文化祭 | 作・ぽんすけ


※隠岐→蔵あり

三門市立第一高等学校、11月頭。
その日は朝からお祭りムードに満ちていた。

校門に設置された「文化祭」のアーチをくぐり抜けると、そこには普段とは違う光景が広がっていた。
『模擬店』と書かれたプラカードがあちこちで掲げられていて、その下には様々な飲食店が並んでいる。
生徒たちが客引きのために声を上げているせいか、校内全体が活気づいているように感じた。校舎の方へ目をやると、各教室では大道具などの設営が行われているようで、そこかしこから木材のぶつかる音や釘を打つ音が聞こえてくる。
そして校庭には、数え切れないほどの生徒達がひしめき合っていた。

そんな中2-Eの教室には、一際目を引く金髪美少女メイドがいた。

「引くほど似合っとるな」
「嬉しくね〜…」

金髪美少女メイドこと丘ノ下清嗣は、親友である吉本蔵之介の言葉にげんなりと肩を落とした。
彼の言葉通り、清嗣はメイド服に身を包んでいた。黒いロング丈のクラシカルなメイド服に身を包み、いつもポニーテールにしている髪を下ろしている清嗣は、どこからどう見ても完璧なメイドだった。
そんな彼を前にして、蔵之助が呆れたような口調で言う。

「メイクまで完璧やん。目覚めたん?」
「ちげーーーわ!!!女子達にやられたんやって!!!」

清嗣が顔を赤くしながら反論する。
蔵之助の言葉通り、今の彼はナチュラルメイクを施されており、元々の顔立ちの良さも相まって非常に可愛らしい仕上がりになっていた。
しかし清嗣としては不満しかないらしく、ぷりぷりと怒りながら文句を言う。

「誰やねん女装男装喫茶とか言い出した奴!!くっそはずいわ!!」
「まぁまぁ。お前シャレにならんレベルで似合っとるで?オモロないけどスベるよりマシやろ」

そう言って笑う蔵之助は正統派の執事服を着て、手にはしっかりと白手袋を装着している。

「なんでお前だけちゃんとした執事やねん!おかしいやろ!!」
「俺は執事長って設定らしいから。お前らをこき使う立場らしいから許されんねん。文句ならそう決めた女子に言えや」

蔵之介が執事長という設定にされたのは、人見知りすぎて女装云々以前にどうしても接客をやりたく無い、絶対に裏方が良いとガンとして譲らなかった蔵之介を客寄せパンダとして表に引き摺り出すための苦肉の策であり、ただ単にメイドより執事の蔵之介が見たいという女子の総意でもあった。執事長は部屋の隅で真面目な顔して立っていればいいと必死の説得を受けて渋々了承した蔵之介に、女子達は内心でガッツポーズを決めたという。その女子達は今キラキラとした目で執事姿の蔵之介とメイド姿の清嗣を見つめている訳だった。

「お、2人とも似合ってるね」

そんな中、爽やかに声を掛けてきた熊谷に2人は目を見開いた。

「引くほど似合っとる奴パート2……」
「え?」

きょとんとする熊谷は執事服に身を包んでいた。元々女子にモテそうな王子様らしい雰囲気を持つ熊谷だが、執事服を着たことでそれがより顕著になっている。

「うぉあ!!クマ似合うなあ!!流石やわ。宝塚のスターみたい!!!」
「え、ほ…褒めすぎ……」

感心したように大声で褒める清嗣の言葉に、熊谷は少し頬を染めてたじたじになる。

「丘ノ下も似合ってるよ。ほんとに女の子みたい」
「言うなそれは!!嬉しくない!!」

ギャオンと吠える清嗣に、廊下からも声が掛かる。

「うわっ!すげぇこのクラス!レベル高すぎじゃね?」
「あの3人がやべぇだけだろ」
「お、バカコンビ」

B組の米屋と出水が冷やかしに来た。蔵之介がよう、と挨拶すると2人は遠慮なくE組の教室に入ってくる。

「清嗣やばいな!マジで女子じゃん!」
「うるっせー!!」
「熊谷と蔵之介も似合いすぎだろ」
「ありがとう」
「どーも」

米屋と清嗣がキャンキャンと騒ぎ、熊谷と蔵之介と出水は和やかに雑談しだす。

「清嗣マジでかわいいな。マスクつけたらもう誰かわかんないんじゃね?」
「あ〜…確かに」
「私マスク持ってるよ」
「マジ?じゃあちょっと付けさせよう」

熊谷が鞄から取り出した新品のマスクを受け取り、出水は清嗣に近づく。

「おい清嗣!ちょっとマスクつけてみて」
「マスク?なんで?」
「ええからはよ」
「なんやねんな……」

清嗣が訳もわからないままマスクをつけると、4人からおおっと歓声が上がる。

「これは絶対バレへんな」
「ホントだね。これはすごい」
「女子じゃん」
「女子だわ」

4人から謎の賞賛を受けて困惑していた清嗣だが、熊谷から鏡を受け取り、そこに映った自分の姿を見て咄嗟に「嘘…これが私?」と茶番を繰り広げた。

「ちょっと蔵之介と清嗣並んで写真撮ろうぜ」

米屋がスマホを取り出しながらそう言うのに、蔵之介は首を傾げる。

「俺必要ある?」
「お前の彼女って体で行くんだよ。いいから早く!」

蔵之助は米屋の強引な誘いに一瞬驚いたが、すぐに茶番モードに切り替えて清嗣の肩を抱く。

「くらぴ♡」

ぴとりと蔵之介の肩口に甘えるようにする清嗣に笑いそうになりながら、蔵之介も清嗣に微笑みかける。

「き……つぐぴ♡」
「待ってつぐぴって何?」

写真を撮り終わるのと同時に、思わずといった様子で出水からツッコミが入ったので蔵之介が説明に入る。

「いや俺がくらぴなら清嗣はきよぴにしようかと思ってんけど、「きよ」って名前の女子のおばあちゃん感すごかったから……。「つぐ」なら「つぐみ」とかあるしそっちの方がぽいかなって」
「なるほど。じゃあ今日清嗣はつぐぴとして過ごすのか」
「え?この茶番一日中やんの?」
「面白そうだしそうしろよ!」

悪ノリする米屋と出水だが、まぁいいかと清嗣と蔵之介は諦めた。

「今の写真LINEで送ったぜ」
「お、きたきた」

スマホに届いた写真を清嗣が開く。そこにはどう見てもカップルにしか見えない蔵之介とメイド姿の美少女の写真。今度こそ清嗣と蔵之介は爆笑した。

「アホすぎるwwwこれ俺の彼女っつって魔除けに使おっかな」
「女子を魔物扱いすんなやwww」

そうこうしているうちに一般の会場時間になり、文化祭が始まったのだった。



***



「はぁ……蔵之介くんのクラス行く暇なかった……」

A組の教室では、既に接客を終えたらしい隠岐が机に突っ伏して嘆いていた。その隣には同じく接客を終えて疲れ切った様子の細井がいる。

「隠岐今日引っ張りだこやったもんなぁ。イケメンすぎるのも難儀やわ」

A組ではクレープを売りにしたお洒落なカフェ風喫茶店をやっていたのだが、カフェエプロンをつけた隠岐がそれはもう大人気。クラスメイトに泣きつかれほとんど出ずっぱりで接客させられていたのだ。

「蔵之介くんの執事姿見たかった……」

本気でしょげる隠岐があまりにも哀れで、細井は隠岐に助け舟を出した。

「もうちょっとで戻らなあかんけど、アンタ今日ほんまずっと働いてたしもうこのまま遊びに行ってええよ。クラスの子達には私から言うとくわ」
「え…?!ほんま?!」
「うん。もしかしたらまだ吉本くん達もおるかもしれんし。行っといで」
「ありがとぉマリオ…!!ほんまおおきにな!!あとでなんか奢るから!!」

パッと顔を輝かせて喜ぶ隠岐を見て、細井もほっと胸を撫で下ろした。

「ほなちょっと行ってくるわ!!」
「ん。行ってらっしゃい」

パタパタとカフェ店員姿のまま教室を抜け出した隠岐を見て、「着替えんでええんか?まぁ…宣伝になるしええか」と思い直した。

「さて、私も準備せなあかんな」

細井は気合を入れて立ち上がると、バックヤードから抜け出した。



***



E組の教室を目指して廊下を歩いていた隠岐は、前方に蔵之介の姿を見つけた。既に着替えてしまったようでいつもの制服姿だったものの、それでも会えた事が嬉しいし、あわよくば一緒に文化祭を見て回りたい。そう思って声をかけようとした時、蔵之介の隣に見かけない金髪の女の子がいる事に気がついた。

(誰やろあれ……?)

見知らぬ女子生徒だったが、蔵之介と親しげに話していることから知り合いなのだろうと推測できた。
メイド服を着ているからどこかのクラスの生徒なのだろうが、この学校に金髪の女子生徒はいない。本当に誰だろうと思っていると、蔵之介が徐にその子の肩を抱いた。そしてそのまま2人で歩き出したではないか。 目の前で起きた事が信じられず、隠岐は呆然とその後ろ姿を眺めた。

(まさか…まさか蔵之介くんの彼女…!?!!?)

あまりの衝撃に身動きが取れなくなり、隠岐はその場に立ち尽くした。蔵之介とその彼女と思しき女子生徒が仲良さげにE組に入っていくのを見届けてから、隠岐もようやく足を動かし始めた。
蔵之介があの子と付き合っているという事実が受け入れきれず、隠岐はフラつきながらなんとか自分のクラスまで戻ってきた。

「隠岐おかえり〜。どうした?」
「体調悪いのか?」

心配してくれるクラスメイトに返事をする余裕もなく、隠岐はバックヤードの席に座り込み、そのまま机に突っ伏した。

「嫌やーーーーーー!!!おれの蔵之介くんがーーーーーー!!!」

突然の絶叫に、クラスメイト達はぎょっと目を剥く。

「ど、どうした隠岐?!」
「何があったんだよ?!」
「蔵之介くんが……蔵之介くんが……」

蔵之介くんがbotになってしまった隠岐にクラスメイトは困惑しきり、「よくわからないけど元気出せよ」となにやらふんわりとした励ましの言葉をかけた。
蔵之介の彼女疑惑にショックを受け、蔵之介ロスに陥った隠岐はしばらく立ち直れなかったという。



***



「ただいま〜」
「あ、おかえり。どうだった?楽しかった?」
「おん!楽しかったで」

出迎えてくれた熊谷に、蔵之介は機嫌良く答える。

「声出したらバレるからあんま喋らんようにして、喋る時は蔵之介に耳打ちしてたんやけど、行く先々で『恥ずかしがり屋の彼女だね』とか言われたわ」

あまりにも女子扱いされるのでもう恥も何も無くなったのか、清嗣は堂々と蔵之介の彼女役という茶番を繰り広げた。腕を組んで校内をまわり、蔵之介が肩を抱けばもたれかかって甘えた。完璧な彼氏彼女の振る舞いである。

「仲ええ奴には普通にバレてカレカノ茶番に爆笑されたけど、それ以外の奴には完璧にカップル認定されてたわ。まぁおかげさまで魔除けの効果あったみたいで、失恋した〜!って後ろで騒いでる女の子何人かおったわ」
「助かる〜」

清嗣の言葉に蔵之介は心底ありがたそうな顔をする。

「楽しそうで良かったね」

くすくす笑う熊谷に、蔵之介も笑みを返した。

「クマも楽しかった?休憩時間交代やったけど」
「楽しかったよ。茜にせがまれて執事の格好で自撮りして隊のグループラインに送ったら、みんな喜んでくれたし」
「あー…俺もクマの執事姿撮っとくべきやったな」
「なんでよ!」

楽しそうに話す熊谷と蔵之介を見ながら、(蔵之介こいつクマとだけは普通に喋れるんよなぁ…)と、清嗣は感慨深げに思った。

「そろそろ終わるし丘ノ下も着替えてきたら?」
「ん、せやな!そうするわ」
「ちょっと待って!あと何枚か写真撮るわ」
「お前俺のメイド姿何枚撮るつもりや?!」

そう言いながらもばっちりポーズをキメる清嗣に、「いいよ〜!その表情いいね!目線ちょうだい!」などとカメラマンごっこをしながら写真を撮る蔵之介。隙あらば漫才を始める2人を仲良いな…と熊谷は微笑ましそうに見つめていた。



***



そんなこんなで文化祭が終了した翌日。ボーダーでは蔵之介と謎の金髪美少女のカップルツーショットが出回っており、隊員達の間で話題になっていた。
この人吉本先輩の彼女なんですか?と女子隊員に聞かれた蔵之介は曖昧に笑って誤魔化すことでその場を切り抜けた。
後に「あれ俺やで」と普通に話す清嗣によって誤解は解かれたが、それまで隠岐はずっと蔵之介ロスに陥っていたという。
ちなみに誤解は解けたものの、女装した清嗣があまりにも可愛いと一部界隈で熱狂的なファンが生まれ、メイド姿の写真はどれもが裏で高額取引されたらしい。

「いっぱい写真撮っといてよかった〜!」

ホクホク顔でそう言う蔵之介に清嗣は首を傾げたが、後からこの騒動で蔵之介がかなり儲けた事を知り、「親友の写真を売って飯代にすなーーー!!!!!」と蔵之介に殴りかかった。








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