Written by 旅人
寝室に静かな空気が流れている。
私は枕元の室内灯の灯りの下で書類に目を通していた。

死海文書に書かれている、来るべき人類の敵『使徒』。
それに対する唯一絶対の絶滅兵器、EVANGELION。
その起動実験の詳細が、この書類には記載されている。
数十枚の厚さになる用紙に、びっしりと書かれた手順、方法、内容……
ごく細かなところまで詳細に書かれているこれに目を通すのは、もう何度目だろう。
もう、その全てをそらで言えるようになった。
実際、私にはもはやこの書類は不必要であると言ってもいい。
今、こうやって目を通しているのは、気休めに近いものがある。

昔からそうだった。
実験と言うものは、手順どおりにすれば成功する確率が確実に上がる。
手順通りにすれば……間違えなければ……きっと、成功する。

 「ふぅ」

今日はこれで五度目だ。
最後まで目を通した書類をサイドテーブルに置き、私は軽く瞼を揉んだ。
瞼の裏にまで、書類の内容が焼きついている。手順を間違える事などありえない。
だが、それなのに消えないこの不安は何なのだろう……?
そんな私を、寝室の中の静寂が包む。


妻のユイは、今ここにはいない。息子のシンジを寝かせつけに行っているのだ。
今年で5歳になるシンジは、まだ一人では眠れないらしい。
しつけに厳しいユイも、シンジを寝かせつけてやることだけは今も止めない。
そろそろ一人で眠れるようにしなければ、といつも言うのだが、ユイは譲らない。
おそらく、そうやって必要とされていることが嬉しいのだろう。
聡明で理知的な彼女も、シンジの前ではやはり母親なのだ。
ロジックでは割り切れない。母子の感情とは、そういうものなのだろう。


静かだ。
とめどなく喋っていたシンジも、どうやらもう寝たらしい。
隣の部屋から聞こえてきていた微かな笑い声は、今はもう聞こえない。
じきに彼女も戻ってくるだろう。そう思って、私はユイのベッドに目を向けた。

 「……」

いつもどおり、綺麗に整えられたベッド。
私のベッドもそうだ。いや、ベッドばかりではない。
このマンションの掃除、食事、洗濯、シンジの世話……
ユイは研究を続けながら、その全てを自分の手でこなしていた。
家政婦を雇えばいい。私は何度もそう言ったが、ユイはいつも笑って首を振っていた。

 『楽しいですよ』
 『あなたと、シンジと、私』
 『こうやって、一緒に暮らしている事が分かるから』
 『私の楽しみを、取らないで下さい』

だからと言って、ユイの研究が進まなくなったかというと、そうではない。むしろ逆だ。
シンジが生まれてからは特に、ユイの研究は飛躍的に進んでいた。
研究にかける時間は減っているはずなのに、なぜ?
そう尋ねる私に、ユイは片目をつぶってこう答えたものだった。

 『この子達に、明るい未来を見せて上げたいですから』

そう言ったときのユイの表情は、本当に明るかった。いつにもまして、綺麗に思えた。
そんなユイが、私には眩しかった……





ガチャッ……

 「ふぅ……ようやく寝ついてくれました、あの子」

ドアの開く音と共に、ユイが寝室に入ってきた。
ゆったりとしたパジャマは、私と揃えて買ったものだ。

 「ご苦労、ユイ」
 「ふふ、あの子ったら本当に泣き虫なんだから。
  明りを消そうとしたら、『でんき消したらいやだよ〜』ですって!」
 
困った困った、とでも言いたげに、私に苦笑いを向けてくる。
だが、やはりその顔は嬉しそうだ。

 「全く、臆病な奴だ」
 「まだ5歳ですよ、シンジは。もう少し、いいでしょう?」
 「一度、シンジには私から話をしておこう」
 「また泣かれますよ」
 「……」





ユイが言っているのは、この前私がシンジに小言を言ったときのことだ。
シンジが食事中にTVの方ばかり見ていたので、こう注意したのだ。

 『食事中によそ見をするんじゃない』

私は、極力穏やかな声で言ったつもりだった。
だが、シンジはビクっと震え、視線を下に落としてしまった。
ぱったりと箸が動かなくなってしまったシンジを見て私は訝しく思い、こう尋ねた。

 『何をしている、シンジ』

その言葉に、シンジは返事を返さなかった。
やがて、小さな肩が震える。
そして、私の目前で、シンジは小さくしゃくりあげ始めた。

 『…うっ…ひくっ……』
 『……』

どうしたらいいのか分からず戸惑っていると、ユイが苦笑いしながらシンジの傍に行った。
ハンカチで、優しく顔を拭ってやるユイ。

 『どうしたの、シンジ』
 『……うっ、うっ……』
 『お父さんに言われたのが、恐かった?』
 『……ぐす……』
 『じゃぁ、怒られない様にちゃんとしなくちゃね?』
 『……ん…うん……わかり、ました……』

ユイがそっとシンジの肩に手を置くと、シンジはぐすっと鼻をすすり上げて箸を動かし始めた。
時折、その茶碗の中に水滴が混じるのを見るとはなしに見ていると、ユイの視線を感じた。

 『……くす……』

楽しそうな微笑み。その先で、私は何かバツの悪い思いをして皿に手を伸ばしたのだった……





 「まさか、あの程度で泣かれるとは思わなかった」
 「いつも私が同じことを言ってるんですけどね。『よそ見をしたらダメ』って」
 「……」
 「でも、シンジ、あれからご飯の時によそ見をしなくなったんですよ。
  私があれだけ言っても聞かなかったのに、あなたに言われた途端、効果てきめん!」

ユイがぱちりと片目をつむる。
そして、部屋の隅のドレッサーの前に座り、髪に櫛を通しはじめた。

 「あなたはたまにしかあの子に言葉を掛けないから、シンジも緊張するんですよ。
  あなたがシンジといるときにちょっと緊張してるみたいに、ね」
 「……良くないことだろうか?」
 「大丈夫ですよ。あなたの分まで、私があの子に接していますから。
  それに、シンジもあなたに誉められれば何倍も嬉しいし、怒られれば何倍も恐い。
  そんな父親って、いいじゃないですか」

背中越しに、楽しそうに私と会話を交わすユイ。
栗色の髪が櫛の動きに従って柔らかくなびいていく。
その一つ一つの動作が、優しく、そしてユイらしかった。

 「大丈夫ですよ。あなたがシンジのことを好きなように、シンジもあなたのことが好きです」
 「……」
 「正直、嫉けちゃうようなところもあるんですよ?
  そりゃぁ、怒ったときにはこの前みたいにしょんぼりしてしまいますけど…… 
  あなたがシンジに優しくしてあげたとき、あの子が見せる顔。とっても、いい顔なんですもの」

ユイが、鏡に向かいながら話し続けている。
ゆっくりと、ゆっくりと手を動かしながら。
それを眺めていると……不意に衝動が込み上げてきた。

 「……」

いつまでも、いつまでも、彼女を見つめていたい。それなのに――。
息詰まるような苦しさ。胸に突き上げてくる。
私は、その感情に釣られるようにして、立ち上がっていた。
その気配に気づいたのか、ユイが手を止めてこちらに向き直る。

 「あなた?」

ちょっと不思議そうな表情。それもまた、ユイだ。

 「どうかなさいました?」

私はドレッサーの前で座っているユイの前に立ち、その肩に手を置いた。

 「……それでも、シンジが必要としているのは、君だ」
 「え?」
 「私が叱った後、君が慰めてやらねばあいつは萎縮したままだ」
 「……ゲンドウさん?」
 「それに――シンジだけじゃない。私も、君を、必要としている」

それだけ言って、私はユイの瞳を覗き込んだ。
伝わるはずだ。私と、ユイなら。
……やがて、最初は戸惑いしかなかった瞳に、徐々に柔らかい光が宿ってくる。

 「……そんなに、心配ですか?」
 「あぁ」
 「何度も念入りに確かめたじゃありませんか。大丈夫ですよ」
 「分かっている」 
 「……それでも、心配なんですね?」

くすっ、ユイが小さな笑い声を上げた。
そして、柔らかな視線を私に向ける。

 「私が、いなくなると思っているんですか?」
 「……」
 「あなたと、シンジを残して?」
 「……いや」
 「そうですよ。私が消えるなんて、あるわけがないです」

私の硬い視線の先で、ユイがいつものように柔らかに笑っている。
私を安心させてくれる、温かい笑顔……
思わず私は彼女の頬に手を当てていた。その手に、ユイの白い手が添えられる。
柔らかく、少しだけひんやりとした滑らかな手。

 「ゲンドウさんの手……あったかいですね。それに、おおきい……」
 「……そうか?」
 「はい……私を安心させてくれる、手です」

ユイの柔らかな頬の感触が、私の手のひらに伝わってくる。
その体温が、しっとりと私に流れ込んでくる。

 「私だって……」
 「ん?」
 「私だって……あなたを、必要としてるんですから……」

そう言って見上げてくる、ユイの瞳が潤んでいる。
私は、それに引き込まれるようにして、そっと顔を近づけて行った。




……ユイの唇の柔らかな感触。
半開きになった唇の隙間から、そっと舌を差し込む。

 「ん……ふ……」

ユイの小さな舌は、私を迎えてくれた。
ささやかな、慎ましやかな接触がいくつか続く。

 「ふ…ふ…」

かすかに漏れる鼻息に、甘いものが混じってきた。
しばらく続けていると、徐々にユイの体から力が抜けていく。
深く、長いキス。
充分に互いの舌をからませたところで、唇を離す。

 「ふ…ぅ……」

小さくついた息が火照っている。
私はその首筋に舌を滑らせて行った。

 「あ……ん……ゲンドウ、さん……」

白い首筋が赤く染まっていくのを横目にしながら、私は彼女の胸に手を伸ばした。
手のひらにすっぽりと収まる、小さめのふくらみをパジャマの上からそっと抑える。

 「ンッ!」

ユイの体がぴくりと跳ねた。
やわらかい乳房を布地ごしに揉みながら、ときたま先端のつぼみを刺激していく。
それは私の手にコリッとした感触を残し、だんだんと硬くなっていく。
そして刺激するその度に、ユイは熱い息を吐きながら小さく体を震わせた。

 「うくっ、あ、あぁ……」

ユイの膝が震えている。
最近は忙しかったので、こうやって体を求め合うのも久しぶりだ。
ユイの反応が激しいのもそのためだろう。
このままドレッサーの椅子に座らせたままでは辛そうだ。

 「ベッドへ行こうか」
 「は、はい……でも…」
 「ん?」
 「ちょっと…動けませんから…お願いします」

ユイがはにかんだ様子で両手を私の首に回してきた。漂ってくる微かな花の香り。
頷いて、私はその体を抱き上げた。

 「軽いな、君は」

力が抜けてくにゃりとなったユイの体を、抱きかかえるようにして私のベッドに運ぶ。
そして、優しく、優しく横たえた。
ベッドの上から、ユイの潤んだ目が私を見上げてくる。

 「ユイ……」
 「あなた」

その体に覆い被さり。口づけを交わしながら、ユイのパジャマのボタンを一つ一つ外していく。
ボタンを外し終え、シャツの前をはだけさせると、ユイは恥ずかしそうに目を伏せた。
その淑やかな表情をいとおしく思いながら、ささやかなふくらみに直接手をかける。

 「んッ、く…はぁ……」

微かに汗ばんだ肌が、ユイの体温を伝えてくる。
やはり、服の上からとは違う。吸いつくような感触だ。
そのふくらみを揉みながら、先端にそっと口をつける。

 「ふぅ……」

悩ましげなため息が私のうなじにかかる。
味わうように舌を使い、手を使う。
……やがて、ユイがもどかしげに腰をくねらせ始めた。

 「あの……」
 「なんだ?」
 「私……もう……」

スルッ……
パジャマの下が、ユイのふとももを滑った。
薄暗い寝室の中で、その白さが私の目を打つ。
目を奪われているその間に、ユイはショーツを足から抜いてしまっていた。

 「ここも、おねがい、します」

濡れている。
彼女の秘所は、すでに濡れていた。
ひそやかな茂みはキラキラとした露に濡れ、その奥の亀裂は微かに充血している。
それは、何度見ても、胸を高鳴らせるものがある光景だった。
思わず見とれる私に、ユイが消え入りそうな声で抗議する。

 「はやく……おねがいします……」
 「……あぁ」

彼女に応えるべく、秘所に手を伸ばす。
ちゅくっ……
湿った柔肌に指が触れた瞬間、淫らな水音が立つ。
私は、スリットに沿ってゆっくりと上下に指を動かした。

 「あふっ、ふっ、ふぅっ……」

熱い吐息が私の顔にかかる。
手の中の柔肌の感触は、ぬるぬるとして、熱い。
充分に濡れているのを確認して、私は人差し指を差し入れた。

 「ンッ!」

ぴくり
ユイの体が硬直する。
だが、それも一瞬のことで、すぐにその体から力が抜ける。
私はその熱い潤みを指に充分になじませ、動きを始めた。

 「う…ふぅ…」

差し入れる。
鉤状に曲げ、内壁をこする。
ゆっくりと、こねる。
私の動きに従い、ユイの蜜はとろとろと量を増やしていった。

 「凄い量だな」
 「……いわないで」

いやいやをするように、ショートカットが揺れる。
それにつれ、彼女の髪からいい香りが匂い立つ。
その姿が、香りが、いとおしくて……私はもう、こらえきれなくなっていた。





 「ユイ。いいか?」
 「……はい」

スッ……
ユイの足が、ほんのわずかだが、広げられた。
私を迎え入れる準備。そう思うと、そのささやかな協力が嬉しくなる。
焦る気持ちを静め、私はゆっくりと私自身を挿入していった。

 「ンッ……ハァ……」

満ち足りたような、満足げなため息。
それを聞くと、私も満ち足りた気分になれる。

伝わってくる温かい感触。
濡れそぼった柔らかい肉壁が、私にからみついてくる。
繋がっている……それを実感する。
私は動きを止めたまま、その感覚をじっくりと味わった。

ずっとそのままでいたい。
激しく突き動かしたい。
矛盾する感情をもてあましながら、私はそっとユイに尋ねた。

 「……動いても、いいか?」
 「そん…なこと……きかない……で」

いいということだろう。
私は、ゆっくりと腰を引いた。

 「う…う…」

私の動きにつれ、めくれ上がる肉壁。
ひだの一つ一つが、私に絡みついてくる。
それを充分に味わって、私はもう一度ゆっくりと挿入していった。

 「く…はぁ……」

甘い吐息。
それにあわせるように、ゆっくりと往復する。
何度も…何度も…ゆっくりと、往復する。
そうしている間に、彼女の潤みはどんどん量を増していった。
それを確認し、私は深く腰を使った。

 「ウ…むッ!? くぅッ!」

ユイの声に、激しいものが混じる。
だが、それが苦痛の声でない事は、私の肩を掴んでいる腕が伝えてくる。
私を引き寄せるように、力を込めた腕。
……私を求めてくれている力。
それに逆らわずに、また、ゆっくりと腰を沈めていく。

 「はっ、はぁっ、げん、どう、さん!」

私を求める声。
それに、私はユイを抱きしめることで応える。
温かい体と体。
溶け合うような感触。

 「ん! くぅ! あぁぁ!」

乱れるユイ。
息が乱れ、額に汗が光る。
だが、そんな時でも、ユイの手は私をしっかりと握り締めている。
確かに存在する、ユイの力。その健やかな力。

 「げんどう、さん! もう!」
 「……クッ…私も…だ……」

熱い塊が、腰の奥に込み上げてくる。
それが、自然に抽送を速めていく。
それをさらに促すかのように、ユイが締め付けてくる……!

 「もう……だめぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!!」

ユイの声。
同時に、彼女の体が痙攣する。
昇りつめるような感覚……そして。
 
 「アッ!」
 「ッ!」

互いの体を、ぎゅっと抱き締めあう。
そして私は、ユイの中に精を放った。

ドクンッ!

 「あ、…いぃっ……」

どくっ……どくっ……
私の中から、ユイの中へ――。

 「……あったかい……」

ユイの声が耳に響く。
その声が、私の器官を刺激し、絞り尽くさせる。
最後の一滴まで……





 「ふぅ…」

精を放った後のけだるさ……充足感……
その中で、私はユイの唇を求めた。
口付けを交わし、視線を合わせ、微笑み合う。

 「……」

二人の間に言葉はない。
なのになぜ、こんな風に優しい気持ちになれるのだろう?
なぜ……こんなに……切ない気持ちになってしまうのだろう?

 「……大丈夫ですよ」

私の視線から何かを読みとったのだろう。
ユイはそう言って、透けるような笑顔を私に送ってきた。

 「大丈夫です…私は、ここにいますから…」

優しい言葉。
それを噛み締めながら、私は、もう一度くちづけした。
想いを込めて……精一杯の、くちづけを……。




翌朝。実験当日。
私は寝室でひとり、身支度をしていた。

 「……」

書類の詰まった鞄。
その中に詰まっているのは、何度も目を通した書類だ。
それを手にとって、身支度は終わる。

 「……」

もう、出なければならない。
ユイはすでに車に乗り込んでいるはずだ。
この家を出て……実験の場に、行かなければならない。
私は、ベッドに目をやった。

昨夜、ユイと情を交わしあったそのベッドは、今は綺麗に整えられている。
まるでなにもなかったかのように……。

だが、しかし。
私とユイは、確かにここで互いを確かめ合った。
それは揺るぎのない真実だ。
そして、また、二人でこの寝室に戻ってくることも……揺るぎない、はずだ。

 「……帰ってくる。必ず、な」

自分に言い聞かせるように、ひとり呟く。

 「もう一度、かならず……戻ってくる」

そして、私は鞄を掴んだ。
そのまま、一気に寝室を出る。

振り返らない。
また、戻ってくるのだから。
振り返る必要など、ない……。




必ず、帰ってくるのだから。





Fin.

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