身体が――重い。今は何もしたくない。何も考えたくない。  
こんなに疲れきったのは久しぶりだ。例えるなら去年、陸上部の強化合宿の目玉メニュー『富士登山  
トライアル』以来だろうか。遠目から見ればなだらかな曲線と鮮やかな白と薄青のコントラストで女性  
的な美を感じさせる富士の山も、一歩踏み込めば黒々とした岩と砂ばかりが広がる男臭いばかりの荒  
地に過ぎない。  
 
『……い』  
その3776メートルの死のロードを、私を含む陸上部のメンバーは黙々と行脚し続けた。物の弾みと勢い  
で、こんな無謀なメニューを組み込んでしまった悔恨と、今更退くに退けない次期キャプテン候補として  
の意地を背負いながら。  
 
『せ……い』  
 
疲労困憊、苦心惨憺、意気消沈……etc。あらゆる負の要素たっぷりの旅路の果てに、やっとのことでゴ  
ールである頂上に辿り付いた時、しばらくの間、みんな倒れこんでしまっていた。  
「ねえ、あれ見て! すっごーい!!」  
突如、部員の一人が素っ頓狂な叫び声をあげる。正直、身体を動かす気力すら無かったのだが、それで  
も好奇心旺盛な年頃。その声のトーンに惹かれ、部員の指差す方へ目を向ける。そこに我々がみたもの  
は――。  
 
『ナギー先輩ってば!』  
 
誰かが、私を呼んでいる。  
(悪い、いま本当に疲れてるから、もうしばらく休ませて……)  
再び、まどろみの中へ陥ろうとする私の心の片隅で何かが引っ掛かる。あの声――聞き覚えのある懐かし  
い声。耳にしただけでドキドキと胸が高鳴る声。その声に呼ばれている以上、無視するわけにいかない。目  
覚めなければ。  
重たい瞼を酷使して、ようやく目を見開きまだピンボケの視界に飛び込んできたのは、雲海から立ち上る神  
々しいまでのご来光――ではなく、こちらを幾分不安げな眼差しで見つめる高坂の顔だった。  
「こ……さか……?」  
「心配しましたよ。ピクリとも動かないものだから、先輩、死んじゃったんじゃないかって。いやぁ、良かった良  
かった」  
女性を目覚めさせた後の第一声の割りに縁起でもないことを言う高坂の言葉を聞きながら、次第に意識がは  
っきりしてくる。  
(ああ、そうか。私、気を失って……)  
まざまざと情景が蘇ってくる。途端に下腹部から太腿のあたりの、ひんやりと冷たくヌルヌルした感触が伝わっ  
てきて頬が熱く赤くなった。  
(は、恥ずかしい……高坂は、こんな私をどう思ってるんだろう?)  
 とても見られたもんじゃないけれど見てしまう。高坂の顔はベッドサイドの読書灯の光を受けて、それこそご来  
光のようにキラキラと輝いていた。  
 
(なに……?)  
とっさに訳が分からず首を傾げたが、しばらくして気が付いた。自身のかいた汗と私の噴き出した体  
液が反射して輝いて見えるのだと。考えるまでも無く、高坂は性器の前に張り付いた状態だったのだ  
から、その直撃をうけてしまったのだ。  
(ああ、高坂ってば。こんなに汚れちゃって……)  
鉛のように重い身体に鞭打ち引き起こすと、私は高坂に縋りついた。  
「高坂、御免ね。こんなに汚しちゃって」  
「そんな、別に構いませんよ。これくらい」  
「いいわけないじゃん――綺麗にしてやるからな」  
今度は私が高坂をベッドに押し倒し、覆い被さるようにして丁寧に高坂を清めるべく、舌を這わせてい  
った。体液の飛散した顔から首筋、胸までを唇と舌を使って舐めとっていく。恥部を弄び、肛門を抉っ  
た指を根気よく舐めしゃぶっていく。  
汚らしいなんて。ちっとも思わない。だってもともと私の体内から出た物なんだし。それにどうせ汚れる  
なら、高坂と一緒の方が良いに決まってる。  
(愛しいよぉ……)  
舌を這わせ、高坂を感じるほどに痛切する。その愛しい者とこんなにも密接な距離でいられる幸せに涙  
ぐんでしまう。このまま、ずっとこうしていられたらどんなに――。  
反面、不安もある。このままでいいのか、と。  
(女としての悦びを与えてくれる高坂に、私は何もしてやれない。一方的に奉仕をされるだけで良いわけ  
なんてない。なんとかして私が高坂を悦ばせてやりたい)  
しかし、どうすれば?  
これまで世間から背を向け続けた私は、誰かのために何かしようなんて考えもしなかった。今更ながら、  
そんな生き方をしてきた自分の愚かさが悔やまれる。  
(いっそ、高坂に訊いて見ようか? どうすれば、いいのか)  
勿論、高坂は優しいから教えてくれるだろう。けれど、すぐにこのアイデアは没にする。これは違う。間違  
ってると思う。  
(そんなんじゃなくて、私なりに心のこもったやり方で高坂を悦ばせたいんだ。『先輩と一緒にいられて良か  
った』そう感じてもらいたいんだ)  
しかし方法が分からない以上、それらも儚い夢物語でしかない。気持ちだけが空回り。私は哀しくなり、ひた  
すら唇と舌、手と指を駆使して闇雲に高坂の肉体に擦り寄って弄っていった。  
その時――。  
 
ムギュッ!!  
 
私の右手が何か掴んだ。  
(んっ……何これ?)  
一瞬、高坂が長ドスを携帯しているのかと思った。その昔、渡世人は不意の夜襲を恐れ、寝るときでさえ左  
胸にドスを押し当てていたという。しかし、それにしてもこの不可解な感触――。  
ハッとした。自分がいま手にしているものの正体に気付き、息を呑む。  
(まさか――まさか、この長くて太くて熱くてドクドクと脈打っているものって……)  
高坂が、止めを刺してくれた。  
 
 
『先輩、あんまり強く握んないでください。漏らしちゃいそうになるんで』  
 
 
(ひっ、ひえええええええええええええええっ!!)  
あまりのことに眩暈がした。意識が飛んでしまいそうになるのを、何とか堪えた。こんな時に気を失  
ってる場合じゃない。  
(は、離さないと……早く)  
だが、どうしたことか。指が動かない。まるでソレに吸い付いてしまったかのように、しっかりと掴んだ  
まま離れようとしなかった。  
(なっ! どうして、こんなときにぃ?)  
 
組の若い衆たちとの忘年会の最中、一人の若頭級の組員が言っていたことを思い出した。  
『自分がまだチンピラに毛の生えた程度の鉄砲玉やっていた頃、初めてチャカで人を撃った時のこと  
は忘れられませんなぁ。指が、おこりにでもかかったみたいにプルプル震えて引き金から離れようとし  
まへんのや。いい加減、銃声聞きつけて人が集まってくる気配もしてきよりますし、いやぁ、あん時は  
往生こきましたわぁ!!』  
 
これもそれと似たような現象なのだろうか?  
パニックになった。怖い。自分の肉体が何物かに乗っ取られでもしたかのような。気持ちが焦れば焦る  
ほどに、指は離れたがらず、ソレを掴んだまま微かに這い蠢く程度でしかない。  
(一体、どうしたら……?)  
さすがに途方に暮れていると、  
「ああ、やっぱり先輩、離さないままで良いですよ。先輩の手って大きくて柔らかいから気持ちいいや」  
焦燥にみちた私の表情とは対照的に、高坂はどこまでも唯我独尊であった。  
(高坂の奴。この非常時に悠長な……待てよ、いま高坂は何と言った? 『気持ちいい』って言ったのか?  
 何が? これか! これが、いいのか!?)  
胸の鼓動が高鳴る。これぞケガの巧妙。私はいま正に高坂に快楽を与える奉仕をするための手掛かり  
を文字通り『掴んだ』のかもしれなかった。  
意識を右手に集中させる。  
(動け……動け……動け……)  
執念と努力が実ったのか、石のように強張っていた右手が徐々に感覚が戻ってきた。気を良くした私は  
少し動かしてみる。高坂のソレの沿って指を這わせ、上下にゆっくりとスライドさせていく。偶然と、私の  
祈りに応えてくれた神様の思し召しによって(どんな神だ?)、ごく自然と揉みながら擦っているような状  
態になった。  
「うはっ! 先輩……たまんないっす!」  
(やったぜ!!)  
内心、ガッツポーズしながら私は手淫に気持ちを集中させる。考えてみれば、なにも難しい事ではなかっ  
たのだ。高坂が私にしてくれた淫戯を、そっくり立場を入れ替えて私が高坂に奉仕しすれば良いだけの話。  
自分の経験に基づいているのだから、失敗のしようがない。  
(よおし、頑張るぞぁ!! それにしても、男のモノって……女と全然違うのな)  
女のモノがアワビなら、男は差し詰めナマコかウミウシといったところか……女のモノに負けず劣らず異様  
だ。  
 
片手では納まりきらない長さと、『握る』より『掴む』といった方が相応しい太さと、叩けばコツコツ  
と乾いた音を立てそうな硬さのある浅黒い肉の刀――比較対照物が無いのではっきりとそたこ  
とは分からないが――これはかなりの『業物』なのではないだろうか?  
このいかにも現代的な草食系男子といった風貌からは明らかなミスマッチ。体格と『こっち方面』  
の発育って、あまり関連が無いのだろうか?  
(私が前に見たのは小学校低学年の頃、龍兄ぃとお風呂に入ったとき――あれは確かもっと小っ  
ちゃくて白っぽくて皮が被ってて、なんだかポークビッツみたいで……)  
 
その時はるか西の空の下、一ノ瀬 龍は派手なクシャミをした――かどうかは定かでない。  
 
閑話休題。  
その『長刀』の下部は縮れた毛が密集していて更に、その毛に隠れるように皺だらけの袋状の物  
体(おでんの具材の巾着か、稲荷寿司みたい)が二つ、そして先端は綺麗なピンク色でテカテカし  
ていて心なしか濡れて光って見える。  
「あの、先輩。あんまりジロジロ見ないで下さい」  
高坂が言う。  
「どうしてだ?」  
「どうしてって、そりゃ――そんなに長いこと見つめられると、恥ずかしいからです」  
してやったり。思わず私はほくそ笑んで、  
「何を言うか。高坂だって、私があんなに嫌がったのに見るのを止めなかったじゃないか。私が止め  
なきゃならん理由がなかろう?」  
「これはその仕返しですか? 参ったな。女性は怒らすと本当に怖い」  
高坂にはそう言ったけど、そういう意地悪抜きにしても年頃の女としての好奇心があった。正直、グロ  
い――と思う。そう思うけど何故か目が離せない。魅入ってしまうのだ。  
「男のモノって……なんか凄い」  
私の呟きに、高坂は、  
「先輩のモノだって、なかなかの名器じゃないですか」  
「また高坂は、そんなことを――」  
「本当ですよ。前にも言ったけど先輩は自分のことを過小評価し過ぎです。卑下したって良いことなん  
てないですよ。いい加減、そのふざけた幻想をぶち壊していかないと」  
「そんなこと言われたって――」  
「俺も協力しますから」  
高坂の言葉に、自分でもはっきりわかるほど頬が赤く染まり、胸のドキドキが痛いほどに強くなる。手  
淫にも力が入った。  
「も、もう、高坂ったら! 私はそんなことくらいじゃ別に、嬉しくなんかならないんだからな! 本当だか  
らな! ああ、もう! で、でも高坂が、そこまで言うんなら、こっちもそれなりに――」  
「あ、あの、先輩――ちょっとキツい……」  
私の献身的な指戯の賜物によって、いまや腹にくっ付きそうなほどにそそり立ったモノを、  
(初めてにしては、我ながら上出来じゃん♪)  
と、満足気に見つめながら、セオリーにのっとって次なるステップに移行しようとした時――血の気が引いた。  
 
(高坂は何をした? 私のモノを散々指で弄った後、何をした?)  
記憶を掘り起こし、掘り起こすまでも無く、つい今しがたのことなので忘れる筈も無い。  
(私にアレをやれと――高坂の、この禍々しいモノを……出来るだろうか?)  
ゴクリッと唾を飲み込んだ。喉がいつの間にかカラカラになっていた。気のせいか、今だ手の中にあ  
るモノが倍以上に目の前に大きく迫って見える。  
(ああん……絶対、無理! 出来っこないよぉ)  
この期に及んで生娘のように怖気づいてしまう。恥ずかしいとか汚らしいとかでなく、高坂のやったよ  
うな、あんな技術的な器用な真似が自分に出来るとは思えなかった。  
(ごめん、高坂。これ以上は、私には……)  
申し訳ない気持ち一杯で、チラッと上目遣い気味に高坂を見る。バッチリ、目が合った――見なきゃ  
良かったと思った。  
そこにあったのは、爽やかな春のそよ風のような笑顔。邪気の無いその瞳に籠められた確かなメッ  
セージ。  
 
『俺、先輩を信じてますから。勿論、やってくれますよね?』  
 
(ああ、そうかい! 分かったよ!!)  
妖蛇メドゥーサと目が合った人間は、全て石に変えられてしまうという。同じく高坂と目が合った私は、  
彼の期待に反することが出来なくなってしまうのだ。  
(高坂だって、私に犯ってくれたんだ。私だって……)  
高坂に奉仕したいと決めたのも私。高坂のモノを手淫して、ここまで大きくしたのも私。ならば最後ま  
で犯り遂げなければなるまい――私自身の力で。  
(高坂を失望させたくない。私だって、本当は中途半端に投げ出すなんて嫌だ。私は出来る……逃げ  
ちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……)  
乾いた唇を舐めて湿らす。決意がようやく固まった。それが萎えないうちに、素早く実行しなければな  
らない。  
深呼吸を一つ。  
(よおし、いくぞ! ええい、ままよぉ!!)  
 
 
 
 
私は目を瞑り大きく口を開いて、その禍々しく怒張した黒い肉の凶器を口いっぱいに含んだ。  
 
 

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