P I N K H A P PY :

「おっし。んじゃー次、竹刀使って素振り100回!ソレで今日の訓練は終わりだぜー」
『ハイッ』

青空の下に、元気な新米死神たちの声が響いた。



この春、霊術院から数多くの死神が卒業し、各隊に入隊した。
恋次が副隊長となった6番隊にも新米ほやほやの死神が20人、入隊したのだ。
いくら霊術院で優秀な成績を収めて卒業してきた死神たちも、所詮は成り立て。毎日厳しい鍛錬が必要である。
本来ならば、その見回りは第3席以下の死神がするものだが、最近恋次は頻繁に顔を出すようになっていた。


「お。何だ恋次、新米指導かよ?お前にしちゃ珍しいじゃねーか」
「おぅ修。寄ってくかぁ?」
「ん。暇だったんだ」

新米たちがぶんぶんと竹刀を振っている、その真ん中に偉そうに据わっている恋次を見つけて、修兵は大きな声で呼びかけた。
恋次はそれに片手を上げて応え。おいでおいでと修兵を呼び寄せる。
その顔は何だかにやにやとだらしない。
ちょうど休憩中だった修兵は、「副隊長がそれじゃ示しつかねぇべ」と思いながらも、素直にそれに従った。

「怪しいぜ?お前」
「そっか?や、んなことねぇよ」

そう返事をする恋次は、やはりどこか変だ。
冷めた目で恋次を睨み付けると、どうやら、その怪しい視線は特定の人物に注がれているらしい。
目線の先を追っても、そこには同じ格好で竹刀を振る新米死神が数人いて、どれだかは分からない。

「よぉ、イイ女でもいたんか」
「ん?おお」

返ってきたのは生返事。
片眉を上げて視線の辺りの死神を食い入るように見つめる修兵を置いて、恋次はおもむろに立ち上がった。
何処へ行くのかと思えば、さっきの視線の方へ真っ直ぐ歩く。
(…ぁ?早速口説くのか?早ぇなー)

「よぉ、お前」
「ハ…ッはい!」

恋次が見下ろした先には、……なるほど、恋次の好みストライクゾーンの可愛らしげな小さな女。
(可哀想に。怯えちゃってんじゃんよ)
修兵はくくっと肩で笑って、成り行きを見守る。

「もーちっと足開いてみ。後、もっと肘上げて」
「えっ、と。こ…こう、ですか…?」
「や、違ぇって。もっと……ホラ、この位置よ」

恋次は彼女の腕を掴んで、文字通り手を取りながら教えている。
彼女の方はまさか副隊長である恋次が直々に指導してくれるなんて思ってもいなかったのだろう。
あるいは、単純に恋次が怖かったのか。
顔を真っ赤にしてがちがちに緊張している。
(あーあー。あれじゃ恋次ただの変態親父じゃん)
修兵の思うことももっともだ。

「ほんで、竹刀の持ち方はこう。…霊術院でやンなかったのか?」
「えと、やったんです、けど……どうしても、剣道は苦手で……」
「苦手っつったってお前。お前の斬魄刀どんなんかはわかんねぇけどよ、基本はできねぇと」
「あの…すみませっ…!」
「や、いーけどな。オレ教えてやるし」

(お、口説きモード?)
確実に、野郎相手では決してこうはいかないだろう。
あからさまに甘い恋次の態度に、修兵はただ苦笑するしかなかった。見ていて恥ずかしいくらい。
恋次はこういうヤツだ。好きなモノには限りなく甘く、嫌いなモノと自分には何処までも過酷。
(でも、彼女の方はもういっぱいいっぱいだよなぁ……)
泣きそうに顰められた眉と潤む瞳、赤く染まった顔。それは、修兵ですらもドキリとしてしまう可愛らしいモノで。

「てか。お前、大丈夫?」
「……へっ?」
「顔真っ赤だぜ。熱でもあんじゃねー?」
「………ッ!!ふ…ふくたいちょ…っ」

恋次は、彼女の額に自分の大きな左手を当てて、その顔を至近距離から見つめた。
右手は自分の額に当てて、温度の違いを見ているようだが、ハッキリ言えばソレは逆効果。
彼女は首筋まで赤くして、俯いた。
そして、たんっと両腕で恋次の肩を押し戻すと、恋次から目をそらしたままで言った。

「あ……あの!やっぱり気分悪いんで、自室に戻ってもイイですか!?」
「へ?あ…ああ。いいぜ。お大事にな」
「ありがとうございました!!!」

大きな声で叫ぶように礼を言うと、彼女はくるりと踵を返して、竹刀を持ったまま走っていく。
その様子を、恋次はポカンと見つめていた。
(ぎゃははは!恋次拒否られてやンの!超おもしれー!!)
修兵は大笑いだ。
今の行動は恋次としては何の下心もない純粋な行動だ。例え相手が修兵であってもするだろうし。
だから、何故彼女が逃げたのかなんて、全く見当も付かないのだ。
そして彼女の行った方から目を外して、恋次は頭をがしがしと掻きむしった。
その表情は、さながらおもちゃを買ってもらえてむくれた大きな子供のような。
恋次は修兵の方へ帰ってくる。

「………拒否られたしよー(凹)」
「ははは!しょーがねぇべお前。ありゃ変態と思われても仕方ねぇな」
「はぁ?変態って!どこが?てか、どれが?」
「んー。全部?てかすげぇ入れ込み様だよなーお前」
「だって可愛いじゃねぇか!もーオレこの時間が楽しみで」
「ソレが変態チックなんじゃんか!そりゃ拒否るな。うん、オレでも」
「てめぇにゃこれっぽっちもそんな気ねぇから安心しな!気色悪ぃ」

ここで、「副隊長、全員終わりましたよ」という一人の死神の声で、その日の鍛錬は終わりとなった。
恋次は軽く傷つきながら、雑務のたまっているであろう副官室へと歩を進めたのだった。









一方。
(………どぉしよ……逃げて来ちゃったし!)
すごい速さで自室へと逃げ込んだ彼女――― は、へたり込んで上気した頬を両手で押さえていた。
は、別に別に嫌だったわけではなかった。と言うか、むしろ逆で。
霊力の弱い方に当たる自分が4番隊ではなくて6番隊に配置されたこと、その6番隊には憧れの阿散井恋次がいたことだけでも大喜びだったのに。
その恋次が、自分の手を取ってまさか教えてくれるとは。
はただ恥ずかしかっただけだ。それも、究極に。
(…ちきしょー……阿散井副隊長、めちゃくちゃカッコイイし……)
思っていたよりもずっと恋次は優しくて。
至近距離から目を覗き込まれた時なんて、心臓がばくばくして、もう少しあのままでいたら死んでしまったかもしれないと思ったほどだ。
(阿散井副隊長、大好きっスー)
本人には決して言えないであろうその言葉を、 は心の中で怒鳴ったのだった。



end.
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