※隠岐→蔵
隠岐孝二17歳。
片想い中の吉本蔵之介くんに猛アピール中。
そんな俺にチャンスとなり得る情報が舞い込んできた。
「蔵之介くんも猫好きなん!?」
「せやで」
いつも蔵之介くんと一緒にいる蔵之介くんの親友、清嗣くんとたまたま防衛任務で近くに配置され世間話をしている途中。清嗣くんから聞いた情報はまさしく朗報だった。
「ね、猫カフェとか好きかなぁ?」
「好きやで。この前も行っとったわ」
「ほんまに!?」
これはチャンスや! 今こそ蔵之介くんとの距離を縮める時!
いつもデートに誘おうとしては挫折してまうけど、猫カフェならいけるかもしれへん!
「ありがとう清嗣くん!めっちゃいい情報教えてくれて!」
「いやいや。デート上手くいったらええな」
「清嗣くんは蔵之介くんの親友やのになんで俺にんな情報教えてくれるん?」
「……いっつもめちゃくちゃキツい態度取られてる隠岐が不憫で……」
「あー……」
清嗣くんの言葉に俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。確かに俺って結構蔵之介くんには嫌われているかも?それでも俺は蔵之介くんの事が好きやし諦めへんけど。
「でも最近はちょっとだけ優しくなった気がするねん」
「そうなん?」
「うん。今日だってスナイパーの合同訓練が終わった後『お疲れ』って声かけたら『おう』って返事してくれたし!」
「ただ返事されただけでその喜びよう……」
「それだけでも嬉しかったんよ~」
今までフル無視されていたのだ。挨拶を返してくれるようになっただけでも大きな進歩だと思う。
「よしっ!そうと決まれば早速蔵之介くんをデートに誘うで!」
「おぉ〜がんばれ〜」
***
防衛任務を終えた蔵之介が隊室で報告書を書いていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
ノックされるということは隊員ではない。こんな時間に訪ねてくるなんて誰だ?と思いつつ入室を許可すると入ってきたのは隠岐だった。
「蔵之介くん!ごめんこんな時間に……ちょっとどうしても聞きたいことがあって……」
「……なに?」
わざわざ隊の作戦室にまで来るということはそれなりに重要な話かと思って身構えたが、隠岐が発したのは意外な言葉だった。
「あの……明日一緒に猫カフェ行かん?」
「は?」
一瞬思考が停止する。こいつは何を言っているんだ?わざわざ深夜に押しかけてまでするような話か?そもそも何故猫カフェなのか?疑問だらけの蔵之介だが一番気になったのは。
「……なんで俺?」
「えっ!?」
「もっと仲ええやつと行けば?」
「あっ……うぅ……」
何故か隠岐は急にもじもじし始めた。本当に何なんだこいつ。
「く、蔵之介くんと一緒に行きたいねん!ほら、蔵之介くんて猫好きなんやろ?清嗣くんに聞いた!」
「あいつ……」
余計な事を言ったものだ。蔵之介は隠岐孝二という男がどうも苦手である。何を考えているのかわからないし、ヘラヘラしていて信用ならない。そんな奴に自分の情報をバラされて良い気分になるわけがない。
(絶対断ろう)
そう決意した矢先、隠岐が口を開いた。
「すごい可愛い子猫がおるとこみっけたねん!」
「行く」
思わず即答してしまった。しかし仕方ないと思う。子猫とふれあえる機会など滅多に無いのだ。たとえ苦手な隠岐の誘いであろうが、子猫の魅力の前には微々たる問題だった。
「やったー!じゃあ明日の朝10時に集合ね!」
「……わかった」
こうして2人は猫カフェデート(蔵之介にデートの意識はない)をする事になったのだが……。
「蔵之介くんめっちゃイケメンやん……」
待ち合わせ場所に現れた蔵之介を見て隠岐は心の中で呟いた。基本的に引きこもりの蔵之介は外で見る事がないため、普段は制服姿か隊服姿しか見た事がなかった。そのため私服を着た蔵之介を見るのは初めてだったが、ストリート系のファッションがよく似合っていた。顔もスタイルも良いため、かなり目立つ。道ゆく人が振り返るほどの美形であった。
「お前来んの早ない?俺めっちゃ余裕持って15分前に来てんけど」
キラキラしたモデルのような蔵之介に話しかけられ、隠岐は思わずぽーっと見惚れて返事が遅れてしまった。
「えっ!?あぁ……まぁ早めに来てもええかなって思って……」
「ふーん……」
隠岐の答えに蔵之介は特に興味なさげに返すと、そのまま隠岐を促す。
「まぁええけど。じゃあもうはよ猫カフェ行こ」
「う、うん!行こっか!」
2人はそのまま猫カフェへと向かった。
(こいつめっちゃモテてんな……)
道案内のために前を歩く隠岐の後ろ姿を見て蔵之介は思う。先程からすれ違う女性が必ずと言っていいほど隠岐を振り返る。
蔵之介も隠岐の顔の良さは認める。普段のヘラヘラしたムカつく態度のせいで忘れがちだが、黙っていればかなりのイケメンだった。
(スタイルも良くて私服のセンス良いのも腹立つ……)
綺麗めのファッションに身を包む隠岐の後ろ姿をじとりと睨む。
「ここやで!」
そうこうしているうちに目的地に着いたようだ。目の前には可愛らしい外観の猫カフェがあった。
「……男2人で入るの恥ずかしいな」
「大丈夫やって!俺に任せとき!」
そう言って隠岐は蔵之介の手を引いて店内に入る。中に入るとふれあいブースには猫たちが沢山おり、客の足元をすり抜けていったり、膝の上に乗ってきたりと自由気ままに過ごしていた。
「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
「はい!2名です!」
元気よく返事をする隠岐に若干の恥ずかしさを覚えた蔵之介だが、そこから店員さんによる猫カフェ利用の流れの説明を聞いた後早速店の奥へと入っていく。
「あ!蔵之介くん!子猫おったで!」
「!」
隠岐の指差す方を見ると確かにそこに子猫がいた。真っ白な毛並みのその子猫はこちらに気づくと近づいてきて、蔵之介の足に体を擦り付けた。
「か、かわ……」
あまりの愛らしさに思わず声が出てしまう。しゃがみ込んで撫でてみると、その手触りはとても心地よかった。
(めちゃくちゃ可愛い〜〜!!!)
しばらくその柔らかい感触を堪能した後、蔵之介はハッと我に帰る。
そういえば今自分は1人ではなく、隠岐と一緒に居たんだった。蔵之介は恐る恐る隠岐の方へ視線を向ける。
「……」
隠岐は固まっていた。そしてゆっくりと蔵之介に向き直ると、口を開く。
「……めっちゃかわいいな!」
(子猫も蔵之介くんも)
心の中で付け加える隠岐だが、言葉に出さなかったのは奇跡に近いだろう。それほどまでに隠岐は衝撃を受けていた。
(子猫に夢中になってる時の蔵之介くんめっちゃ幸せそうな顔しててほんま可愛い……最高……)
「……せやな。お前も来いや!この子めっちゃ人懐こいで」
「う、うん!」
隠岐は慌てて返事すると、そそくさと子猫の元へ歩み寄る。子猫のかわいさと蔵之介のかわいさで胸がいっぱいになる。
「隠岐!あっちにも可愛い子おる!」
しばらく二人でかまっていると子猫は満足したのか気まぐれにどこかにいってしまったが、可愛い猫達に囲まれてご機嫌なのか、今まで見た事ないような笑顔で蔵之介が呼ぶ。
(マジで連れてきて良かった……!)
隠岐は内心ガッツポーズを決めながら蔵之介の後を追った。
「なぁ見て!この子めっちゃでかい!」
大きめの猫を抱え上げてはしゃぐ蔵之介に隠岐は悶絶していた。
(なんなん?天使なん?あかん、めっちゃかわええ……)
隠岐は心の中で叫びまくっていた。猫を抱きしめたり、猫じゃらしを持って遊んでみたりする蔵之介の姿はまるで子供のように無邪気だった。初めて見る蔵之介の年相応……いや、子供のような表情に隠岐はキュン死しそうになる。
(蔵之介くんのこんな顔見た事あらへんわ……いつもより幼くてめっちゃかわいい……)
普段の蔵之介とはまた違った一面が見られた事に隠岐は感動を覚えつつ、そんな蔵之介の姿を写真に収めていく。
「隠岐、後で猫の写真俺にも送って」
「アッ、そ、うん!もちろん!!」
まさか蔵之介の写真ばかり撮ってましたとは言えず、隠岐は慌てて猫の写真を撮り始めた。
「あー楽しかった!」
あれから数時間、2人は猫たちと戯れ続けた。蔵之介は猫の餌やり体験をしたり、猫じゃらしを使って遊んだりと猫と触れ合う事を満喫したようだ。
「猫可愛かったな〜!特にやっぱりあの白い子猫!蔵之介くんに懐いとったよな!」
「ん……めっちゃ可愛かった」
満足そうに微笑みながら答える蔵之介を見て(蔵之介くんも可愛かったです!)と言いたくなる気持ちをグッと抑えて隠岐も同意する。
「どの猫ちゃんも可愛かったね〜」
「はぁ〜めっちゃ良かった……また行こな!」
(エッッッ!?!?!!?)
突然の誘いに隠岐の思考回路は完全に停止した。
(待って!俺誘われてる!?)
隠岐は嬉しさのあまり飛び上がりそうになった。
「隠岐?」
「あっ、うん!また行こう!」
隠岐はなんとか平静を装うと返事をする。
「約束やからな!」
そう言って笑う蔵之介の顔はいつもの仏頂面とは違う、自然な笑顔だった。隠岐はその笑顔に心臓を撃ち抜かれる。
(か、わいすぎる……!)
隠岐は思わず胸を押さえる。先程からずっと蔵之介の可愛さに撃ち殺され続けている気がした。
「あの白猫が子猫の間にいっぱい会いに行かんと……」
「そ、そうやね……」
「……今まで猫カフェとか一人か清嗣と二人で行ってたけど、隠岐と行くのも楽しいな」
蔵之介は照れたように言う。とどめの一撃を食らい、隠岐のライフは既にゼロだ。
「うん……俺もめちゃくちゃ楽しかったわ……」
隠岐はそれだけ返すのが精一杯だった。
こうして、隠岐は蔵之介とのデートを無事成功させたのであった。
***
「はぁ〜♡」
隠岐は部屋に入るなりベッドにダイブするとスマホを取り出し、今日撮った蔵之介の写真を見返していく。
「かわいすぎる……」
隠岐は思わず呟いた。今日の蔵之介は今までに見た事がないほどに可愛く、隠岐の心のアルバムには永久保存版として大切に保存されている。
「ほんま最高やったわ……猫カフェもそうやけど、何より蔵之介くんの笑顔があんなに見れるなんて……」
猫好きの自分が猫カフェに行って、本命の猫より蔵之介に夢中になるなんて信じられない。そう思う隠岐だが、それほどまでに隠岐にとって蔵之介は特別な存在なのだ。
「あーもう……蔵之介くんのことめっちゃ好きや……!」
隠岐は枕に顔を押し付けて叫ぶ。その声は部屋に虚しく響いていた。
隠岐が蔵之介への想いを再認識している頃、当の蔵之介も自室で隠岐と同じ様に悶えていた。
「あいつの前でめちゃくちゃはしゃいでもうた……っ!!」
蔵之介はクールに見られがちだが、本当はさほどクールではない。むしろ清嗣を筆頭とした江須隊の面々といる時はアホ丸出し、精神年齢も小学生のような振る舞いをしている。
とはいえそんな素の側面を見せるのは家族と江須隊の面々だけだったはずなのに、子猫にテンションが上がってしまい、つい素ではしゃぎまくってしまった。
(恥ずかしすぎる……!!)
よりによって自分の苦手な人間に。隠岐に。素の自分を見せてしまった。
「死にて〜〜……」
勝手に弱みを握られたような気分になり、蔵之介は頭を抱えた。
(まぁでも、いいか……)
なんだかんだ今日一日楽しかったし、不本意だがかなり仲良くなった気がする。これから先、他の場所に一緒に出かける機会もあるかもしれない。隠岐に対する苦手意識も今日でかなり薄れた。
(とりあえず……)
蔵之介はスマホを手に取ると隠岐にLINEを送った。
『今日は楽しかった。ありがとう』それだけ送ると蔵之介は満足して眠りについた。
言わずもがなだが、初めて蔵之介の方からLINEが来た事に隠岐は悶絶し、喜びのあまり眠れなくなったという。
終