疾駆の果て冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
 夕暮れ時の森の中、そこを横切る一本道・・・気味が悪いほどまでに鮮やかな薄紅色に染まった空の方向へと向う道を、一人駆け足で急ぐ人の姿があった。腰の黄色いウェストポーチ、群青色に青帯のショートパンツ、そして白い手袋の他は濃赤を基調にした服装を身に纏いそれらを皆激しく揺らしつつ疾走するのは1人の少女、その名をハルカと言う彼女はとにかく先を急いでいた・・・一体何が起きたとでも言うのだろうか?
 周りを見れば今は日暮れ時であり鬱蒼とした森の中の事、実際よりも数段薄暗くそして気味が悪い事は確かだ。特にまだ十代前半の少女である彼女ならばより強く周りの環境に反応し、それだからこんなにも走っているという事も十分に考えられよう。それにこの山道の界隈は唯でさえ点在する無数の湿地帯より吐き出されるガス等で環境が悪い上に、良く人が失踪する事件が多発していた。そしてそうして行方不明になった人々は何の痕跡を残さない事も・・・。だからこそこの道を夜に通行する者は余程の事情がある場合か、然も無くば事情に疎いのどちらかの人しか有り得なかった。

 当然ハルカはその前者である。だがそれにしては急ぎ過ぎている様な気配も感じられなくも無い、一体どちらが真実であるのかは傍目から見ただけでは判断がつき難い・・・仮に本人にどちらかと今尋ねたならば、彼女は前者を強く否定するだろう。ハルカが強く出て言うのには色々と理由と事情があるのだが少なくともこう言い返してくるのは間違いない、早く追いつかないとならないんだから、と。
 実際の所ハルカがこの様に1人で行動しているのはとても珍しい事だ、大抵の場合彼女は3人の仲間と共に行動している事が多い。そして彼女は仲間達と和気藹々と、時には迷惑をかけたり或いはかけられたりしつつものんびりと旅をするのは彼女の好む所であり、余程の事が無い限りバラバラになる事はまず有り得なかった。だからこそこうも1人で焦っている姿を見られるのはある意味では非常に運が良いとも言えよう。
 だが少なくとも今のハルカにそんな悠著な事を思う余裕は無かった。ただ自分の行動が原因で仲間と逸れて遅れてしまった事に対する恥ずかしさで一杯であり、ただ速く走って追いつく事だけを頭に浮かべていた。もう夜がすぐそこにまで迫っている事にも全く気を止めてはいない、むしろ気が付いてすらもいなかった。言うなれば猪突猛進・・・仲間達に早く追いつこうという一心で突き進んでいるハルカにある意味で良く似合う言葉であった。
 しばらく走った辺りで道に勾配がつき始めた、中々の急な上り坂だ。ここまでずっと走り続けて来たことに加えて坂の登りは足には自身があるとは言え、そこまで体力自慢をするほどでは無い彼女の体には大きく堪える。それでも何とか踏ん張り意地でフラフラになりながら登り切ったハルカは、峠から下へと続く見事なまでに一直線で緩やかな坂道を軽快に降り始めた。最初の内は上り坂を登って来た時の余韻に包まれていて尚も息苦しい。
 しかし次第に下り坂が急になり始めると共に何処からか吹いてきた微風を全身に受ける事で、一息を走りながらつげばつぐ度にどこか足取りも軽くなり気持ちも落ち着いてきた。そしてしばらく走り久し振りに現れた急カーブを曲がった所で彼女は目を細めた、道の彼方で反射する光を捉えたからだ。もうすっかり幾分落ち着いたとは言え疲労していたハルカはまだ持てる力を振り絞ると、脚に力を入れその光の下へ・・・そこにいるのは仲間達であろうと言うある意味では希望的な観測を抱いて加速したのだった。

 とにかく夢中に駆けるハルカ、暗闇の中スカーフの結び目を風に流しつつかなりの速さで駆け下りていく。だが純粋に夢中でいられたのは最初の頃だけであった、その頃になると今度は速さに惑わされ始めたのである。どう言う事かと言えばまず今走っているのは急な下り坂。元々惰性で本人は足を動かしつつも下り坂であった事でその力以上の速さが確保されていたのだが、多大な疲労は彼女から正常な思考力を奪い、てっきりその自らの振り絞って出しているわずかな力でそこまでの加速が出来ているのだと思い込ませてしまったのだ。
 もし加速を始めた時点でその事に気がついていれば何らかの手を、つまりは加速を止めて惰性のまま元通りの状態に戻す事も可能であっただろう。しかし生憎ハルカは良かれと思って持てる力を一期に解放し足に注ぎ込んでいた、だからもう足は普通に走っただけでは有り得ないほど激しく動き体は大きく揺れて膝が強く震える。何だか何もかもが強く攪拌されている様な心持すらも彼女は感じていた、そして内心でこのまま走り続けるのは危険だとも理解していた。
 そして止めようと・・・幾らそう念じても体は止まらなかった。むしろ勾配は更にきつくなって加速がつき、その間断無く続く衝撃に全身が分解してしまう様な錯覚を新たに覚えてしまう始末。もう彼女の手には全く負えなかった、そのまま何の手を打つ事も出来ずにハルカは進む他には手段は無く、同時に自分がもう一つ取り返しの着かない過ちを犯していた事を悟ったのだ。
 目の前に迫る光・・・それはどうした訳かいきなり現れた街路灯の明かりだった、そしてその先は全くの暗闇である事を。あのカーブを曲がった所から見た光はこの街路灯の光に間違いなく、加えてこの街路灯の先で道が再び急カーブし直進した先には道の代わりに鬱蒼とした茂みが自分を待ち構えている光景に思わず目を見開いたまま、ハルカは風に揺れる街路灯の脇を通過しそして衝突した。瞬間衝撃音と何故か水音が静かな森にこだまする。

「ふはぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・なっ何なのよ・・・ゴホッ・・・。」
 数分後、茂みの影にて四つん這いの格好になってそう呟くハルカの姿があった、全身が泥塗れの水に塗れた姿は何処か痛々しく惨めである。出血を伴う様な怪我をしていなかったのは不幸中の幸いともいえよう。ただ鈍痛が節々から感じられる、そしてしばらく肩を上下させて四つん這いのまま茂みの裏に隠れていた泉に浸かっていた彼女は、不意に首を上に上げるとようやく落ち着いたのか水中より出でて畔の草地へと身を投げ出した。呼吸は落ち着きつつあるとは言え荒く胸は上下している、ハルカ自慢の赤を基調とした服装も皆水が滴っており、一部にシワが寄っている他はぴたりと体の輪郭に張り付いていた。
 そして水の滴るその体から早春の夜風は体の熱を否応無しに奪う、それこそ機械的かつ冷酷に・・・だがしばらくするとそれが薄れ始める。むしろ温かいとすら感じ始めた、それにはどこかぼんやりとしたそこにある意識でも不審に感じられたが疲労で体はこれまでにも増して動こうとはしない。そしてハルカが完全なるサボタージュに徹した体に憤りを覚える間にも、その常識に反した温もりは彼女の体を包み込み、何時の間にかには温もりを通り越して熱さへと変わったのであった。
"なっ・・・なんだろ・・・この熱・・・急に熱くなっちゃってるかも・・・。"
 体を包み込む温かさによって解凍されていた意識は今度は熱によって蕩け始めていた、今や全身を焦がすかの様に感じられるまでになった熱にハルカはただ受け入れるしか対処のしようが無かった。ただ坂を駆け下りていた時と比べれば、あの時の様な危機感や切迫感は一欠けらも感じ取る事は出来ない。むしろ心地よさや安心感・・・己を癒す感情がふつふつと心底から沸き起こっていた。そして同時に何か普段から強く感じている感情、何とも言い表し難いが自分ではなく他者に向けている感情もどうした訳か溢れ、自分とその相手を包み込んでいる様にも感じられる。
 後頭部には極めつけに強い熱が・・・その時になってハルカはようやく気が着いた。腰に巻いていた筈のウェストポーチの姿がなくなっている事に、そして慌てて動かした視線の先にその姿を確認した。そこは傍らにそびえる大木の一番下に突き出た太い幹、そこに上手いバランスで引っ掛かっている黄色い姿に。だがその止め具が壊れたのかポーチの蓋が開き中身が外へと漏れていた、そしてここから見える限りでは入れておいた筈のモンスターボールの姿は2つしか見当たらない。

 ハルカは焦った、すぐにでも拾い集めなくてはと・・・大切な仲間を、ポケモン達の入ったモンスターボールを見つけなくてはと強く思い、動かないのを承知で意思を込めると首だけが動いた。それと共に後頭部の下で何か丸い物体が転がるのをも感じ取った。そしてそれが何であるのか彼女の頭に瞬時に浮びかけたその時、その物体が2つに割れた同時に強い電撃の様な衝撃を彼女は感じた。一瞬で視界が白濁し虹色の筋が幾つも走る、それは長く続いた様に感じられた。不思議と全身に力がこもり溢れ出るのを、焦れが消えて感情ではなく正真正銘の力が体の隅々に行き渡り熱が薄れる。
 最後に視界は真紅に染まり、再びあの言い表し難くそれでいて身近な感情に極めて近い物に満ちた所で全ては晴れ渡った。見える視野はあの鬱蒼とした森の闇、どう言う訳かさきほどよりもこの様な暗闇の中だと言うのに辺りがクリアに見渡せる。そのままハルカは何とも思わずに難なくその場に立ち上がり、辺りに散乱していた自らの持ち物を拾い集めてポーチを手に取った。正直、あの木の幹に手が届くとは思わなかったから己がしている事ながらも、ハルカは何処か遠い世界の事の様にそれを見ていた。
 そうして片っ端から拾い上げたモンスターボールをポーチにしまい数を数える、後一つだけ数が足らなかった。辺りを見回せばそれは地面の草叢に沈むかのようにして転がっていた、そしてそれを手に取ろうとした時再び彼女の動きが止まる・・・そのモンスターボールは割れていた。壊れていたのだ、だが自然とハルカは動じずに手に取る。
 その中にポケモンの姿は無かった、それを眺める様に見て確認するとふとある事に彼女は気が付いた。己の体が変貌している事に、腕は赤くそして灰色にまるで鳥の腕の様に硬質化し指は3本、それは両腕とも変わらなかった。そして視線を下に下ろせば赤に黄の菱形、そして交差する様に交わる白、足先を包み込むかのような黄・・・何よりもその色合いには深い馴染があった。
 忘れる筈の無い強い印象と共に彼女は手を顔へとやる、特徴的な視界の外れに見えていた鼻面は確かに存在していた。そして髪の感触・・・肩さと外に向けて長く伸びたそれは髪と言うよりも鳥の鶏冠の様に硬かった。そう言った事実にハルカは思わず実を強張らせる、ポーチを手から滑り落としてしまうほどに・・・だが拾い上げる間も無くもう片方の手に握っていた壊れたモンスターボールへと再び視線を落とし、視線を戻した。
 視線の先にある木々の谷間からは真丸い満月が何時の間にか姿を見せていた・・・そしてハルカいや一匹のバシャーモは何時までも静かに見詰めていた。


 完
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