隠岐にメロる蔵之介


※隠岐蔵

吉本蔵之介。17歳。男。
俺には最近抱えている悩みがある。
というのも、もともと俺には強烈にライバル視していた存在がいた。

それが隠岐考ニ。俺と同じ17歳の男。
初めて会った時からヘラヘラしたいけすかない男だと思っていた隠岐は、やたらと俺に絡んでくることが多かった。
俺は隠岐のことをライバル視していて、なんならちょっと嫌いだったのだが、いつからかその関係性が変わってきたのだ。

隠岐のことは好きじゃないけど、隠岐と一緒にいる時間が増えた。そして隠岐のことを知っていくうちに、その瞳の奥にある熱に気付いてしまった。
そこからはもう俺が近づくたび嬉しそうにするところとか、俺が他のやつと喋っていると不機嫌そうな顔をするところとか、そういうところにいちいち気付いてしまい、なんだかいたたまれない気持ちになった。
時々俺のことを欲望丸出しの目で見てくることもあって、正直逃げ出したいくらい恥ずかしかった。
俺が隠岐の好意に気付いて挙動不審になり始めたタイミングで、隠岐からの猛アタックが始まった。

「蔵之介くんのことが好き」という直球の言葉から始まり、「初めて見た時から好きやった」「絶対に幸せにする」などと甘い言葉を投げかけられ続けた結果、俺はあっさり陥落してしまった。
隠岐のことが好きだなんて認めたくない。でも隠岐と過ごす時間は楽しかったし、俺を見つめる熱い眼差しにもドキドキした。
とにかくそんなこんながあって、俺たちは付き合うことになった。
順調にお付き合いを重ね、恋人として一緒に過ごすことが増えていくにつれ、隠岐に対する感情も変化していった。
具体的に言うと、恋人らしいことをする時の隠岐にメロメロになってしまったのだ。
普段はヘラっとしているくせに、いざベッドに入ると豹変して雄になるところとか、普段とのギャップがありすぎて困ってしまう。
真剣な表情で見つめられると、表面上は涼しい顔をしていても内心メロってしまうし、耳元でいつもより低くて掠れた声で名前を呼ばれるとそれだけで腰砕けになってしまう。

これが最近の俺の悩みだ。
要は隠岐のことを好きになりすぎている。


***


「あの……ちょっと、距離置きたい」

気まずそうに蔵之介くんが言った。

放課後の教室。窓の外では野球部の声が響いている。

「……えっ?」

突然言われたことに驚いて声が出なかった。まさか別れを匂わせるような言葉を切り出されるとは思っていなかったからだ。

「な、なんで?俺なんかしたかな……」

初めて出会った時ならともかく、最近の俺たちは自分で言うのもなんだけどかなりラブラブだったと思う。それなのにどうして急に距離を置こうなんて言い出したのか分からなくて焦る。

「なんで急にそんな……別れるみたいな……」

じわりと視界が滲んでいく。涙を見せないように俯いて拳を握ったら爪がくい込んで痛かった。

「ち、違う!別に別れたいわけじゃない!」

蔵之介くんが珍しく大きな声を出したからびっくりして顔を上げると、蔵之介くんの顔も泣きそうなほど歪んでいた。

「じゃあなんで急にそんなこと言うんよ……。俺のこと嫌いになったんじゃないなら教えてほしい」

理由が分からないまま離れるのは嫌だから、必死になって問いかけると、蔵之介くんは少し悩んでいる様子を見せた後、目を伏せながらぼそりと呟いた。

「…………こわくて」
「……怖い?」

俺がベタベタしすぎとか、独占欲強すぎとか、そういう理由を予想していたのに、想定外の角度から来られてきょとんとしてしまう。

「……え、もしかして俺が蔵之介くんのこと好きすぎて怖いってこと?」
「……ちがう」

内心冷や汗をかきながら聞いてみると、蔵之介くんは真っ赤になりながらも否定してきた。
どうしよう。めちゃくちゃ可愛い。めっちゃ抱きしめたい。

「俺に触られるのが怖くなったとかじゃないよね?」

蔵之介くんがふるりと首を横に振った。よかった。それだけは絶対に避けたかった。

「じゃあどういう意味?」
「………………逆」
「ん?」
「……えっと……」

もじもじしながら口ごもっている姿を見ると、今すぐキスしたくなる衝動に襲われるけどぐっと堪えた。

「………………俺が、お前のことどんどん好きになってきてて……こわい、から」

恥ずかしそうに告げられた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。理解した瞬間、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。

「……その、これ以上お前のこと好きになったら俺、どうにかなりそうで……だから、ちょっと、離れて冷静になりたい」

俺が衝撃のあまり無言になっているのを見て、何かまずいことを言ったのかと思ったのか蔵之介くんは慌てて言葉を付け足した。
なんだこれ可愛すぎるだろ。俺を殺す気か。

「…………隠岐?」

不安げに見上げてくる蔵之介くんが愛おしくて堪らない。

「蔵之介くん」

名前を呼ぶとびくりとしたように肩が上がった。
ふーっ、と俯いて深呼吸をして心を落ち着けてから、正面に立って蔵之介くんと目を合わせる。

「蔵之介くん」

もう一度呼ぶと、俺の瞳の奥にある欲に気付いたのか、その綺麗なスミレ色の目が揺れ動いた。

「あのさ、隠岐のことが好きになりすぎて怖いです、逃げたいです、って……そんな可愛いこと言われてさぁ」

蔵之介くんの頬に手を当てて、親指で唇に触れる。

「はいそうですかって逃がすわけないやん」

そう言って笑みを浮かべると、蔵之介くんはひゅっと息を呑んだ。

「俺だけが蔵之介くんのこと好きなんやと思ってた。……嬉しい」

うっとりと呟きながら、蔵之介くんの細い身体を抱き寄せる。

「もっと俺のこと好きになって。離れられへんくらいに」

耳元で囁くと、蔵之介くんは腕の中で小さく震えた。
は、はっ、と涙目になった蔵之介くんが短く息を吐く音が聞こえてきて、興奮する。

「どないしたん?」
「……っ!」

ビクッと大袈裟なくらい反応した後、蔵之介くんは恨めしげに睨んできた。

「わざとやろ……」
「なにが?」

惚けたふりをしながら、蔵之介くんの背中をつうっとなぞる。

「あっ……」

たったこれだけで甘い声をあげる蔵之介くんが可愛すぎて、このままだと歯止めがきかなくなりそうだ。

「〜〜っ!バカ!アホ!変態!」

蔵之介くんは悪態をつくと俺の腕の中から逃げ出した。
「もう知らん!帰る!」
そのまま鞄を持って教室から出て行ってしまったので、俺はため息をついて追いかけることにした。

「待ってや蔵之介く〜ん!」


***


まずいことになった。無言で距離を置くのはフェアじゃないかなと思って素直に距離を置きたいと伝えたのだが、まさかこんなことになるとは思わなかった。

隠岐は納得するどころか、逆に燃えるような目をして迫ってきた。
冷静になって考えると、好きな相手から「あなたのことが好きになりすぎて怖いので逃げたいです」なんて言われたら俺だって逃さない。アホかな。
かなり恥ずかしい真似をしてしまったと後悔しても遅い。

「ほんまにかわいいなぁ。かわいい……。大好き」

逃げるように学校を後にするも即追いつかれ、隠岐の部屋に連れ込まれた俺は隠岐に現在進行形で後ろから抱きすくめられ、永遠に甘い言葉を吐かれ続けるという辱めを受けている。

「わかったから……」
「全然分かってないやん。俺がどんだけ蔵之介くんのこと好きかわかってない」

ソファーに座る隠岐の上に抱え込まれ、逃げられないまま、隠岐の言葉を聞き流す。

「はぁ〜〜。でもまさか蔵之介くんも怖くなるぐらい俺のこと好きやったなんて……幸せ」

ぎゅーっと強く抱きしめられると、心臓がばくばくうるさくなる。

「苦し……」
「あ、ごめん」

慌てて力を緩める隠岐の体温が心地よくて、つい甘えたくなる。
背中を預けるように寄りかかると、隠岐は嬉しそうに微笑んで、俺の髪に顔を近づけてきた。

「いい匂い」
「嗅ぐなって……」
「ええやん」

俺の頭に鼻を埋めながら喋るから、隠岐の呼気が当たってこそばゆい。

「……っ」

不意に首筋にキスされて、思わず声が出そうになった。

「なぁ、蔵之介くん」
「……なに」
「キスしたい」

熱っぽい声で言われて、顔が熱くなった。

「……だめ」
「なんで?」
「……いましたら、止まらんやろ」
「……うん」

俺がぼそぼそと答えると、隠岐は満足そうに笑って、俺のうなじにキスをした。








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