恋人の一番好きなところを言わないと出られない部屋 | 作・ぽんすけ

※隠岐蔵・清熊・水オペ


「『恋人の一番好きなところを言わないと出られない部屋』?なにこれ」
「無理無理無理帰る帰る帰る」
「蔵先輩落ち着いて……」

江須隊作戦室。
高校生の江須隊隊員、清嗣、蔵之介、裕翔の3人はいつも通り蔵之介が作った夕方のおやつを食べ、雑談をしながら大学生の2人が来るのを待っていたところだった。
さっきまで作戦室で雑談をしていた記憶はあるのに、瞬きをした瞬間真っ白な部屋にいた。
何が起きたかすら分からない状況で、パニックになることも出来ず、3人揃ってただただ呆然としていると、壁に文字が現れた。
いまだ理解は追いついていない清嗣が文字を読んだところで冒頭に戻る、という訳だった。


***


「え?まじで怖い。何この状況?ここどこ?」
「本当にな
んなんですかね……さっきまで作戦室にいたのに……」
「……」
混乱する清嗣、裕翔を尻目に、先ほどまでパニックを起こしていた蔵之介は不機嫌な顔でむっすりと黙り込んでいた。

(いや、もう、意味わからん状況ではあるけど知ってる状況でもある)

なんの予兆もなくいきなり知らない場所に飛ばされて閉じ込められる、というのはかなりの恐怖体験ではあるものの、飛ばされた先に見覚えがありすぎた。

(〇〇しないと出られない部屋って実在すんの?)

背中を冷たい汗が流れる。
条件さえクリアすれば絶対に帰ることが出来るという点では安心感があるが、この条件が蔵之介にとってかなりの苦行であった。

(清嗣と裕翔の前で隠岐の一番好きなとこを言う……?なんやその拷問は……!)

あまりの恥ずかしさにまだ何も言っていないにも関わらず耳まで赤く染まっていく。

「あの、蔵先輩?大丈夫ですか?」

蔵之介の様子を心配した裕翔が声をかけると、ハッとしたように蔵之介が我に帰った。

「あ、ああ、うん。大丈夫」

かわいい後輩にいらぬ心配をかけさせまいと、動揺を隠して平静を取り繕う。

「ほんまになんやここ……俺らが自覚する隙すらなく急に移動してるとか……未知のネイバーの新手のトリガーとかやったら……」
「でもそれにしては『恋人の一番好きなところを言わないと出られない部屋』なんて気の抜けるような文言ですよね」

清嗣と裕翔が真剣に考察を始める中、蔵之介だけがいたたまれない気持ちで、所在なさげにそわそわしていた。
こんな部屋に理屈もクソもないことはよく知っている。某アニメのカップルに萌えていた時、妹に教えてもらったpixivで飽きるほど見たからだ。

(深く考えたら負けのやつ)

真剣に考察している2人にバレないように小さくため息をつく。

「そういえばここ、ドアないですね」
「え?ほんまや……え?じゃあ俺らどうやってここに入ったん?」

(2人からすれば)かなりの恐怖体験にゾッ……と背筋を凍らせている2人を横目に、蔵之介は覚悟を決めた。
このままここで悩んでいても仕方がない。

「……2人とも、深く考えんでええ。ただあの文字の通りの行動をすれば出れる」
「え?そんなんなんでわか……」
「出れる」
「だから」
「出れる」

何故そんなことがわかるのか、何故そんなに落ち着いているのかと聞きたそうな2人を、”圧”で封殺する。

「こ、こいつ……絶対に答えへん気やぞ……」
「でもまぁ、なんか知ってそうな蔵先輩が確信持ってるならそうなんでしょうね……」
「裕翔、俺お前のこと大好き」

すんなりと受け入れてくれた裕翔の優しさに思わず涙が出そうになる。

「まぁええけど……。じゃあ俺から言うで?」

蔵之介が内心誰から言う羽目になるのかとヒヤヒヤしていたが、さすが江須隊1の男前の名を欲しいままにする男。率先して名乗りを上げてくれた清嗣に内心拍手を送る。

「熊の一番好きなとこか……ん〜……。努力家なとこも好きやし、俺にかわいく見られたいって思ってるとこも好き。照れ屋なところも好きで……あれ、どこが一番好きなんか自分でもわからんな」

こともなげに言い切った清嗣に、蔵之介は戦慄する。

(こ、こいつ……恥とかないんか!?)

爽やかにスラスラと並べられる言葉の数々に、蔵之介は目をまんまる、口を半開きにして固まっていた。
少し前にブームを起こした猫ミームのような表情で固まる蔵之介を見て、清嗣は呆れた。

(あいつ俺と熊が付き合ってからようあの顔するようになったな)

そんなに自分に彼女がいるのが意外か、と少し拗ねる。

「……まぁ、1番とか自分でもわからんし、俺は熊の全部が好き、ってことで」

清嗣がそう言った瞬間、カチ、と何かのスイッチが押されたような音が鳴った。
壁に浮き出た『恋人の一番好きなところを言わないと出られない部屋』の文字の下に、新たに『清嗣クリア』の文字が浮かび上がる。

「うわ!すげえ!どうなってんねんこれ!」
「こわ……」

3人揃って謎の技術に感動したあと、清嗣の「次どっちいく?」の一言で裕翔が手を挙げた。

「俺は明確に水上先輩の好きなとこあるんで先に言いますね。俺は水上先輩の、俺に対する距離感が好きです」
「距離感」
「あの人頭いいから、俺がほっといて欲しいときはほっといてくれるし、近くにいて欲しい時は近くに来てくれるんですよ。まぁ、察した上で無視してくる時もありますけど」

そう言って裕翔が笑みを浮かべた。
穏やかなその笑顔には、確かに愛情のようなものが滲んでいる。
かわいい後輩の大人な恋愛事情に、清嗣と蔵之介は感心したように相槌を打った。

「なるほどなぁ……なんか好きな理由が大人やな」
「先輩に見えてきたわ」

清嗣と蔵之介がいつも通りコントのような会話をしそうになったところで、壁に『裕翔クリア』の文字が浮かび上がる。

「じゃあ最後はお前だけやな」
「そういえば、1番長く付き合ってる割に蔵先輩から隠岐先輩の話ってあんまり聞いたことないですね」
「……」

2人の視線が蔵之介に集中する。
親友と後輩からの、好奇心に満ちたキラキラした目線に居心地の悪さを感じて、蔵之介は身じろぎをした。

「ぅ……。えっと……。お、隠岐の好きなとこは………………。……顔?」

恥ずかしさと気まずさのあまり声が小さくなっていく蔵之介に、2人は生暖かい視線を送った。

「へぇ……お前隠岐の顔好きなんや」
「イケメンですもんね。蔵先輩もですけど」
「あ〜もううるさいうるさい!!」

真っ赤になって叫ぶ蔵之介に、2人が楽しげに笑う。
しかし壁に『蔵之介クリア』の文字は浮かんで来ず、清嗣は首を傾げる。

「あれ?クリアならんなぁ」
「なんでやねん!!!」
「おかしいですね」

恥を忍んで答えたというのに何故かクリアにならない状況に、蔵之介は泣きそうになっていた。

「……もしかして、『1番』好きなところでは無かったとか」
「あ、なるほど。今の『顔が好き』は2番目とか3番目の可能性があるって事か」
「もう勘弁してくれ!!!」

ごめん寝の状態になりながら悲痛な叫びを上げる蔵之介に、清嗣が追い討ちをかける。

「おいお〜い。ちゃんと『1番』好きなとこ言ってくれな俺らここから出られへんのですけど〜?吉本く〜ん」
「くっ……!」

清嗣に煽られて、蔵之介は羞恥でプルプルと震える。

「蔵先輩、恥ずかしがって逃げてる方が逆にあとから恥ずかしなりますよ」

涼しい顔でド正論パンチをかましてきた裕翔を恨めしく思いながらも、蔵之介は覚悟を決めた。

「…………す、好き……なとこは……」
「うん」
「はい」
「…………い"〜〜〜ッッ!!」
「どんだけ言いたくないねん」

頭を掻きむしり、喉から絞り出すような声で叫んだ蔵之介に、清嗣が冷静に突っ込む。

「嫌がり方が尋常じゃなさすぎて、ちょっとおもろなってきましたね」
「いや、もうはよ出たいで俺は」

悶絶する蔵之介を見て、清嗣と裕翔は冷静に感想を言い合う。

「ほらほら蔵之介!はよ言え!もう俺熊に会いたくなってきたから」
「は、薄情もんがぁ〜!!」

もう飽きたと言わんばかりに、雑に急かす清嗣に蔵之介は涙目で睨みつける。

「はよ言わな『蔵之介ってお前の顔好きらしいで」って隠岐にバラす」

ヒュッ……と蔵之介の口から空気が漏れる。
清嗣がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、蔵之介は観念したように項垂れた。

「…………こ」
「ん?」
「……っ、い、いつもニコニコ余裕な顔してるのに、俺の前では余裕ない顔するとこ!!!」

もう全身真っ赤になっているのではと思うくらい赤い蔵之介を見て、清嗣と裕翔はニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。

「蔵之介もかわいいとこあるやん」
「ほんまに」
「うるっせぇ〜〜〜〜!!!」

清嗣と裕翔の生暖かい視線に、蔵之介はヤケクソ気味に吠えた。
『蔵之介クリア』の文字が浮かんだかと思えば意識がホワイトアウトし、元いた作戦室へと戻っていた。

「……ハッ!え!?夢!?」
「なんやったんや
今の……」
「もう嫌……」
ぐったりとソファーに項垂れる蔵之介を見て、清嗣と裕翔は先ほどの体験が夢ではないことを確信した。
しばらく使い物にならなくなった蔵之介を横目に、2人はそれぞれ恋人に会いたい衝動に駆られた。

ちなみに、この3人が閉じ込められている間の様子をそれぞれの恋人は突然スマホに映し出された映像で見ていたのだが、それはまた別の話である。








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