君 は す べ て 僕 の も の :

「納得いかねェ」

2人きりになった部室。着替え終わって振り向こうとした瞬間、その言葉は小さく、機嫌悪そうに呟かれた。
(またかよ)
宍戸は跡部にばれないようにため息を付いた。
時々彼は何の脈絡もなく機嫌が悪くなることがある。
それは決して珍しいことではなかった。

「何が」

そしてそれは大体宍戸へと矛先を向けられ、訳も分からず喧嘩に発展するのが常である。
従って、喧嘩の理由は8割方跡部の八つ当たり。

だが、今日ばかりは宍戸は跡部の喧嘩をまともに買うことはなかった。
今日は、今まで生きてきた人生の中で一番、跡部に世話になったからだ。
(あの跡部景吾が、オレのために榊に頭を下げてくれるなんて)
『そこにいるやつはまだ負けていない』
凛とした声が今も耳によみがえる。
『自分からもお願いします』
何より、宍戸は跡部が認めてくれたことが嬉しかったのだ。
だから、今日だけは、跡部の性格の悪さも気にならない。

「……宍戸のくせによ。かなり生意気だぜ」
「だから、何がっつってんだよ」

片手で頬杖を付いて上目遣いに睨んでくるその顔は、さながら駄々っ子のようだ。
普段は見せることのない貴重な画ヅラである。
それにしても、綺麗なヤツが睨むのは、迫力があるというか。

「オレが伸ばせっつったから伸ばしてたくせに」
「………は?」
「オレのために伸ばしたんなら、オレのために切るべきだろうが」

(ああ、髪のことね)
やっと宍戸は理解した。
跡部はずっと、さっき榊に頼み込んだときに切ってしまった宍戸の髪のことをグチグチと言っていたのだ。

宍戸はすーすーするうなじを右手で触った。
ほんの2〜3時間前までは当たり前のようにあった長く綺麗な黒髪は、今はゴミ箱の中の汚い燃えるゴミとなっていることだろう。
さっき忍足にバラバラの長さだった髪をちゃんと切り揃えてもらったから、本当に短くなってしまった。
自分でも、違和感があるくらいだ。

跡部のために伸ばした。
それはあながち間違いでもない。
小学校3年生。
それまではちょうど今のように短髪でいた宍戸だったが、ちょっと散髪に行かなくてだいぶ伸びてしまっていたときだった。
そのころ既にオレ様気質を発揮していた跡部は、跡部の流れる髪を見て、こう言った。
「オイ、亮。お前、髪伸ばせ」と。
幼く素直だった当時の宍戸は、親友の“景吾”が言うことを真に受けて、それから伸ばし始めた。
今では既に意地のようなものも手伝って、そのまま伸ばし続けていたのだが。
(別に跡部のために伸ばしたってワケでも、…ないこともない、か……んー)

「別に、また伸ばすぜ?オレも髪長いのやじゃねぇし」
「そーいうことじゃねぇよ、バーカ」

跡部はさっきよりも低い声で言った。
まったく、でかい子供の駄々はタチが悪い。

「重要なのは、てめぇが何のために切ったのかだ。
 てめぇはてめぇがレギュラーに戻るために切ったんだろ。
 それが生意気だっつーんだよ。バーカ」

(どっちがバカだこのオレ様野郎!)
と、思わず口に出さなくてよかったと、宍戸は本気で思った。
跡部は拗ねると後を引く。
まるで醜い女の嫉妬のようにネチネチネチネチと、延々とそのことを持ち出してくる。

宍戸は跡部と共に過ごした15年間のすべてのデータから、一番跡部を怒らせずにすむ言い訳をはじき出した。

「跡部?」
「ぁんだよ」
「オレ、自分のために切ったけどさ」
「生意気。宍戸のくせによ」
「それはさっき聞いたっつの。でも、さ」
「さっさと言え。ウザってぇ」

「オレは、跡部とまたいっしょのコートで打つためにレギュラーに戻りたかったから、髪切ったんだぜ?」

きょとん、と。面食らった顔の跡部が、何だかやたらと可愛く見える。
続けた。

「跡部と対等に、打ちたかったんだよ。もう一回な。
 こうやってさ、レギュラー専用部室で、跡部としゃべりたかったし」
「……っそ」
「おう。だってさ、レギュラー落ちって聞いたらさ。
 急に、当たり前だって思ってたことが出来なくなるんだと思って、
 それはさ、特に跡部と共有できる時間が少なくなるのはさ。
 やっぱ、オレは、イヤだったワケよ。
 ンで、また戻って、当たり前だって思えることを当たり前にしたかったんだよ。
 …………なんつって。やっぱ、私的理由にゃ変わりねぇけど」

へへ、と宍戸が笑った。
確信があった、これで跡部の機嫌はきっと直るという。
そして予想通り、跡部の口元はだんだん笑みの形になった。
機嫌上昇。

「てめぇが油断してるから悪ぃんだ」
「ん」
「『激ダサ』とか言っててよ。結局てめぇが一番『激ダサ』じゃねぇかよ」
「…るっせ。わーってるっつの」
「でも、まぁ。……戻ってこれたのは、褒めてやる」
「お前のおかげだぜ?」
「オレは公私混同はしねぇ。てめぇがマジでがんばったと思ったから、後押ししたまでだ」

こういうところが、嬉しいんだ。

「………さんきゅ。またいっしょにコートに立てる」
「おっせーんだっつの。2週間待ったぜ」
「だな。待たせて悪ぃ」
「まったくだぜ」



「また髪伸ばせよ。オレのためにな」
「ん。今度は、お前が言うまで切ったりしねーから」
「当然だっつの」

結局はバカップルだということで。




終了。

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