それは嘘偽りの無い気持ちだけれど、いざ口に出してみて自分の言葉にする。高坂も  
照れ臭くなったのか、鼻の頭を掻きながら  
「そ、そうですか――それじゃぁ、お互いの理解を深める上で続けちゃいますね」  
そう言って高坂の手が私の乳房に触れた時、不意に過去のトラウマが脳裏を掠めた。  
私の胸――初恋の相手に男と勘違いされる要因の一つとなった――ひいき目にみてA  
カップ。実の所、それさえ怪しい私のバスト。俗にいう貧乳。  
陸上に青春をかける者にとっては、胸の大小など問題ではない。寧ろ小さい方がなにか  
とメリットがあるといえよう。だから私も部活中は気にしたことなど無い。しかし、更衣室で  
他の部員たちが着替えながら、  
 
『最近、肩の凝りがひどくって――』  
『男どもの、スケベったらしい視線が五月蝿いのなんの――』  
 
と言う会話が耳に飛び込みチラリと覗き見てみれば、そこには豊潤に実った麗しくも艶かし  
い白い肉の塊がそこかしこに――自分のものとの落差にショックを覚えながら、そそくさと  
着替えを済ませ更衣室を出る。一刻も早く、この場を立ち去りたい。ドア越しに、彼女たちの  
笑い声が響く。自分のバストを笑われているようで、ひどく惨めだった。  
(高坂も、胸が大きい方が嬉しいんだろうか? そりゃ、そうだろうな)  
女の私でさえ加奈子のミサイルDカップを揉んで、ときめいてしまうのだ――指先で触れただ  
けで伝わってくる、たっぷりとした重量感。鷲掴みにして揉み上げた時の何ともいえない弾力。  
芯があって垂れることを許さずツンと上を向いた生意気な乳首――全部、私には無いもの。  
(高坂、許せ。私がもう少し女らしかったら、もっとお前を楽しませてやることができるのだが……)  
しかし当の高坂は、そんな私の煩悶を知ってか知らずか、黙々と乳房への愛撫を続けていた。  
耳を弄んだ時と同じように片方の乳房は、まず乳輪の周囲をゆっくりと舌先でなぞり、乳首は唇  
に含みこんで舌先で転がし軽く歯を当てられ徐に吸い上げつつ、顔を前後に動かす。もう片方は  
乳房全体を手のひらで、やんわりと包みこみ円を描くように揉み上げられる。二本の指で硬く尖っ  
た乳首を挟みこんで摘み上げられ、引っ張られ、潰され、擦られ……。止めとばかり、充血しすっ  
かり敏感になった乳首を指の腹で勢いよくピンッと弾かれた時は、堪らずに  
「はひぃ!」  
と、声を上げてしまった。  
 
ドラッグを吸引してトリップしているかのような幻惑のひと時。私は自分が子を持つ母  
親にでもなった気がした。一心に乳房を弄んでいる高坂を温かい眼差しで見やり、そ  
っと両の腕で抱きしめ、心の中で、  
(――潤平)  
と呟く。それだけで幸せな気持ちになった。  
 
 
十二分に乳房を堪能した後、高坂の奉仕は徐々に下半身へと移行していった。脇腹を  
擽り、臍の穴を舌先で嬲り、尻を撫で回し……さあ、いよいよ下腹部へ――が、そこで思  
わぬハプニングが起きた。  
高坂の唇が肌の表面を滑るように這い股間へと近付いた時、まったく突然に私の中の理  
性のスイッチがONになり、次の瞬間、  
「ああっ! ちょ、ちょっとタンマ!!」  
そう叫ぶやいなや、ガバッと跳ね起きて太腿を擦り合わせ、両手で股間をしっかりと封印  
してしまった。  
高坂も、何が起きたか分からずにキョトンとした表情で私を見ている。  
「せ、先輩……どうしたんですか、急に?」  
当然の質問だ。だが肝心の私の用意した答えは、度し難いほどにふざけたものだった。許  
されることではない。言えば、きっと呆れ果てられることだろう。最悪、完全に愛想をつかさ  
れるかも。  
その瞬間が怖い。でも正直に言わなければ、尚更失礼な話だ。  
「実は……」  
ゴクリと唾を飲み込む。  
「はい?」  
神妙な顔の高坂。私の態度から、ただならぬ事態を予想しているのかもしれない。  
(ごめん、高坂。本当に申し訳ない)  
「実は……」  
私は遂に言った。  
 
 
 
 
「……恥ずかしい」  
我ながら、『何を今更』と思った。  
 
 
 
「へっ?」  
高坂が間の抜けた声を出す。目を丸くして、口をアングリ開けて。  
(そうだよな。そういう反応しちゃうよな)  
私は半ベソをかきそうな顔で、俯き加減にして――とても、高坂の顔をまともに見られな  
い――言った。  
「だから……恥ずかしいの! 見せたくないの!」  
股間を両手でグッと押さえて、  
「ここだけは、絶対に!!」  
 
 
楓や加奈子を例に出す間でもなく、女性は美しい生き物だ――艶やかな髪、つぶらで凛  
とした輝きを放つ瞳。薄紅色の唇。透き通るようなきめ細かい肌。揉んでくれと言わんばか  
りに存在を主張する乳房。張りのある尻。スラリと長く伸びた脚――賛辞を呈しようとすれ  
ば、枚挙に遑がない。  
だが、しかし、ああ、何故! 何故に女性器だけが、こうも醜いのか!!  
他の部位と比較しても明らかなミスマッチ。まるで、そこだけが別の生き物であるかのよう  
に――強いて言うならアワビの如く――異質極まりない。  
(こんなモノが、自分の肉体の一部だなんて……)  
と、何度嘆いたことか。  
その内部に蠢く、肉で出来た複雑な器官は子供の頃、図鑑で見た熱帯の食虫植物のよう  
だ。しかし、驚くべきことに女性は、この醜悪な器官を使って子供を産み出しているのだ。出  
産とは何より神聖な儀式のはず。ならば、女性器とはもっともっと美しく気品のあるものでな  
ければいけないのではないか!  
(神様も、随分ひどい手抜きをするものだ)  
シャワー・ルームで身を清める度に、そう思う。  
自称『美の追求者』の私にとって、それは由々しき問題。人生哲学。  
だからこそ、このグロテスクな恥部を他人の目に曝すわけにはいかなかった。美しいものだ  
けを見て生きていたい私にとって、永遠に隠し通し、無視していたいタブー。  
たとえ高坂の望みだろうと……否、高坂だからこそ見せるわけにはいかなかった。  
 
だが、これはあくまで私の拘りにすぎない。こんなことをいくら語って聞かせたところで  
高坂は納得すまい。だから私はベッドの上で蹲り身を竦めて、俯いたままムジモジとし  
たまま、高坂の反応を待っていた。  
(高坂、どんな顔してるんだろう? 怒ってるかな?)  
怒られても仕方が無い。ほんの一瞬前まで、『お互いを、もっと知りたい』という意識を共  
有し、意気投合した途端、出鼻をくじかれた格好になったわけだ。怒って当然。いや、それ  
だけならまだしも、もっと最悪なのが――嫌われてしまうこと。怒って愛想をつかし、その  
まま背を向けて去ってしまったら――私は、また一人ぼっちに。  
(ああ、そんなの……嫌だ! でも……)  
自尊心か、高坂か。究極の二者択一だった。  
不意に温かい手のひらが頬に触れた。そして指先に私の顎をのせ、クイッと持ち上げる。  
視線の先には、高坂の穏やかな笑顔があった。  
「大丈夫ですよ」  
と、高坂が言った。  
「えっ?」  
「先輩が何を悩んでるのか、どうして見せられないのか、俺にはわかりません。でも、先輩  
なら大丈夫です。きっと立ち直れますよ。そして、見せてくれる筈です――俺、その時まで  
待ってますから」  
まったく予想もしなかった高坂の言葉に、今度はこっちが目を丸くする番だった。  
「お前、何を言って……私には私なりの譲れない一線ってものがあってだな――悪いけど、  
諦めてくれ。他はともかく、ここだけは見られるわけにはいかないんだ。第一、何を根拠に  
『大丈夫』なんて言い切れるんだ? いい加減なこと言うなよ」  
私が訊くと、高坂は  
 
 
「俺――先輩のこと信じてますから」  
 
春の到来を告げるそよ風のように、爽やかな笑顔で答えた。  
 
 
(なぁんじゃ、そりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)  
天晴れなほどの、根拠の無さっぷりに全私が絶句した!  
だけど、だけど……その穢れのない無垢な笑顔を見つめていると心が洗われる様だった。  
つまらない意地に凝り固まっている自分が、ひどく矮小なモノに思えて。脅されているわけ  
でも、宥めすかされているわけでもない。ただ、ニコニコと笑っているだけ。しかし、その笑  
顔が何にも増して凄まじい無言の圧力となって、私の魂に揺さぶりをかけてくる。  
(ほんの……ちょっと位なら、見せてもいいかな?)  
そしたら、高坂は褒めてくれるだろうか?  
(ちょっと待て! そんなんで良いのか? 『美の追求者』としてのプライドは何処いった!)  
もう一人の私が、異議を唱えた。  
(でも、そうは言っても……)  
当の高坂はベッドの端に腰掛け、黙ってこちらを注視している。口出しも手出しもしない。自  
分で言った通り、ただ座して待つつもりのようだ。  
そして、それは自縄自縛に陥っている私を突き動かすには最適の方法といえた。何故なら  
――私が既に高坂を知ってしまったから。  
唇が、乳房が、尻が、早く嬲ってくれと訴えていた。耳の鼓膜が甘い囁きを響かさせてくれと  
泣いていた。身体の奥深い処に灯った小さな火が熱を生み、肉を蕩かし、肌を疼かせる。そ  
れは自分ではどうしようもなくって、だからこそ高坂が必要で――ああ、それなのに、何もして  
もらえないまま素っ裸で放置されるなんて、とても耐えられない!  
(そのためには私自身が何とかしなくちゃ……)  
高坂の期待にこたえて女性器を曝せば、きっと高坂は弄ってくれる。いや、もっと凄いことをし  
てくれるかも。だから……私は、ほんの少し自尊心を失くしてしまえば良いんだ。  
そう腹を括り、私は相変わらず太腿を擦り合わせ、股間を両手で隠したままながらベッドに身  
を横たえた。  
瞳を閉じて浅い呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。  
(大丈夫。私なら出来る。何てことない。ただ、両手を離して脚を大きく広げれば良いだけ。簡単  
じゃない)  
心の中で何度も言い聞かせる。  
だが……しかし……どうしても動かすことが出来ない。まるで、そこだけ石にでもなったかのよう。  
 
(あああ、なんで……どうしてえ?)  
普段何気なく行える動作が、今はこんなにも難しい。気持ちばかりが焦る。全身がねっと  
りと汗ばんでいた。  
(おい、自分の言ってることが分かってんのか! 自尊心を失くすって、『変態になります  
宣言』してるようなもんだぞ!)  
(別にいーじゃん。気持ちよくしてもらいたいんでしょ? だったら、見せちゃえ! 減るも  
んじゃなし)  
(お前は、黙ってろ!)  
プライドとリビドー。強すぎる二つの感情のせめぎ合いが神経を疲弊させ、それが肉体を  
硬直化させる一種の金縛り状態になっていた。  
「こ、高坂、お願い。もうこれ以上、どうにも出来ない。だから後は高坂が自分の手でやっ  
て。それなら……」  
堪らずに援けを求めた。だが、  
「駄目ですよ」  
と、にべもない返事がかえってきた。  
「先輩、もうあとちょっとじゃないですか。頑張ってください」  
「駄目なの! もう無理なんだって! 身体がちっとも言うこときかないんだもん!」  
思わず声を荒げる。  
しかし高坂は、あくまで穏やかに耳元で囁く。  
 
「落ち着いてください。これはね、先輩が自分自身の力でやり遂げないと意味が無  
す。自分の意思で両手をどかし脚を広げて、先輩が一番恥ずかしくて他人に曝したくな  
 
い恥部を、俺だけに見せてくれるようにしなくちゃね。無論、援けてあげたい気持ちはあり  
ますよ。一人で悶えてる先輩を見るのは忍びないですから。でも、それは先輩のために  
ならないことですし――分かるでしょう? 大丈夫ですよ。先輩の傍には、いつも俺がつ  
いてますから――いまもこうして、ね。だから、頑張ってください」  
高坂の言葉が、吐息が、鼓膜を震わせ脳髄に染み渡る。それだけで身体がフワッと軽く  
なり強張りも緩やかに解けていくように感じる。  
(これなら、何とかなるかも)  
瞳は閉じたままなので、何も見ることは出来ない。もし開いていたら、そこには高坂の笑  
顔が映ったことだろう――邪気のない、無垢そのものの。  
ふと昔読んだ少年漫画の主人公のセリフが頭をよぎった。何故、こんな場違いな瞬間に  
思い浮かんだものか。  
きっとまだ私は気が動転しているに違いない。  
 
 
 
 
 
 
 
 
『もし、悪魔というものが存在するとしたら、それは天使のような笑顔の持ち主に違いない。』  
 
 
 

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