水曜日の昼休み


※隠岐蔵

「ごめん蔵之介くん!遅なった!」

4時間目の授業の終わり、担当教師が先週の課題の回収をチャイムがなった後に行ったので、昼休みに入るのが遅れた隠岐は終わった瞬間慌てて屋上へとダッシュした。
勢いよくドアを開けて屋上に入ってきたかと思うと、すぐに蔵之介の前に立った隠岐に蔵之介は驚いていた。

「いや、そんな急がんでも」

もぐ、と弁当を食べながら言った蔵之介に、隠岐は少し息切れしながら答える。

「だって蔵之介くんと2人っきりで過ごせる貴重な時間なんやから……1秒も無駄にしたないわ」

息を整えながら横に座った隠岐の言葉に、蔵之介は照れくさそうな顔でそっぽを向いた。

「……あっそ」

かわいくない言葉とは裏腹に、ほんのり赤く染まった頬を見て、隠岐は満足そうに微笑んだ。

「あーもう、かわいいなぁ……」

思わず口からこぼれた本音に、しまったと思ったが、蔵之介は聞こえなかったのか、それとも無視をしただけなのか、特に反応せずに黙々と食べ続けている。

「……あ、これお前の分」

ズイ、と差し出されるお弁当箱に、隠岐は嬉しそうに顔をほころばせる。

「いつもありがとう」
「ん」


毎週水曜日の昼休み。この時間帯だけは2人で過ごす事になっている。
そもそもの始まりはついに蔵之介が隠岐の猛アプローチに折れ、晴れてお付き合いを始めてしばらくの頃。
せっかく同じ学校に通っているのに、蔵之介は親友の清嗣といつも一緒。自分とも一緒の時間を過ごしてほしいと隠岐が訴えたのだ。
防衛任務のない日の夜や休日などには一緒にいることが多いんだから、なにも学校でまで一緒にいなくても……。と蔵之介は思ったが、「俺より清嗣くんと一緒にいる時間の方が長いやん!」と珍しく強情になった隠岐に押し切られる形でこうなっている。
「昼休みぐらい毎日会いたい!」と隠岐はだだを捏ねたが、流石にそんな頻度で隠岐と会っていると色々と噂されかねないので蔵之介が却下した。
代わりに提案した「会う日は俺がお前の分まで弁当作ったるから週一にしろ」という案に、「蔵之介くんの愛妻弁当……!」と隠岐は秒速で食いついた。
こうして水曜日の昼休みは2人が学校で時間を共にする唯一の機会となった。

黙々とハムスターのように口いっぱいにご飯を運ぶ蔵之介の横顔を見つめながら、隠岐は自分の分の弁当を食べる。
料理上手な恋人が自分のために作ってくれた手製の弁当は、どんな高級レストランのメニューよりも美味しく感じられた。

「うま~」

自然と漏れ出る感想に、隣で食べる蔵之介は少し得意げな笑みを浮かべていた。
その表情を見るだけで幸せを感じる。

「あー、やっぱり蔵之介くんの作るもんが一番うまいわぁ」
「当たり前やろ。誰が作ってると思てんねん」

ふふん、と鼻高々に笑う姿さえかわいくて、隠岐の顔からは締まりがなくなっていく。

「あーもう……好きすぎて辛い……」
「はいはい、ありがと」

こんなやり取りもいつものことなので、蔵之介も適当に流すように返事をする。今は隠岐より弁当の方が大事らしい。

「なあ、蔵之介くん」
「ん?」
「チューしたい」
「嫌やけど」

即答されてもめげること無く、隠岐は蔵之介の手を握った。

「じゃあせめてハグだけでも……」
「さっさと食え」

ピシャリと言い放たれて、隠岐は渋々弁当を口に運ぶ。

「うぅ……おいしい……」

明らかにしょげた隠岐の哀れな様子に、蔵之介は思わず吹き出した。

「……何笑ってんの」

かわいいけど!と言いながらジト目を向ける隠岐をスルーして、蔵之介は楽しそうにクスクス笑いながら答えた。

「ふ、んふふ、はよ飯食えよ」
「……わかってるもん」
「食った後なら相手したるわ」

いたずらっぽい笑顔で言う蔵之介の言葉の意味を理解した途端、隠岐は頬を染めて期待に満ちた目で蔵之介を見据えた。

「爆速で食う」
「ちゃんと味わえよ」

そう言いながらも、蔵之介は嬉しそうに微笑んでいた。
昼食を食べ終えた隠岐は、そのまま蔵之介を抱き寄せた。

「ちょ、おい!片付けが先!」

存外真面目なところのある蔵之介は、弁当を広げたまま放置している事に抵抗があるようだ。

「……でも」
「でもじゃない!早くどけ!」

ぐいっと押し返される隠岐だったが、負けじと腕に力を入れる。

「ちょっとだけ……」
「アホか!」
「お願い……5分だけ……それ終わったら片付けるから……」

甘えた声で言われ、蔵之介は小さくため息をついて力を抜いた。
それに気付いて隠岐がさらに力を込めて抱きしめてくるものだから、蔵之介は諦めたように身体の力を抜いて身を委ねた。

「……しゃーないなぁ」

こてん、と肩に頭を乗せてきた蔵之介に、隠岐は満足そうに微笑んだ。

「あーもう……大好き」

そう言って優しく頭を撫でる隠岐の手つきが心地よくて、蔵之介は目を閉じた。
隠岐は蔵之介のことを本当に大切にしてくれている。
それは言葉だけではない。態度や行動の端々からも感じられる。
恋愛に興味のない自分が、隠岐と付き合うようになってから、少しずつ変わってきていることに蔵之介自身も気が付いていた。
自分にここまで夢中になってくれる人なんて、きっと隠岐以外いないだろう。
隠岐の愛情はいつも真っ直ぐで、素直な気持ちをぶつけてくれる。
今までの自分だったら、それを鬱陶しいと感じていたかもしれない。
けれど、隠岐の優しさに触れるうちに、それがとても嬉しいことに思えてきて、今ではすっかり絆されてしまった。
隠岐に求められることが、自分にとっての幸せだと感じるようになっている。
素直に言葉にはできないが、せめて態度で示そうと、蔵之介は隠岐の背中に手を回した。

「……蔵之介くん……?」

驚いた隠岐の声に反応せず、ただ黙ってぎゅっと抱きつく。
すると、隠岐の腕にも力が込められて、蔵之介の耳元で囁いた。

「もっとギュッとしていい?キスもしたい」

その声にドキリとしながら、蔵之介は何も言わずに隠岐の首筋に顔を埋めた。
そんな様子に、隠岐は堪らないといった表情で笑みを浮かべると、そっと蔵之介の顎に手を添えて上向かせた。
そしてゆっくりと顔を近づけると、触れるだけの優しい口づけを落とした。
唇はすぐに離れて、至近距離で見つめ合う。
お互いの吐く熱い息が触れ合って、すぐにまたどちらからともなく唇を重ねた。
何度も繰り返される口付けの合間に、隠岐は愛おしむような視線を蔵之介に向けて、その髪を指先で弄ぶ。
その仕草がくすぐったくて、蔵之介は僅かに眉を寄せたが、隠岐は気にすることもなく蔵之介の腰を引き寄せる。

「ん……っ……」

角度を変えて深くなっていく口付けに、蔵之介は思わず隠岐にしがみついた。
きゅっと制服を握ってくる蔵之介に、隠岐はますます煽られるように舌を差し入れて、蔵之介もそれに応えるように絡め合わせた。
ちゅ、くち……という水音だけが2人の耳に響く。

「んん……ふ……っ」

しばらくしてようやく離れた頃には、蔵之介は酸欠気味になっていて、隠岐の胸に倒れ込んだ。

「……やりすぎた?」

荒い呼吸を整えながら、隠岐は蔵之介の背を擦る。

「も……しつこいねん……」
「好きやからいっぱい触りたいねんって」

そう言って隠岐は蔵之介の頬に軽く口付けた。

「……もう5分以上経ったやろ。はよ片付けろ」

照れ隠しなのか、蔵之介は不機嫌そうな口調で言った。

「はぁい……」

しぶしぶ返事をした隠岐は名残惜しそうに蔵之介を離すと、弁当箱を片付け始める。
その背中を眺めながら、蔵之介はドキドキと高鳴る鼓動を抑えようと、大きく深呼吸した。
隠岐の事を好きになればなるほど、隠岐とのスキンシップに緊張してしまう。
キスだって、ファーストキスの時の方が落ち着いていたと思う。今は隠岐の一挙一動にいちいち胸がときめいてしまって、そんな自分が恥ずかしくなる。
こんな事、絶対本人には言えないけど。

「蔵之介くん、終わったで」

不意に振り向いた隠岐と目が合い、蔵之介はびくりと肩を揺らした。

「あ……うん……」
「……蔵之介くん」
「なに?」
「今自分がどんな顔してるかわかる?」
「は?」

唐突な質問に、蔵之介は怪訝な顔をする。

「俺のこと好きでたまらんって顔してる」

そう言ってニヤリと笑う隠岐の顔を見て、蔵之介は自分の顔がカッと熱くなったのを感じた。

「あ、アホか!そんなこと……っ」

否定しようとする蔵之介の言葉は、再び重ねられた唇に飲み込まれた。
一瞬で距離を詰め、壁に蔵之介を押し付けて貪るように口付ける。
先程とは打って変わった激しい口付けに、蔵之介は隠岐の肩を掴んだまま受け入れるしかなかった。

「んぅ……ふ、はぁ……も、っ……おい!」

ようやく解放された時には、蔵之介は完全に息が上がっていて、隠岐を見上げる瞳は潤んでいた。

「なんやねん急に……」
「ごめん、かわいすぎてがっついてもた」

余裕のない顔で隠岐は言うと、そのまま蔵之介の身体を抱き寄せて、ぎゅーっと力いっぱい抱きしめてくる。

「あー……ほんまかわいい。蔵之介くん大好き」
「わかったって」
「授業サボって俺の部屋で続きせん?」
「アホ」

呆れたように言いながらも、蔵之介は隠岐の背中に手を回した。

「……そろそろ教室戻るで」
「もうちょっと……予鈴なるまでこうしてたい」

隠岐は蔵之介の髪に鼻を埋めて甘えるような声で囁く。
その言葉通り、隠岐の腕の力は緩む気配がなく、蔵之介も何も言わずに隠岐の背中をぽんぽんと撫でた。本当は自分も、離れ難く思っていたので。








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