※隠岐蔵
「…………なぁ。さっきから何してんねん」
ある日の午後。暇を持て余した江須隊17歳コンビは各々好きに時間を過ごしていた。
スマホを弄っていたかと思えば突然指ハートでニコニコと笑顔を向けてくる清嗣を無視してソシャゲに勤しんでいた蔵之介だが、あまりのしつこさに根負けして口を開いた。
「ファンサの練習」
「なんて?」
本格的に訳の分からない事を言い出した清嗣に困惑し、スマホを一旦スリープ状態にする。
「ほら、俺らって顔だけはヨシ!っていう隊として人気やん?」
「悪口やろそれは」
「だから来るべき日のためにファンサの練習しとこっかなって」
何から何まで意味不明だ。この男は時々こういう突拍子もない事を言い出すが、今回は特に酷い気がする。
「なんやその来るべき日って」
「そりゃあもちろん俺らがアイドルデビューする時やろ」
「けぇへんわそんな日!!」
蔵之介のツッコミも虚しく、清嗣は一人でうんうんと満足そうに首を縦に振っている。
「いやー、俺正直ちょっと不安やったんよ。今のままじゃただの顔が良いだけの芸人集団やってな?でも現にこうして顔で人気は獲得してるから、まずは俺らの武器である顔面の良さを最大限活かす方法を考えようと思ってな」
「芸人じゃないし努力の方向性がおかしい」
「まぁまぁまぁ!よう考えてみてや!オモロない?目があった瞬間お互いファンサ合戦するん」
「そっちが本音か……」
「笑ったら負け」
「そんなにらめっこシステムなん?」
うだうだと謎の論理を展開していたが、結局はいつものおふざけ。要するにこの男は遊びたいだけなのだ。
しかし蔵之介は対清嗣時のみ異様にノリが良いので、軽い気持ちで付き合ってやることにする。
「しゃーないな……受けて立つぜ!その『決闘』!!」
「もしかせんでも最近遊戯王再燃しだした?」
「5D'sは最高よな」
危うく遊戯王談義に入りかけたところで、清嗣は改めてファンサごっこのルールを説明する。
「ルールは簡単!目合った瞬間お互いにファンサする!以上!」
「説明の必要あった?」
「ちなみにお前のファンサはこれ。俺が決めた。愛想のないお前でも大丈夫な真顔ウインクや」
「もう勝手に決めとんのかい」
そう言いつつも素直に指定されたポーズを取る蔵之介に、清嗣は手を叩いて笑う。
「めっちゃ良い!それでいこ!これから目ぇ合ったらファンサな!」
「いつまで?」
「俺が飽きるまで」
「ジャイアンかよ」
かくして清嗣と蔵之介によるファンサごっこの日々が始まった。
***
「蔵!」
翌日。スナイパー合同訓練場から出て個人ランク戦ブースに向かう途中。聞き慣れた声に振り向き、清嗣の姿を視界に入れた瞬間早撃ちのようにお互いファンサを繰り出す。
「くっ……互角か……」
「なかなかやるな……」
突然始まった奇妙なやり取りにも関わらず、顔のいい男達から繰り出される渾身のファンサに周りの女の子達は訳もわからないまま黄色い悲鳴をあげる。蔵之介は周りからの視線を感じ取って、思わず気恥ずかしさを覚えてしまう。
「待って……なんかめっちゃ恥ずかしなってきた……側から見たら俺ら訳分からん変な奴やん」
「よしわかった。照れても負けな!」
「鬼?」
そんな二人の様子を蔵之介の背後から見つめ、わなわなと震えていた人物がいた。
ちょうど蔵之介と同じく訓練場から出てランク戦ブースに向かっていたスナイパー、隠岐孝二である。
「今……え?今何が起きたん?蔵之介くん指ハートしてなかった?え?ちょっと待って?俺後ろから見てたからわからへん!何!?どういう状況なん!?」
隠岐は混乱していた。今目の前で起こった出来事の意味がわからず、ひたすら困惑している。
「なんや隠岐。何騒いでんねん」
「水上先輩!」
隠岐は水上に駆け寄ると、今起きた事を必死に説明する。
「あの、今ですね、蔵之介くんと清嗣くんが目合った瞬間蔵之介くん指ハートしてた気ぃするんですけど、水上先輩見てました!?」
「あ〜、見とったで。ちょうど清嗣の後ろの自販機で飲みもん買ってたからな」
「え!!!あの!!!蔵之介くん何してたんですか!?!?!」
「知らんけど……なんか清嗣に向けて指ハートにしてウインクしとったわ」
「ウインク!??!!?!」
衝撃的な事実に隠岐は目を白黒させながら大袈裟に驚く。
「何をそんな驚いとんねん。まぁ確かに普段の蔵からは考えられへんけど……」
「いやいやいやいやいやいやいや!!!」
「なんやうるさいな」
「何ですかそれ!なんで蔵之介くんが清嗣くんにそないなファンサするんですか!?」
「知らんわ!!」
興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ隠岐に、水上はキレ気味に返す。
「ずるい……水上先輩……俺かって蔵之介くんにファンサされたい……」
「流れ弾くらっただけやねんけど」
うじうじとめんどくさい隠岐を見かねたのか、水上は隠岐の手を引っ張って蔵之介と清嗣のもとへ向かう。
「ほら、お望み通りファンサしてもらえや」
「え!?え!?」
「あれ、どないしたんですか水上先輩」
困惑する隠岐とそれを引っ張る水上に気付いた清嗣が声を掛ける。
「隠岐が蔵のファンサ見逃したから正面から浴びたいってうるさいねん」
「は!?」
水上の言葉に驚く蔵之介をよそに、清嗣は面白そうに反応する。
「おっ!!ええやんけ!やれや蔵之介!!」
「いやあれお前相手限定やろ!?」
「なんですか?照れてるんですか?照れたという事は蔵之介くんの負けになりますけどいいんですか?」
「ぐっ……」
謎のやりとりをする蔵之介と清嗣を眺めて、隠岐はただひたすら戸惑う。
「ほら、早く」
「んぐぐ……」
あとで覚えとけよお前……という顔を清嗣に向けると、蔵之介は半ばキレ気味に隠岐に向き直り、指ハートを作る。そしてそれを隠岐に向けると勢いよくウインクをした。
バチンッ!!!!
という音が聞こえてきそうなほどのウインクだった。隠岐は突然のことに目を大きく見開いて固まっている。
「はい!ファンサ終了!これで満足か!?」
「お、おう……」
蔵之介の迫力に押され、清嗣はこくりと小さく首を縦に振る。その様子を見ていた水上は思わず吹き出した。
「ぶっはっ!!蔵顔真っ赤やん!!恥ずかしかったんかい!!」
「揶揄わんといてくださいよ水上先輩!!」
「爆照れしとるけどまぁこれはノーカンにしといたるわ」
三人でやいのやいの言い合っていたが、水上はあることに気づく。大好きな蔵之介のファンサを浴びて大騒ぎするであろう隠岐が先程から一言も発していない。不審に思った水上は隠岐の顔を見る。
固まったままの隠岐は微動だにせず、意識をどこかに飛ばしているようだった。
「え……?おい……?!隠岐!!」
「えぇ?!嘘!?隠岐もしかして死んだ!?!」
「はぁ?」
焦る水上、悪ノリの清嗣、呆れる蔵之介。水上と清嗣は隠岐に声をかけ続ける。
「隠岐!?隠岐ー!!!」
「あかん!完全に心ここに在らずや!!」
「俺のファンサで人を殺めてしまったか……」
「あほか!勝手に殺すな!!」
水上が蔵之介にツッコミを入れたところで隠岐は突然ふっと我に返ったように瞬きをして、蔵之介に視線を向ける。
「……蔵之介くん」
「え?はい……」
真剣な雰囲気を醸す隠岐に、蔵之介は思わず敬語で返事をする。
「今の……もう一回お願いします」
まさかのアンコール要求である。
「何?お前……怖……」
ドン引きする蔵之介を筆頭に、四人は異様な空気に包まれる。
「こんなはずじゃなかった」後に清嗣はこう語ったと言う。
結局殺人未遂を起こしたとしてポンコツコンビのファンサ合戦は禁止を申し渡され、あの一回限りの伝説となってしまったのだった。