※隠岐→蔵
「あれ!蔵之介くん美味しそうなん食べてるなあ」
「……」
ボーダー本部のラウンジ。角の方に珍しく一人でいる蔵之介の姿を目ざとく見つけた隠岐はニコニコと近づいていく。
蔵之介の方はというと、めんどくさいのに絡まれた……と明らかに嫌そうな顔で無視を決め込んでいた。
「今日一人?清嗣くんは?」
「……便所」
「そっかそっか。席外してるだけなんやね」
そっけない態度にもめげず、隠岐は蔵之介の隣に座り、やはりニコニコしながら蔵之介を見つめている。
「何食べてるん?」
「……メロンパン」
「え!普通のメロンパンとちゃうやん。なんかチョコチップ入ってへん?そこの購買で買ったやつ?」
「新商品らしい」
「え〜!!いいなぁ……」
羨ましがっている隠岐をよそに、蔵之介は黙々とメロンパンを食べ進めていく。
「俺も今度それ買おうかな〜」
「……」
「でもどんな味か知ってから買いたいなぁ……。……蔵之介くん」
「あげへんで」
「まだ何も言うてへんやん……」
先回りして答えた蔵之介の言葉に、隠岐は悲しげな声を上げた。
「一口だけでいいからさぁ、お願い!」
「絶対いやや」
「そんなこと言わんといてや〜!お願い!この通り!!」
「うるっさ……」
手を合わせて頭を下げる隠岐を見て、蔵之介は大きなため息をつく。そして、しぶしぶと言った様子でメロンパンを差し出した。
「ほんまに一口だけやからな」
「!ありがと〜」
蔵之介の手から嬉々としてメロンパンを受け取る隠岐。そしてお上品に少しだけ齧り……というわけではなく、大口を開けてがぶりとかぶりついた。
「あっ!?」
まさか隠岐がそんな大口を開けて食べるとは思っていなかった蔵之介は、その光景を呆然として眺めていた。
「ん、おいしいなぁこれ」
「お、おま……おまえ……」
満足気に笑う隠岐とは対照的に、蔵之介の顔はみるみるうちに怒りに染まっていく。
「お前なぁ!普通そんな遠慮なく一口いくか!?残りの半分無くなったやんけ!!」
「あ〜、ごめんな?」
「ごめんなちゃうわ!!」
キャンキャン吠える蔵之介の元に、席を外していた清嗣が何事かと戻ってくる。
「なんやなんや。どないしてん蔵之介」
「清嗣!こいつほんまありえへんねんけど!」
怒り心頭の蔵之介と余裕な表情の隠岐を見て、また隠岐の奴なんか企んどるな……と察した清嗣は苦笑いを浮かべる。
「まぁしゃーないやん。また買い直したら?」
「なんで俺がこいつのせいで買い直さなあかんねん!」
食べることが大好きな蔵之介はその分食べ物の恨みも凄まじく、本気で怒っていることがよくわかる。しかし、隠岐は全く悪びれていないようでヘラヘラとした笑みを絶やすことはない。
「ん〜、蔵之介くん」
「なんやねん!」
「ごめんな?お詫びに今度なんかご馳走するから勘弁して?」
ぴたり、と蔵之介の動きが止まる。『ご馳走する』という言葉に反応したようだ。
「ほんまやろな?」
「うん。なんでもええよ」
「な、なんでも!?」
途端に目を輝かせて食いついてきた蔵之介を見て、チョロいな……と隠岐と清嗣は思い、清嗣に至っては小さく噴き出す始末だ。
「焼肉でもええってこと!?」
「もちろん」
「寿司でもええんか!?」
「どこでもええよ」
「じゃあ許す!!」
ニッコニコの笑顔になった蔵之介に、隠岐も満面の笑みで返す。
それを見た清嗣はそこで隠岐の思惑を察した。
(なるほど……わざと怒らせてお詫びにご馳走という名目でデートに誘う作戦やったわけか)
自然にデートの約束を取り付けられた事にも気付かず、蔵之介は呑気に「何奢って貰おっかな〜」などとご機嫌に呟いている。
そんな蔵之介を見つめる隠岐の瞳からは彼への好意が隠すことなく溢れ出ており、蔵之介がそれに気付かないのが不思議な程だ。
「蔵之介くん」
「ん?」
「高くてもいいから個室のとこがいいな」
「?なんでやねん」
「うるさいの苦手やねん」
隠岐がへらっと笑ってそう告げると、蔵之介は首を傾げながらも納得し、「わかった!」と答えていた。
そんな二人の様子を遠目に見ていた清嗣は、自然に2人きりになれるように仕向けた隠岐の手管に舌を巻いていた。そして同時に、こいつは何がなんでも蔵之介を落とすんだろうな……という確信も得た。
「……」
「……?なにしてんねん清嗣」
突然自分に向けて合掌し始めた清嗣に、蔵之介は怪訝な表情をする。
「ご愁傷様です……」
「だからなに??」
訳がわからず困惑している蔵之介を他所に、清嗣は隠岐の獲物になった哀れな親友に静かに手を合わせたのだった。
終