「何してんだ馬鹿」
さらさらと雨の降る道ばたに、あきれかえったようなセクシーヴォイスが響いた。
声の主である跡部は、声色に違わず馬鹿にしくさった表情で、目の前の“馬鹿”を見下ろす。
“馬鹿”と形容された岳人は、公園のベンチにしゃがみ込んで携帯電話を構えながら、きょとんとした顔で跡部を見上げている。
制服がだいぶ濡れていることから、長いことその体勢でいたようだ。
「あ、跡部じゃん。馬鹿って何だよ!?」
「いや、馬鹿としか言いようがねぇだろ。こんな雨の中傘も差さずに何やってんだ」
「えー。ぜってぇ虹を激写してやろうと思って」
「絶対馬鹿だな」
「はぁ!?何それ!つーか馬鹿っつった方が馬鹿だぞ!」
「そーいうガキくせぇとこもやっぱ馬鹿だっつってんだ」
「むかつくー!!」
岳人はぶーっと子供っぽく膨れてそっぽを向いた。
こういうところから中学3年生という自覚のなさが伺える。
それにしても、
(虹?)
何のために。
「何で虹なんか撮ろうとしてんだよ?」
「どーだっていいじゃん!跡部にゃかんけーないねっ」
「大ありだ。練習試合とは言え、一応今は試合前だ。レギュラーが風邪ひいて出られません何てカッコ悪ィだろうが」
「え、オレの心配じゃねーのかよ!」
「ま、お前ならウィルスの方が逃げてくか」
「うるっせー!!!」
「で、何でだ?」
岳人は表情を一変させて、にっこりと笑った。
(……ガキっぽい)
全く、忍足も大変だ。
「ジローがさぁ、虹見たことねーとか言うモンだから」
「は?ジロー?」
「そ。ジロー。だから、心優しいオレ様が写メにとって、ヤツに見せたろーと思って!」
えっへん!とでも言いたげに胸を張る岳人と、阿呆のように口をポカンと開けて岳人を見つめる跡部。
何だ。本気でそう言っているのか。本気でジローのために虹を撮ると言っているのか。
(もしそーなら、マジの阿呆だ。そうとしか言いようがねぇ)
けれど、岳人はどこまでも本気。
ジローが虹を見たことがないというのは、まあ本当だろう。そりゃ、写真などで見たことはあるだろうが。
(でも、写メで撮ったらいっしょじゃんかよ)
お馬鹿な岳人はそうは思いつかないようなので、そこら辺は黙ってておいてやることにした。心優しい跡部だ。
とはいっても、これ以上濡れさせるわけにはいかないので。
「しゃーねぇから、オレも待っててやるよ」
すっと、岳人の上に黒い傘が差し出された。
「え?」
「マジで風邪引かれたら本気で迷惑だ」
「やった!!跡部と相合い傘ーーー!」
「死ね」
肩に掛けていたショルダーバッグからタオルを取り出して、濡れているベンチを拭いた。
そこに、濡れないように気を付けながら跡部が座る。
もう一枚取り出して、岳人に叩きつけてやった。
そんな跡部の照れ隠しの行動は慣れっこで、岳人はにっこり笑って「ありがとう」と言った。
それから20分。
「跡部!あれ、虹!!」
2人の目に映ったのは、待ち望んでいた大きな虹。
end.