた時そこにあったのは幾つかに砕けたディスクであった物が広がっていた。途端に室内の空気が固まったのはいうまでも無い、そして最初にそれを解いたのはヨシオの大いに狼狽した声であった。
 そして嘆きの声がそれに続く、キナコとミハルはただ呆然とするしかなかった。ただその様と言ったら尋常ではない、もう全てが終わったかのような有様であり何とか我に返った2人はそれを宥める事に専念するのみ。そして何とか落ち着かせた時には寝台の上に腰掛け、ヨシオは静かにその目元から一筋の線を頬の下にかけて流していた。そしてキナコが何事かと言っているのをふと見つめていたミハルはある事を思い出し、そしてこう切り出した。
「あの・・・技マシンの中身についてなのですが・・・。」
「何だい、中身がどうしたって言うんだい。中身はもう失われてしまったのだよ永遠に・・・あぁあれほど苦労したと言うのに・・・。」
 その焦燥ぶりはもう酷かった、言葉にもその気配にもありありと満ち満ちていて人間はかくもこの短時間で変われるのかと思える良い見本とも言えるだろう。だが一瞬怯んだもののミハルは続ける、そう真実を伝えたのだった。

「このイーブイに・・・覚えさせてしまった・・・!?本当かい・・・?」
 わずかなるもたらされた唐突な希望・・・それにヨシオはそしてキナコも目を丸くしてミハルの言葉に聞き入り、その傍らに寄り添うイーブイに目をやる。ミハルは洗いざらい全てをありのままに言って聞かせた、ふと中身を見て気になりそして使ってしまったと・・・そして言う事は言って謝りの言葉を述べようと軽く頭を動かしたその時、その動きは止められた。額にはヨシオの手が当てられそれ以上下げられるのを止めている。そして彼はこう口を開いた。
「ありがとう、ミハルさん・・・これで研究が続けられるよ。初期の技マシンについてのね、ありがとう。」
「いやいやこちらこそお役に立てて・・・。」
 と軽く頭を下げて再び上げた時ふとミハルは気になる動きを目にした。どうした訳か手がこちらへ向かって、キナコの手がこちらに向けて伸びて来ているのだ。その様に不審に思ったその矢先、不意に耳にイーブイの鳴き声が聞こえキナコが思わず手を引っ込める。慌てて見るとイーブイが警戒しているのか珍しく威嚇の姿勢を取りながらミハルにより一層寄り添っている、一方でキナコは指を擦りつつ忌々しげな目で見つめてきておりそれはヨシオも似た様な所があった。
 漲る怪しさに思わずミハルも気を張り、そしてイーブイを自分の背後の方へと動かし2人と対峙する。そんな状態が数秒続き、それを崩したのはヨシオであった。
「ふふ、そんな怖い顔をしないでくれミハルさん・・・ただ我々に協力してくれれば良い、それだけだよ。」
「協力・・・一体何を?話す事なら今話しましたよ・・・それに私のイーブイに手を出すのは利口ではないですね、この子中々賢いですから・・・。」
「そのイーブイを我々に預けたまえ、事実上歴史の闇に封印された技を・・・シルフの過去を握るには必要不可欠なのでね、くくく・・・。」
「そうよお嬢さん・・・ここは私達に協力するのが正解よ、その体とイーブイが大事ならね。」
 2人の口調はすっかり変わっていた、そしてキナコは何やら黒い帽子の様な物を頭に被りそして上着を脱ぐ。その下から出て来たのは矢張り黒い服装・・・ただ胸元には何事かと赤色で書かれている。瞬間、その姿からミハルは何事かと感じ取った、ふと冷や汗が流れる。
「あなた達はまさか・・・。」
「気が付いたかね、そう我々はロケット団・・・そうと分かったらさっさと寄越すんだな。さぁ。」
 もう既にすっかりその制服姿となったキナコと違いヨシオはまだ元の姿のままである、しかしその胸元を軽く捲るとその下からはあの黒い服と赤字に「R」の文字が浮かび上がり示されていた。
「くっ・・・誰に私のイーブイを上げるものですか。ずっとこの子とは一緒にいるんだから・・・。」
 威嚇するイーブイを抱き抱えてじりじりと間合いを取るミハル、狭い室内で対峙する3人の耳にふとドアの開く音が聞こえてきた。外の喧騒もかすかに聞こえてくる、どうやら何時の間にやら急行と連結され再びドアが開けられたらしい。ロケット団の2人の顔には焦りの表情が浮かび無言でヨシオはイーブイを掴み奪おうと襲い掛かってきた、だが寸での所で回避しヨシオは窓に顔をぶつける。
 だがミハルもその時に軽く足を捻り顔をしかめ一瞬意識が四散する、するとすかさずキナコが手をかけてイーブイの耳を掴み引っ張る。イーブイが苦痛の声を上げるのは当然だろう・・・ミハルも対抗してその体を掴むが矢張り鍛えているのかキナコの力の方が強くわずかに引っ張られる、耳に聞こえるイーブイの呻き声が何とも痛々しく尚更に守らなければと言う気持ちを刺激されてならなかった。だがヨシオがその気持ちを邪魔しようと仕掛けた時、足音が聞こえてきた。
 扉は半開き・・・そして一瞬の緊張の後半開きの扉の向こうに旅行者と思しき人影が現れ部屋番号を確かめていたのだろうか。その視線がふとこちらに向けられ顔は驚きの表情になり声がかけられる、何をしているのかと。ミハルは一瞬の安堵を、ロケット団の2人は緊張を感じ全てが解決するかと思えた次の瞬間、ヨシオが何かを投げ付け白煙が辺りに充満する。響くミハルと旅行客の咽ぶ声、そして新たなる足音と互いに確認しあっているのかロケット団の2人の小声と加わる力にイーブイの悲鳴。
 ミハルは一層懸命になった、必死にイーブイの事を思いそして力を振り絞り無意識の内にその名前を強く呼んで抱きしめた次の瞬間・・・何か強い衝撃に襲われ妙な感覚に全身が捕らわれる。幾つかの小さな喘ぎ声の様にも取れる言葉が連鎖した、ミハル、ロケット団のキナコとヨシオ、目撃した旅行客そして異変に気がついた別の客と車掌にイーブイ・・・7人の声が連鎖し、皆同じ感覚に捕らわれた。体が輪郭を失い身に纏っている者と1つになりそして新たなる形に・・・客車のその一角を見ていたホームにいた乗客と駅員は後にこう語ったと言う。
「真っ白い光で客車が光り輝いていた。」
 そう語ったと記録にある。そして光が晴れた時駆けつけた駅員と野次馬が見たのは廊下に倒れるサーナイトとフライゴンにオオタチ、室内の寝台の上に横たわるフライゴンとニドラン♂、一番奥にはイーブイと全裸の少女の姿があった。どういう訳か首元に白いフサフサな毛を生やした少女の姿がイーブイと隣り合って目を閉じてそこにあった。

「まだあの技マシンが生き残っていた・・・いやいや見つけ出す輩がいるとはね。」
 数日後、カントー地方ヤマブキシティ。シルフ本社近くに立つ一軒家の二階で白い髭を揉みながら1人の白衣の男がそう呟いていた、背の方向にある机の上には一枚の折り目のある紙と留められた幾枚かの写真が置かれている。
「さてさて使ってしまったのは彼らとは言え・・・人に戻さなくてはね、全く老後の良い研究テーマが出来たものだよ・・・ほっほっほっ。」
 そう口にすると彼は受話器を取り何処かへと電話を始めた、彼の名を知る人は少ない。しかし彼こそが技マシンという物を考案しこの世に送り出した男・・・現場の第一線から退きのんびりとした余生を送っていた老研究者は再び動き出す。かつてふと思い立って造り放棄した技に関する事で、「試作品」と言う名の技の後始末の為に。


 完
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