好きなタイプは?


※隠岐→蔵

「吉本先輩って彼女いるんですかぁ?」

背後から聞こえてきた日浦茜の呑気な声に、隠岐はぐりん!と音がなるほど勢いよく振り返った。
隠岐孝二の想い人、吉本蔵之介はモテる。それはもうかなりモテる。愛想がないのが玉に瑕だが、それすらも「クールでカッコいい!」と評価される有様だ。
そんな蔵之介の私生活は謎に満ちている。普段は同じ隊の隊員である清嗣といる事が多いのだが、清嗣が他の友人と遊んでいる間、彼は何をしているのか。もしや彼女がいて、清嗣と一緒にいない時は彼女と過ごしているのではないか。隠岐は常日頃からやきもきしながらも、それをおくびにも出さないよう必死に取り繕っていた。
その努力を無に帰すような質問に、隠岐は驚きながらも『ナイス日浦ちゃん!!』と心の中で喝采を送った。

「……急に何?」

いつもの不機嫌そうな顔(ちなみにこれは、人見知りすぎて急に話しかけられると出る戸惑い顔らしい。清嗣くんに聞いた。かわいい。)で、蔵之介はぶっきらぼうに答えた。

「えー?だって気になるじゃないですかぁ!蔵之介先輩って謎が多いし!」
「……別におらんけど」
「またまた〜」
「……」

めんどくさい、と顔に書いてある。蔵之介は眉間にシワを寄せて黙り込んだ。

「じゃあせめて、好きなタイプ教えてくださいよ〜!モテモテの吉本先輩の好みのタイプ、めちゃくちゃ気になる!」

『ナイス!ナイスや日浦ちゃん!!名アシスト!!将来有望!!!』隠岐の聞きたかった事をドンドン無遠慮に聞いてくれる日浦に内心スタンディングオベーションを送りながら、隠岐は固唾を飲み、全神経を集中させて聞き耳を立てる。

「……」
「無視!?」

蔵之介は無言のまま、くるりと踵を返して歩き出した。隠岐とは逆方向に。

「あれ?吉本先輩、どこ行くんですか?」
「帰る」
「え〜!?なんでですか?教えてくださいよ〜!」
「嫌」

吉本先輩のケチ〜!と叫ぶ日浦を無視して、蔵之介はスタスタと歩いていってしまう。

(まぁ……そんな上手いこといかんか……)

がっくりと肩を落とす隠岐を、一部始終を見ていた当真がポンッと肩に手を置いて慰める。

「残念だったなあ隠岐。蔵之介の好みのタイプが聞けなくて」
「え……え!?」
「バレバレだわ。分かりやすすぎ」

当間は呆れたように言い放つ。隠岐は顔を真っ赤にして慌てるばかりだ。

「う、嘘やん!!なんで分かったらはったんです?!」
「あんだけ真剣に盗み聞きしといて何言ってんだお前?露骨に態度に出過ぎなんだよ」
「ひぇっ……」

隠岐は頭を抱えてしゃがみこんだ。穴があったら入りたい気分である。

「……当真さん」
「なんだ〜?」
「蔵之介くんにもバレてたと思います?」

ん〜、と当真は一瞬考える素振りを見せてから言った。

「気付くほどお前に興味ないんじゃね?」
「そっちの方がショックや〜!!」

ギャオンと隠岐は半泣きで吠えた。



***



隠岐は蔵之介に恋をしている。いつから好きになったのかなんて覚えていない。気づいた時には、目が勝手に彼を追っていたのだ。
しかし、相手は自分のことを何とも思っておらず、しかも男同士だ。どう足掻いても叶わない恋だと分かっていた。

「とはいえ好きなタイプとか気になりますやんか〜!!」
「うるせ〜!!」

ドン!と机に拳を叩きつけて喚く隠岐に、当真は心底迷惑そうに怒鳴った。ここはボーダー本部内にあるラウンジの一角である。

「大体なぁ〜!そんなに気になるなら直接聞きゃいいだろうが!」

好奇心と少しの憐れみで隠岐に声を掛けたのが運の尽き。知られたからには付き合ってもらいますよとラウンジまで連れ込まれてしまった当真は、ぐちぐちと鬱陶しい隠岐の愚痴にうんざりしていた。

「それが出来たら苦労せんのですぅ〜!蔵之介くんガード堅すぎるんですよぉ〜」
「知るか!俺は関係ねぇ!」
「そんな事言わんでくださいよ〜!こんな話出来るの、当真さんくらいしかおらんねんもん〜!」
「俺だってしたかねーよ!つーかなにが『もん』だ!いい歳した男が気持ちわりぃ」
「ひどい!」

しくしくとわざとらしく泣く隠岐に、当真はイラァと青筋を浮かべた。

「そもそも蔵之介くんが無口やから会話続かんし……」
「話題振ればいいじゃねえか」
「話しかけたら怒られるかもしれませんやん!!」
「知らねぇ〜!!!」

酔っ払いもかくやと騒ぐ隠岐のあまりのめんどくささに、当真は天を仰いだ。

「それに蔵之介くんっていつも清嗣くんといるからなかなかタイミングが……」
「俺が何?」

突然聞こえてきた声に、当真と隠岐は飛び上がった。

「え?そんな驚く?」
「今の話しかけ方はかなり怖かった」
「嘘ぉ?!」

そこにいたのは渦中の蔵之介と清嗣の2人だった。

「よぉ〜ポンコツコンビ!丁度いいところに!」

助かった!とばかりに当真は2人に話しかける。

「誰がポンコツコンビですか!」
「当真さん………と隠岐。何騒いでたんすか?向こうのほうまで声響いてましたよ」

キャンキャン吠える清嗣を尻目に、蔵之介は気怠げに当真に話しかける。

「えっ?!話の内容聞こえた?!」
「いや?内容までは聞こえてへんけど?」

突然焦りだした隠岐に、清嗣は不思議そうに小首をかしげる。隠岐がホッとしたように息を吐いているのを横目で見ながら、蔵之介は当真に尋ねた。

「ほんで、なんの用ですか?」
「いやぁ、今隠岐と恋バナしてたんだけどよ」
「ちょっと当真さん!!」
「恋バナぁ!?」

当真の言葉に、清嗣は大袈裟に反応した。

「当真さんと隠岐でですか!?オモロすぎるやろ!!」

「どういう意味だよ」ゲラゲラ笑う清嗣に、当真はジト目を向け、隠岐は顔を赤くしたり青くしたりする。

「そこでな、好きなタイプの話してたんだけどよ。お前らの好きなタイプってどんな?」

(!!!)

蔵之介に向かっていきなり恋バナをしていたなどと暴露して、一体何を考えているんだこの人は!と思っていた隠岐であったが、その流れで好きなタイプを改めて聞き出そうという作戦だったことに気付き、『先輩ほんま頼りになりますわ…!』と隠岐は内心で当真にハイタッチをした。

「なんなんすか当真さんまで…今ボーダー内で好きなタイプ聞くん流行ってるんすか?ほのおタイプとかでんきタイプとか答えればいいんですか?」
「ポケモンちゃうねんぞ」

本日2回目の質問に、蔵之介はうんざりしたような表情で返すと、即座に清嗣のツッコミが入った。

「ただ純粋に気になっただけだっつの!どうなんだよ蔵之介の好みタイプは?」
「そんなん興味あります?」
「あるある!な!頼む!」
「嫌です」

取り付く島もないとはまさにこのことだろう。やっぱりダメか…と諦め掛けた時、思わぬところから助け舟がきた。

「ええやんけ好きなタイプぐらい!そんぐらい教えたれや!」

と清嗣が蔵之介の肩を小突いて促す。隠岐は羨ましさとありがたさで複雑な心境になった。

「えぇ……」

蔵之介はあからさまに面倒くさそうな顔を見せる。しかし清嗣は全く気にする様子もなく続けた。

「ちなみにボクのタイプは性格良くて優しい子かな〜」
「おっ!いいねいいね!蔵之介は?」

当真もここぞとばかりに援護する。清嗣くん…当真さん…!と隠岐は感動に打ち震えていた。

「……期待されてるとこ悪いですけど、俺好きなタイプとか無いですわ」
「「はぁ?!」」

まさかの発言に、当真と隠岐は揃って間抜け面を晒す。

「あぁ〜?たしかに。お前女の子苦手やもんな」
「女の子っていうか…人類が苦手やからな」
「人見知り拗らせすぎやろ!」

清嗣と蔵之介がいつも通り漫才のような掛け合いをしているのを眺めながら、隠岐は愕然としていた。

「蔵之介くんって恋愛対象男なん?!」
「お前話聞いてたか?」
「隠岐。蔵之介は女子に興味が無いらしい」
「当真さん言い方」

語弊を招く言い方に、「女子以前に恋愛に興味ないんすわ!」と蔵之介は思わず突っ込んだ。

「じゃ、じゃあなんか…グッとくる仕草とかは?なんかないん?」
「隠岐……!」

当真は隠岐のあまりの健気さに胸打たれた。お前…根性あるな…!と内心で見直した。

「は?それ聞いてどないすんねん」

しかし相変わらず蔵之介は隠岐に対して厳しかった。当真には蔵之介の背景にブリザードの幻覚が見えた。

「そんな言い方しなくてもいいだろ?!」
「当真さん!?」

あまりにも隠岐が不憫で、当真は思わず蔵之介に詰め寄ってしまった。突然の当真の奇行に流石の蔵之介もたじたじである。

「それぐらい答えてやってもいいじゃねぇか!」
「わかりました、わかりましたって!」

当真に気圧されて、蔵之介は慌てて口を開いた。

「え〜っと…グッとくる仕草…やっけ?そやな……う〜ん……え〜?」

全く出てこないのか、蔵之介は腕を組んでうんうん唸る。隠岐は固唾を飲んで見守っていた。
「別にそんな難しく考えんでええんやで?」横から清嗣が促すと、

「あっ、そうや」

何か思いついたらしく、蔵之介は顔を上げた。隠岐はぴくりと反応し、背筋を伸ばす。

「たらふく食ってさぁお会計って時に、財布出そうとしたら『ここは俺が出すから』って言ってくれる先輩達にはグッと来ますね」
「いやそういうことじゃねーんだよ」

蔵之介の的外れな回答に当真はずっこけ、隠岐は何を言われたのか理解できずぽかんとしていた。

「しかもお前それただの食いしん坊万歳やんけ!」
「いやいやいやウボォーさんよ。よう考えてみ?奢られる身としてはめっちゃありがたいしグッとくるやろ」
「まぁそれはそう」

清嗣は顎に手を当て、うんうんと納得したように首を縦に振る。
結局何もわからなかったなぁ…隠岐が肩を落としたところで、「あとは…」と蔵之介が再び口を開き、

「好みの話からはズレますけど、男女関係なく素直な人間がいいですよね。まぁこれはみんなそうやろうし、改めて言う事でもないけど」

とさらりと付け足した。

「おっまえ……それだよ!それを先に言え!!」
「え?これすか?好きなタイプじゃなくて好ましい人間の話ですよ?」

「それを聞きたかったんだって!」当真は興奮気味に蔵之介の両肩を掴んだ。

「なるほどね?だから素直の申し子ことこの丘ノ下清嗣がお前の1番の友って訳ね?」

ふふん、と得意げにする清嗣。

「お前は素直がいきすぎてあけすけの域やけどな」
「確かに」
「すぐうんこの報告してくるし」
「便通情報をお届けしたってんねやろが」
「交通情報みたいに言うな」
「今日のお通じ」
「今日のお天気感覚?」

またも漫才を始めた清嗣と蔵之介を尻目に、当真は隠岐に向き直った。
蔵之介くんは素直な人間が好き…!!
やっと得られたまともな収穫に、隠岐は拳を握り締めた。

「蔵之介くん!」

突然立ち上がって名前を呼んでくる隠岐に驚き、蔵之介はびくりと肩を揺らす。
隠岐は蔵之介の目の前まで歩いて行くと、ぐっと顔を寄せて見上げた。
近い。蔵之介は思わず仰反るが、隠岐は構わず続ける。

「蔵之介くん、俺、今日から素直になるから!!」
「は、はぁ……どうぞご自由に……」

蔵之介が戸惑っていると、隠岐は踵を返して走り去って行った。

「なんやあいつ」
「さぁ?」

キョトンとする蔵之介と清嗣だったが、当真だけはにやりと笑っていた。








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