※隠岐蔵
「あの、ほな、お先失礼しますね」
普段通りニコニコしながらそう言う隠岐に、生駒隊の面々は「お疲れ」「また明日」などと声をかける。
そそくさと作戦室を出て行く隠岐の背中を見送ると、隊長である生駒達人はぽつりと呟いた。
「……なんか、さっきの隠岐そわそわしてへんかった?」
「えっ?いつもと一緒やないですか?」
「いやあれ絶対好きな子から電話来る前とかそういう感じのそわそわ感やったって!」
「あ〜……。なるほど?」
生駒の言葉を聞いて思い当たる節があるのか、一人得心がいったような顔をする水上にじとりとした目を向ける。
「なんやの敏志くん。何か知ってるんか?」
「いや別に何も知りませんけど」
「嘘やん!絶対何か知ってる顔やん!!」
「いやほんまに知らんて……」
「じゃあ何でそんなニヤついてるん!?」
「知らんけど……多分あいつちょっと前から蔵之介と付き合うてますよね?」
「「は!?」」
水上の言葉に、生駒だけでなく真織も反応する。
「え、うそやん!!蔵之介って吉本くんやろ?隠岐の事嫌いって言ってたやん!なんでそんなことなるん?!」
「お、男同士でお付き合いしてるっちゅーことか!?」
「二人とも落ち着かんかい」
興奮気味に詰め寄る生駒達に呆れたように溜息を吐くと、「直接聞いたわけちゃうし予想ですけど」と続ける。
「今までしつこいぐらい蔵之介にまとわりついてたのがピタッとなくなったかと思えば、目ぇあった時蔵之介は恥ずかしそうに、隠岐は幸せそうにしとるから、これは付き合ったんやろな〜って」
「言われてみれば最近隠岐が吉本くんに絡みに行ってるの見てないわ……」
真織も納得したようにうんうんと何度も首を縦に振る。
「えぇ〜……。イコさんに隠し事なんて水臭いやん……」
しゅんと項垂れながらそう零す生駒に、水上は苦笑しながらフォローを入れる。
「別に隠されてると決まった訳ちゃいますよ。ただあんまり大っぴらに出来る関係でもないんで、バレへんように気ぃ使ってるだけかもしれませんし」
「え?なんで大っぴらに出来へんの?俺やったらずっと片想いしてた子と付き合えたら毎日ハッピーすぎて皆に言いふらすと思うねんけど」
「イコさんの恋愛観については今は置いといて下さい」
「男同士やから気にしてるんかな?」
真織が気遣わしげにそう言うと、生駒はキョトンとして口を開く。
「男同士の何があかんの?好きになるのに性別関係ないやんなぁ?」
「……みんながみんなイコさんみたいに思ってくれる訳ちゃうって事ですわ」
水上は困ったような笑顔を浮かべて答えたが、生駒はいまいちピンときていない様子だった。
「もしかしたら単純に吉本くんが恥ずかしがって言わんといてって口止めしてるだけかもしれんしな!」
真織の言葉を受けて、生駒は再び元気を取り戻したようだった。
「それもそうか!蔵之介くんって控えめな感じやし、もしそうならそっとしとくべきやな!」
うんうんと一人で納得している生駒を見て、二人はほっとしたような表情をする。
「それにしても隠岐と吉本くんがねぇ……」
隠岐が蔵之介の事を好いているのは知っていたが、蔵之介は隠岐に冷たい態度をとっているイメージしかない。真織は少し意外そうな顔をしていた。
「言われてみれば蔵之介くんって隠岐に冷たかったよなぁ?そこから付き合うまでにどういう心境の変化があったんやろ……!?少女漫画みたいやん!!話聞きたいわぁ!!」
生駒がキラキラと目を輝かせている横で、水上も「確かに」と相槌を打つ。
「俺もちょっと興味ありますね」
「せやろ!?よし!今度こっそり探り入れてみよ!!」
「他の隊の人に迷惑かけたあかんで!」
「大丈夫やってマリオちゃん!探り入れんのは隠岐の方やから」
「え〜?まぁ隠岐ならええ……んか?」
呆れ顔の真織だったが、実は自分も蔵之介と隠岐の関係が密かに気になっていたりするのであった。
***
「隠岐!なんか最近ええことあったんちゃう!?」
「え?なんですか急に」
作戦室でいつものようにダラダラと過ごしている時に突然生駒にそう聞かれて、隠岐はきょとんとする。
「いや、最近妙に浮かれてるというか……とにかく良いことがあったんちゃうかと思って!」
「え〜?特に何も無いですよぉ?」
ヘラリと笑う隠岐だが、その顔には嬉しさを隠しきれていない。
「絶対何かあるやろ!教えてや!」
「ほんまに何も無いんですって〜」
ニコニコしながらもガードの固い隠岐に生駒は不満げに口を尖らせ、ちらりと水上を見る。
水上はこくりと頷くと、隠岐に声をかけた。
「そういえば隠岐。さっき蔵之介がお前と他の男が喋ってるの見てヤキモチやいてたで。俺と付き合ってんのにって」
「えぇ!?!?!?」
水上の言葉に目を輝かせ、嬉しいオーラを全開にしながら思わず立ち上がったところでハッと我に帰る。
「……」
「……」
「……ハメましたね水上先輩」
ジトッと睨むと、水上は素知らぬふりをして再び手元の本へと視線を落とした。
「や、やっぱり蔵之介くんと……!?」
生駒のキラキラとした視線を感じ、隠岐は観念したように溜息をつく。
「……わかりましたよ。白状します。蔵之介くんと付き合い始めました」
頬を染めながら小さく呟いた隠岐に、生駒と真織がキャー!と歓声を上げる。
「ええやんええやん!おめでとう!いつから付き合てんの!?」
「お、おめでとう!隠岐良かったやん!ずっと片想いしてたもんな!!」
「ありがとう……ありがとうやけど付き合ってるの話したら蔵之介くんに怒られるから絶対秘密にしてや!?」
隠岐が必死の形相でお願いすると、生駒は神妙な面持ちで首を縦に振った。
「わかっとる。誰にも言わん」
「イコさん……」
隠岐はほっと胸を撫で下ろした。
「それで、なんで付き合うことになったん?隠岐の一方的な片想いやったやろ?」
真織がそう尋ねると、隠岐は照れたように笑った。
「なんか……あのな?……えへ、照れるわ……。あの、えっと……。俺って前から蔵之介くんにめちゃくちゃ絡みに行ってたやん?」
「せやな」
「でも蔵之介くんって全然相手にしてくれへんかったから、嫌われてるんかなぁって思ってたんやけど、なんか俺に彼女おるって噂が流れてさぁ」
「うん」
「そん時に蔵之介くんが複雑な顔してて、話聞いたら『隠岐の隣に彼女おるの見るん嫌や』って思ってくれたらしくて……えへ、それで、『彼女なんかおらんよ。俺が好きなんは蔵之介くんだけやもん』って言ったら蔵之介くんも好きやって言ってくれて……えへ、えへへ」
デレっと顔を緩ませて惚気ける隠岐に、生駒は感激したように声を大にする。
「すごない!?めちゃくちゃ少女漫画やん!!俺もそんな恋したい!!」
「はいはい」
水上は適当にあしらうが、真織は目を輝かせていた。
「よかったなぁ隠岐!蔵之介くんも隠岐の事好いとってくれて!」
「うん!俺幸せ者や!」
隠岐の笑顔を見て、生駒と真織も満足げに微笑んだ。
「……まぁ、もうみんなにはバレてもうたし、これからは遠慮せんでええよな?」
「え?なにが?」
真織がきょとんとした顔を向けると、隠岐はニヤリと口角を上げた。
「俺今までず〜っと蔵之介くんと付き合ってること話すの我慢してたねん!誰かに喋ったらコロスって言われてたからさぁ!でもバレてもうたのはしゃーないし、とことん惚気聞いてもらおうかなって!」
ニッコリと笑ってそう言う隠岐の顔を見た瞬間、水上と真織はサァッと血の気が引く。
「あ、ああ……そ、そういう事なら……どうぞ……」
「お、俺は用事があるんでこれで失礼するわ……」
「いやいや、待ってくださいよ!まだ全然惚気足りませんて!」
逃げようとする二人の腕をガシッと掴んで離さない隠岐。
「イコさんは聞きたいで!隠岐が幸せそうでなによりやしな!」
絶望的な表情をする二人とは対照的に、生駒はワクワクと楽しげに隠岐を見つめている。
「じゃあ手始めに蔵之介くんの可愛いところベスト100から……」
「「勘弁して〜!!!」」
悲鳴のような叫びをあげる水上と真織に構わず、隠岐はうっとりとした顔で語り出した。
後から作戦室に来た海は入った瞬間に危険を察知し逃げようとしたが、あっさり捕まり「海だけ仲間外れは可哀想」という隠岐により隠岐と蔵之介が付き合い始めた事を聞かされた。そのことに驚く暇もなく怒涛のように惚気られ、結局生駒隊の面々はうんざりするほど惚気話を聞かされる羽目になったのだった。
終