手にしたのは・・・ポケットモンスター二次創作  挿絵でぃあす作
 9月がもうそこまで来ているというのにまだ熱い8月の午後、僕はパンクした自転車を押しながら首にかけたタオルの袖で汗を拭きつつ自宅までの一本道を歩いていた。
「全く・・・とんでもない日だよ、自転車がパンクした挙句水筒の水が尽きるとはね・・・。」
 僕は忌々しげに呟き太陽をチラッと見ると黙々と歩を進めた。自宅まで後500メートル余りと言う所に、大きな柿の木が生えていた。その木の下にはベンチが1つどう言う訳だか置かれており、よく農作業の途中で昼寝をしているおじさんが昼は占拠しているので使った記憶は無い。しかし今日はどう言う訳か、あのおじさんはしなかった。あと500メートルなのだから頑張ろうかとも考えたが駅からここまで訳5キロ、炎天下の中を水無しで歩いてきた体は最早限界を迎えておりその木陰と空いているベンチを見た途端、先程の決意は何処へやら僕はさっと排水溝を越えて駆け寄ると自転車を茂みの上に投げ出してベンチに腰を下ろした。
"ふぅ・・・気持ちいい・・・。"
 僕は木陰の下でわずかに吹いている微風に身を置いて、タオルでまたも汗を吹きつつしばしの休息をとった。2メートルほど先の炎天下の地獄とも言えるアスファルトの路上とは全く違う世界・・・結局僕はそこに20分ほど腰掛けて熱も少しは引いたので立ち上がると、草叢の中に投げ出した自転車を立ち上げようと手を掛けたその時だった。僕の視線の先に周囲の緑とは調和しない色、濃い青をして赤と黒で彩られた丸が中心に描かれている何処か見覚えのあるカード・・・そうだ、ポケモンカードを捉えたのだった。
"懐かしいなぁ・・・でも、どうしてこんな所に?"

 自転車を建て直した僕は再びその場へ戻るとそのカードを手に取り、しばらく裏を眺める。裏の柄を見ているだけで僕の脳裏には幾多の記憶が、小学生の頃まだポケモンが流行り始めたばかりの頃に当時の友人達と競って買い集め、勝負し勝敗を決めてカードを交換し・・・等と夢中になって遊んだ時代をそのカードは思い起こさせた。しばらくその場で立ち止まってじっと見詰め回想に耽った僕は、逆の面の表を見ずに自転車のかごへ裏を見せたまま置くと残りの500メートルを駆け足で駆けて行った。

 家に帰りついた僕は自転車を止めて玄関へ入ると、靴もそのままに脱ぎ冷蔵庫の中から取り出した500ミリリットルのペットボトルに入った麦茶を一気に飲み干した。そしてその足で部屋に戻って制服を脱ぐと下着一丁で脱衣所へと戻り、朝沸かして置いた風呂へと一気に飛び込む。満杯に入れておいたのでかなり溢れてしまったがどうと言う事は無い、足りなくなれば足せばいいだけの事だからだ。一旦浴槽から出て全身を洗うと再び浴槽に浸かり、20分ほどで風呂場から出て体を乾かし服を着て部屋に戻ったのはそれから更に20分、計40分で僕はすっかり気を良くして部屋へと戻って来たのだった。
 部屋に戻るとクローゼットを開けて、その片隅から埃を被って所々茶色に変色した少々汚い白い箱を取り出す。簡単に埃を払い机の上に置いて蓋を外すと、中からは懐かしい物の数々が、かつて小学生の頃に使っていた品々が数年ぶりに太陽の下へと姿を現した。
 僕はそれらの中から辞書ほどの大きさにまで膨れ上がったファイルを取り出す。そして中に収納されているのは無数のポケモンカード、自分が元から買ったカードもあれば友人との戦いで勝利して手にしたり、交換で手に入れたカード・・・とにかく色々な経歴を持ち、綺麗なままであったり端の所が擦り切れてしまったりしている等様々な形となったカードの姿がそこにはあった。
「えーと、あれは何処にあったかな・・・。」
 5冊もあるそれらを片っ端から1冊ずつ僕は捲り始めた。あるカードを探しての事である、1冊目2冊目と見つからなかったそれはようやく4冊目の片隅にて静かに眠っていた。僕は思わず口元を歪ませてそれを取り出し目の前にかざす。
 シャワーズ、それは僕の最も好きなポケモンである。小学生の頃は必ずこれを常に携帯しなくては落ち着かないほどだった、それほど好きであったのに中学高校と進む内に勉強を始め他の事柄が忙しくなったり、また別の方面へと興味も開いてきたのですっかりその事は忘れていたのだが、今日あの草叢にどう言う訳か落ちていたポケモンカードを見て不意に思い出し懐かしさに駆られてこの様に封印を解いて見た訳だ。
 そしてシャワーズを見る一方で、僕は相変わらず裏面ばかり向かせていたあのきっかけとなったカードを手に取った。あのような所に転がっているのだから大したカードではないと思っていたが、それでも一体どの様なカードだろうと思っていた。そして自分の忘れられていたコレクションに再び目を向かせた事を記念し、その中に含めようと考えての事である。だがさっとおもてへと向けた僕は驚いて一瞬我が目を疑った、何故ならそのカードには表がなかったのである。あったのは真っ白な何の痕跡も無い表面だけであった。
「これは・・・剥がされたのか?水でふやけて落ちと言う感じはしないし・・・。変なカードだなぁ。」
 予想だにしなかった意外な展開に戸惑いつつ僕はその真っ白なカードを見詰めた。そして、ふと思い立つと何気なく左手に手にしていたカード、シャワーズのカードの裏面をそのカードの白い面へと置いてみたのだ。当然の事ながら全く同一の規格下で作られたカード同士であるのですんなりと落ち着いた、そして再び元に戻そうと上に載っているシャワーズのカードを外そうとしたその時だった。
「うん?何だこれ・・・剥がれないじゃないか・・・。」
 どうした事か2枚のカードはまるで強力な接着剤、いや元からそうであったかの様にビクともしない。そして更に不思議な事に下となったあの表面が真っ白であったカードの裏面がつい先程までの他のカードと同じ濃い青ではなく、鮮やかな水色へと変化していたのだ。そして中心のモンスターボールの絵はあのままどこか立体感が漂っている・・・その瞬間、僕は何処かそのカードを投げ出したくなった。怖くなったからだ、如何考えても尋常な話ではない。
 糊も何も付けていないのに勝手に2枚のカードが貼り付き、そして幾らやっても剥がれない。その挙句カードの変色・・・何か良くない事が起こると僕は本能的に感じていた、その一方でどこか興味を抱いていたのも確かだった。どうしてこの様な事になったのかとそれを考えるととても投げ出す事なぞ出来ず、まるで魅入られてしまったかのように顔をその淡い水色の中に浮ぶ様にあるモンスターボールへと近づけていた。
 そして何時の間にか伸びた右手が静かにそのモンスターボールへと触れた途端、それは絵の中から飛び足してきた。視覚的にだけそう見えたのではない、視覚的にも物理的にも絵に過ぎない筈のモンスターボールが実体化して飛び出してきたのだ。そしてそれは改めて驚き見詰める僕の視線の目の前へ滞留すると、静かに開いたのだ。アニメ等で見る様にそれは呆気ない開き方で、割れたスイカの様に開いた途端眩いばかりの光が漏れて僕を包み込んだ。僕は思わず目を瞑り・・・そのまま光に何もかもが飲み込まれるのを感じて流されて行った・・・まるで体がバターの如く溶ける様な感覚で・・・。

 それから数秒後、一時は光に満たされた部屋は何事も無かったかのように夏の午後の太陽の光で明るかった。何事も無かったかのようではあるが、そこに僕の姿とあのポケモンカードの姿は見られなかった。

 カントー地方・ハナダシティー北東部
「あーあ・・・何も釣れないやないか。」
 一人のポロシャツにジーパンと言った井出達をした黒髪の男が、海に浮かべた小船から釣竿を垂らしていた。すぐそこに見える陸地に周りに人気は無く、丘には一軒の家。恐らく周りの状況から見てその男がその家の主なのだろう。幾ら立っても魚が釣れない事に次第に苛立ちを募らせていたその矢先、男の目はある物を見た。それは波間に浮ぶ赤いボール、いやこの世界に住む者なら誰もが知っている物・・・そう、モンスターボールである。
「何でこんな所にモンスターボールが浮いてるんや。まぁとにかく回収しておかんと。」
 慌ててオールを手に取った男は急いでそれに接近して、網で救い上げる。網の中に入っていたのは何の変哲もないモンスターボール、ただどうして海に浮んでいるのか彼にはさっぱりわからなかった。ここ最近は台風で海は大時化の日々が続いていたが、それで船が沈没したと言う話は全く聞かない。とにかくそれをポケットに仕舞い、浜へとボートを乗り上げさせてそこで開いてみる事にした。
「何が入っているんやろか・・・まぁいい。投げてみよ、それっ!」
 男の手から離れたモンスターボールは一回転すると口を開いて中から光が、当然の如く流れて地面の上にて形となった。一体どんなポケモンが入っているのかと固唾を呑んで見守っていた男の前に現れたのは、一匹のシャワーズであった。

「キュウゥゥゥ・・・。」
 驚く男を前にそのシャワーズは円らな瞳で見詰めて、小さく鳴くと足元へと擦り寄ってきた。


 完
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