えす隊のバレンタイン | 作・ぽんすけ


「今年も来たな……あの季節が」

ゲンドウポーズで深刻な雰囲気を醸し出しながら突然蔵之介がそう言い出すのに、清嗣は呆れながら返す。

「穂刈先輩構文でまたなんか言い出したな。どうせバレンタインの事やろ」
「そう……バレンタインとかいう地獄の季節……」

心底嫌そうに呟く蔵之介に、清嗣は更に続ける。

「は〜!貰えへん奴が言うならわかるけど。貰えるのに嫌がるとかモテ男の余裕やの〜!」
「バカたれ!!チョコ自体は嬉しいで!?でもさぁ!!俺の人見知り具合知ってるやろ!!知らん人間に突然手作りチョコを渡される恐怖が貴様にわかるか?!!わからんやろなぁコミュニケーション強者にはよぉ!!!」

血相を変えて必死に訴えてくる蔵之介の姿に、清嗣は若干引きながらも同情する。

「まあ手作りが怖いのは正直ちょっとわかるけど…でも一生懸命作ってくれてるんやから…」
「お前宛の手作りチョコはちゃんとしてるからわからんねん…俺みたいな何入ってるかわからんもん渡される恐怖は…」

どんどん青褪める蔵之介の顔色を見て、清嗣は慌ててフォローを入れる。

「まぁまぁ!でも根気強く既製品しか受け取れへんって言い続けたから年々手作り減ってるやん!ほら、まともな子たちはお前の好きなチョコ渡してくれてるやん!」
「……確かに」

蔵之介はバレンタイン関連のトラブルが多いので、事前に『手作りは受け取らない』『好きなチョコはこのブランドのこれ』と注意事項と好みの伝達をしていた。主に清嗣が。その結果蔵之介にとって、バレンタインは憂鬱でもあり、好きなチョコが貰える楽しいイベントにもなっていた。

「でもね清嗣くん……貰ったら返さないといけないんですよ……」

好きなチョコを貰えると一瞬喜びかけた蔵之介だが、ホワイトデーを思ってまたすぐに鬱になる。

「それはしゃーないやろ〜!せっかくくれたんやからお返しせな」
「お返しに諭吉飛んでくし……渡す時に話さなあかんし……もう最悪や……」

項垂れてブツブツ呟き始めた蔵之介を見かねた清嗣は話題を変える事にした。

「そ、それよりうちで一番モテてるんってやっぱぽんすけなんかな?いつもチョコめっちゃ貰っとるもんな!」
「……お前もモテとるやろ」
「モテてへんわ!!!!」

蔵之介は突然怒りだした清嗣に怪訝な顔をする。

「いや、お前……自覚無いだけでめっちゃモテとるから……」
「モテてへんて!嫌味か?!」

本気で憤慨する清嗣を見ながら、(本当にモテとるんやけどなぁ…)と思いつつ。余計なことを言って清嗣に彼女ができようものなら自分と遊んでくれる頻度が少なくなるだろうと考えた蔵之介は黙っておく事にした。

「モテるといえばうちの年上コンビもモテるよな」
「あ〜」

網走は重度の合法ロリコンという業を背負っているものの、それさえ無ければ物腰の柔らかいインテリ眼鏡美形。隊長の江須はマスコット的な人気もありつつ、本気を出して覚醒している時はカッコいいというギャップを持つためガチファンも多い。

「ムショパイは義理とか友チョコも多いやろうけど……えさんは義理と見せかけた本命多いやろなぁ……」
「まあなぁ……あれだけイケメンやったらそらなぁ……」

清嗣は脳裏に去年のバレンタインを思い浮かべていた。
顔だけは良いと噂の隊なだけあって、全員紙袋に大量のチョコを詰め込んで持ち帰っていたのを覚えている。

「それに比べて俺は……!!」

よよよ、と泣き真似をする清嗣だが、他の隊員宛に託されたのだと勘違いして自分のものを渡している事が多々あった。自分で自分のチョコを無くしている親友を不器用やな〜と思いつつも、蔵之介は励ます。

「まあまあ!貰えんかったら俺がなんかチョコケーキでも作ったるから!」
「いらね〜〜!って言いたいとこやけどお前の作ったもん全部美味いからそれは正直欲しい……」
「はいはい」

そんな会話をしながら二人は教室を出て、本部に向かうのだった。


***


「ただいま〜」

夕方頃、江須が作戦室に戻ると先客がいた。

「ああ、おかえりなさい」

デスクワーク中の網走は、入ってきた江須ににこやかに挨拶をした。

「あ、チョコだ」
「フライングのバレンタインやって。今日貰ったねん」
「瀧ちゃん宛?」
「そうやけど良かったらどうぞ」
「わーい!」

ひょい、と箱から一口サイズのチョコを摘み上げて頬張り、幸せそうな顔をする江須を見て網走は思わずくすくすと笑った。

「ほんまチョコ好きやんな」
「うまいからね」

次々と江須の口の中に消えていくチョコを見ながら、網走は数日後に控えたバレンタインの事を考える。

「今年も蔵之介が鬱になっとったわ」
「まあこの時期は仕方ないよね……」

毎年恒例になりつつある蔵之介の愚痴大会を思い出しながら、網走は苦笑いを浮かべる。

「でもちゃんとお返ししてあげてるんだ」
「案外律儀やからなぁ」
「蔵之介のそういうところ好きだな」

陰鬱な雰囲気でぶつぶつ愚痴を言いながらもきちんとお返しを用意して、渡している蔵之介の姿が容易に想像できた。

「バレンタイン、チョコいっぱい貰えるし、蔵之介もなんかチョコのお菓子いっぱい作ってくれるし、僕は大好きだな〜」

ウキウキと嬉しそうにする江須を見ていると、網走まで幸せな気分になる。

「楽しみやねえ。バレンタイン」
「うん」

結局網走宛のチョコをほとんど江須が食べ尽くしたが、網走は穏やかに笑っていた。


2月14日

「下駄箱に食品を入れるというその神経、どうかと思うね」
「こいつ朝から機嫌悪いわ〜」

バレンタイン当日の朝。いつもより更にムスッとした表情をしている蔵之介を横目に、何も入っていない自分の靴箱を見て嬉しいような悲しいような複雑な心境の清嗣は呟いた。

「それ差出人は?」
「書いてない」
「えぇ……」
「ハッ……これって……お返ししなくて良い……ってコト!?」
「最悪のハチワレになるんやめろ」

そうやっていつも通りの漫才をしながら教室に向かう間にも、女子達から次々とチョコを渡される2人。

「吉本くん♡受け取ってください♡」
「……どうも」
「清嗣にもついでだからあげる」
「ありがとうやけど!!ついでは失礼やろ!!」

俺こんなんばっかりやー!!と叫ぶ清嗣だが、実は自分へのチョコが渡すための口実であるダミーで、清嗣のものが本命だと蔵之介は知っていた。知っていたが、それを教えてやる義理はない。お前は彼女なんか作らずに俺と一緒にバカやってろ。そう思ってやはり教えない事にした。

「クッソ〜!いつか俺もモテたんねん」
「……その調子やと一生(気付くのは)無理やろな」
「なんやと?!」

教室に着いても机にチョコの山が置かれていたり、至るところでチョコを渡されたり、告白を断ったりしながらドタバタと2人のバレンタインは終わった。



***



「ようけ集まったな〜!」

放課後の江須隊作戦室。
各々が貰ったチョコの山で溢れかえり、ただでさえ普段から狭い作戦室がさらに狭くなっていた。その上チョコのあま〜い香りが充満しているので、まるでチョコの中に閉じ込められたかのような錯覚に陥る。

「うわ〜……すごい量だね……」
「これはさすがに多すぎやろ……」

目を輝かせて言う江須の隣では、蔵之介が呆然としている。
江須隊は全員一癖も二癖もある人間ばかりだが顔だけは良いため、メディア露出している嵐山隊程ではないもののかなりの量のチョコを毎年貰っていた。

「今年も一番貰ったのはえさんか〜」

呆れたような感心したような声で清嗣が言う。江須本人の人気に加え、江須のチョコ好きが周囲に知られているのも手伝って、毎年一番沢山のチョコを貰ってくるのだ。

「清嗣は今年も控えめやね」
「言うなぁーー!!!」

叫ぶ清嗣だが、その両手に抱えるチョコの殆どが本命なので、ファン的な人気が高い他3人よりも実質的にはモテている。知らぬは本人ばかりなり。

「じゃあ、仕分け作業開始するか〜!」
「ゔぅーーッッ」
「ぽんすけ唸るな!始め!!」

清嗣の号令により各々が仕分け作業を始める。仕分け作業とはホワイトデーのために誰から何を貰ったかメモをし、蔵之介と網走に関してはそれに加えて手作りのチョコは申し訳ないが廃棄するという作業になる。
蔵之介と網走宛の手作りチョコにはヤバいものが入っている事もあるからという理由だが、後者に関してはよりヤバいものが入っている事が多い。網走のファンはコアな層が多いので、かなり危険度が高い。

「あはは、これ髪の毛はみ出てる」
「ぅオイ!!そんなヤバいもん嬉々として見せつけてくんな!!!」

呑気に見て〜と髪入りのチョコを見せてくる網走にキレる蔵之介だったが、他の面子も特に何も言わないので、もうそういうものだと諦めているらしい。

「ゔゔぅ……アカン……ストレス溜まってきた……」
「僕ちょっと休憩するね〜」
「俺も〜」

しばらくして仕分けるのが面倒くさくなったのか、蔵之介が早々に離脱した。江須と網走もそれに続く。

「諦めんの早いわぁ〜」

呆れながら言う清嗣も、少し疲れてきたのでチョコの山から離れてソファーへ向かう。

「それでは今から俺によるストレス発散のためのお菓子作りを開始します」

エプロンをつけ、前髪をピンでしっかりと止めた蔵之介。その片手には各自が義理チョコとして貰った板チョコなどが握られている。ちなみに仕分け済みのものだ。

「やったぁ〜!!僕ガトーショコラ食べたい!!」
「俺は生チョコ食べたいなぁ」
「チョコレートケーキ!」
「よろしい」

食べたいものを次々とあげる江須隊の面々をよそに、蔵之介は冷蔵庫から材料を取り出し始めた。

「ぽんすけのおかげで出来立てのお菓子食べれるのうれしいよなぁ」

ニコニコと江須が言うと、蔵之介が反応する。

「えさんがうまそうに食ってくれるから俺も嬉しいわ。作りたくて作ってるだけやけど。」

トントンと手際良くチョコを刻む音をBGMに、他3人はいそいそと仕分け作業を再開する。

「ぽんすけの分仕分けしといたるか〜」

自分の分を早めに終わらせた清嗣は、絶賛お菓子作り中の蔵之介の分の仕分けに取り掛かる。

「お〜!!ウボォーさん神なん?ありがとう」
「現金なやつめ……あれ?えさんは?」
「洋介くんならさっきから向こうで寝てるで」
「ほんまや」

いつの間にソファに戻ったのか、横になって毛布にくるまりすやすやと眠る江須を見て、清嗣は苦笑した。

「自由やなぁほんまに……」

そう言いながら、黙々と仕分け作業を進めていった。



***



「できたで〜!」
「「「わ〜〜〜!!!」」」
完成した大量のチョコスイーツがテーブルに並ぶ。江須の頂き物のちょっと良い紅茶も用意して、蔵之介特製チョコパーティーが始まった。

「うま〜〜!!!」
「美味いわ……」
「天才やなお前!!」

江須、網走、清嗣がそれぞれ称賛の声をあげる。

「ふふん。そう、俺は天才」
「自分で言うんかい」

得意げに言う蔵之介に即座に清嗣がツッコミを入れた。3人の賞賛を受けて上機嫌になった蔵之介も、次々にチョコを頬張っていく。

「そんなに食べて晩御飯食べれる?」

元気にもりもり食べる3人に向かって、網走は冷静に言う。

「たしかに……」

素直に手を止める清嗣を尻目に、江須と蔵之介はもぐもぐと咀嚼しながら網走に返す。

「チョコをご飯がわりにするからいい」
「俺は余裕で晩飯も食えるから」
「ぽんすけお前は食い過ぎやねん」

清嗣が呆れたように言う。蔵之介の目の前には作ったお菓子だけではなく、山のように積まれたチョコの残骸があった。

「それで太らんねんからほんま女子の敵やで……」

網走の言葉はもっともである。蔵之介はどれだけ食べても全く体型に変化がない。本人曰く、燃費が悪いのだという。

「じゃあ、休憩も入れた事やし仕分け再開しよか」
「……は〜い」

網走の言葉に嫌々返事をして、4人はまた仕分け作業を再開した。



***



「終わった〜〜!!」
「疲れた〜〜!!」

4人が仕分け作業を始めてから約2時間後。ようやく全員分の仕分けが終わった。終わった瞬間江須と蔵之介はべちゃりと床に倒れ込み、江須に関してはそのままグゥ……と寝息までたて始めた。

「……なんか、こうして見ると蔵之介だけじゃなくて洋介くんも弟みたいやな〜」

網走が微笑みながら江須と蔵之介の頭を撫でる。

「あー…俺もつい甘やかしそうになるわ」

清嗣もそれに便乗するように網走の隣でしゃがみこむ。

「清嗣もしっかりしたかわいい弟やで」
「……弟ちゃうし」

網走に撫でられ、恥ずかしくなったのか顔を赤く染めながらそっぽを向いてしまった清嗣だったが、その表情はまんざらでもなさそうだ。

「あっはは!清嗣照れてるやん」
「うるさい!」

べちゃりと床に倒れながらニヤニヤと笑う蔵之介に対して、更に赤くなりながらも反論する清嗣。

「はいはいそこまで〜!みんな疲れてるんやから、はよ帰ろ」

パンッと手を叩きながら、網走が立ち上がる。

「フガッ……」
「はぁい」
「はいはい」

3人もそれぞれ立ち上がり、帰り支度を始めるのであった。

「晩飯食堂に食いに行こ!」
「やっぱお前まだ食うんか?!」
「食うが?」
「俺は先に洋介くんを部屋まで送ってから行くわ」
「むにゃ……」
「了解」
「よろしく瀧先輩」
「ほな、またあとでな〜」

隊室を出てそれぞれ足を進める。
江須の夢の中では江須隊のメンバーが楽しそうに笑い合っていた。









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