ホラー風味


※隠岐→蔵 怪異に魅入られる隠岐

「……き、……隠岐」

声をかけられて意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると、蔵之介が微笑みながら自分を見下ろしていた。

「おはよう隠岐。もう10時やで?」

そう言ってくる蔵之介をぼんやりと見上げる。まだ頭がはっきりせず、何が起こったのか理解できない。

(……あれ?ここは?)

見覚えのない部屋だ。ベッドとサイドチェスト、間接照明だけのシンプルな部屋。お洒落ではあるのに、何故か少しだけ不気味だと感じた。

「ここ……どこ……?」

訝しげな表情でゆっくりと起き上がる隠岐に、蔵之介はクスクスと笑いながら言う。

「何言うてんねん。俺らの家以外にある?」

そうだっけ。そうだったかな。そうだったかも。

「昨日散々ヤって俺の方が意識飛ばしたのに、お前が記憶なくしてんの?」

そう言って蔵之介がするりと指を絡めてくる。

「あんだけ好き放題してたのに」

妖艶に笑う蔵之介。おかしいな。蔵之介はこんな笑い方をしただろうか。そもそも、自分は蔵之介と一緒に住んだりしていただろうか。
考え込みそうになったところで、俯いた隠岐の顔に蔵之介の手が添えられ、蔵之介の方を向かされてちゅっと軽く合わせるだけのキスをされた。

「隠岐、愛してる」

そう言って笑う蔵之介の微笑みを見て、心臓がどくんと脈打った。先程感じていた違和感なんて全て吹き飛んで、目の前の蔵之介しか見えなくなる。

「蔵之介くん……」

顔を近付けると、受け入れるように蔵之介が瞳を閉じる。
あぁ、幸せだな。ずっとこうしていたい。蔵之介くんとずっと……



携帯のアラームが鳴り響き、隠岐はハッと目を覚ました。

「……なんかすごい良い夢見た気がする……」

布団から這い出てキッチンへと向かう。冷蔵庫の中から麦茶を取り出しコップに注ぐと一気に飲み干した。
夢の内容は覚えていないが、とても幸せな夢だった気がする。隠岐はそんな幸せな気分のまま朝の支度を始めた。気分とは裏腹に、何故か身体が少し重いな。そう思いながら。



***



「ただいまぁ……」

ボフン、と制服のままソファーに倒れ込む。
幸せな気分のまま登校した隠岐だったが、それは長くは続かなかった。
隠岐が密かに片想いしている相手。吉本蔵之介はモテる。男同士だし、両想いになれるなんて夢にも思っていないが、それでも女の子と一緒にいる蔵之介を見るのは嫌だった。
しかし今日登校すると早速女子に捕まってタジタジになっている蔵之介を発見してしまい、幸せな気分はすぐにどこかに消え去った。蔵之介は人見知りで、親しい人間には割とズケズケものを言うタイプだが、そうではない人間には強く出られないというところがあった。
女子に絡まれて明らかに困った表情をしているものの、その対処の仕方もよくわからないのか強く拒絶しようとしない蔵之介に、隠岐はどんどん心の中に黒いものが広がっていくような感覚を覚えた。

(おれ相手ならすぐうざいって言うてどっか行ってまうのに)

結局その日は一日中モヤモヤとした気分で過ごす羽目になり、今日は部隊での仕事もなかったため放課後は自分の部屋に直帰した。

「おれも女の子やったら蔵之介くんと……」

ぽつりと呟く。そして言ってから心の声が続いた。いや、今の自分のままで蔵之介くんと付き合いたい。
あり得ないとは思っていながらも、そう思ってしまう自分が情けない。
そんなことを考えながら、隠岐は制服のまま、ソファーでうとうとと眠りについてしまった。



「俺は隠岐の事が好きなんやから。そんな心配すんなや」

ハッとして横を見ると、蔵之介が真剣な表情でこちらを見つめていた。

「その辺の女に言い寄られたところでなんとも思わん。むしろ迷惑や」

蔵之介の言葉に胸が高鳴る。

「隠岐だけ見てるし、隠岐だけが欲しいと思ってる。隠岐は俺の特別やねんから自信持ちや」

嬉しい。嬉しくてたまらない。
隠岐が両手を伸ばして抱きつこうとすると、蔵之介もその腕に抱かれようと手を広げてくれた。ぎゅっと愛しい身体を抱きしめると、同じように力強く返してくれる。そのままどちらともなく唇を合わせると、自然と舌を絡めあった。

「隠岐、好き」
「おれも好き……大好き……」

何度も角度を変えて口付けを交わし、お互いの唾液を交換するように飲み下していく。
気持ちいい。幸せだ。ずっとこのままこうしていたい。

「……ずっとこうしてたいわ……」

蔵之介がそう囁きながら隠岐の耳を甘噛みしてくる。ゾクッとする快感に身を捩らせると、蔵之介はふっと笑い、至近距離で見つめてくる。

「隠岐の全部、俺にちょうだい?」

ゾクゾクとした感覚が背筋を駆け上がる。あぁ、もう我慢できない。早く、早く!

「蔵之介くん……」

返事をしようとしたのと同時に、隠岐の視界は暗転した。



***



「隠岐!」

名前を呼ばれて目が覚める。目を開けると、水上がホッとしたような顔で隠岐を見下ろしていた。

「はぁ…お前大丈夫か?ソファーで倒れてたけど」
「え?あれ?」

起き上がって辺りを確認すると、窓の外はもう真っ暗になっていた。

「急にミーティング決まったからLINEしたのに返事ないし……しゃーないから迎えにきたらめちゃくちゃうなされてるし……心配したで」
「うなされてた……?」

自分としてはとても幸せな夢を見ていた気がするのだが。おかしいなと首を傾げつつ、起き上がろうとするとめまいがした。

「おい、無理せんとき」

水上に支えられながらゆっくりと立ち上がる。なんだかまだ頭がぼんやりとしている気がする。

「隠岐、なんか悩み事あるなら言ってくれ。今日なんか変やぞ、お前」
「いや、別に何もないんですけど……」

隠岐が答えると、水上は怪しげなものを見るような目を向けてきた。

「……まぁええわ。なんかあったら言えよ」
「……水上先輩がそないに優しいとなんか不安になるな〜」
「どういう意味やコラ」

あはは、と笑いながら今度こそ立ち上がる。また夢の内容は忘れてしまったが、幸せな夢だったことだけは覚えている。だるい身体を引きずりながら、隠岐は水上と共に隊室に向かった。



その後も何日も幸せな夢を見る日々が続いた。何故か毎回内容は覚えていないが、夢なんてそんなものだろう。
しかし、幸せな気分で目覚めることに慣れてくると、蔵之介に振り向いて貰えない現実がより辛く感じてきた。現実から逃げるように、隠岐の睡眠時間はどんどん伸びていった。

「……隠岐、最近寝れてへんのちゃう?」

そんな時だった。生駒にそう話しかけられたのは。

「え?寝れてますよ。むしろ寝過ぎなぐらいですけど……どないしはったんです?」

隠岐はそう答えたが、生駒は納得いかないという顔をして更に言葉を続けた。

「嘘やん。ここ数日隠岐の様子がおかしいってみんな言うとるで。授業中もぼーっとしてること多いみたいやし。」
「そうです……?」

全く心当たりがない。もはや授業中とボーダー隊員としての活動の時間以外はほとんど寝ていると言っても過言ではない隠岐だったが、周りから見てもわかるほどにおかしくなっていたとは思わなかった。

「隠岐、俺らに何か言いたいこととか、相談したいこととかないか?」

心配そうな表情を浮かべながら隠岐の顔色を窺ってくる生駒に申し訳なさを感じながら、「特になんもないですよ?」と返す。

「ほんまに?」
「はい」

隠岐が即答すると、生駒は少し考え込むように黙り込んでしまった。

「隠岐がそう言うんやったらええんやけどな……」

そして、そう呟くように言って隠岐から視線を外す。隠岐は「すみません、心配かけてもうて」と頭を下げた。

「謝らんでもええよ。隠岐がしんどい思いしとる方が嫌やからな。隠岐が辛い時はちゃんと俺らの事頼りや」
「はい!ありがとうございます」

笑顔を返せば、ニカッと笑みを返してくれた。

(……この人には感謝してもしきれんな)

水上も、生駒も、生駒隊のみんなは隠岐にとってかけがいのない存在だ。皆隠岐のことを本気で心配してくれている。そのことが嬉しかった。
隠岐は改めてお礼を言い、その場を後にした。



***



「なんかお前、変」
「え?」

スナイパー合同訓練場で鉢合わせて開口一番、蔵之介からそう言われて隠岐は固まった。

「そ、そうかな……」

普段は話しかけて来たりしないのに。嬉しい気持ちと共に、モヤモヤとした気持ちが湧き上がってくる。

「なんかいつもよりボーッとしとるし、たまに顔青白いし……」

蔵之介の言葉にドキッとする。やはり顔に出ていたようだ。

「……大丈夫か?」

ぶっきらぼうな態度の中に、本気で隠岐を心配する色が浮かぶ。胸が締め付けられるような感覚と同時に、ドス黒いものが腹の中に渦巻いた。

俺の事なんかなんとも思ってないくせに。

「大丈夫や。なんもない。気にせんといて」
「え……あ、おい!」

蔵之介がまだ何か言いたそうな顔をしていたが、耐えきれずに隠岐は駆け出した。
苦しい。楽になりたい。あの幸せな夢の世界に逃げたい。隠岐はそのまま真っ直ぐに自分の部屋に逃げ帰った。



***



「はっ……は、……隠岐……」

自分の下で蔵之介が息を乱している。揺さぶられながら、必死で快楽に耐える姿が愛らしい。もっと、自分を求めて欲しい。自分だけを見ていて欲しい。他の誰でもなく、自分だけを。
隠岐が舌先で首筋を舐めると、蔵之介がビクッと身体を震わせた。

「隠岐……」

潤んだ瞳で見上げられ、隠岐は堪らず口付けた。名前を呼ばれる度に、隠岐の心臓は高鳴った。幸せだと思う。こんなにも求めてくれているのだ。これ以上何を望めばいいのか。

「ん……隠岐、愛してる……」

艶っぽい声で愛を囁かれ、隠岐は堪らない気持ちになる。

「蔵之介くん……蔵之介くん……!」

噛み付くようにキスをして、夢中で蔵之介を貪る。

「隠岐……隠岐。なぁ、隠岐の全部、俺にちょうだい?」
「あげる……全部あげる。蔵之介くんに全部」

そう言った瞬間、パチンと何かが弾けたような音がした。気がつくとあたりは真っ暗で、奥には赤い鳥居が見える。

「もう一回言って?俺に全部くれるって」

目の前にはニッコリと笑う蔵之介がいた。

「え……?」
「俺のこと、好き?」

突然のことに頭がついていかない。

「す、好きやで……?」

隠岐が答えると、蔵之介は満足そうに微笑んで隠岐の頬に触れた。

「じゃあ、私に隠岐の全部、くれるよな?」

嬉しそうに言う蔵之介の笑顔はとても可愛らしいのに、何故かぞわぞわと寒気が止まらなかった。

「隠岐?」
「……」

突然黙り込んだ隠岐に、蔵之介は首を傾げる。

「なぁ」
「ん?」
「君、ほんまに蔵之介くん?」

我ながら何を聞いているのだろうと思いながらも、口が勝手に動いてしまう。

「何言うてんの?私は蔵之介だよ」

ニコニコ笑う目の前の人物はどう見ても蔵之介だ。なのに、どうしても違和感が拭えない。
蔵之介は私なんて言わないし、標準語なんて喋らない。

「隠岐は私のこと、嫌い?」
「そんなわけないやん!大好きやで!?」

慌てて否定すると、蔵之介は安心したように笑みを深めた。

「良かった。私も隠岐の事大好きだよ。だから……ね?」

ぎゅっと手を握られる。蔵之介に触れられて嬉しいはずなのに、心の底から喜びを感じることができない。それどころか、じっとりとした気持ち悪さを感じた。

「っ……」

思わず声が漏れる。先程からずっと感じていた悪寒がどんどん酷くなっていく。得体の知れないものに対する恐怖がじわりと足元から這い上がってくるようだった。

「隠岐くん、全部、私にちょうだい?」

蔵之介の藤色の瞳がじわじわと黒くなる。

「ひっ……」

隠岐は悲鳴をあげて後ずさった。逃げようと握られた手を振り払おうと試みるが、びくりとも動かない。

「隠岐くん」

反射的に蔵之介の顔を見てしまう。目が合った瞬間、隠岐はハッとした。瞳を染め上げた黒は白目にまで侵食し、目が全て真っ黒に染まっている。

「全部、私にくれるよね?」

その顔に浮かぶ表情は、笑っていた。ゾッとするほどの美しい笑みを浮かべて蔵之介は続ける。

「隠岐くん、だーいすき。ずっと一緒にいようね?」

耐えきれず悲鳴をあげそうになったその瞬間、「隠岐!!!」と背後から叫ぶような声が聞こえ、反射的に振り返った。

「……蔵之介くん?」

そこには焦りの色を見せる蔵之介がいた。

「隠岐、帰るぞ!」
「え……」

何故蔵之介がそこにいるのか。蔵之介は今自分の手を掴んでいるのではないのか。そう思って再び前を見ると、黒く長い髪をだらりと垂らした少女が立っていた。髪の間からはギョロリと真っ黒な目玉が覗いている。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

あまりのおどろおどろしさに隠岐は絶叫する。

「隠岐、しっかりせぇ!隠岐!!隠岐っ!!!」

蔵之介は取り乱す隠岐に駆け寄り、少女から必死に遠ざけようとする。

「だめ……隠岐くん……全部私にくれるって言った……」

どこにそんな力があるのか、蔵之介が全力で引き剥がそうとしても、少女は隠岐の腕を掴んだまま離さない。埒があかないと蔵之介は隠岐に向き直り、怒鳴るように叫んだ。

「隠岐!しゃんとせぇ!お前にはなんもやらんってちゃんと言え!!」

必死に言い募る蔵之介に、隠岐は動揺したように目を泳がせる。

「え……でも……」

自分の冷静な部分が今すぐ蔵之介の言う通りにしろと叫ぶ。しかし、そうすると辛い現実に戻ってしまう。そう直感していた。

「隠岐!」
「隠岐くん……お願い……全部ちょうだい」

懇願するような蔵之介の声と、どこか遠くで響くような少女の声が重なる。

「隠岐……!頼むから俺の言う事聞いてくれ……なぁ、隠岐……!」

蔵之介の悲痛な叫びに、隠岐は泣きそうになる。蔵之介にこんな風に叫んで欲しくない。こんな顔をさせたかったわけではないのに。

(おれは……)

蔵之介のことが好きだ。蔵之介の幸せが自分の幸せだと思えるくらいに。蔵之介が幸せならばそれでいいと思うほどに。そう思っていたはずなのに、自分は蔵之介と共にある事を望んでしまった。それがどんなに重い罪なのか、隠岐には分かっていたはずだったのに。

「隠岐くん」
「隠岐……」

蔵之介と少女の悲しげな声に、隠岐の心が決まる。

「ごめんなさい」

隠岐ははっきりと口に出した。

「君におれの事はあげられへん」

少女の目を見て真っ直ぐに言う。すると、隠岐を掴む力が緩んだ気がして、蔵之介は慌てて隠岐を引き剥がし、自分の背に庇う。
少女のはガクリと首を落として俯くと、地を這うような声で呟いた。

「嫌……隠岐くんは私のもの……誰にもあげない……」

ぶつぶつと呪言のように繰り返しながら、ゆっくりと近付いてくる。

「っ、隠岐!逃げるで!」
「どこに?!」
「ええか、これはお前の夢の中や。お前が起きる、目ぇ覚ます!って強く思えばいける!!」
「でも」
「イコさんが手助けしてくれてんねん!早よせぇ!!」

蔵之介の剣幕に押され、隠岐は慌てて目を閉じて念じる。

「隠岐くん……」

少女が隠岐の名を呼ぶ。

「隠岐!」

蔵之介も隠岐の名を叫ぶ。

「隠岐!!!」

最後に蔵之介の必死な声が響いて、隠岐の意識はふつりと途切れた。

「隠岐!隠岐っ!!」

耳元で誰かが呼んでいる。

「隠岐、おい起きろ隠岐!!!」

ゆさゆさと身体を揺すられる感覚に隠岐はぼんやりと目を開いた。目の前にいるのは生駒だった。

「……イコさん?」
「良かったぁ〜!やっと起きたわ」

はーっと大きく息をつく。

「……ん……」

微かな声に気付いてベッドの横に目をやると、ベッドに突っ伏して寝ている蔵之介の姿があった。隠岐は一瞬何が起こったのか分からず呆然としていたが、「あ……」と思い出す。あの夢から無事に覚めたのだ。

「蔵之介くんも目ぇ覚めたか!良かった〜なんともない?」
「んん……?はい……」

まだぼんやりとしている蔵之介はゆっくりと身体を起こす。そして隠岐と目が合った瞬間、眉間にシワを寄せてギッと隠岐を睨みつける。

「隠岐ィ!!」
「は、はい!!」

思わず隠岐まで姿勢を伸ばしてしまうほどの怒号だ。蔵之介は隠岐に詰め寄ると、ガッと胸ぐらを掴みあげた。

「なんであんなことになるまで放置しとったねん!死にたいんか!!」
「す、すんません!!」
「まぁまぁ蔵之介くん……」

烈火の如く怒る蔵之介に、隠岐は縮こまるしかない。生駒は蔵之介を宥めすかし、なんとか蔵之介を落ち着かせると隠岐に向き直る。

「隠岐。お前もうちょっとで向こうに連れてかれるとこやったで」

普段おちゃらけている生駒が真剣にそう言うのに、隠岐はゾッと肝が冷える。

「向こうって……」
「あの世っちゅうことやな」

あまりのことに言葉を失う隠岐に、生駒は言葉を続ける。

「ちょっと前から隠岐になんか黒いもん憑いてるな〜とは思ってたんよ。でも無理やり引き剥がしたら隠岐にも影響出るし、しっかりしてたらすぐに取れるもんやからほっといてん」
「は、はぁ……」
「せやけどなんかどんどん悪化していくし、ちょっとどうにかせなあかんかな〜って思ってたら蔵之介くんが『隠岐がほんまにおかしい』って隊室まで走ってきてくれてなぁ。慌てて隠岐の部屋に駆け込んだら、黒いモヤが完全に女の形して隠岐の首絞めてたからもうびっくりしたで」
「そ、そないなことになってたんですか……」

自分の知らないところでそんな事に……と隠岐は冷や汗が出る。

「おん。ほんでな、もうこれはしゃーない、隠岐に影響出るけど無理やり引き剥がすしかないわって思ってたら蔵之介くんが『なんか俺に出来ることありますか?!』って必死の形相で言うてきてな」
「えっ」
「あっちょっ……」

慌てたように口を挟む蔵之介を無視して生駒は続ける。

「そんで俺が蔵之介くんに『めちゃくちゃ危険やし、もしかしたら死ぬかもしれんけど、隠岐の夢ん中入って叩き起こしてきてくれへん?帰るぞ、その女から離れやって』って言ったら蔵之介くん二つ返事でOKしてくれたんや。ホンマ男前やで〜」
「…………」

生駒の言う事が信じられず、隠岐は思わず蔵之介を見た。すると蔵之介は決まり悪そうな顔で明後日の方向を向いていた。

「え、あの……蔵之介くん」
「……」
「イコさんが言うてること、ほんまなん……?」

恐る恐る尋ねる隠岐に、蔵之介は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「嘘ついてどないすんねん」
「『俺、生駒隊の人ら程やないけど……。でも俺も隠岐の事仲間やと思ってるんで!!』って言うてたわ」
「うぉわああ!!イコさんそれ言わん約束やん!!!!」

生駒がニヤリと笑いながら蔵之介の台詞を言うと、蔵之介は真っ赤な顔で生駒の口を塞ごうとする。しかし生駒は華麗な動きで避けた。

「ほ、ホンマに……」
「隠岐!忘れろ!今のなし!嘘やから!!」
「蔵之介くん、おれのこと助けるために来てくれたんや……」
「ちゃうし!たまたま通りかかっただけやし!!」
「いやいや、隠岐。蔵之介くんは隠岐のことが心配でたまらんかったみたいやで」
「え?!」
「イコさん!!!!」

生駒が余計なことを言うと蔵之介はさらに真っ赤になる。隠岐は嬉しくなって蔵之介を見つめたが、蔵之介は慌てて視線を逸らす。

「隠岐!勘違いすんなよ。俺はただライバルが死んだら張り合いないなって思っただけやからな。お前の為とかそういうんじゃなくて俺の為やからな!!」

そう言ってぷいっと横を向く蔵之介の横顔は耳まで赤い。隠岐は思わず笑ってしまった。

「うん。ありがとぉ蔵之介くん」
「美しい友情やなぁ」

ホロリと泣き真似をする生駒に蔵之介は食ってかかる。

「別に!そんなんちゃいますから!!もう隠岐も生き返ったんやったら帰ります!!お疲れ様でした!!」
「あ、蔵之介くん……!」

パタパタと去っていく蔵之介を隠岐は呼び止めたが、蔵之介は振り向きもせずに部屋を出て行ってしまう。

「後でまたちゃんとお礼せなあかんな」
「……はい」

隠岐の言葉に生駒はふっと微笑んだ。

「隠岐。お前蔵之介くんの事好きなんやろ」
「……」

隠岐は恥ずかしそうな切ないような、複雑な顔をして黙り込む。

「なんかおかしいなぁと思ってん。隠岐、しょっちゅうなんかに憑かれてるけど普段ならしばらくしたら消えてんねん。やのに今回は全然消えへんから……。心の隙につけ込まれたんやろな」
「……そうなんかもしれません」

隠岐は俯く。

「蔵之介くん、めっちゃええ人やし、カッコいいし、かわいいし、優しいし、男前やし。好きになってもうたんです」
「せやなぁ」

隠岐は自嘲気味に笑う。

「でも、男同士やし、叶う訳ないし。この気持ちは一生隠して生きていこうと思うてたんです」
「……そっか」

隠岐は困ったように眉を下げ、それでも無理矢理笑顔を作る。

「でもやっぱ……蔵之介くんの隣に誰かおるんは嫌やって……自分ならええのにって思って……そういうとこにつけ込まれたんやろな……」
「……隠岐」

生駒は真剣な顔をして、隠岐の肩を掴む。

「どんな道選んでもええ。周りの事とか全部気にせんでええから、お前の思う通りにやり。俺らはいつも隠岐の味方やで」

生駒がそう言うと隠岐は驚いたように目を見開く。そしてゆっくりと微笑み、「ありがとうございます」と呟いた。ポロリと隠岐の瞳から涙が零れたかと思ったら、それはすぐに大粒の雨になって隠岐の頬を流れ落ちた。 生駒は無言で隠岐の頭を自分の肩口に引き寄せた。
隠岐は何も言わずに生駒の隊服の裾を掴んだ。



***



その後隠岐は吹っ切れたように元気を取り戻した。結局蔵之介への気持ちは諦められなかったようで、隠岐なりにアプローチを始めたらしい。

「隠岐って蔵之介くんの事になるとほんまポンコツになるよな」
「え?何ですか急に」

蔵之介は隠岐からの猛烈なアタックを「そういう対象として見れんわ」と断り続けているが、隠岐は全くめげない。本当に吹っ切れたとしか言えない隠岐の言動に、蔵之介もタジタジであった。

「蔵之介くんも罪作りな奴やわ……」

そう言って隠岐を見た生駒は、微笑みながら問いかける。

「隠岐、今楽しいか?」
「はい!めちゃくちゃ楽しいです!」

隠岐の満面の笑みに生駒も釣られて笑った。

「そら良かったわ」

そう言って席を立つ生駒に、隠岐は声をかける。

「イコさんどこ行くんです?」
「ちょっと便所」

そう言い残すと、生駒は1人で隊室を出た。



「……まぁ、見ての通りや。隠岐は今めちゃくちゃ楽しいらしいわ。」
『……』
「やからもういい加減諦めて成仏してくれん?」

生駒は振り返るとそこにいる人物を睨みつけた。

『隠岐くんは……私の……』

隠岐に憑いていた少女は一旦生駒が引き取り、成仏してくれるように日々説得を試みていた。しかし全く聞く耳を持たない。

「……ホンマしつこいなぁ……どうしても成仏する気ないんか?」
『邪魔するな……』

少女がそう言った瞬間、スパン!!と生駒は数珠を付けた手で少女の首を刎ねるように空を切った。
一瞬にして少女の姿は消え去り、黒いモヤが空気に溶けていく。
生駒はふうっと息をつくと、数珠を懐に仕舞う。

「女の子やし反省するなら見逃したろと思ったけど……ウチの隊員に手ぇ出した上にまだ狙うなら容赦できへんわ」

そう言って生駒はくるりと踵を返し、隊室に戻るとドアを開けて中に入った。

「あ、イコさんおかえりなさい」

隠岐がにっこりと笑いかける。「お前ほんま……霊にまでモテるのやめや!」生駒はそう言いながら定位置のソファーへと足を進めた。








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