メンヘラっぽい隠岐


※隠岐→蔵

「蔵之介くんってなんであんなかわええんですかね…」

ふぅ、とため息をつきながらそうのたまう隠岐を見て、これは確実に厄介事だと水上は直感した。面倒くさいから関わりたくないが、この様子では確実に巻き込まれるだろう。
水上は内心で謝りながら、隊長である生駒を生贄に差し出した。

「なんでやろなぁ。ねぇイコさん。」
「え?何?聞いてなかったわ。何の話?」
「蔵之介くんがかわいすぎるって話です」

アンニュイな表情の隠岐にそう言われ、生駒はピシリと固まった。

「…あっと、蔵之介くんてあの…えす隊のイケメンスナイパーの?」
「それ以外におらんやないですか」

隠岐は呆れたように言った。

「いやいや…あの子めっちゃイケメンやけど、ものすごいクールやし隙ないし、かわいいとはかけ離れた存在やと思うけど?」
「そうですか?肌白いとことかちょっと猫っぽい目元とか、長いまつげとか眠い時にちょっと活舌甘くなるところとか…近づいたら警戒心むき出しの猫みたいに威嚇してくるとことか、めっちゃかわいいとこいっぱいありますけど…」
「……そーかなあ……。俺には全然分からんかったけど……」
「まあでも確かに顔立ち整っとるもんなぁ。中性的っちゃ中性的やし。えらいモテそうな感じするし」

水上も同意して言うと、隠岐の顔色がさっと変わった。

「ダメですよ!絶対ダメ!」
「へっ!?︎」

突然声を上げた隠岐に驚いて、二人は思わず一歩後ずさった。

「蔵之介くんのかわいさは俺だけが分かってればええんです!!」
「せ、せやけど実際女の子によく話しかけられてはりますけど……?」

あまりの形相に、生駒の方が敬語になってしまった。

「そんなん許せへん!!蔵之介くんに近づく女なんて全員敵や!!!」

隠岐の叫びを聞いて、水上は思った。

(これもう手遅れちゃうか?)

蔵之介への恋心を拗らせてしまったらしい隠岐を前に、水上は遠い目をした。



***



その日、蔵之介は珍しく一人で街に出ていた。今日は非番だったので、少し遠出をしてみたのだ。普段は行かないような店にも入ってみたりして、なかなか有意義な休日を過ごしたと思っている。
そして今、蔵之介は帰路についていたのだが―――。

「…………」

何故か道行く女性達が振り返ってくる事に気が付いた。しかも視線は明らかに自分に向けられている気がする。人見知りでコミュ障の蔵之介にとって、知らない人間の視線はかなりのストレスだった。
もうさっさと帰ってしまおうと足早に本部へと向かうが、やはり女性は皆こちらを見てくる。一体何なんだと思いつつ歩いていると、不意に声をかけられた。

「ねえ君可愛いね~!良かったら一緒に遊ばない?」

ナンパだ。わかりやすい逆ナンだ。どうやら自分は女性の注目を集めてしまっているようだ。とりあえず無視する事にした。
しかし相手はそれを気にせず(あるいは気付かずに)どんどん近づいてくる。「ね~え!お兄さんってば!」女の手が蔵之介の肩にかけられた瞬間、「蔵之介くん!」と聞きなれた声がした。

「……隠岐?」

随分慌てた様子で隠岐が走り寄ってきて、さりげなく女から蔵之介を引き剝がす。

「こ、こんなとこでどないしたん?なんかあった?」
「いや別に何もないけど……」
「いつも本部におるのにこんなとこに一人でおるからびっくりしたわぁ。もう戻るとこやんな?俺も本部戻るとこやから一緒に行けへん?」
「ああうん……別にええけど」
「ほなら行こうか」

隠岐に促され歩き出すと、後ろの女がまだ何か言っていたようだったが、隠岐は全く相手にしなかった。

「はぁ…蔵之介くん!一人でフラフラ歩いてたら危ないで!」
「はぁ?いや俺男だし……まだ夕方だし」

訳が分からないことを言いながらプリプリと怒る隠岐を不思議そうに見ながら、蔵之介は首をかしげたのだった。



***



「聞いてくださいよ!」

ドン!と作戦室の机を叩く隠岐を尻目に、最近こいつのせいでよく嫌な予感するなあ…と他人事のように水上は思った。

「この前蔵之介くんがその辺の女にナンパされとったんですわ!間一髪助けに行けたものの、あいつ蔵之介くんの肩に触りよったんですよ!?」

信じられない!とばかりに訴える隠岐に、生駒は「えぇ……?」と困惑の声を上げる。

「肩触っただけでそんな怒るぅ?女の子やったらまだしも…蔵之介くんは男やで?」
「そういう問題やないんです!!」

隠岐は憤慨している。
「知らん女に蔵之介くんベタベタ触られて黙っとれるわけあらへんでしょう!!?」
「い、いや、蔵之介くんはお前のもんちゃうし……」
「とにかく俺は蔵之介くんに近付く奴は全員敵やと思ってますんで!」
「隠岐、ちょっと落ち着け」

水上が隠岐の腕を掴む。

「蔵に嫌われたないやろ」
「っ!」

隠岐の顔色がサッと変わった。

「蔵に迷惑かけたくなかったら、ちょっと冷静になりや」
「……はい」

隠岐は俯いて小さく返事をした。


隠岐は蔵之介に恋をしているのだ。
隠岐が蔵之介への恋心を自覚したのは、もう随分前の事である。
初めて会った時から隠岐の目には蔵之介がキラキラ輝いているように見えた。隠岐の好みど真ん中の容姿、簡単には心を開いてくれないクールな態度。隠岐は蔵之介に夢中になった。しかし、当の蔵之介は自分に全く興味が無いらしい、という事もすぐに分かった。
それでも諦めきれなかった隠岐は、何とか蔵之介と親しくなりたくて、何度も蔵之介に話しかけた。蔵之介は隠岐に対して塩対応だったが、隠岐は全くめげず、蔵之介へのアプローチを続けたのだ。
そして隠岐の努力が実を結んだのか、ある日を境に蔵之介の方からもちょくちょく話してくれるようになった。誰にも懐かない猫が自分にだけ撫でるのを許してくれるようになったあの瞬間のように、隠岐は感動でいっぱいになった。
蔵之介の口から出る話題は大抵が蔵之介自身のことではなく、自分の隊の隊員のことだった。特に同い年である清嗣とは親友と言って差し支えない関係らしく、清嗣の話を楽しそうにする蔵之介に複雑な心境になるのはしょっちゅうだった。
しかし隠岐はそれくらいではへこたれたりしない。その後もしつこく食い下がり、蔵之介との距離を縮めていった。
隠岐が蔵之介の事で知っている事はそう多くない。蔵之介が大阪出身であること。隠岐と同い年なこと。蔵之介は隠岐の事をライバルだと思っていること。隠岐がどれだけ蔵之介を想っていても、蔵之介は隠岐の気持ちに応える気は無いだろう、ということである。隠岐は蔵之介が好きだ。蔵之介の一番になりたい。でも蔵之介にとって自分はただの同僚でしかない。それが悔しくて仕方がない。隠岐は歯痒さに唇を強く噛んだ。



***



「隠岐」
「はい?」
「お前最近変やぞ」
「え?何言うてんですか急に」

隠岐はいつも通りの笑顔を浮かべる。水上はその顔を見て眉根を寄せたが、それ以上は何も言わずに目を逸らした。
隠岐の蔵之介への想いは、隠岐の中でどんどん膨れ上がり、隠岐自身にもどうしようもないところまで来ていた。
隠岐は蔵之介が欲しくて堪らない。蔵之介が欲しい。蔵之介の全てを愛おしいと思う。蔵之介を自分だけのものにしたい。隠岐は自分がこんな感情を抱くなんて思っていなかった。こんな醜い欲望が自分の中にあった事に愕然としたが、一度溢れ出した思いを止める術など知らなかった。
とにかく隠岐は蔵之介の事をもっと知りたいと思った。
そこで隠岐は蔵之介について調べ始めた。蔵之介の好きなもの、嫌いなもの、趣味嗜好、交友関係、家族構成、恋愛遍歴に至るまで、あらゆる情報を集めた。
蔵之介に近付く人間を全て警戒していたし、蔵之介に好意を持つ人間は男女問わず全て敵だと認識している。蔵之介に少しでも色目を使う女がいたら徹底的に排除する所存であった。
隠岐はもう後戻りできないほど、蔵之介に恋をしていた。


「蔵之介くん!今日一緒に飯行かへん?」
「あー……悪い。先約あるから」

隠岐は蔵之介に断られても、残念そうな顔をして「そっかぁ」と笑うだけで、引き下がったりはしなかった。

「じゃあ今度いつあいてる?俺とも一緒にご飯行こ?」
「ん〜、まぁええけど…清嗣も一緒でええ?」
「……もちろん!」

隠岐は満面の笑みで答えた。隠岐は蔵之介と食事に行く約束を取り付けたことに満足していたが、蔵之介と清嗣が2人で食事をしている光景を思い浮かべ、胸の奥にドス黒いものが渦巻いた。どうしたら、清嗣くんじゃなくて俺を選んでくれるようになるんだろう。どうすれば、蔵之介くんの一番になれるんだろう。隠岐はそんな事ばかり考えていた。「隠岐」水上の声に隠岐はハッと我に返る。
水上は隠岐に近付くと、その肩にポンっと手を置いた。

「ちょっと話あんねん。来てもらえるか?」

隠岐の顔がサッと青ざめた。



***



水上に連れてこられたのは、人気の無い校舎裏だった。隠岐はこれから何を言われるのか分かっていた。蔵之介に迷惑をかけたくないなら、蔵之介に嫌われるようなことは止めろ、とかそういう類の説教だろう。隠岐は俯いてギュッと拳を握った。しかし隠岐が予想していたことは起こらなかった。隠岐が恐る恐る顔を上げると、そこには真剣な表情をした水上の姿があった。

「隠岐、蔵に何かしてへんやろな?」
「……してませんよ」
「お前、さっき蔵がウボォーの話出した瞬間、すごい顔しとったで」
「え?」

隠岐は思わず自分の頬に手を当てた。

「自覚無かったんかい……」

水上は呆れたようにため息をつく。
確かに隠岐は蔵之介に近寄る人間が許せない。しかし、隠岐は蔵之介や、蔵之介の仲間に危害を加えるような真似は一切していないし、敵対心も抱いていないはずだった。隠岐が蔵之介にしていることと言えば、蔵之介に話しかけること、蔵之介の側にいること、蔵之介の視界に入ること、それだけだ。しかし、隠岐がそれを口に出すことは無かった。
隠岐は黙って下を向いたが、すぐにパッと明るい笑顔を作った。

「大丈夫ですよ。俺は蔵之介くんのこと傷付けたりしませんから」
「そうは見えへんかったけど」

水上の言葉に隠岐は再び口を閉ざした。

「…お前、蔵に恋人出来たらそいつ殺しそうで怖いわ」

隠岐の体がビクリとはねた。

「蔵に好きな人が出来たら応援せぇや。蔵之介くんが幸せになる為やったらええやないか」
「……嫌です」

隠岐は消え入りそうな声で言った後、キッと水上を見上げた。

「蔵之介くんが他の誰かのもんになるとか絶対嫌や。俺、蔵之介くんの一番になりたいんです。蔵之介くんは俺のもんや。誰にも渡せへん」

「そういうことは蔵に告白してから言うんやな。それが出来んなら、諦め。」
「……っ!」

隠岐は顔を真っ赤にして、何も言い返すことが出来なかった。



***



隠岐は蔵之介の事が好きだ。それはもう、自分でもどうしようもないくらいに。
けれど、隠岐がその気持ちを伝えようとしたことは今まで一度もなかった。蔵之介にとって自分はただの同僚だ。それ以上でもそれ以下でもない。隠岐はそれを知っている。知っているから告白して、申し訳なさそうに断られるのが怖かった。蔵之介のことを嗅ぎまわって、蔵之介に寄って来る人間を排除して。そんな小細工ばかりして、正面から蔵之介に思いを伝えることの出来ない自分が、隠岐は心底情けなかった。
隠岐は蔵之介の事を好きになり過ぎた。



***



「隠岐、なんか最近元気ないな」

蔵之介は最近明らかに生気がなく、ともすれば消えてしまいそうな隠岐がさすがに心配になり、思わず声をかけた。

「え?どないしたん急に」

隠岐は慌てて笑顔を取り繕ったが、その目の下にはうっすら隈が出来ていた。

「いや…なんとなく。隠岐疲れてるんちゃうか?あんまり無理しなや?」
「ん…ありがとお。蔵之介くんは優しいなあ」

隠岐はへラッと笑ってみせたが、蔵之介の目にはどこか痛々しいものにしか映らなかった。
蔵之介が隠岐に言い募ろうとしたところで、聞き慣れない声がした。

「隠岐先輩!あの、よかったら今日一緒に飯行きませんか!?」
「……悪いけど、また今度な」

隠岐が蔵之介と話している最中、声を掛けてきた後輩に隠岐は無愛想に返事をした。隠岐は蔵之介以外の人間は基本眼中に無い。それでも一応愛想笑いぐらいは返していたのだが、最近は余裕がなくそれすらも出来なくなっていた。明らかに様子のおかしい隠岐に、蔵之介はいよいよ不安になった。

「なぁ、どうしたんや。お前ちょっとほんまにおかしいで。俺に心配されんの嫌かもしれんけど、相談ぐらいなら聞いたるで?」

心底心配そうにそう声をかけてくる蔵之介に、隠岐は心臓をぎゅっと鷲掴みにされた気持ちだった。蔵之介くん、ホンマに優しすぎるわ……。隠岐は胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。
隠岐は蔵之介にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思った。



***



「もう、いっそ玉砕しよかなって思うんです」

隠岐は意を決したように言った。
水上は隠岐が蔵之介に恋をしていることを知っていた。その恋が行き過ぎて隠岐がおかしくなったのも。だから、隠岐に告白できないなら蔵之介を諦めろと言って反論が返ってこなかった時、水上は少しだけ安心してしまったのだ。これで隠岐は元に戻れるかもしれない。蔵之介の事は忘れて、普通に生活出来るようになるのでは。そう思った。
しかし、隠岐は蔵之介への思いを断ち切ることは出来ず、むしろ蔵之介に対する執着心が増してしまっただけだった。

「蔵之介くんと話せんくなれば、多分この気持ちも無くなると思うんです。蔵之介くんの事を考える時間を減らしたら、きっと大丈夫ですよね?」

隠岐は笑顔を浮かべながら水上を見た。水上はその笑みのあまりの悲壮さに息を呑んだ。隠岐の顔からはいつもの明るさが完全に消え失せている。

「隠岐……」

水上はかける言葉が見つからなかった。



***



「蔵之介くん、ちょっと話したい事あんねんけど…都合ええ時間あるかな?」

隠岐は蔵之介に声をかけた。

「ん?…ええけど。じゃあすぐ用事済むから休憩室で待っててくれへん?」

隠岐はわかった、待ってるな。と言って、そのままふらりと立ち去った。

「隠岐、最近ずっとあんな感じやな。何かあったんか?」

蔵之介の隣にいた清嗣は隠岐の後ろ姿を見ながら呟いた。

「…まぁ、俺らが心配してもしゃーないやろ」

蔵之介はため息交じりに答えたが、内心穏やかではなかった。
隠岐が自分を避けるようになったのは、理由はわからないがおそらく自分のせいだと分かっていたからだ。隠岐の様子がおかしいことに気が付いていたはずなのに何もしなかった。隠岐はそんな蔵之介を見限ったのだろう。



***



「…それで、何なん?話したいことって」

蔵之介はペットボトルのお茶を一口飲むと、隠岐に向き直って真剣な顔で言った。

「うん…あの…その…蔵之介くんって…好きな人おらんの?」

隠岐は微笑みながら、蔵之介の目をじっと見つめて聞いた。

「はぁ!?」

てっきり深刻な話をされるものだと思っていたら思わぬ話をされ、蔵之介は眼を見開いた。

「お前、相談事とかあって俺の事呼んだんちゃうんか!?俺に好きな奴おるかどうかとか関係ある!?」
「あるよ」

先ほどまでの微笑みを消し、隠岐は俯く。

「だって、俺…蔵之介くんのこと好きやねんもん」

隠岐の声は震えていた。

「え……」
「……ごめんな。困らせるつもりはなかったんよ。ただ、知って欲しかってん。俺の気持ち。ごめん、男からこんなこと言われても気持ち悪いよな。」
「……お前が最近様子おかしかったんはそのせいか?」
「……うん……」

言った。ついに言ってしまった。隠岐は覚悟を決めたつもりだったが、蔵之介の言葉を聞いた瞬間、全身がガタガタと震えだした。怖くて堪らない。今すぐにでもここから逃げ出したい。けれど、ここで逃げたら今までと変わらないままだ。隠岐は自分を奮い立たせて蔵之介の目を見る。

「蔵之介くんは優しいし、カッコええし、かわええし。蔵之介くんが誰かのものになる前に、蔵之介くんに俺の事意識してほしかったねん。俺の事を……少しでも考えてほしかったんや。」

隠岐は泣きそうになるのを必死で堪えながら、何とか言葉を紡ぐ。

「蔵之介くんに好きな人が出来たら諦めなあかんって思ってたんやけど……。全然無理やったわ。蔵之介くんが女と一緒に居るところ考えただけで死にそうになってまう。こんな気持ち初めてやってん。」

隠岐は下唇を強く噛むと、蔵之介の返事を待つ。

「隠岐……」

蔵之介は隠岐の名前を呼んだ。隠岐はびくりと肩を震わせたが、逃げることはしなかった。蔵之介は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。

「すまん。隠岐の気持ちには応えられへん。……ごめん」

頭の中では何度も蔵之介に告白を断られるシミュレーションをした。少しでもショックを軽減できるように。でも、実際に本人の口から聞く断り文句は、予想の何倍も隠岐の心を抉った。

「……もしかしたら、隠岐がおかしくなったんは俺が原因かもしれんとは思っとったけど……。隠岐、俺は別に優しくもないし、格好良くもないで。隠岐が俺のどこを見てるのか知らんけど、俺なんてどこにでもおるような人間やぞ。」

隠岐は何も言わなかった。隠岐はうつ向いたまま静かに涙を流している。

「隠岐……?泣いてるんか……?」

隠岐は無言のまま、首を横に振る。

「蔵之介くんは……」

隠岐は涙声で話し出した。


「蔵之介くんは、俺の気持ち聞いてどう思った?」

隠岐は顔を上げると、蔵之介の顔をじっと見つめた。蔵之介は隠岐の顔を見ると、思わず言葉を失った。隠岐は、今まで見た事のない表情をしていた。

「俺の事軽蔑した?」

隠岐は笑っていた。いつものように。隠岐は蔵之介から視線を外すことなく、笑顔のままで、声だけは悲痛な色に染まっている。

「隠岐……」
「蔵之介くんは優しいなぁ。俺が傷ついてると思って気遣ってくれてるんやろ?蔵之介くんはほんまに優しすぎるで。そんな所が好きなんやけどね。」

隠岐は、また泣きそうになったのを隠すように再び俯いた。

「軽蔑なんかしてへん!びっくりはしたけど、気持ち悪いとか軽蔑とか、そんなん全然思ってない!」

隠岐は黙り込んだままだった。蔵之介は隠岐の肩に手を置き、隠岐の瞳を見据える。

「なぁ隠岐、俺なんかのためにそんなんならんでええ。隠岐は隠岐らしくおればええんや」
「……なんでそんなこと言うん?」

隠岐は顔を上げ、蔵之介を見た。

「蔵之介くんが言う『俺らしい』って何?『俺らしく』したら振り向いてくれる?何をしたら蔵之介くんは振り向いてくれるん?」

隠岐は蔵之介の腕を掴む。

「隠岐……?」
「蔵之介くんにとっての『俺らしさ』は何なん!?俺にどうして欲しいん!?」

隠岐は大粒の涙を流しながら、叫ぶように言った。

「蔵之介くんが俺の事好きになってくれたらええやん!!そうしたら、俺、何でもするで!?」

隠岐は蔵之介に抱きつくと、「お願いや……」と消え入りそうな声で呟き、嗚咽を漏らし始めた。隠岐の背中をさすってやりながらも、蔵之介は困惑していた。

「ごめん……ごめん、隠岐、ごめん…お前の気持ちに応えられんくて」
「あやまらんといてやぁ~~~…」
「ど、どうしろっちゅうねん……」

蔵之介は途方に暮れた。

「隠岐、とりあえず落ち着けって。な?」
「嫌や……蔵之介くん行かんといてぇ……。俺の事嫌いになってもええから、ここにおってよぉ……グスッ」

蔵之介は隠岐を引き剥がそうとするが、隠岐は蔵之介から離れようとしない。

「蔵之介くん、俺の事嫌いになったんやったらそう言うてや……。そっちの方が諦めがつくねん……。もう迷惑かけへんようにするから……。やから、やから……ッグス……離れたない……」

隠岐は蔵之介の胸の中で泣きじゃくった。

「隠岐……あのな、隠岐のことはライバ……友達として大事に思っとる。恋愛対象としては見られへんけど嫌ってはない。せやから泣くなって……」

隠岐は「大事に思っている」という蔵之介の言葉を聞くと、少しだけ落ち着いたようだった。

「あーあ…俺が女の子やったらまだ望みあったかもしれんのに……」

隠岐は鼻水をすすり、蔵之介から離れた。

「隠岐、さっき言ってたことは本心なんか?」

隠岐は首を縦に振った。
「俺は蔵之介くんのことが好きや。それは変わらへん。でも、このまま蔵之介くんと友達の関係を続けるのは辛いわ……。やから、蔵之介くんが好きな人が出来ても、俺の事をずっと覚えていて欲しい。蔵之介くんの記憶に残りたい。それが今の俺の願いや。」

隠岐は蔵之介の目を真っ直ぐに見つめると、真剣な表情で言い放った。

「蔵之介くん、大好き。これからもずっと。」

隠岐はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、蔵之介の元を離れた。

「隠岐!!」

蔵之介は思わず叫んだ。

「隠岐!ちょっと待てって!」

隠岐は立ち止まることなく、そのまま走り去ってしまった。蔵之介の頭の中には先程の隠岐の台詞が反覆していた。隠岐は蔵之介への想いを諦めるためだけに、自分の恋心を吐露したのだろうか。
それとも、蔵之介に誰か別の相手が現れたとき、自分の存在を記憶に留めさせるための布石なのか。いずれにせよ、隠岐は蔵之介にとって大切なライバルであり、今後も友人関係を築いていくつもりであることに変わりはなかった。
ただ、隠岐の決死の告白が、今後の関係に少しづつ影響を与えていくことになる事を、二人はまだ知る由もなかった。








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