素直な性格だから、不良というのは案外心を開けば人なつこい。
無防備に寝顔をさらけ出し、すーすー寝息を立てて爆睡している博を見つめて47歳の保健の先生はほほえんだ。
本当なら、他人に寝顔なんて見せないだろうに。
ああ、とふっと思う。
彼には大切な仲間がいたわねぇ。
小学校4年生くらいまでは、友達がいないってしょぼくれてたのにね。
むくれて保健室に入り浸っていた博が、ここまで成長したのだ。
博の小学校から特別に招かれて城岩中学校にいるその先生は、またふわりとほほえむ。
不良というまた良くもない方向に成長してしまったのだが、それでも博は力一杯笑っていられるのだ。あの頃よりはいいに違いない。
さあて、と、あさって提出の書類を終わらせるべく、先生は机に向かった。
静かな廊下に、控えめな話し声とぺたぺたという上靴が廊下にすれる音が近付いてきて、保健室の前で止まった。
がらりと勢いよく引き戸がひらく。
「博ーっ・・・あ、せんせ」
「あら沼井君。笹川君と・・・後ろにいるのは桐山君ね?月岡君はどうしたの?」
「あいつなんか野暮用とか言って休み。なぁせんせ、博は?」
沼井に変わって笹川が答える。
「そこで寝てるわよ。あなた達、授業はどうしたの?何の教科?」
「公民だったけど。あの先公むかつくから、サボり」
あの先公・・・。確か、学年主任だったはずだ。沼井ら不良と呼ばれる生徒を毛嫌いしてくず呼ばわりしている。先生も、その主任はあまり好きではない。
沼井と笹川はぶーっとむくれてそう言った。
「あらあら。また何か言われたの?」
「聞いてよせんせ!あいつまた俺らのことクズっつったんだぜ!?」
「俺らまじめに授業うけようとしてたのによぉ!超珍しく!!」
「それが、『お前らがいるだけで授業妨害なんだ。真面目に受けたかったらその髪を黒く直せ』とか言いやがるんだよ!」
笹川が、器用にその主任の仕草や微妙な口癖をまねながら言った。あまりに似ていたので、先生は少し笑う。
「せんせ、笑い事じゃねぇよ」
「俺が黒くなったのって考えられる?俺じゃないみてぇ!」
「そーそ。ボスは黒だけどさ。これ俺らのトレードマークだぜ?俺はオレンジ、竜平は茶色、んで博は銀!」
誇らしげに髪をいじくりながら沼井が言う。
「遠くからいても一発で分かるしよぉ。だいたい、髪の色で何の影響与えるんだよ他人に?」
「どーかん!」
まるで子供の言い合いね。口には出さずに、また先生はほほえむ。
「そうねぇ。沼井君が黒かったらちょっと驚くわ。いきなりオレンジにしてきたときも驚いたけどねぇ」
「俺、後悔してねぇもん!むしろ俺の自慢だね、この髪は!!」
「俺もー!」
後ろの桐山があくびをしたのが見えた。退屈なのだろう。
「きれいに染まってるのにね。あなたこれ、何処で染めたの?」
少し笹川の髪の毛を手にとって聞いた。
「博だよ。あいつんち、親両方とも美容師やってんだ。博もめちゃめちゃうめぇよな、ヘアカッティングとか!」
「おぅ。おかげで俺ら、髪切るのいっつもただ!奢らされるけどな」
あら、そうだったの。少しベッドの方を見て、まだ眠っている博を見る。少し寝返りを打ったが、起きはしないようだ。
「つーかよぉ、あいついつまで寝てんの?」
「何かあるの?」
「何もねぇけどさ。博いなくなったら、大抵いつもここだしな」
「そうそう。いつだか、『落ち着くんだもんよ』とか言ってたし」
「嬉しいわねぇ。保健室が居辛かったら、それは問題だものね」
にこりとほほえむ。それを見て、沼井や笹川もヘラッと笑った。
「俺、一番信頼できるせんせってあんただな」
「うん。俺もだ、せんせが一番いいや。落ち着くし」
「ありがとうね」
ふふっと笑って、そう言った。
同時に、なんて素直ないい子たちなんだろうと思う。
不良と呼ばれている子たちは、多分何かに反発してその行き方を曲げた。
いや、もしかしたら曲げたのではなく、まっすぐだから他の人の行き方とずれたのかも知れない。
他の、普通とよばれいい子と称された子たちの方が、曲がって行ってるのかも知れない。
それもこれも、芯が強くて、自分に素直だからだ。それを、普通の人とは違うから不良とよぶのはどうかと思う。
証拠に、ほら、この子たちはこんなに素直で、他人を好きだと言えるいい子たちじゃない。
「ありがとう。私も、あなた達好きよ」
沼井と笹川の表情が、へにゃりと崩れてヘヘッと笑った。
まるで、いいことをして誉められた小さい子のような感じだ。全く、ほほえましい子たちよね。
「ところで、あなた達どうしてここに来たの?黒長君に用があったんでしょ?」
「ああ」
思い出したように、笹川が腕を出した。
気が付かなかったが、そこには何か切り傷のようなもの。皮膚が破れて、血が出ていたようだが。もう止まっていた。
「どうしたの。また何かやったの?」
「あの先公。殴るときに画鋲隠し持ってやがった」
「あら、本当に?」
「間違いねぇよ。ガードしたんだ、それでこれだぜ?普通手なんかじゃこうはいかねぇ」
「・・・問題ね」
「言っても無駄だぜ。あいつ校長に気に入られてるもんよ」
だからむかつくんだよ、と笹川は苦虫を噛み潰したような顔。桐山はため息をついた。
「まあ、とりあえずそれ、消毒しましょうね」
「はーい」
近くの南中学校よりは問題が少ない城岩中学校だが、やはり何かあるものだ。
「何かあったら、ぶち切れちゃう前にここに来なさいね」
そういうと、何故か沼井と笹川はハトが豆鉄砲くらったような顔で。
そのあと、またヘヘッと笑った。
「俺、あんたみたいな母さん欲しかった」
「あら、私はあなたみたいに心配かけたり、先生のことあんたなんて言うしょうがない子供は欲しくないわよ」
にこっと笑って、消毒液を含ませた脱脂綿を傷口に押しつける。
沼井と笹川は嬉しそうに顔を合わせて、笑った。
桐山はその様子をいつもよりも断然に和んだ顔つきで見つめていた。
end.