結婚式が終わったその足で、鵺野鳴介とその妻ゆきめは、熱海行きの列車に乗っていた。  
 手元にある宿泊券は、実は広と郷子が、商店街の福引で何度もチャレンジして当ててくれたものである。  
 熱海1泊旅行。ささやかだが、安月給0能力教師と妖怪フリーターの上、式場で散財してしまった鳴介とゆきめには、贅沢な新婚旅行だ。  
「いやー、ぬ〜べ〜の事だから環境でも変わらないと、初夜も大変そうだと思ってさあ〜!」  
 宿泊券をくれた後、郷子や美樹達に隠れて、スケベそうな顔をして広と克也が耳うちしてきた。  
「余計なお世話だっつーの!!このマセガキども!!」  
(だがナイス安打ー!広&克也!)  
 お約束でツッコんではおいたが、正直プロポーズの件といい今回の旅行といい、モテない人生を歩んできた鳴介には、マセガキどもの余計な心遣いは本当に有り難かったのだ。  
 
 もはやプライドも糞もない。無論、余裕なぞ欠片もない。鬼の手の覇鬼の妹、眠鬼と別行動できる事も、鳴介にとっては神の恵みだった。  
「…きれいな夕焼けですね、鵺野先生…」  
 挙式を終え、夢見み心地で車窓の景色を眺めているゆきめは、茜色に差し込む陽に、色素の薄い髪や長い睫を金色に縁どらせ、それこそ夢のように綺麗だった。  
 あせりを悟られたくない一心で、無言のままスルメを食べる鳴介に、デリカシーがないとでも言いたげに、ちらりと横目で牽制してくる。  
 
 緊張している事を知られるより、無神経だと思われる方がましだ、などと思うあたりがモテない男の所以である。  
 
 二人が宿泊先に着いたのは、ちょうど宵が訪れ始めた時刻だった。  
 商店街の当たりくじは、思っていたよりグレードが高いものだったらしい。家族露天風呂つきの豪華な座敷に通され、同じく豪勢な料理が出てきた時には、鳴介の開いた口は塞がらなかった。  
 いくらなんでもできすぎだろう、いつかのように座敷童でもついてきてしまったかと、鳴介は条件反射的に当たりを見回してしまった。  
「…何もついて来てやしませんってば。…もうっ!どうしてそんなに挙動不審なんですかぁっ!」  
 あの律子先生との間のすったもんだをゆきめも思い出したのだろう。だんだんと語尾が不機嫌になってきた。  
(いかんっ…!なんとか話をそらせ俺!!じゃなきゃこの後の展開は、ゆきめが嫉妬して凍傷のいつものパターンだぞ!)  
「ゆ、ゆきめクン!ふ、風呂でも入ってきたらどうだ?」  
 庭に面した座敷から直接、竹で仕切られた小露天風呂に出られるようになっている。家族風呂とは名ばかりの、いわゆるカップル風呂と言うやつだ。  
 勢いで言ってしまった後、もちろん即座に失言に気づいた。  
(ゆきめには…さすがにこれは無理かも…)  
 復活してからのゆきめは、以前より妖力が増したのは確かだが、雪女に熱い温泉なんて聞いた事がない。  
「…公衆浴場の方で、低温のお風呂があるみたいなんで、私はそっちに行ってきますね…」  
 
 二人分の浴衣を用意しながら、ゆきめがそそくさと立ち上がる。急に怒りの色が失せ、伏せ目がちに話す仕草が、ゆきめが傷ついている事を鳴介に伝えている。  
「あ、いや、その、ゆ、ゆきめクン……?」  
「せっかくの家族風呂なのに、…ごめんなさい先生」  
 言い訳をする暇もなかった。一人残された虚しさがあたりに漂う。  
 
 一人でカップル風呂に入りながら、鳴介は今日こそ自分のうかつさ加減を反省していた。  
(馬鹿だ、俺は…。ゆきめがどれだけ無理をして俺に合わせてくれてると思ってる?!)  
 どれだけゆきめが努力しようと、人間ではない事実は変わらない。  
 鳴介を好きだというだけで故郷を捨て、創造主を何度も裏切り、あげく封印し、人としてさまざまな事を学んで溶け込む努力をしているゆきめに、これ以上望む方が無理な話だ。  
 いつも側に居てくれると、安心しきって、ゆきめが自分では食べたくもないだろう、暖かな料理を作ってくれている事を忘れてしまう。  
 
 のぼせる程湯に浸かって考えても、事態は一向に好転しない。鳴介はうなだれながらも諦めて、浴衣に着替えて奥間に向かった。  
 既に灯りが落とされ、二組の布団が並べて敷かれている。  
 その上に、月明かりと枕元の行燈の淡い光に包まれて、見る者全てを凍らせる程の美しい佇まいで、ゆきめが正座していた。   
 
 湯上がり特有のしっとりとなまめかしい肌の上に、鳴介と揃いの浴衣を纏っている。それはいつものゆきめの丈の短い一張羅の着物とは、一味違った煽情感があった。  
「ゆきめ……」  
「…ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします…」  
 三つ指をついて「新妻の挨拶」をするゆきめに、鳴介は恥ずかしさのあまり憤死しそうだった。  
(……って!大方ドラマかなんかでも見たんだろうが…まったく…)  
 だがその変に外した行動も、先ほど気まずくなった事に対する、ゆきめの精一杯の心遣いだという事を、長いつきあいの鳴介も了解している。どんな場面でも好きな男を立てようとする、今どき奇跡的に一途で優しい女なのだ。  
「……いいや、俺こそ…いつだって考えが至らないばっかりに、君を傷つけてばかりでごめん…」  
 引き寄せて抱きしめると、腕の中の小柄で柔らかなゆきめの躰が、小鳥みたいに小さく震えた。  
「…先生は悪くありませんっ…私、私…不安だったんです…!」  
 美しい氷色の眸の際に溜った涙の雫が、ぱたぱたとゆきめの白い頬に落ちた。  
「……山の神は、私を男の人を惑わす器の妖怪として創ったはずですけど…もしかして人間の女の人と違うんじゃ…ないかって…っ…先生ががっかりするんじゃないかって…っ……うぅぅ…っ」  
 みるみる泣きべそをかいてしゃくりあげる幼い妻に、鳴介は愛しさで胸が潰されそうになった。  
 
(……なんだ、緊張して不安だったのは俺だけじゃなかったのか…)  
 そう思うと、憑き物が落ちたように鳴介の不安は吹き飛んだ。愛情表現の過激なゆきめが、そんないじらしい事で悩んでいたなんて、びっくりするやら初々しいやらで、興奮してがっつきたくなる自分を抑えるのに必死になった。  
「な、泣くな…どんな事があっても、俺はゆきめにがっかりしたり、嫌いになったりしないから……」  
 あやすように抱きしめた躰を揺すると、小さい子供のように、えづきながらこくんと頷く。それがあまりに可愛い過ぎて、勢いで唇を塞ぐと、徐々にゆきめのこわばりがほどけていく。  
 そういえば舌を絡めるキスも、ごく最近にするようになったのだった。これからはどんな事でも、少しずつ二人で試行錯誤を重ねて覚えていけばいい。  
「ん………っ」  
 息が詰まるほど時間をかけてねっとりと舌を絡め合い、ようやく唇を離した時には、甘い陶酔感に全身が軽く痺れた。  
 唇を濡らし、薄紅に染まる頬と蕩けたようなうるんだ眸で誘うゆきめは、壮絶なまでに色めかしかった。  
(あっ…!くそっ、固結びだ…っ)  
 逸る気持ちを抑えられず、不器用な鳴介の手が浴衣の帯をほどくのに悪戦苦闘していると、ゆきめのほっそりとした華奢な手が添えられ、絡まった結び目を器用にほどいていった。  
 
 淡い灯りの中に浮かび上がるゆきめの裸体は、曇りひとつない雪花石膏のような美しさだった。  
 露になった形のよい乳房のに、恐る恐る武骨な手が撫で回すと、まだ幼さが残るような桜色の可愛い乳首が、小さくつんと勃ってくる。  
「…あっ……せん、…せいっ……」  
 あつらえたように鳴介の掌にすっぽり収まる大きさの乳房は、暖かに息づく雪のように柔らかい。鳴介のためにゆきめが体温を調節してくれているのだろう。  
(今日から、このおっぱいは全部俺の物なんだな……っ!!)  
 ……やはり、男なのでそう思わずにいられない。大学時代にモテない事をさんざん馬鹿にしてくれた同級生に、このすこぶる可愛い嫁さんを見せつけてやりたいくらいなのだ。  
 首筋にうずめていた唇を、ゆっくり肌を伝い降ろしていくと、抜けるような白さの肌に朱色の後が残る。ほんのり甘い香りがする胸元に鼻先をおしつけ、膨らみに舌を這わせると、舌先でもふんわりした乳房の柔らかさを感じた。  
「ぁっ………」  
 綺麗な桜色だった乳首が、吸い付いたり舌先で転がしたりすると薄紅色に充血してくる。夢中になって執拗に責めると、ゆきめが小さく背を震わせて鳴介の頭を抱え込んだ。  
「…せんせっ……せんせいっ…おかしくなっちゃいます……っ…あ…」  
 それを了解の合図と取って、そのまま手を下へと滑らせると、ゆきめの小さな両膝頭が固く合わされ、軽く侵入を拒まれる。  
 
「…ゆきめくん…力抜いて、くれないかな…」  
 我ながら情欲にまみれた切羽詰まった声だったが、こればっかりはどうにもならない。  
「あっ……すみません…っ…あ、足が勝手に………」  
 しばらく震えながら逡巡していたゆきめが、意を決したように、仰向けの体勢で脚を開いた。  
 貌は背けながら、腰を突き出し、わざと大事な部分を鳴介に見せつける淫らな仕草に、動物的なあさましい本能を刺激される。  
「…わ、私…他の女のひとと……どこか…違いますか…?」  
 初めて男の眼に晒さたのであろう羞恥で、ゆきめの頬は真っ赤に染まり、声も可哀想なくらい震えっぱなしだった。  
(……と、言われても……)  
 鳴介に解る訳がない。  
 しかし、これ以上ない程の素晴らしい機会だ。鳴介は太股の上にゆきめの脚を抱え込み、存分に恥ずかしい部分を眼で犯した。白さの際立つすらりとした脚の間に、薄紅い花びらのような合わせめが、蜜に濡れ卑猥に灯りに照らされている。  
「……そ…そんな……見ないでくださ……っ」  
 鳴介が思わず生唾を呑み込んだ音が、聞こえてしまったかもしれない。ゆきめのそこは、特に毛が薄くてつるっとしてるので、全てはっきり見えるのだ。  
 だが、愛読していたエロ雑誌の知識を必死に総動員したり、某裏繁華街でゲットした無修正ビデオと比べても、清楚な印象があった。  
 
「……あの、…………変…ですか…?……」  
「い、いや…き、きれいだ!…大丈夫だ、全然人間と何も変わらない!」  
(……………多分!)  
 すでにしとどに濡れた蜜をすくい、ひくつくひだをなぞると、反応するようにそこから蜜があふれてくる。ゆきめが感じてる、と思うと、自然に自信もついてきて、コツもわかってきた。  
「…ゃ…ぁあ!……あぁ………ん」  
 軽く中指を入れて、浅く出し入れしたみたり、花弁の間にある小さな芽に触れると、ゆきめがあられもない声を上げる。その甘ったるく官能的なあえぎに、鳴介はどうにも昂りが抑えられなくなり、直接いきりたつ自身をゆきめの恥丘にあてがって、蜜の助けを借りて擦りあげた。  
「ゃぁっ…んぅ…!……せんせ……っ!」  
「……ゆきめ、ゆきめっ…い、……いいか………っ?」  
 からからの喉で、獣のように浅く荒い呼吸と共に訴えると、ゆきめが精一杯脚を開いて、いやらしく誘ってくる。  
「……あぁっ、……せんせっ…来て…っ……私、私っ……生まれた時から鵺野先生のものですぅ……っ」  
 拙く可愛い新妻に求められ、鳴介は猛り切って待ちわびてたものを、ゆっくりと慎重に手を添えながら、ゆきめの膣内に押し入れた。  
「ぃっ………!!…………ぅッ、く………っ…」  
 先ほど指先が沈んだ場所だから大丈夫なはずだが、亀頭が入り込んだ時点で行き止まり、そこから全然進まなくなってしまった。強引に進もうとしても、蜜で濡れているせいで滑ってずれてしまう。  
 
「ゆきめ…っ…もう少し、……力を抜けないか……?」  
「……ぁっ………は…、いッ………ん…っ…」  
 じわりと先端を締めあげる快感と一緒に、押し返すような抵抗感に眩暈がする。これが俗に言う処女膜なんだろうかと、劣情にまみれてぬたくたになった頭で考える。だとしたら、ゆきめは本当に普通の女の子となんら変わりない。  
 違っていたとしても鳴介には解りようもないし、どうだっていい事なのだが。  
 先の方をくわえただけでぴりぴりに引きつれているそこに、覚悟を決めて分身を突き進めた。  
「…あ!!………ぃっ…」  
 ゆきめも相当痛いのを我慢しているのだろう。しかし、この場面で男として引く訳にいかない。新婚初夜まできちんとけじめをつけて来て、ここで失敗したら一生ものの恥だ。  
「あ!…ああッ…!!!!」  
 本当に後で抜けるのか心配になる程中はきつかったが、最初の強い抵抗を力づくで突き破ってしまうと、後の侵入は随分楽になった。  
 なんとか奥まで辿りつくと、しばらく躯を伏せてゆきめが慣れるまで肌を合わせながら待ってやる。  
「…せん、せ…っ…やっと……ひとつになれましたね…」  
 痛みで噛み締め過ぎた唇の端を切っているくせに、ゆきめは、私幸せです、と本当に幸福そうに微笑んだ。  
 合わせた肌は、やはり鳴介の方が体温が高いので少しひんやりと感じるが、繋がったゆきめの奥深くは濡れて暖かい。絡み付く膣壁は無数の触手のように、鳴介の雄を熱く淫猥に締めつけてくる。  
 
 何だか、かまくらの中にいるみたいだと言うと、こんな時に変な事言わないでくださいと、ゆきめが息も絶えだえのくせにしっかりとツッコミを入れてくる。破瓜の緊張が和らぎ、安堵するように鳴介の首にしがみつくのを合図に、ゆるゆると揺すり上げてみる。  
「…………っ!…あぁ…っ……あ、…せんせ…っ…」  
 反応が良かったので、だんだんと速度を上げて抽送を繰り返す。ゆきめの、侵入してくるものを押し返すように拙かった膣内の轟きも、ねっとりと淫を含んで、初めて男を受け入れた喜びに満ち始めた。  
「……ぁ、…ヘン…っ……」  
(うわ、やばい……)  
 膣壁のやわらかな触手が、それぞれに意思を持ったように迎え入れた雄を締めあげ、轟き、吸い込むように動めいているような錯覚に、鳴介は奥歯を噛み締める事で必死に堪えた。気持ち良さ過ぎる。これが所謂、ミミズ千匹と言うやつなのかもしれない。  
「あ…、…せんせっ…ヘンに……なっちゃいますぅ…っ……」  
 緩慢な動きに焦れたように、おずおずと自ら腰を揺すり始めたゆきめの表情も、恍惚としていて恐ろしい程に色めかしい。快楽と昂奮に澱む鳴介の頭に、男を惑わす器、という言葉が再び浮かぶ。  
「……あっ、…あっ…あぁっ…!…気持ち…イイっ…!…気持ちイイ…っ…!……溶けちゃいますぅ…!!!」  
「……………ゆきめっ…ゆきめっ!」  
 雪のように白かった肌は、ゆきめの内なる愉悦を伝えるように桃色に染まりきっている。鳴介の目の前で、突き上げる度に上下に揺れている柔らかな乳房に唇を寄せると、待ちかねていたようにゆきめの細い手が鳴介の頭を抱え込んだ。  
 
「…あぁ…んっ……気持ちイイッ……溶けちゃうっ……溶けちゃうぅっ……!せんせいっ…!」  
 ずちゅっ、ずちゅっ、と、抽送を繰り返す淫猥な音と、ゆきめの可愛いらしくもいやらしい喘ぎ声と、荒く短い呼気が和室の奥間に響いている。  
 紅く染まったえっちな乳首を舌で転がすようにねぶると、ゆきめの柔らかい脚が、さらに奥へと引き込もうと鳴介の腰を挟み込み、しっかりと組まれた。  
「……あ、…ひィ…っ……溶け…ちゃ…っ……………おかしく…なっ…ちゃ………っ……あ、…あ……!」  
 今やぬるぬるに濡れた膣壁が、肉棒の出し入れを驚く程容易くさせ、亀頭の先がざらざらしたゆきめの子宮口に当たる度に、組まれた脚がびくびく痙攣する。  
「……ああっ!……そこっ……、…そこで…して…っ…せんせっ……イイ…ッ…!!」  
 子宮口を先端で突き上げる度、きゅうきゅうと棹全体を引き絞られる快感に追い立てられ、鳴介は堪えきれずに低く呻いた。  
「………せんせっ…!!なんか…きちゃう…っ…あ、ひっ……あ、あ!!…ああぁぁぁんん!!!」  
 
 魚のようにゆきめの躯がびくびくと跳ね、とどめとばかりに鳴介の肉棒を締めつける。その途端、背筋が震える程に甘い衝撃が鳴介を貫き、初めて経験するような凄まじい絶頂感が訪れた。  
「………ふ、…うぅあっ…!」  
 長く、そして甘い絶頂感に断続的に襲われながら、ゆきめを強く抱き寄せ、どくどくと子宮口へと射精し続ける。達した余韻に恍惚としているゆきめ躯が、吐精にも感じているのか、小刻みに震えている。  
「…………あ、…ん…せ…んせ……」  
 緩く抽送させながら、ゆきめ 息が落ち着くまで、固く抱き締めあっていた躯をゆっくり離すと、繋がっていたゆきめ恥丘から、血と精液が混じって赤茶に変色したものがとろりと溢れた。  
「……ぁ…ふ、…」  
 それを見て、鳴介は吐精したばかりだというのに、麻薬のように再び昂奮を覚える。  
 甘い幸福感に包まれながら、口づけようと鳴介が頬を寄せると、ゆきめが何故かジタバタと暴れ始めた。  
「……ごめんなさ…っ…せんせ、……はなれてっ…」  
「えっっっ?!!」  
 
 無理に鳴介から離れたゆきめの躯が、見る見る粉雪に包まれ、あっという間に等身大のゆきだるまができあがってしまった。  
「…………………」  
 新婚夫婦の寝室で、裸の男とゆきだるまが枕を共にしている異様な光景に、鳴介はちょっと泣きたくなった。  
(部屋とYシャツとゆきだるまと俺……)  
「……ごめんなさい…先生。ほんとに溶けちゃいそうだったんです…」  
「……ああ、…まあ…」  
(確かに溶けるって言ってた……)  
 それが情事におけるただの喘ぎや睦言で済まない所が、鳴介の妻の個性的な所だ。完璧な妻にも欠点があって、抜かずの3発!…とかは、あまり実現しそうにない夢らしい。  
「ちょっと…もうちょっと待ってて下さいね?先生…」  
「……あ、…ハイ…」  
 鳴介は等身大のゆきだるまが、でんと横たわったまま可愛い声で訴えかけてくるのを、精子…凍るんじゃないかな…?などと心配しながら見守っていた。  
 
 
「先生、行ってらっしゃ〜い!」  
「ああ…、行ってきます!」  
 怒濤の新婚旅行から戻り、ゆきめ曰く、晴れて完全無欠の夫婦になってから、第一日目の出勤日である。  
 甘酸っぱいような新妻の送り出しに幾分照れながら、鳴介の足は学校へ向かうにつれ重くなっていく。  
(あ〜あ…絶対どうだったかとか、聞かれるだろうな…)  
 
 結論から言えば鳴介はゆきだるまにもめげず、初夜は最高の盛り上がりだった。だが、その分ティーンエイジャーのように見境なくがっついた自分を恥ずかしく思わない程に、鳴介にも羞恥心がない訳でなく…。  
(ようするに恥ずかしい!)  
 結婚式が大盛況だった上、付き合いが長い為、マセガキ共に何をどう聞かれるか予測がついてしまう自分が哀しかった。  
(学校行きたくない…ハア〜…)  
「お!噂をすれば、ぬ〜べ〜はっけ〜ん!!」  
「よ〜!ぬ〜べ〜おっかえり〜!」  
 振り向かなくとも分かる。後方より聞こえるこの悪ガキめいた声は、広と克也だ。鳴介はポケットに手を突っ込んだまま、ゴキブリめいた華麗な足さばきで唐突にスタートダッシュを決めた。  
「逃がすかぁ!くぉらぁぁぁ〜〜!!うおおおおお!!!」  
「任せたぞぉぉ〜!!全身全霊をかけて捕まえてくれぇ!広ィィィィ!!!」  
 
 なお、ぬ〜べ〜と広達の、この激しい追い掛けっこは一週間近く続いたが、新婚旅行中、ずっと気配を消して全てを見ていた鬼の手の覇鬼によって、玉藻を始め、あらゆる人に赤裸々暴露されたのは有名な話。  
 
 
 
 
 
終わり。  
 

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