As.−Treat me nice

『学園祭』

komedokoro








市立第3高校を高台に眺めながら一人の少女が歩いている。漆黒の長い髪と黒い瞳が少し目立つ他はこれと言った特徴はないが、この街は日本人以外の人間が多く、こういう純粋な黒髪はかえって珍しい。この少女も黒髪で黒い瞳とはいっても目鼻立ちは明らかに深く美少女と言っても良い整った顔だちだ。欧州系の血が流れているのには間違いない。

 

「ハイ!明日香!今日は珍しく一時間目から出席かい?」
「ハイ!フラワー。今日は仕事がないからね。高校の単位を貰っておかないと後で潰しがきかないってお袋がうるさいんだ。」
「お前のお袋は真面目で昔気質だからな。高校ってのはあそこの高台に建ってるような、嬢ちゃん坊ちゃんが行くような高校を言うのさ。俺達の通ってるような所は単に『収容所』っていうんだ。」
「ああ、違いないね。卒業して一体何をしてるんだかお偉いさんはわかっていんのかな。淫売かごろつきか酒場女だけだろ。高校全入なんてどこの馬鹿が何時決めたんだ?あぁ?とっとと働かなくちゃ何一つ手に入りゃしないってのに。」

 

明日香は噛んでいたガムを道に吐き出して、友人であるフラワ−というヒスパニックの娘に同意する。実際金の為なら何でもやらなければ食えないし、まして此所を抜け出すような事は不可能だった。

 

「こんな制服を着せられてさ。わたしは馬鹿でございって看板下げてるようなもんじゃないか。これを着てる限りバイトの口もありゃしない。」

 

元々は、なかなか見栄えのいい制服なのだがリボンはポケットの中でくしゃくしゃになっているし、スカートはつんつるてんにたくしあげられている。
セーラーの襟ホックは開きっぱなしで、膨らんだ胸とブラジャーのレースが半分見え隠れしている。指定のディバッグは教科書が1冊でも入っていれば先ず上出来の部類と言えるだろう。

 

「俺は2時間目からふけてそのお偉い高校の文化祭を覗いて来ようと思ってるんだ。明日香も一緒に行かないか?」
「いってもいいよ。」

 

次のガムをくちゃくちゃ噛みながら明日香は答えた。ぷう、と風船が上手に膨らんだ。今日は何かいい事があるかもね。バザーでもやっていれば安物のアクセサリーでも見てくるのもいいか。その時はそう思っただけだった。

 

「音楽演劇際の実行委員の各部署責任者は直ちに自治会室に集合して下さい。午後のプログラムの打ち合わせを行います。」
「はあい!買った買った。写真部の店アイダではただ今各学年のベストテンアルバムとベストテンの生写真を発売中!百枚入りCDもありますよーっ!」
「パンケーキの店ホラキではただいまバターパンケーキが半額販売中です。歩き回ってお腹のすいた方は、ランブルなメニューも用意されています!紅茶とスコーンのセットででなんと250サークルでぇすっ!」
「退いて下さい、前を開けて下さいっ!貨物が通ります。貨物が通ります。」

 

市立第3高校は喧噪に満ちていた。明日香達は下から見上げた事しかないので考えると無理もないが、高校生のやる事などそんなに変わる訳がない。ただ明日香の通う公立第3学園高校の生徒達はこういうお祭りを楽しむだけの余裕がないか、もしくは元々興味がないということだった。満足な教育を受けられるシステムだけが揃っていてもまともな教育を受けるゆとりが全ての
生徒に等しく与えられてはいない事が気付かれていないのか、それともその振りをしているのか。いずれにせよそれを選択する事は明日香にはできないのだった。

 

来たそうそうフラワ−達とはぐれてしまった明日香は少々心細くなりながら校内を歩き回っていた。つまみ出されては適わないので制服をきちんと整えて、髪もばさばさのままにしていたのを引っつめ三つ編みにした。うんうん、なかなか立派。でもこの辺りは文化祭の立ち入り許可区分ではないようだ。
何もやっていないようである。だが、音楽室の開いたドアから何か聞こえてくる。女の子のすすり泣きとなだめるような男の声。朝っぱらからこんな所で濡れ場?覗き込もうとしたその時、ポンと肩を叩かれた。明日香が振り返ると見知らぬ女の子が立っていた。長いロングドレスに頭をからげて丸まげを結って後ろでまとめている。明るい色のビーズのヘアネット。16世紀風のその格好はお芝居の衣装だろうか。愛らしい感じのその衣装は女の子によく似合っていた。しかしその表情は険しく、おどろ線が立ち上がっているようにすら見える。

 

「見つけたっ!どうしたのよアスカこんな所で。髪はちゃんと染められたのね。コンタクトも入れてあるのね。さあっ、あとは早く着替えなくちゃ。いくよっ!」
「え?あ、あたしのこと?」
「そうよ!何寝ぼけてるの?!早く早く。」

 

有無を言わさずしっかり手を握ると、その子は雑踏の中を物凄いスピードで走り出した。

 

「ち、ちょっと待ってよッ。ひ、人違いっ。」
「ぐずぐずいわないっ。大体今朝は6時からゲネプロに入らなきゃいけなかったはずでしょっ。どうして来なかったのよっ。」
「ろ、6時ぃ? そんな時間に起きられる訳無いじゃン!」

 

思わず自分の事を答えてしまったが、本物の方も何れ似た理由で休んだのだろうから、そうそう違う事は答えていないはずだった。走ってる間に次々と人数が増えていく。まず渡り廊下から走って来た3人が飛び込んで来た。

 

「見つかったの!ヒカリ!」
「どこにいたとおもう?東3号棟よ、あんな音楽室しかない所!」
「なぁんでまた。」

 

職員室の角を曲がってどたどたと階段を駆け降りるヒカリ達。そこに裏庭のクラブ棟をしらみつぶしにしていた5人が合流。そこから校庭の北隅を走り抜けて講堂へ一直線だ。

 

「あっ、ヒカリ!アスカは見つかったのね。シンジ君は?」
「それがまだ・・・。こらッアスカッ!シンジ君は何処いったのよ?」
「し、知らな・・・。」
「いいっ!後で白状してもらうッ。」

 

血相が変わっている。それはそうだ、真面目なヒカリにしてみれば午前中の音学演劇際のメインプログラムである3年生と演劇部の合同作品が3-A側の主演俳優欠席のために中止となれば、平謝りに謝っても取り返しのつく事態ではない。この時この娘の頭の中には『切腹』などという言葉まで飛び交っていた。

 

「シ、シンジ君てあたし知らない〜。」
「あんたが知らない訳無いでしょうが。一体何処にいるのよっ。」

 

半べそをかきそうな明日香を連行して、土煙が上がりそうな勢いでヒカリ達捜索隊は、怒濤のごとく体育準備室に駆け込んだ。憮然とした表情のクラスメート達が一斉に立ち上がり口々に喚いた。

 

「遅いぞっ、惣流っ。」「主役がそんなじゃ困るぜ。」「おそーい!」
「碇と夫婦喧嘩でもしてたのか?」「衣装係準備はできてるかっ!」

 

「な、何とかアスカを捕まえたわよっ!ちゃちゃっと化粧しちゃってよ。衣装持って来て、ええい、何処の制服着てるのよ変装のつもりッ?ええいかまわん、みんなでひっぱがしちゃえ!衣装を着せんのよっ!」

 

その場にいた女子全員がアスカに襲い掛かった。髪を解く者、セーラー服を剥ぎ取る者、スカートから靴下、キャミソールスリップ、ショーツからブラまで素っぽんぽんに引っ張がされた。部屋の中にいた男子は大喜びで駆け寄って来るかと思われたが、大いに狼狽えて机を倒しペンキ缶を蹴倒しながらほうほうの呈で部屋から転がり出た。

 

「きゃあ、いやああっ、やめやめやめっ!」
「わあアスカったらだいたーん。こんな下着着てるんだ。きゃあきゃあ。」

 

誰も構ってくれない。そのあとに多分手縫いの一品と思われる古風な下着が運び込まれてくる。鯨骨のコルセットなんて何処から持って来たんだ。ガーターを付けてストッキングをはき、美しいイタリアンレースの花が咲いた様なランジェリーを着付けられる。

 

「あ、凄い。こんな所にキスマーク付けてる。イヤーンやっぱり碇君と?」
「あ、こんな内腿にも。バストの横にも。あーん、私も恋人欲しいッ。」
「誰よそれ。(あ、さっきのシンジって子か。)シンジじゃないわよっ。」
「え、じゃあ、別の恋人いるんだ。やっぱり渚さん?それとも加持さん?」
「違・・。」
「ハイッ、目を閉じてっ!マスカラ入れるよっ。アイラインをひいてっ。」
「唇、紅はいるよっ。キスマーク消して、衣装は胸元広いからまずいよっ。」

 

衣装係が一旦追い出されてメイク係の演劇部員が雪崩込んでコールドクリームを顔中に塗りたくって下地を作りドーランを混ぜて塗り始める。首筋や胸元のキスマークは刷毛で塗りつぶされる。髪にハードジェルが塗られ、役柄通りの髪型に仕上げられていく。その間にも物見高い見物人達は新しい痕跡が見つかる度に悲鳴をあげて騒ぎ立てる。まるで救急車のサイレンを耳に押しつけられたような音量である。

 

「見て見てあそこっ。あんなとこまでっ。」
「きゃああああああっ!」
「すごいわぁ、ああン私あんなとこにキスされたら死んじゃぅぅっ。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

全身真っ赤になって耐えていた明日香だがとうとういたたまれなくなって押さえ込まれていた椅子を蹴って、耳を塞いで立ち上がった。

 

 

「立たなくていいっ!只の虫刺されだ!本物のキスマークはもっと黒ずんでるもんよ。耳年増もいいかげんにしなさいっ。」

 

 

周囲を圧倒する迫力で担任の教師が部屋に入って来たのだ。
雷が落ちて皆しーんと静まり返った。ヒカリがほっとしたように叫んだ。

 

「ミサト先生っ! 碇君がまだ見つからないんです。」
「心配しなくていいわ。たった今見つけて来た。音楽室にいたのよ。」
「音楽室?あーーーっ、さっきの修羅場のカップルか?」

 

明日香が立ち上がって怒鳴ったがあっという間にまた押さえ込まれて頬紅をいれられている。

 

「だから私は違うんだってばぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「すいません〜。」
「ごめんなさい〜。」

 

皆に取り囲まれてしょげ返っているアスカとシンジ。アスカの赤金の髪は脱色されたようになって、おまけにくしゃくしゃになっている。

 

「染め粉の黒と茶色を混ぜて使うのを失敗しちゃって、慌ててまたひっくり返して。洗い直したらまだらになっちゃって。ぐす。もうどうしようもなくなって。シンジが何とかしようとしてくれたんだけど・・・。」
「僕が失敗しちゃって、まだらの部分を切ろうとしたら髪の長さがバラバラになっちゃって。乾かしたらちりちりになってしまって。」
「まあ、この無惨な姿を見ちゃったら何も言えないわねえ。」
「だから変な所でお金を惜しまないで美容院に行けばよかったのよぅ。」
「今さら言ったって遅いよ。」

 

溜息をついたミサトが綺麗に出来上がった明日香の舞台衣装とメイクを見る。

 

「で、あんた達が拉致して来たこちらの方はどなたなの?顔も背格好もとても他人とは思えないんだけど何処から連れて来た訳かな?見た所瞳と髪の色だけ違うみたいだけど。全く同一人物にしか見えないわよね。」
「お願いッ、これも何かの縁。代役やってくれないですかっ。」

 

手を合わせ、必死になっ土下座で頼み込むヒカリ。シンジとアスカも同様に頼み込む。明日香はもう疲れ切って逆らう気力もなくしていたが、どうしようもない事がある。

 

「でも、お芝居なんか台詞もあるでしょ。それは?」
「うっ。そうよね・・・・それを忘れてたわ。」

 

しーんと静まり返る準備室の面々。そこにこういう時の最も頼れる姉御の声が聞こえた。がちゃ。ドアが開いてそこには白衣の悪魔、金髪のマッド。リツコの姿があった。ザザザ−ッと周囲の生徒達が壁際迄引いて張り付く。どうやらこの学校では相当恐れられているらしい。

 

「なんか大事があったとか聞いたんで来たわよ。」

 

また変な人が来た。と明日香は思わずにいられなかった。なんて学校なのよ。こんなならうちの学校の方がよほどましだわ。少なくとも積極的に関わって来る災難、天災と言うのだろうかーのような先生はいないもの。

 

「ふうん、台詞をね。アスカ、貴方のインターコムを貸して。」

 

事情を聞いたリツコは迷わずインターコムを分解しはじめた。いつも持ち歩いている携帯端末のボタンを押すと、端末を置いた机の上に蛍光グリーンのキーボードがブーンと音を立てて浮かび上がった。

 

「おおおおお〜〜〜。」

 

驚きと感動のどよめきが上がる。リツコの指が目にもとまらぬ速さで動く度に電子音とタッチの光がキーボードを走り回る。

 

「同調終了。これでこの端末からインターコムを通じて音声化した台本を送る事ができるわ。台詞の問題は解決。演技の指導指示もできると言う訳よ。」
「リ、リツコ〜〜さすがは私の親友だけの事はあるわぁ〜。ありがとう!」
「三勢丹ジュエリーコーナーのクリスタルの親子ネコセット。9万3千円。」
「へ?」
「クリスマスにお願いね。」

 

パチンとインターコムを組み立て直すと、くるりと白衣を翻して部屋を出ていくリツコ。口元に不敵な笑みが浮んでいる。

 

「ア、アスカァァ・・・。わかってるでしょうね。」

 

ぶるぶると肩を震わせるミサトに平伏するアスカとシンジであった。

 

「さあ、次はシンジ君の着替えよ。むいちゃえっ!」
「きゃーーーっ!」

 

女の子達の黄色い声と、シンジの断末魔の声が室内を埋め尽くす。

 

「止め−ッ、シンジにさわっちゃ駄目−ッ!」

 

天下御免の指示が担任からでているのだ。今日ばかりはアスカの叫び声に遠慮する子はいなかった。それどころか日頃の鬱憤ばらしとばかりにアスカの方迄むしられている。

 

「きゃあ、いやああっ、やめやめやめっ!」
「わあアスカったらだいたーん。こんな下着着てるんだ。きゃあきゃあ。」
「すっごいタンガショーツ。キャミスリップまで。」
「あ、凄い。こんな所にキスマーク付けてる。イヤーンやっぱり碇君と?」
「あ、こんな内腿にも。バストの横にも。あーん、私も恋人欲しいッ。」

 

さすがのアスカもどうにも対抗しようがないまま、いたずらに観賞の的だ。シンジも見なれているとは言えこんなシチュエーションでアスカの半裸でも見た日には何を言われるか分からないから、こそこそと後ろをむいてしまう。

 

「こッ、この裏切り者おっ!おぼえてなさいよーっ!」

 

この騒ぎを他所に早速ヒカリと台本読みを開始している明日香。馬鹿真面目な性格は結局母親譲りなのかなあ、と自分でも溜息をついてしまうのだった。

 

 

 

20.1.2002**komedokoro/As.

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