シンジの温もりを肌にまとって、シンジを全身で感じることができるから、アタシはシンジの腕の中が一番好きだった。
シンジのドキドキと、アタシのドキドキが一つになれるそんな時間が宝物だった。
たとえ、そこに愛がなくても、アタシは一緒にいるだけで幸せだった。
シンジにとってアタシは必要な人、それが永遠に続くことだけを願っていた。続いていくと信じていた。

だけど、アタシの心は風に舞う木の葉のように同じところをぐるぐると回っている。

 

 

 

 


ただそばにいたくて

 

 

 

 

 

 

朝は晴れてたが、夕方、学校から帰る時間になって雨が突然降り出した。幸い、シンジは今朝の天気予報で、午後から雨が降ると聞いていたので折りたたみ傘をもってきていた。シンジが学校から出て、いつもの空き地の前の道を歩いていると、紅一色の傘を差した女生徒が、一点を見つめたままぴくりとも動かず立っていた。傘の中からさらさらとした蒼い髪が揺れているのが見えた。そこに立っていたのは、レイだった。
綾波、何を見つめてるんだろう。と、シンジは不思議に思い、レイに声をかけた。
「綾波、どうしたの?」
相変わらず無表情のレイが、ちらりとこちらを一瞥しただけで、何も言わず、すぐさままた同じ場所に目を移した。
レイの横に並んで、シンジは彼女の視線の先を見た。鳩が頭だけを地面から出して埋められている。かわいそうに、もう死んでいるようだった。
「生き埋めにするなんて、ひどいことするなぁ」
シンジはその鳩を見て、少し憤った声で呟いた。
「違う」
レイがポツリと言った。
「え?」
「生き埋めじゃない。これはお墓。でも、全身を埋めると息が出来なくて苦しいから顔をだしてるの」
もう死んでいるのに、息が出来なくて苦しいとはなんとも変な表現だ。シンジは、不思議な発想をするレイの横顔を見つめた。紅い傘の色が頬に映って、頬紅をつけたようにきれいで、ドキッとした。
「綾波がお墓作ってあげたの?」
「知らない」
「知らないって、じゃ誰が作ったの?」
「分からない。通りかかっただけだもの」
相変わらず、無表情のまま、レイは鳩を見つめていた。
「綾波はここで何してるの?」
「鳩、雨に濡れちゃう」
レイは、鳩が濡れないように傘を差してあげていたのだ。そこには機械ではなく人としての感情があった。シンジは、そんなレイの心優しい一面を見て、彼女に興味がわいた。まさか、雨がやむまでここで立っているつもりなんじゃないだろうか。いや、綾波ならそうするかも知れない。シンジはそう思った。
「あ、そうだ」
何か思いついたようにそういって、シンジはカバンからビニール袋と割り箸を取り出した。そして、器用に小さなテントを作り鳩の上にかぶせてあげた。
「これで、鳩は大丈夫。もう濡れないよ」
「・・・・・」
小さな沈黙が流れた。
「綾波、どうしたの?」
「あ、ありがとう」
レイは照れた様子で傘をくるくると回しながら、戸惑いがちにお礼を言った。そんな姿を見て、シンジは少し鼓動が早くなるのを覚えた。彼が次に話しかけようとしたその時、彼女は言った。
「さよなら」
鳩の心配がなくなったのかやけに素っ気なく、レイはその場を立ち去った。
「さよなら、綾波」
シンジは、レイに別れを告げた後も、その姿が消えるまで後を見送っていた。

 


そんな様子をじっと見つめる少女がいた。
深く鋭く。少女の心に氷の矢が突き刺さった。少女はシンジとレイのやりとりを一部始終見ていた。深く傘を差しているのでその表情までは見えないが、傘の柄を握りしめた手は、微かに震えていた。

 

 


不意にシンジは、何かを思い出したかのように反対方向へ走り出した。そう、晩ご飯の材料を買うために、スーパーによらなければならなかったことを忘れていたのだ。
シンジは、今夜の買い物をしながら、鳩を見守っていたレイの表情、仕草、台詞、彼女の一挙一動を思い出していた。殆ど初めて、彼女と普通の会話をし、彼女の人間らしい一部を垣間見て、シンジはもっと彼女を知りたいと思った。あの時、ありがとうといったレイのはにかんだ笑顔が心に焼きついて離れなかった。あした、また話しかけてみよう。シンジはそう決意した。
買い物をすませると、彼は何となくウキウキした感じで雨の中を歩きながら、家に帰った。

 

 

 

 

 

「ただいまー」
いつもより浮かれた声で、シンジはそういいながら、中に入っていった。
「おかえり、シンジ」
暗い表情の少女は、それとは対照的に無理に作った明るい声でこたえた。
「ああ、ただいま、すぐ晩ご飯にするから、きょうは冷やし中華だよ」
「ほんとっ!? うれしい。今日は雨で蒸し暑いからピッタリね」
相変わらず暗い表情の少女は、溶けない矢を隠すようにはしゃいで見せた。
シンジ、痛いよ。でも気付いてくれないのね。やっぱり、アタシのことは見てくれてないの? いつからかしら、あたしの名前を呼ばなくなったのは。シンジがあたしを呼ぶのはアノ時だけ。それでもいい、でも、他の女を見るのだけはやめて。お願い、シンジ。でないと、アタシ……。少女は無言でそう叫びながら、彼の後ろ姿を切なそうに見つめていた。
シンジは、手際よく材料を刻み、冷やし中華のダシづくりに取りかかった。いつもよりご機嫌なのは誰の目にも明らかだった。シンジは、また、あの顔を思い出していた。綾波があんな表情を見せるなんて、なんだかくすぐったいような変な感じ。もっとあんな風に振る舞えばいいのに、もっといろいろな綾波の顔を見てみたい。今日のシンジは、頭の中がレイでいっぱいだった。

 

 

「シンジ」
「ん?」
後ろから呼ばれて、シンジは手を止めて、少女の方を振り返った。
「さっき、ミサトから電話があって、今夜は帰れないって」
「そうなんだ。せっかくたくさん買ってきたのに。余っちゃうな。そう…」
そのあと、シンジが言おうとした言葉を少女は遮るように言った。
「アタシ、きょう、すっごくお腹空いてるの。だから、ミサトの分も食べたい。ね、いいでしょう?」

 

少女には次に来るシンジの台詞が分かっていた。

アヤナミヨボウヨ?

 

そんなの絶対にイヤ。アタシのことを考えて、アタシのことを見て、アタシと……、少女は心の中で壊れそうな恐怖と戦いながら、必死に笑みを作り、二人だけの時間を守ろうとした。

「いいけど、そんなに食べられるの?」
シンジの心配そうな問いかけに、少女はこくりと頷いて答えた。
「もちろんよ!」
本当は少女のお腹は空いていなかった。食欲などあるはずがなかった。氷の矢がまだ傷を抉っていたからだ。それでも、少女はお腹がペコペコのふりをし、精一杯の笑顔で2人前を平らげた。

 

 

 

 

 

保護者がいない夜の小さな秘密。いつの間にか少年と少女はそういう関係になっていた。そして、少年が少女の名前を呼ばなくなったのも、そのころだった。それでも、二人だけの秘め事は、少女にとって最高の喜びであり、シンデレラの魔法のように輝いた時間だった。

少年と少女の影がゆっくりと重なる。少女は少年の身体の重みを全身で感じながら、熱い吐息を漏らす。少女にはこれが、この時だけが至福の時間だった。愛する人の全てを独り占めできる、そんな瞬間だった。
狭い部屋に小さく響きわたる少女の切なげな息、ベッドのスプリングがきしむ音。それに被さるように少年が愛おしそうに少女の名前を口にする。その声を聴くだけで、幸せだった。少女は少年の瞳の中にいる自分を見るのが好きだった。アタシだけを見つめてくれている、アタシだけを必要としてくれている。そして、なにより、彼の中にアタシがいて、アタシの中に彼がいる。この温もりがあるから少女はここにいた。あらゆる感覚をとぎすまし、一瞬一瞬を心に刻みながら少女は少年を感じていた。このまま二人で誰もいない世界へ行きたい、このまま夜明けが来なければいいのに、何度思ったことだろう、何度願ったことだろう。しかし少女の願いが天に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

次の日から、シンジはあれこれとレイに話しかけるようになった。そして、レイの方もそんなシンジに少しずつ、さまざまな表情を見せるようになっていった。といっても、今までのレイに比べれば、ではあるけれど。シンジにはそれが嬉しかった、そして、新鮮だった。シンジの心の中に今までとは違った感情が生まれた。最初は小さなか細い声をあげていたその感情は、レイと視線を交わす度に大きく、強くなっていった。

 

 

 

あの雨の日から、少女がシンジを見つめれば見つめるほど、心に決して癒えることのない傷が無数にできていった。その傷の痛みに耐えながら、少女は毎日を一生懸命に生きていた。そして、何度目かの秘密の夜、めくるめく時もやがて終わりを告げる時、いつもは無口な少年が口を開いた。

「ごめん」

聴きたくなかった言葉。胸の痛みをさらに大きくする言葉。少女の唯一の希望を消し去る言葉。
少女の中で最後の砦が壊れていった。

しばらくの沈黙の後、シンジは、少女の部屋からでていった。いつもなら、そのまま抱き合って眠り、二人で照れながら朝を迎えるはずだった。だが、その日はそうならなかった。シンジは気付いてしまった。いままで、ただの好奇心と快楽のだけ為に、少女を抱いていたことを。少女の気持ちなど考えたことなどなく、ひたすら、夢中になって少女を求めたことを。今までは、それが愛だと思っていた。思い込んでいた。しかし、シンジが少女に与えていたものは、愛情ではなかった。ただ、自分の欲望をぶつけていたに過ぎなかった。
シンジは今までのことを激しく後悔した。目の前で小さくなっている少女に何と言っていいのか分からなかった。その一言を言うだけで精一杯だった。そして、彼は逃げる道を選んでしまった。それは、少女にとって唯一の望みだった『シンジのそばにいること』を奪われた瞬間だった。

シンジはこの日から、保護者のいない夜でも少女を抱くことはなかった。

 

 

 

アタシは、そばにいることすら望んではいけなかったの?
それは少女の最後の言葉だった。聞いていたのは、少女の心だけだった。

 

 

 

 

 

そして、少女は、笑わなくなった。話さなくなった。うつろな目で呼吸をしているだけだった。

 

 

 

 

 

アタシニハナニモナイ アタシハイラナイニンゲン コノヨニヒツヨウノナイモノ

 

 

 

 

 

そして、少女は姿を消した。

 

 

 

 

 

おわり

−後書き−

初執筆、初投稿でかなり痛い、切ないお話を書いてしまいました。少女の悲痛な心がメインのお話です。この先、少女がどうなる(った?)かは、ご想像でお楽しみください。また、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品のタイトル「絶愛」は某少女マンガからいただきました。といっても、その作品は読んだこともなく、どういう話なのかも全く知らないんですけどね。

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