夏 の 屋 上 の 灼 熱 地 獄 :

「暑い」

先ほどから連呼されるその形容詞。
まさしくそれは、今現在のこの状況を言い表すのにぴったりで簡潔な素晴らしい単語なのだが、どうもこうもくそ暑い。

「暑いー暑いー」

暑いならそんな直射日光びんびんの屋上なんかにいなくても良かろうに、何が悲しくて学校内で太陽に一番近いところにいなきゃならぬのか。
理由は簡単。ごくたまに吹く風が気持ちいいから。
青空が、いっそ黒いインクをぶちこぼしてやりたい程に広がっているから。
夏、とまではいかない。だがもう7月。
灼熱、ではない。でももう30度だ。

「暑い!」
「うっせぇ!!」

さっきからずっとぼやいていた竜平に、たいがい堪忍袋の緒が切れたのか、充がばちこんと竜平の頭を叩いた。
動くと暑い。
だが暑い暑い言われていると、余計に暑くなる。
いやそれは実際にはあり得ないことなのかも知れないが、要は気持ちの問題なのだ。暑いことなど、100を通り越して1000も10000も承知だ。

「だって、暑いじゃんかよ」
「分かったから、うるせぇ。暑いッつってどうにかなるもんじゃねぇよ」

充はパタパタと扇子を扇いで、この猛暑を何とか乗り切ろうとしている。
充はカッターシャツを投げ出して、タンクトップ状態。博も半袖のTシャツの袖をまくり上げている。桐山も、カッターシャツの袖を肘のところまでまくって影で本を読んでいた。ヅキは・・・ああ、野暮用で休みだ、また。
で、竜平はというと、もう既に上半身裸。

「頼むから下は脱ぐなよ」
「脱ぐかよ」
「お前ならやりそうだよ」

今まで黙って説けていた博が、横から口を出す。
2人から言われて、竜平はすねた。

「俺そこまでバカに見えるかよ」
「お前自覚ねぇの?」
「ますますやべェー!」

げらげら笑いながら、それでも暑さに負けてコンクリートに沈んだ。
町内の中学生不良を牛耳る桐山ファミリーも、暑さには弱かったようだ。
何せ、日本の夏は気温に加えて湿気もある。
じっとしていても汗が噴き出してくるのだから、どうしようもない。

「・・・それにしても、暑いよなー・・・」
「ンだよ、充も言ってんじゃんよ」
「テメェみてーに暑い暑い連呼しちゃいねーよ」
「あ、金井」

博がぼそっと言うと、バッと充が屋上のドアの方に顔を向けた。
その反応の早さに、思わず博は笑ってしまう。

「おーい!」

何か箱のようなものを重そうに抱えて泉が走ってくるのを見て、充は慌てて立ち上がる。
小走りに泉のところへ言って、無理矢理箱を奪った。

「ありがとー」

にこっと笑って、泉はふーっと息をついた。
ずしっと重いそれは、クーラーボックスだった。

「泉ちゃーん、何持ってきたんだ?」

竜平が充の扇子をちゃっかり奪って扇ぎながら泉に問いかけた。
泉はにこっと微笑む。

「笹川君、暑そうだねー」
「あっちーよ。もうダメ、死にそー」
「だろうと思ってさ」
「へ?」

ありがとう、と言いながら充からクーラーボックスを受け取ると、泉はそれをコンクリートの上に置いた。
そしてそこから取りだしたのは、凍らせたお茶のペットボトル。

「はい」

ヒュッと竜平の方へ放る。

「おー冷てぇ!」
「黒長君もー」

また放った。

「サンキュー金井」
「充君もね」

充には手渡し。火照った手のひらに冷たい感触。

「ありがとな」
「いえいえ。桐山君もー」

桐山に放るにはちょっと距離があったので、泉は立ち上がって直接渡す。

「ありがとう」

表情こそ変わらないものの、桐山はすんなりとそれを受け取った。
それぞれ額や頬に押し当ててその冷たさを感じている。

「あー気持ちいー!」
「生き返るー」
「何博君死んでたの?」
「こいつしゃべる元気ねーほど沈んでたんだよ」
「夏はこれからじゃない。甘いわよー」
「だって暑いじゃんかー」

竜平は既に溶けていたお茶を飲んだ。説けていても冷たい。熱い体の中を冷やしてくれた。

「うん、暑いけどね」

泉も、さすがに暑そうだ。

「・・・あと中何入ってんの?」

博がひょいとクーラーボックスの中をのぞいた。
ふわっと冷気が顔を直撃する。

「・・・ドライアイス?」

中には大きなドライアイスがごろごろ詰めてあった。そこに、このペットボトルが入っていたのだ。

「ドライアイス!?」

充ががばっと立ち上がってクーラーボックスをのぞき込んだ。
そして、次はダーッと桐山のところへ走っていき、何かを耳打ちして、桐山が頷くと、パアッとその歳の割に可愛い顔を輝かせた。

「オイ竜平!カッター着ろ!」
「へ?何で暑いじゃん」
「いーから!その姿で校内走ると目に毒だろ!!」
「失礼な!俺の美体を!!」
「いいからさっさとしろ!!」

充が怒鳴ると、渋々といった感じで竜平はカッターシャツに腕を通した。半袖とはいえ、暑い。
結局のところ、充が桐山をボスとして見込んだように、最初は竜平が充をボスだと見込んだからついてきたわけで、つまり充には弱い。

「来い竜平!」
「あ、こら待て!」

そう言い合いながら、充と竜平は階段を下りていってしまった。

「なんだろーねぇ」
「さー」



「何処行くんだよ!」
「スギコさんとこ!」
「はぁ!?」
「いーから!黙ってついてこい!!」

どたどたと、昼休みの人気の多い購買部につっこむ。
着いたとたんに、充は人をかき分けてカウンターへいった。

「スギコさーん!!」

目の前にいる、売店のおばちゃんに向かって呼びかける。

「あらー沼井君。今日は何にするの?」
「違う!あのさ、でっけぇ桶とか、ねぇ?」
「でっかい桶?」
「そう!別にでかくなくてもいーから、えーと、このくらいの!」

手で、胸の前に中くらいの円をかいてみせる。

「・・・あるわよ、多分」
「じゃ、それに水入れて貸して!」
「・・・水を入れて?」
「そう!早く!」

ちょっと待ってね、と言うと、スギコさんは奥へ引っ込んだ。
しばらくして、洗面器くらいの大きさの木の桶を持って、これでいい?と聞きに来た。

「そう!うんそれでいい!それに水入れて!!」

すると、スギコさんはスーパーの袋いっぱいに水をくんで渡してくれた。

「桶に入れたまま走ると危ないからね。2重にしておいたから、人にぶつからないように」
「ありがと!!あとで返す!!」

充は、桶と水の入ったスーパーの袋を持ってまたかけ出した。

「竜平!お前桶持て!!」
「はぁ!?」
「戻るぞ、走れ!!」

そう言うと、また充と竜平は屋上に走っていった。



どかどかと乱暴な足音が聞こえて、充と竜平が帰ってきた。

「あ、帰ってきた」
「お帰りー。なに持ってるの?」

博と泉はのほほんと座っていた。
充は2人の前まで行くと、竜平が持っていた桶に水を流し込んだ。

「・・・何するの?」
「これにドライアイス入れろ!!」

ああ、なるほどね。
竜平は切れた息をどうにかおさめてからそう思った。

「・・・なるほど!」

泉は早速ドライアイスを放り込む。
沈んだドライアイスは、たちまちブクブクと泡をだし、やがて白っぽい気体が立ち上った。

「成功!!」

ニカッと笑って充が言った。

「充って案外頭いいんだ」

博も冷気にあたりながら、感心したように言う。

「充充!これ、扇子!!」

竜平が持ってきたのはさっき充が使っていた扇子だ。既に周りの足下が白く霞んでくるほどになっていた冷気を、扇子で扇ぐとふわりと舞い上がった。

「つめてーッ」
「ボス!気持ちいいよ、こっち来なよ!!」

はしゃぐ4人。桐山は、ちょっとため息をついてこっちへ歩いてきた。

「すげぇー!俺今度家でやってみよ!」
「夏はこれか!!今度教室でやってやろーぜ!」
「三村とか喜ぶなー」
「一緒に乗ってきそうだよなー」

充が、ペットボトルを取りに行った。日光に当たっていたから、もう半分溶けていた。

「あ、そうだ。泉」
「え?」

はしゃいでいた泉は、急によばれて不思議そうな顔をして充に駆け寄った。

「何?充君」
「うん。ありがとなー」

泉は1テンポ遅れて、照れたように笑いながらうん、と言った。



end.

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