教師面して延々と説教垂れる教頭と校長を見て、ぶっ飛ばしたくなる気持ちを必死で押さえた。
ばれてしまったのは不覚としか言いようがないと思う。
絶対大丈夫だなんて油断していたのが間違いだったと言えばそうなのだが、それでも悪いことをしたような気が起きないのは、やっぱりオレもあいつらに染まってきたんだなぁと良くも悪くも思う。
いい加減説教が長い。
「先生は失望したよ。君はそんなことをしないと思っていたのにね」
「君を買い被りすぎていたようだね」
2人が口を開いて出てくる言葉と言えば、失望しただの残念だの、買い被っていただの信じられないだの何だの。
見事に猫かぶりに騙されていたバカっぷりだ。
実際オレはそんなに良い生徒じゃない。
こいつらが思っているオレは、多分教師の言うことをちゃんと聞いて、生徒会の仕事もきちんとこなして、部長をしていて、成績もそんなに悪い方じゃない、そんな模範的な生徒。
まあそれは当たり前と言えばそうだ、何せそう思わせるように必死で猫をかぶって演技してきたのだから。
校長室の雰囲気はどことなく威圧感があり、壁に掛けられている代々の校長の肖像画がすべて睨んでくるような気がする。
だからといって別にどうというわけじゃない。
単にそう、思っただけ。
「南くんはあの2人と一緒にいるようだね」
ざわりとオレの血が沸き立つのが分かった。
冬服の真っ白な袖の下、オレの両腕には鳥肌がざあっと立つ。
「千石と。亜久津だったな」
校長が、ほう、と教頭を一別してからオレを見る。そうなのかね?とでも言いたそうな瞳。くりぬいてやりたい。
「あの2人なんかとつきあっているから、君もそんな風になってしまったんだね」
「あの不良たちか。あんなヤツらとつきあうのは止めなさい。もっと良い友達がいるだろう」
どうしてやろうかと思った。どうするべきか、と。好き勝手ほざいて結局は本題はそれだ。あの不良な2人とつきあうのを止めろと。そう言いたいのか。
「千石も亜久津も、教師を教師とは思っていない。学校をなんだと思っておるんだか」
「あんなヤツらとは、お前は違うんだからな」
殴り殺すか絞め殺すか、それともそこにあるボールペンでその心臓を串刺しにしてやるのも良いかも知れないと思った。
千石と亜久津とオレ、何処がどう違うって言うんだろう。
何処だ?先公に媚びうることか?内申を気にするところか?八方美人なところか?
「お言葉ですが」
目が据わっているのがわかった。ああ多分、オレは今どうしようもないほど怒っているかも知れない。
「あいつらのことを悪く言うのは止めてもらえませんか?」
「何?」
「バイクを乗り回したのはオレでしょう。悪いのはオレのはずなのにあいつらを悪く言うのは見当違いってヤツじゃないんですか」
まさか口答えをするんだとは思っていなかったようだ。そりゃあそうだ。オレは良い生徒だったんだから。
「オレがどいつとつきあおうとあなた達には関係ないはずでしょう。それとも、あなた達教師は、生徒の友好関係まで口出しする権利があるとでも言うんでしょうか?」
自然に口はしがつり上がっていくのが分かる。オレは楽しんでいる。この状況を。
教師なんか元から嫌い。
「オレのことをどう思っていたのかは知りませんけど、オレは元からこんなヤツですから。失望でも何でもすればいいじゃないですか?」
「な・・・」
「あなたたちの見る目がなかったってことです。オレの演技にまんまと引っかかって。バイク乗って悪いのはオレですが、失望させたのはオレじゃないですよ。あなた達のオレへの過信が生んだだけですから」
「南くん!」
目を白黒させる校長と教頭の顔が面白くて喉で笑ったら、挑発に乗せられたみたいにヒステリックに叫んだ。
バカみたいな顔だ。
「みーなみ!」
「このバカ練習休むなっつったの何処の誰だよ」
急に聞こえてきた声に驚いて声の方を見たら、“不良”2人組だった。
窓枠に上半身を乗せた千石のオレンジ色に染められた髪の毛が日の光を反射してキラキラ光った。
「うるさいな今取り込み中だよ!靴取ってこい」
ポイッと上靴を脱いで千石の方に放ると、イエッサーと千石は走り出した。
「何したわけ」
「バイク」
「アホ」
「ほっとけよ。足なかったんだからしゃーないじゃん」
「タクでも何でも捕まえりゃよかったじゃねーの」
「無駄金つかえってか?」
「それでばれてちゃ笑いもんだよな」
「だからうるっさいっつーんだよ」
嫌みったらしくタバコを口にくわえた亜久津の顔を見て、オレは小さくバーカ、と言った。
「あ・・・亜久津!今は取り込み中だぞ!!それにタバコは吸うな!!」
「うっせーなぁ。それより、なあおっさんよ、こいつの処分どーすんの?」
「おっさん・・・!」
髪の毛をコンプレックスにしているという噂の教頭は”おっさん”という言葉に反応して顔が紅潮した。
ほとんどバーコードになった頭に真っ赤に上気した顔はミスマッチで、なんだか怒りも治まった。
「南、取ってきた!」
「さんきゅ!先生、オレ部活なんで。1週間くらい停学で、良いですか?」
「あ・・・おい!」
「部活とか停止にはできないですよねぇ?大会も近いし、テニス部は山吹で唯一全国大会常連ですし」
すっかり態度の豹変したオレに、校長も教頭も怒りが隠しきれないみたいだ。
猫かぶりもこれまでだった。
「もういい!」
「あ、そうですか?じゃあ、失礼します」
ヒステリックに叫ぶ教頭の横を通って、窓枠に手をかけた。
ひょいと飛び越すと、教頭の怒鳴り声が聞こえてきた。
窓を閉めると雑音は聞こえなくなった。春から夏に傾きかけた、少し生ぬるい風が気持ちいい。
「室町くんが怒ってるよ」
「マジで?やっべー」
「つーか太一どーにかしろよ。うぜー」
「かわいそーなこと言ってやるなって!」
「おまえなぁ!」
「ハイハイ行くぞー。それよりさ、次の日曜オフだぜ。ツーリング行かね?」
「こりねぇなー」
「本性出たな」
「バイクはやめらんないっしょ」
バイクがあって、こいつらがいて、オレがいて。
いつからこんな風になったんだろう?
先生に媚びうるバカみたいなあの日はもう来ない。
これからはずっと、こんなスタイル。