『pistil』
komedokoro
古い市営住宅団地。この辺りは皆、不法占拠地区である。インパクト前からあった市営住宅群は、取り壊され、再開発されるはずであったが、その以前から住む人々のうち、立ち退かなかった者が5割を越えたため、再開発事業そのものが凍結されている。現在では空き部屋にかってに住む者もおり、ますます手が付けられない状態になっているが、不思議な自治行為が同時に存在し、意外な程犯罪行為は少ない。あくまで、混乱した現在の、他のスラム化した地区に比しての話ではあるが。
学園祭が終り、秋が過ぎ、冬になって年を越えた。
「ママ、また薬を飲まなかったの?」
「今日は、気分がよかったから。」
母親らしき中年の女性が応えた。だが、健康そうには見えない。奇妙に痩せており、昔は美しかったであろうブロンドの髪も艶を失っている。
「駄目よ、この薬は飲んだり飲まなかったりするんじゃなくて、ずっと定期的に飲まなければならない薬なの。休めば次の日には必ず辛くなる。それじゃなんにもなら無いでしょう?」
娘らしい夕焼けに映えたような金髪を持った少女が嗜めている。ダークグレーのセーターとチャコールグレーのズボンという男の子のような姿が逆に娘らしさを際立たせている。
「わかったわ、気をつける。」
「本当に、約束よ。さあ、じゃあすぐにこれを飲んで。今日はママの好きな蚕豆のスープと、少しだけどお肉も手に入ったから、豪華版よ。」
少女はエプロンをつけるとキッチンに向かった。ベッドの女性は水だけ飲むと薬を机の中の薬入れに戻した。彼女はこの薬が病状の抑制だけで根本治療には何も役立たない事を知っていた。自分の病気が本当は病気ではない事も。この高価な薬がどのように購われているかも。なぜ自分達が生活できるのかも。
食事が終わり、自室に戻ると携帯電話が低く鳴った。
「・・・私だ。」
「叔父様。」
「今夜は、会えるかね。」
電話の向うでは、人々のざわめきが聞こえる。どうやら何かの会議の後らしい。
本当に何をやっている人なのだろう。
この半年の間に明日香と男との関係はかなり深い物になっていた。立場的にはもはや行きずりの娼婦と客ではなく、愛人関係に近いものとなっていた。実際男の頼みで身体を使った仕事をこなしたり、男の別荘などで数日を共に過ごしたりする事もあった。
明日香は、こんなに年の離れた男に強く惹かれてしまう自分が不思議だった。
まだ小娘にしか過ぎない自分がうまく男の手練手管に乗せられているだけだという意識もあったが、自分がこの男に呼ばれ続けている限り、男が自分を必要としてくれているという実感の方が、明日香には重要だったのだ。
「はい。」
「では、ホテル・セレネイドティパーで11時。予約を入れておく。部屋は、ホテルから君に連絡が行く。ホテルに行く前に9時までに、5-7st.で降りて東口正面のルティオアという店で服装を整えて欲しい。そこに車を回す。」
セレネイドは、一般市民には縁のない、政府関係機関のお偉方や外交上の特殊な事情による秘密会談等に使われる超高級ホテルである。明日香の様な娼婦ではなく、御用達の高級Call girl が当然のように準備されてはいるが、特殊な嗜好の人間がいればその限りではない。話には聞くが、さすがにそんな場所では自分に声がかかるとは思ってもいなかった。だがあの「叔父様」からの呼び出しは、それを素直に信じさせる説得力があった。
「わかりました。・・・仕事ですね。」
「賢い娘だな。・・・すまんが、存分に頼む。」
電話が切られた。
部屋の中には、変わった匂いの香が焚かれているようだった。
いきなり出て来た背の高い大柄な黒人に明日香は抱き上げられベッドの上に投げ出された。
「なにを。」
するの、と言いかけた途端に既にべっとりと唇を塞がれて、スカートの中に手が侵入して来た。自分でも吃驚する程既にそこは潤っていて、指が差し込まれ愛撫が始った時には、恥ずかしい程濡れ切っていた。
「あ、はうっ。」
『話が来て、男に抱かれると思った時に既にもう身体が準備を始めていたのか、それともこの香のせいで?』
汗に塗れて光る白い喉首が反り返った。その首をねっとりとした分厚い舌と唇が這って唾液を塗り付けて行く。少女に数倍するかのような、黒い筋肉の固まりがのしかかり、上半身を抱き締める。同時に足が高々と宙に突き出された。
男はそのまま腰をかかげさせたままの格好で下着を剥ぎ取ると、いきなり明日香の秘部に口を付け、赤金の柔毛に顔を埋めて愛撫を始めた。不意打ちを喰らって少女の身体は構える間もなく蹂躙された。
「あ、いやっ。はあっ、あう。」
男は既に全裸になっており、折角整えた衣装は最初の攻撃の段階で全て引き剥がされてしまっていた。一気に10数分のオーラルセックスを強いられて、身体中火が点ってしまい、明日香は身悶えして呼吸を乱した。男の愛撫は執拗であり、また繊細で、舌使いにも指使いにも長けていた。身体中が震えて、力が入らない。あまりの刺激に頭に霞がかかったようになっているのだ。男根に手を添え、男は明日香の蜜が溢れた花のような淫唇にせまった。
「さあ、お待ちかねのモノを与えてやろう。」
「・・・え?まって、ちょっとこんなに直ぐに?はっ、あんっ。」
V字型に折り曲げられた身体の頂点から、アスカの意思に関わりなく散々なぶられ熟しきってしまった身体が欲して止まぬものが、ようやく与えられた。ずぶずぶと、身体に男根によって穴が穿たれて行く。しかし、それは少女の予想を遥かに越えて信じられぬほど固く、長大な物だった。
「あああーーーっ!な、なにこれ、あっ、あうっ!」
『ああ、身体の中心が貫かれたみたい、ああ、固い、こんなの初めて』
「ふん、これに貫かれたら、女は溜らないぜ。」
「は、おあ、やっ!あふ。な、長いっ、はぁっ!はあっすごいいいっ。」
『いや、何なのこれ、どこまでも追い掛けてくる、抉ってる、わたし抉られてる、子宮から内臓を食荒らされてる感じがする。息がつまる。』
堪えきれずに叫び声をあげると、男は満足し切った表情を浮かべた。
ごりごりと、子宮口を抉られると身体中に諤々と痙攣のような快感が走り抜けた。
そのまま男はまるで腰を輪のように回し続ける。溢れ出した粘液が男の腿を濡らす。
男はその滴りを掬い取ると、少女の唇にそれを運び指で舌をねぶる。全面的な服従を強いているのだ。
「い、いやあ。あ、ああっ。」
抗おうと手を上げると、男はすかさず腰を回す、少女は悲鳴を上げ弓の様に全身をしならせる。あきらめたのか、それとも惑溺され切ってしまったのか、それを数回繰り返すと少女の唇と舌は男の指にしゃぶりつくようになった。
その間も男の腰はうねり続け、少女の腰がそれを迎える様になよなよと動き始める。
少女の目は発情した事を示すように焦点が合っていない。正気が半分以上、飛んでしまっている。
「あはあ・・・もっとお。あ、いやああっ、お願い、焦らさないでぇ。」
『もっとよ、もっと欲しいの。抉って、私の中をえぐって』
「ふふ、とうとう腰を使いはじめたか。どうだ、俺のモノは。」
「いいのお。腰が、あそこが熱いの。溶けて行くみたいなの、凄いの。」
『熱い、腰が熱を持ったように熱い、溶解して行く。私はどろどろになっちゃう。欲しいよ。いいの、この淫らな淫売娘を罰してぇ。もっと、もっと、もっと。』
男は娘の言葉に興奮したのか、次第に腰をスライドしはじめる。それに答える様に明日香の腰も激しく打ち振られ、立て続けに2回程絶頂に達してしまっていた。
「あああーーーっ、いいっ、いいのおおっ。これなの、ああ、いく・・」
「どうだ。いいのか。」
「もっとお。突いてえ、激しく。はぁ・・・っ。もっといかせてええ。」
男は暫く突きまくった後、ぴたりと身体を止めて尋ねた。
「イッ、いやあ、何で。止めたら辛いよお。いやああ、早く。」
少女はもはや何の恥じらいも見せず、男に縋り付き腰を必死で縦に振ってせがんだ。
口元から涎が糸を引く。男はその様子を楽しみ、ゆっくり輪を描く。びくびくと少女の身体に淫猥な痙攣が走る。
「お前の名前は?」
「あ、あうウうっ、虐めないで、お願い虐めないでよう。ああ〜〜っ!」
『もっと虐めて、私をいたぶって。もっと酷い事をしていいのよ。』
「お前の名前は、」
男はなおも焦らす。さらにゆっくりと男根をずるずると膣から抜き出していく。
愛液が滴り落ち少女の内腿を伝う様までがあからさまに曝け出される。
半狂乱になり、金の髪を振り乱して縋り付く。勝手に、口が叫んでいた。
「だめええっ!いや、抜かないでえっ。アスカよ、私の名はアスカッ。」
明日香は堪らなくなったのか、自らの淫所に雪のような指を走らせ乳房をもう一方の手で握りしめて乳首を指でしきりと嬲っている。
だが、それだけではこの男が与えていたものを埋めきれない。身体が震えているのが分かる。男を求め、刺激を欲しているのだ。
「そうか。アスカ、言うんだ。アスカに挿れてくださいってな。」
狂おしいまでの官能が身体中を走り抜けているのか、仰け反るたびに、その睫と頬は涙が飛び散り頬が濡れている。男は、ごく入り口に陽物を差し入れた状態のままローリングを繰り返す。
明日香は暫く躊躇っていたが、耐えきれなくなって叫んだ。
「あああうっ、もうだめ、お願い焦らさないでぇ。中に、中に入れてくださぃ! アスカの膣に貴方のそれを突っ込んで下さいっいいい。」
足を広げ、自分の腰を持ち上げて男の腰に擦り付ける。そんな恥知らずな姿勢で男に向かって、満たしてくれる事をねだった。
「お願い、アスカの膣に挿れてええっ!」
男はそれを聞き、雄大なそれを明日香の奥深くまで身体を一気に貫いた。
中空に腰を抱え上げられたまま怒濤のような衝撃を受け止めた明日香は、信じられぬ程反り返ったまま引きつけた様に震え、声にならぬ声を漏らし、髪をシーツの上に垂らして大きく目を見開いた。その息が糸の様なかん高い悲鳴に変わり、絶頂の
極みに桜紅色に全身が染まるのに数秒もかからなかった。
「あ、は、ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ァァァァァァァ〜〜!」
明日香の反応に応え、男は激しい抽送運動を開始した。
「ふうっんっ。どうだアスカ、これで満足かぁっ。」
「あ、きゃああああっついいい。いいのオオ、熱いよお、もっと、もっとよおおっ、壊して、もっとぐちゃぐちゃにしてえええっ!」
『違う違うこれは演技のはず。でもここでこんなに悶えているのは誰。』
「アスカ、いく。いっちゃう、いくうううっ!!」
「ふふふ、こうなると英雄アスカラングレ−も形なしだな。ほらもっとねだらんと、また止めてしまうぞ。」
「いやっ、とめちゃいやああ、もっと、もっと突いてつき殺してエエッ!」
明日香は夢中になってその黒い男の身体にしがみつくと涙を流しながら、腰を振り立てて足を男の身体に絡めた。そしてその分厚い唇に吸い付くと激しく舌を絡め、唾液を啜った。
「おおっと、これは激しいな。そんなに良いのか。お前も大した数寄者だな。っん、締め付けも大した物だ。」
「叔父様、すごい、んだもん。アスカこんなの初めてだよう。ねえ、もっと。もっと激しくしてっ、身体が熱いの、訳が分からなくなりそうなの、早くうっ!あ、あ、あ、来るウっ! 早くちょうだあああいっ!」
『ああッ、もう気が狂いそう。男が欲しい、もっと欲しいいっ。』
男のモノを迎えている膣が男が急速に膨れ上がって行くのを教えてくれる。
子宮がそれに反応して、思い切り縮み上がる。男の精を、飲み尽くそうと身構えているのだ。
「ああッ!来る。きてえええええっ!アスカの中に出して全部だしてぇっ!」
『男の熱い迸り、スペルマ、精液、それを身体中に塗りたくってっ!』
「よし、いくぞおおおっ!」
男は膨れ上がり汚濁を思う様吐き出して果てた。子宮と膣が同時に激しく収縮した。
同時に信じがたい程の快感が身を縦に割く程襲って来た。
「きゃあああああああきゃあああっ!!」
激しい嬌声を上げ、アスカはその場で今まで経験した事の無い快感に貫かれた。
2度、3度。達した所まで再び投げ上げられる。長い金髪が汗みどろの頬と身体に張り付く。吐き出された汚液が膣から溢れ出す。
華奢な身体がベッドの上で幾度も跳ね上がる。
「あひいッ、んなにこれっ、あぎいいいいっ。あ、またいく、行っちゃううううう!あああああひいいいいっ!」
止まらない、達したはずのところから又向う側に溶け落ちて、そこから再びまた高みまで激しく吹き上げられる。全身を包む快楽腺が一個一個叫んでいる。
明日香は激しく相手の男にしがみつき、全身と腰を震わせてその快感に叫びを上げ耐えていた。何処の誰とも知らない男にここ迄陵辱され狂わされてしまった明日香には、もはやこの瞬間の激しい快楽が全てであった。
「あ、あ、ああああ〜〜入ってくる、熱い!熱いのがはいってくるぅ〜〜! いいの!いいのおお!ああ!もっと!もっと出してェッッ!もっとよぅ〜! あ、あああっ、またいくうっ!子宮が締まるうっツ。火がついたみたいなのっ。いっちゃう、またひとりでいっちゃうっ!身体がかってにいっちゃうよう。」
「最高だ、アスカ。全く、最高の淫乱女だな、アスカラングレー。」
「もっと言って、私は淫乱な女、最低の淫売女って言ってええっ。今度は後ろから、お願い、獣みたいに後ろから犯してっ!後ろから貫いてぇっ! あああっ、また、またいっちゃう、いっちゃうようっ!」
明日香の望むように男は体制を入れ替えようと男根を引き抜く。
その途端に激しく悲鳴が上がる。
勝手にその欲情が燃え盛って明日香の身体は、がくがくと痙攣をくり返す。
泣きながら男に縋り付く。その間にも何回も何回も自分の手で高みに上り詰める明日香。性器を鷲掴みにしてそのたびに絶叫し、髪を振り乱しながら激しく頭を振って悶え、転げ回る。自分で止めることができないのだ。
男にもその狂気が、見る見るうちに伝染し、緑色の狂気の光が現れる。
「そうだ、お前はさかりのついた、獣だ。最低の雌豚だっ。」
明日香の表情に、うっすらと笑いが浮かぶ。
青い瞳は濁り、もはや焦点がなくなっている。豊かな腰だけを、ますますガクガクと振り立てながら、明日香はもはやただの雌に成り果てていた。
腰を、尻を揺さぶり、弾けそうな太腿部で男の身体を締め付け、ラビアから溢れた男の精液を受けて、愛らしい唇と舌で手のひらから舐め取る。
青碧色になったような妖しい光を瞳にたたえて。
「早く・・・・挿れて。私を、うしろから串刺しにしてぇ・・・。」
男が吠えながら立ち上がった。
体勢を入れ替え、少女をいったん蹴倒すように乱暴に組み伏せた。
尻の側から腰盤をつかみ上げ、心に誇りきった黒いものを、明日香の赤い性器の口に押し当てた。
粘液が溢れ男を飲み込もうと喘いでいる。雪のような肌に男の黒い肌が被さる。
明日香は獣のように尻を突き上げ赤いラビアを振り立て男をあおった。
男根が突き立てられ、ずぶずぶと一気に沈んだ瞬間、引き割かれたような快感が身体全体を蝕む。貫いたと同時に男は、汚濁を2度3度と続けざまに放った。
「きゃああああっ!裂ける!身体が裂けるよっ、気が狂っちゃうう〜〜っ!」
「どうだ、こんなにおまえは汚されている、それをお前は喜んでいる。淫売め!こんなに喜んで濡れて、腰を振って、犯されて、精を注がれて、狂うほどよがっているっ!もっと叫べ!もっとよがり声を聞かせろ!」
「いいのお・・・っ!ひいっ!狂うよっ、狂っちゃうようっ、突いて、もっと突いて、突いて、突いてエエエエエエッ。もっと頂戴いいい〜〜っ!」
明日香はとろけ切った目で悲鳴をあげる。男根を吸い上げ、絡み付く明日香の淫唇と膣壁が、まっ赤に膨れ上がってひくひくと喘いでいる。吹き出すように溢れる黒い男と自分の白濁した精液と淫液に、体中を軟体動物の様にぬらぬらと光らせ明日香はひくひくと身体を震わせた。
焦点の定まらぬ瞳。その瞳にはもはや欠片程の理性も残ってはいない。
口元から糸のような涎を絶え間なく垂れ流しながら、明日香はいつまでも男に貫かれている事を望み、四つん這いのまま、頭と髪を振り立て男になぶられ続けた。
世界が精液のように白く霞んで行くまで。
気がつくと、明日香は先ほどとは違うやや小振りの部屋のベッドに横たわっていた。
人の気配に顔を動かすといつもの男がいた。
「叔父様。」
「ごくろうだったな。おかげで助かった。奴は狂喜して帰りおった。」
「あの男に抱かれる事が何か役に立ったのですか?」
「まあ、そうだ。一応、おまえは下のバーで知り合った男と意気投合して部屋に入ったと言う事になっている。いいか。」
「はい。」
「報酬は1000クレジット。これで、お前も母親もあの町から抜けだせるだろう。いや、済まん。これは余計な事だったな。」
「さっきの人。私の事をアスカ・ラングレーだと思っていたみたいですね。」
「とんでもない田舎者だが、大事にせねばならない顧客でな。よりによって、最高の美少女を抱かせてくれれば契約をすると言い出しおった。」
「例えばアスカ・ラングレーのような?」
「まぁ早く言えばな。おまえも知っての通り、おまえ達はよく似ているからな。契約は十分以上な条件で結べた。おまえのおかげだ。」
この人に尋ねてみようか、と明日香は思った。実際他に相談できるような大人の知り合いはいなかった。それで、秋口にある学校でアスカ・ラングレーと関わりを持った事を、話したのだった。
「ああ、それは知っていたよ。ラングレーの代りにお前が芝居をして好評だったそうだな。あの学校にいる昔の教え子が話してくれた。」
男は、普段は吸う所を見せない、煙草を取り出して火を付けた。その仕種だけで明日香に取って、この男はいつもの『叔父様』ではないように思えた。
「昔の教え子・・・。」
「以前人を教えていた事があると言ったろう。アスカ・ラングレーそっくりの娘と言ったら、お前以外にあるまい。」
それだけではない事が直感的に分かった。この人はアスカラングレーともごく親しい仲なのに違いない。もしかしたら、この男は、さっき私を蹂躙した男と同じように、アスカのつもりで私を抱いていたのか。かっと顔が紅潮した。それを、嫉妬という感情と呼ぶ事を、彼女は知らなかった。只、胸が苦しくなりアスカを憎しみを持って思い出したのだ。
「結構受けて、声援もあったんですよ。大勢の人が見てくれた。私を。」
「そうらしいな。碇の息子とも息のあった演技だったそうだな。」
「ええ、でも観客はあくまで、アスカ・ラングレーの演技を見て帰ったつもりになっていたでしょうね。」
結局あの子は太陽。悩みも何の苦しみもない。住んでいる世界が違うんだものね。あの日が終ってしまえば、ラングレーさんは・・・。それに引き換え、私は生きる為に、身体を売り続ける毎日。
「明日香・ランヅフート。そのままで良いのかね・・・。アスカの影。代役。おまえはそのままで、今のままで良いのか?」
このままで良いはずがない。アスカとこの私と、どこが一体違ったと言うの。
「よく考えてみる事だ。舞台だけの事ではない。おまえとアスカが他人ではない事、もはや分かったと思うがどうだ。」
これは悪魔の誘いだ。明日香は思った。しかしなぜ?なぜこの人はそんな事まで知っているのだろう。やはり、この人は私達の知らない何かを握っている。
この人は、何かに私を利用しようとして私に近付き、私を抱いたのだ。
「何をしたらいいと思うの?」
「別段、特別な事をすべきだと言っている訳ではない。お前はアスカ・ラングレーと、同様の能力を持ちながら社会の底辺にいて、ラングレーは全てを持っているということだ。今回おまえはアスカの代わりに賞賛を受け、彼女は何も得られなかった。おまえが得れば彼女が失い、彼女が得ればお前が失う。パイは一つしかないと言う事だ。」
「アスカ・ラングレーから奪っただけ、私のものになって行くという事・・・。でもそれは夢物語だわ。私はただの娘として育った。彼女はアスカ・ラングレーとして育った。私には何もない。」
男は黙って、部屋の隅においてあったジュラルミンケースを取り上げた。
「おまえは、自分が気づいていないだけで、全てを持っている。お前がが私に同意するのなら、全てのキーを解き放ってやろう。私に全てを委ねるのならば。」
明日香は、この男をじっと見つめた。私を唯一必要としてくれる男。私の秘密も知らない事も、全てを知っている男。この男は私を媒介としておそらく別の野望を遂げようとしているのだろう。
「そのケースの中に全てが入っているとでもいうの。」
明日香は、赤い唇を舐めながら、冷えきった眼差しで男を見つめた。
「その通りだ。おまえはおまえが得るべき全てを得ればよい。私は私の得るべき全てを得るだろう。」
「そのケースが、さっきの男との契約の結果なのね。」
「そうだ、おまえがおまえ自身で、購った物だ。おまえはこれを得る権利がある。そして拒否し1000クレジットを持って、町を出て行く事もできる。この金があれば、まともな町でまともな教育を受ける事もできる。母親もそれを望んでいたのだろう。むろんそうという事なら、私が保証人になってもいい。おまえの選択だ。」
男は、カントリーバーから、ブランデーとグラスを出した。氷を入れ、そこに酒を注ぐと、そのひとつを明日香の前に置いた。
「いささか陳腐だが、事が成ればこれは美酒となり、失敗すれば毒杯となるだろう。これが、おまえと私との契約だ。」
「道端の、小娘の淫売に残り全ての人生をかけてしまっていいの。叔父様。」
濡れたように潤んだ瞳で、明日香は男を見上げた。男は口の端に笑いを浮かべた。
「私は、真の、世界最強、最高の若き淑女と契約を結ぶつもりなのだが。」
明日香・ランヅフートは、手を伸ばしてグラスを取った。
深いブラウンの酒に自分の青い瞳が映っている。ここから先の人生を自分で掴み取る。
仮初めの人生をここで終らせよう。明日香は静かに目を閉じ、そしてそれをあおった。
火焔を飲み込んだようだった。
As.5./komedokoro/02.02.01