「レッドスネークカモ〜ン!」
怪しげな笛の音と共に、首が長く伸びた少女の顔が穴から這い出てくる。
「おおっ!」
「すげぇリアルな人形だな…」
騒ぐ群衆を見回し、唇の端に微笑を浮かべるともう一度笛を吹く。
「イエロースネーク!カモーン!」
「こちらスネーク。大佐、指示をくれ」
ネタが分かる一部の人々はどっと噴出す。
怪しげな詐欺…もとい、見世物をしているのは葉月いずなとその弟子、美樹だ。
ぬ〜べ〜が九州に赴任してから、いずなは修行を欠かしていない。
「今日も稼いだわね!いずなさん」
「美樹ちゃんもなかなかやるね!霊能力者になれる日も近いよ」
霊能力者になる。それはぬ〜べ〜がいなくなってからより強い思いへと変わった。
鬼との戦いで知った自分の無力さ。ゲドと出会ったことで感じた自分の可能性。
自分にも、弱い人や助けを求める人を救える力があるということを知った。
ただ、彼女の素直になれない性格上、金銭的な面で物事を見ようとしたり、調子に乗りやすいなどという欠点はあったが。
1年という月日は、思春期の彼女にとっては気持ちを変えるのに十分な期間であったようだった。
「あ〜あ、疲れたぁ!」
気が付けば其処は童守公園だった。もう夕暮れは近く、人の姿は無い。
淋しげに揺れるブランコに近寄り、そっと手で押してみる。
キィと悲しげな音が空気を震わせ、いずなの心を締め付けた。
「寂しいよ、やっぱり」
思い出すのは0能力教師のことだった。いつもバカにして、からかって。
けれどクラスの生徒でも無い、言ってしまえば他人の自分が窮地に陥った時、いつでも力を貸してくれた存在。
大きな大人の手はいつでも温かく、そして限りなく優しかった。
本当はもっと助けてもらいたかった。色々なことを教えてもらいたかった。
「何がだ?」
その背中に、声がかかった。
「玉藻…?」
「何を一人で黄昏ている?もう時期に暗くなる。子供はさっさと帰るんだな」
「うるさい。お前には関係ないだろ」
「もし何かあればどうする」
「あたしはこれでも霊能力者だ!妖怪だろうが変質者だろうが、何でもかかって来いって言うんだ!」
何をそんなに苛立っているのか、分からなかった。
ただ無性に苦しくて、そして何故か悔しかった。
この男はいつもそうだ。
見下げたように人を馬鹿にした口調。狐だからしょうがないとは思っても、自分が飼っている管狐達の従順さとは懸離れている。
位が違うから仕方が無いと言ってはそれまでだが。
「キツネのクセに偽善者ぶるな!心配なんて感情持ってないくせに、そんな言葉かけるな!」
言いたい言葉と正反対の言葉が口をついて出てくる。
振り返るのが怖かった。顔を見るのが怖いというのもあったが、寂しさや悲しさに押し潰されそうで、振り向いたら
泣いて、抱きついて、そして甘えてしまうかもしれない。そんな自分が許せなかった。
玉藻は混乱していた。自分の中の「感情」が、まるで渦を巻くように目まぐるしく動いているのが分かったからだ。
ふと、見知った霊気を感じて公園に立ち寄った。
ブランコに寄りかかり、俯く少女を見て心が騒いだ。
気が付けば、声をかけてしまっていた。
我ながら、冷たい言葉を言ってしまったものだ。
もう暗くなってきた。危ないだろうから家まで送ってやる。
そう言おうとしたのに、口を突いて出たのは突き放すような言葉だった。
「…いずな」
「なんだよ」
頭に優しく手が添えられ、ポンと叩かれた。
「もう少し、周囲を頼ることも必要だ」
その言葉で、いずなの心の堤防は崩れ去った。
振り向き、真っ直ぐな、けれど動揺の色を宿した瞳で玉藻を睨むように見つめる。
「誰を!誰を頼ればいいの?私は一人でこの町に来た!今更誰かの力を借りるの?」
「私では駄目なのか?」
「なんで…なんで優しくするの?どうして?」
「分からない」
分からない。確かにその通りなのだ。
心に湧き上がる思いを何と言うのか、彼には分からなかった。
「分からないよぉ…」
助けてやりたい、と心底そう思った。
最初は義務感から。けれど今は違う。