乃木坂美夏の作戦  
 
 『人間万事塞翁が馬』と言う故事がある。  
 人生に於いて未来の事は何が起こるかは誰にも分からなくて、しかもそれで事態がどう転んだのかさえ後になってみなければ判らないと言う意味らしい。  
 因果応報と言うか、それでも何かしらの結果に辿り着く迄には相応な原因とその過程があるわけなんだが、その原因も過程もそして結果も、それらが全部過去になって初めて判るようになるわけだ。  
 何だか毎回似た様な件(くだり)で始まる話をしている気がするんだが、俺としてもそう何度も人生の転機が訪れる事態が起きて欲しいってわけじゃない。  
 相変わらずの長い前置きに加えて要領を得ない説明なんだが、これから話す内容を考えれば一言断りたくもなると言うもの解って貰えるだろう。  
 つまりは、今回も例に漏れず。一体何処で俺の人生にロケットエンジンが取り付けられたのだろうかと、そんな事を考えてしまうくらいに俺の予想を打ち上げ軌道の計算をミスった観測衛星みたいに越えていったと言う事なんだけどな。  
 う〜む……。まさか本当にこんな結果になるなんて、一体誰が想像出来ただろうね。  
 尤も、今回は騒動の中心で且つ張本人が一番驚いていたのかも知れん。いや、俺だってまだ十分に驚いているんだが。  
 取り敢えず、良い加減にそろそろ本題について話そうと思う……  
 
 
「あ、やっと出てきた。やっほ〜、おに〜さ〜ん♪」  
 昇降口から出た途端に息が白くなる夕焼けの校庭で、校門の方からやけに聞き覚えのある声が聞こえてきた。  
 いや、それだけでもう誰なのかは判るんだが、そのちんまい影はトレードマークのツインテールを揺らしながら海を割る聖人の様に、下校していた生徒たちが割れて出来た道を縫って俺に駆け寄って来た。  
「も〜、いくら掃除当番だったからって、女の子を待たせてる時は早めに上がらなきゃダメだよ? おに〜さん」  
 人差し指を立てた美夏が俺を見上げながらそんな事を言ってきたが、生憎と容量の狭い俺の記憶の引き出しを探してみても何処にもこのツインテール娘との待ち合わせなんて予定は見当たらない。(つまりはアポ無し。)  
 と言うか、待たせたと言ってもほんの少し前に来たばかりだろう。  
「あ、やっぱり気付いてたんだ? それなら、もっと早く出て来てくれれば良かったのに〜」  
 そりゃあ、美夏も春香並みに目立つ容姿だからな。校門で人集りが出来ていれば、掃除していても気付くだろう。  
 そんな他愛の無い遣り取りをしていると、まるで人里に降りて来た猪でも見るかの様な、そんな視線が周囲から何故か俺に向けられて始めていた。  
「おい、見てみろよ。あれ美夏様じゃないのか? しかも、綾瀬が何か言い掛かりを付けてるぞっ!?」  
「何ぃっ!? またか!? また綾瀬なのか!?」  
「あの野郎、春香様の妹の美夏様をこの極寒の空の下で待たせておいて、自分は悠々と暖房の利いた部屋から下校だと?」  
「何それ? 最っ低〜っ……」  
「って言うか、春香様だけじゃ飽き足らず、美夏様にまで手を出してるって本当だったの?」  
「何だと!? ……おい、星屑親衛隊に召集かけろ。今日こそ綾瀬の野郎を始末するぞ」  
「ふふふ、ポイする場所は海と山とどちらが良いのかしら……」  
 ……おい、待て。何でいきなり美夏との待ち合わせから(繰り返すが、美夏のアポ無し)そんな竜巻が起これば桶屋の業績が鰻登りな展開になるんだ?  
 そんな事を考えている間にも、俺(と美夏)の周りには落ちた飴に群がるオオクロアリの如く、蠢く黒い山が出来始めていた。  
「にゃ? この人たち、何だか皆おに〜さんに用があるみたい? 人気者だね、おに〜さんは♪」  
 そんな周囲の生徒を見渡して美夏が何故か嬉しそうにそんな事を漏らしたが、獲物を取り囲む狼の様な血走った目の生徒たちが友好的に見えたのなら、俺は眼科よりも精神科に行かなきゃならんだろう。  
「あ、そうそう。実は、少しおに〜さんに相談があって――」  
 周囲からの殺気なんてまるで気付かずに美夏が話をしてきたが、それよりも今は俺の生存本能の警鐘に耳を傾ける事にした。  
 グラウンドでも体育館でもないのに、部活の道具を掲げて津波の如く押し寄せてくる運動部の群衆に捕まれば、度重なる転生を繰り返して最終的にトイレの雑巾になった古タオルよりもズタボロになるのは確実だろう。  
「美夏。スマンが少し走るぞ? 話はそこで聞くから」  
「え? おに〜――、きゃっ!?」  
 走り出した俺が美夏の手を取った瞬間、蜂の巣を突付いて叩き落した様な騒ぎになった。  
「あぁっ!? 綾瀬が美夏様をさらいやがったぞ!」  
「えぇい、親衛隊はまだか!? この儘じゃ、美夏様が綾瀬の毒牙にっ!」  
「いやぁ! 美夏様が汚されちゃう!」  
 ……いや、これはもう集団ヒステリーを通り越しては暴動なんじゃないのか? と言うか、一体お前らの中ではどれだけ俺は危ない奴なんだよ?  
 (俺の)血に飢えたバーサーカーと化した生徒たちから美夏の手を引いて逃げながら、俺たちは学校を飛び出したのだった。  
 
「はぁ、はぁ、はぁ……」  
 残党狩りから逃げる落ち武者の様に(いや、狙われてるのは俺だけなんだが)、命辛々追っ手を振り切った俺と美夏は辿り着いた公園のベンチで漸く一息吐いていた。  
 果たしてこんな環境で無事に卒業出来るのだろうかと、酸素が抜けた水槽でパクパクと口を忙しなく開いている金魚みたいに青息吐息の状態で悩んでいると、隣の美夏が興味深そうに俺を覗き込んでいた。  
「何何? 前にも思ってたケド、おに〜さんってひょっとして学校じゃ有名人とかだったりするの?」  
 まぁ確かに、ある意味では俺も白城では春香と並んで有名と言えば有名なのかも知れん。まぁ、春香の有名さとは月とガラパゴスゾウガメの甲羅くらいに違うんだが。  
「え〜? わたしはゾウガメさんも良いと思うけどなぁ〜? 背中が大きくて乗り心地も良いし。凄く頑丈で、とっても我慢強いんだよ?」  
 
 いや、確かに美夏の言う通りかもしれんが、俺の言いたい事はそう言う意味じゃないんだよ……  
「そうかな? お姉ちゃんはわたしから見ても素敵だと思うケド、おに〜さんも十分格好良いトコがあると思うよ?」  
 そうか? 俺としてはいつも必死で、そんな余裕なんて無いんだが。  
「ううん。多分、おに〜さんの格好良さって言うのは、そう言う一生懸命さなんだと思うよ」  
 そう言って、美夏は自分の言葉にうんうんと頷いて俺を見た。  
「う〜ん。イマイチ分からん」  
 頑丈さと家事一般くらいしか取り柄の無い俺に、一体どんな格好良さがあるのだろうね。  
 腕を組んで思案しようとして、俺はまだ美夏の手を繋いでいた事に気が付いた。  
「あ。わ、悪い……」  
 咄嗟に美夏の手を放し、慌てて美夏に謝った。思えば俺の息が上がるまで付き合わせてしまっていたのだから、体格的に小柄な美夏には辛かったかもしれん。  
「あ……。おに〜さん?」  
 美夏が掴まれていた手を、微妙に不服そうな目で眺めているのは気の所為では無いだろう。  
「あ〜、その、無理に走らせてスマン、次から気を付ける。えっと、美夏も思う事があったら遠慮無く俺に言ってくれて構わんからな?」  
 気の利かない自分に呆れながら、美夏に頭を下げた。  
「え? べ、別にこのくらい全然平気だよ、おに〜さん。寧ろ、おに〜さんがどうしてもこの天使みたいに可憐でらぶり〜な美夏ちゃんの手を繋いでマラソンしたいって言うなら繋いであげない事も無いかな〜、って」  
 いや、学校から公園まで走っただけで、既にヒマラヤ登山させられたリポーターみたいになってる俺にはこれ以上の気力も体力も無いんだがな。  
「それよりも、美夏。ちょっと手を出してくれ」  
「うん? な、何、おに〜さん? や、やっぱりわたしと手が繋ぎたいとか? そ、そりゃあ嫌ってわけじゃないけど、そんなに直ぐに求められるとわたしとしても色々と心の準備って言うか、えっと……」  
 「……ほ、ほら。おに〜さん。これで良い?」と、何故か視線を逸らしながら、美夏が俺におずおずと手を差し出してきたが、取り敢えず俺はポケットに入れておいた缶珈琲を美夏の手の平に載せた。  
「ほら、缶珈琲だ。寒い中、待たせちまって悪かったな」  
「……にゃ?」  
 そんな缶珈琲を、まるで折角餌にありつけると腹を空かせていたにの、餌皿の上に缶切りと猫缶だけ置かれた猫みたいな表情で美夏がキョトンと眺めていた。  
「あ、あはは〜。あ、有難う。おに〜さん。それじゃ、い、頂くね?」  
そう言って美夏がプルタブを開けると、途端に俺と美夏の周りに珈琲のほろ苦くて甘い匂いが漂った。  
「本当は冷める前に渡したかったんだが。ぬるくなっちまってたみたいだな。スマン……」  
「ううん。この缶珈琲、凄く美味しいよ。おに〜さん」  
 そんな事を言いながら、美夏は細い喉を動かして両手で行儀良く珈琲を飲んでいた。何と言うか、缶珈琲を飲む姿にも品がある辺りは流石お嬢様と言うべきなのかも知れん。  
「ところで、美夏。何か俺に話があるって言ってなかったか?」  
「あ〜っ!! そうだった、すっかり忘れてたよ!! おに〜さん!!」  
 どうやら今まで本当に忘れていたらしく、美夏が試験終了間際で名前の書き忘れに気付いた受験生の様な勢いで目を見開いた。  
「おに〜さん、お願いがあるの」  
「ん? 何だ?」  
 何やら尋常ではない美夏の様子に、俺もズレていた眼鏡を掛け直して聞き入った。  
「えっと、今度の日曜日なんだけど、ちょっと付き合って欲しいんだけど。良いよね?」  
「? あぁ、別に構わんが」  
 そんな俺の返事に、何故か美夏が長かった手術の後に成功を告げられた家族の様な、心底安心した様な表情で溜息を吐いた(大袈裟)。  
「じゃあ、一旦私のウチに来て。おに〜さん。時間は朝の十時で、遅れちゃダメだよ?」  
 そう言うと、ちんまいツインテール娘は何処か悪戯っぽさ含んだ表情で念を押してきたのだった。  
 
「……まぁ、これだけ用意しておけば足りるだろ」  
 我が家の遅い朝の台所。そこで所狭しとテーブルの上に並べられたプチ満漢全席宛らの光景を眺めながら、調理具を洗い終えた俺はエプロンを畳み始めた。  
 別に俺がいきなり料理の道に目覚めたとか言うワケではなく、単にアホ姉とその親友に俺が居なくても飢えない様に餌を用意しただけである。  
「へ〜、凄〜い。おに〜さん、これ全部一人で作ったの?」  
「まぁ、ウチには俺しか料理する奴が居ないからな」  
 正確には『出来る』奴だが、今更それを嘆いても仕方が無い。そして、俺の料理スキルは今後も無駄に上がっていくのだろう。  
 時計を見れば午前九時。約束は確か十時の筈だったから、今から準備すれば余裕で乃木坂邸に間に合う筈だ。  
 一旦部屋に戻って出かける準備をしようとして、  
「うわ〜、美味しそ〜だね〜。ね〜ね〜、おに〜さん。少し摘んでみても良いかな?」  
「あぁ、構わんぞ。結構多めに作ったからな。只、出来て直ぐのヤツもあるから、火傷には注意してくれ」  
 そこで、俺は漸く掛けられた声の主に気が付いた。  
「いや、何で美夏がウチに居るんだ?」  
 改まって目を向ければ、既にピリ辛唐揚げ(今日の自信作)をもぐもぐと咀嚼しているちんまいツインテール娘が立っていた。  
「んぐ? んむんむんむ……(ごっくん)。うん、やっぱりおに〜さんが作るお料理って凄く美味しいね♪」  
 そう言って貰えるのは作った身としては有難いんだが、それは感想であって質問の答えじゃないだろう。  
「うんうん。何でわたしがおに〜さんを迎えに来たかって事でしょ?」  
「あぁ。確か、俺が招待されてた筈なんだが?」  
 頷く美夏から返答を聞こうとしたが、そこで俺の目が美夏の格好に留まった。  
 それは如何にも『お嬢様』と言う感じで、(普通に唐揚げなんぞ食べているが)やたらとセレブな雰囲気を漂わせているドレス姿だった。  
 何となく俺の頭に浮かぶ、美夏から誘われた今日のイベント内容。  
 てっきり美夏と適当に一日付き合うのだと思っていたのだが、まさかこの格好で街中を歩き回るなんて事は無いだろう。  
 つまりは――  
「そ。今日はわたしのエスコートをして貰うんだよ? おに〜さん」  
 俺は超上流なパーティーにお呼ばれしたらしい。  
 
 渡されたタキシード(やはりと言うか、何故かサイズも丈も合っていた。)に着替えると、俺はその儘自宅の前で待機していたロールスロイスに乗せらていた。  
 その隣には、サングラスが黒光りするにっこりメイドさんの姿があった。  
「あらあら、裕人様〜。まるで陸に上げられたチョウチンアンコウみたいな顔をなさっていますね〜? ダメですよ〜、女性をエスコートされる殿方が今からそんなご様子では〜」  
 早速那波さんから駄目出しを貰ってしまったが、元々そう言った上流階級のイベントとは縁の無い俺にはエスコートどころか、精々その場の空気になるくらいが関の山だろう……  
 そんな俺に、乗り込んできた美夏が呆れた様な視線を向けてきた。  
「も〜、おに〜さん。迫り来る狼さんたちから、このらぶり〜きゅ〜とな美夏ちゃんをしっかり守ってくれなきゃダメだよ? って言うか、守りたくなるでしょ?」  
 いや、そんなに物騒なモンなのか? 最近のセレブたちのパーティーってのは?  
 揺れる事無く走り出した車の中で、俺の言葉に美夏が思案顔で腕を組んだ。  
「物騒ってゆうか、こ〜ゆ〜パーティーを一種の『良い機会』って捉えてる人もいるし。ま〜、色々とね〜……」  
「そうですね〜。古今東西、この手の催し物は一種の恒例行事とでも申しますか〜。半分はその為に行われているようなものですからね〜。ですが、将来は家督をお継ぎになられるのでしたら〜、そう言う機会は逃さずにものにしなければいけませんからね〜」  
 面白くなさそうに美夏が肩を竦め、那波さんも「御曹司の方も大変ですね〜」と困った様な表情でそう零した。  
 そう言や、春香の誕生日パーティーの時にもそんな事を言っていたような気がするな。しかし、そんな権謀術数が張り巡らされたパーティーに美夏も出なきゃならんとはね。  
「あ、勿論来る人皆がそうってワケじゃないよ? 今日は光や美羽っち、エリちゃんも参加してるし、皆で楽しくやる分には問題無いし。だから、おに〜さんもそんなに難しい顔しなくても良いよ?」  
 眉間を人差し指でグリグリと揉み解す仕草をして、美夏が口元を緩めた。  
「とゆ〜わけで、おに〜さんにはわたしや光、そして美羽っちやエリちゃんを飢えた狼さんたちからし〜っかり守って貰うんだからね? おっけ〜?」  
 
 確かに、あの仲の良いメンバー(現代舞台芸術文化研究部)が一緒であるならばまるっきり退屈と言う事は無さそうだろう。そう言や、お嬢様学校である双葉女学院に通ってる彼女たちも立派な(?)お嬢様たちなんだったな。  
「本当は部員全員で参加したかったんだけど、一人がどうしても外せない用事があるらしくって。みんな揃わなかったんだよ〜」  
 「今度こそ、おに〜さんに会わせようって思ってたんだけどね〜」と、残念そうに美夏が頬杖を突いて溜息を吐いた。とは言っても、面識のあるあの時のメンバーなら俺も少しは気が楽かも知れんしな……  
「――って、ちょっと待ってくれ。普通に葉月さんや那波さんたちに守って貰う事は出来ないのか?」  
 いくら何でも、俺一人で四人全員をエスコートするのは、満員御礼な時間帯のレストランにたった一人で放り込まれたバイトスタッフ(研修バッジ付き)が修羅場のフロアを捌き切るくらいに無茶な事だろう。  
「葉月さんは〜、今日は春香様と玄冬様のお付きで外しているんですよ〜。それに〜、私たちはあくまで使用人ですから〜、美夏様たちに危害が及びそうにならない限りはあまり強く前には出られないのです〜」  
「まぁ、困ると申されましても精々美夏様たちが言い寄られるくらいですし〜」と、那波さんが申し訳無さそうに漏らした。  
 いや、俺としても守る気はあるんだが、如何せん物理的に無理な気がするんだが?  
「大丈夫、大丈夫〜。別にシッシって追い払えって言ってるんじゃなくて、『あんなに仲良くされてたら近寄り難いな〜。あ、ひょっとしてお邪魔? もう恋人同士だったりする? キャッ♪』みたいな感じになっていれば、じゅ〜ぶんだから」  
「……」  
 何だ、その『キングオブスケコマシマスター』(略して『KOSM』。……いや、全力でそんな二つ名はお断りするが)は?  
 と言うか、それを四人のお嬢様相手に立ち回れと?  
 寧ろ、そのお嬢様方にちょっかいを出している何処の馬の骨のどの部分なのかも判らないような変な虫(無論、俺の事である)として、俺が排除されそうなんだが(『死屍累々』を振り回して俺のメガネを叩き割る玄冬さんが脳裏に浮かんできた……)。  
「へ〜きだってば。おに〜さん。こ〜ゆ〜のって、会場に入れるだけでじゅ〜ぶん資格があるって見られるものなんだから」  
「何せ将来を担われる大事な御子息御息女様たちですから〜。オオオナモミ(キク科オナモミ属。秋の草叢なんかで、服に取り付いてくるあのイガイガした草の実)の様に、気付いたらくっ付いてました〜。では済まされませんからね〜」  
 ……そのオオオナモミが正に俺なんだけどな。  
「だ〜か〜ら〜。おに〜さんはわたしたちと一緒に居れば他のゲストさんたちにくっ付かなくて良いし、わたしたちもくっ付かれないで済むでしょ?」  
「まぁ、美夏たちが構わんのなら俺も構わんが……」  
 振りだけなら、俺も美夏たちもセレブの見合いパーティーに参加しても問題はなさそうだしな。  
 それ以前に、俺が何処ぞのお嬢様とくっ付けるなんてあり得ないとは思うんだが……  
「え〜?」  
 と、美夏が残念そうな声を上げて俺を覗き込んできたが、こればっかりは相手にも選ぶ権利と言うものがあるだろうに。  
「だって〜。そんな考えだと、いつ迄経ってもお義兄さんにはなれないよ? おに〜さん」  
「は?」  
 突然の美夏の言葉に、今度は俺が音楽の授業で何故か保健体育の問題を質問された様な(ホント、何なんだろうね?)、そんな間の抜けた声を上げた。  
「だ〜か〜ら〜。おに〜さんが相手がお嬢様だからって遠慮してちゃ、若し、おに〜さんを好きになったお嬢様がいた場合はどうするの、って意味」  
 いや、別にお嬢様相手にどうのこうのじゃなくてだな。今迄この方(=実年齢)モテた事の無い俺が、異性から恋愛感情を向けられると言う状態が全く以って想像出来ないんだが。  
 そもそも美夏の言う『お義兄さん』も春香と結婚すればの話で(何つーか、エラく飛躍した話だな)、春香が俺をそう言う対象として見ていると意識するのは自意識過剰と言わざるを得んだろう。  
「ふ〜ん?」  
「あらあら〜?」  
 そんな俺の言葉に、何故か美夏と那波さんが、生まれた川を間違えて用水路を登ってきた鮭を見る様な目で俺を見てきた。  
「ま、それでもおに〜さんなら何だかんだで、いつかきっとどんなお嬢様でも射止められるようになれると思うけどね〜。何たって、おに〜さんだし」  
「目指せ、逆玉ですね〜」  
 ……それだと、本当にお嬢様に付く変な虫なんだがな。  
 などと、質問と返答が微妙に噛み合ってない会話をしている間に、気付けば俺たちを運んでいたロールスロイスは停車しており、乃木坂邸へと辿り着いていた。  
 どうやら、目的地に着いたらしい。  
 
「はい〜、裕人様〜。こちらが今回のパーティー会場、『乱れ九頭龍の間』になります〜」  
 と、受付で美夏が用意してくれた招待状の提示と名前の記帳を済ませ、ドアを開いた那波さんから通された場所は、皆で一緒に新年会を開いたあの広間だった。  
「何つーか、すげぇな……」  
 以前に鹿王院家でのパーティーを経験した俺だが、それでも今回の乃木坂家のパーティーも俺の度肝を打ち抜くには十分過ぎるくらい豪華なものだった。  
 床一面から見上げる天井迄。見渡す限りに広がるのは、乃木坂家の冗談みたいなブルジョワっぷりを体現した様な異空間。  
 そして何よりも目にダイブしてくるのは、右も左も前後にも、如何にも名家良家生まれと言ったリアルセレブなお嬢様&御曹司たちだろう。  
 同じパーティーとは言え、俺たちの新年会とは明らかに違う趣向の超セレブパーティー。  
 そんな、タンチョウヅル(特別天然記念物)の群れの中に紛れ込んだカラスの様な気分を味わっていると、何やらパタパタと元気そうな足音が聞こえてきた。  
「あー、美夏と綾瀬おにーさんだー」  
「ほんとだ〜」  
「あ、光〜、美羽っち〜」  
 美夏が振り返った方を見ると、そこには美夏と同じ様に粧(めか)し込んだ光と美羽がこっちに向かって来ていた。  
「へー、ちゃんとお洒落してくると、綾瀬おに〜さんも中々に格好良いんですねー」  
「美夏も〜、何か凄く気合が入ってるみたい〜」  
「そ、そうかな〜?べ、別に普通だと思うけど――」  
「えー?でも、その割には電話口ですっごくはしゃいでたよねー?」  
「うんうん〜。美羽も〜、今日のパーティーには絶対来るように言われたよぉ〜」  
「そ、それは、ホラ。やっぱり、参加するからには楽しんだ方が良いし〜……。ね?」  
「そうなのか?」  
 車の中での口振りからは、美夏はこの手のパーティーはあまり気乗りしていなさそうに見えたんだが? これは一体、どう言う事なんだろうね?  
「あー、それはやっぱりアレですよー。何せ、綾瀬おにーさんが一緒だからですからねー」  
「ち、ちょっと!? 光っ!?」  
「美夏はおに〜さんの事になると〜、一番楽しそうにしてるんだよぉ〜」  
「み、美羽っち〜っ!?」  
 何やらニヤニヤしながら囃し立ててきた光と美羽に、熟れた苺みたいに顔を真っ赤にした美夏がにゃ〜にゃ〜と声を上げて手とツインテールをぶんぶん振り回していた。そう言や、この前の双葉の教室でも同じ様な遣り取りがあったような気がするな。  
 美夏がクラスメイトに俺の話をしている事は俺自身知っているワケだし、電話口で俺の話をしていても今更隠すような事なんかね?  
 まぁ、あの時のクラスの反応を見る限り、全く気にならんと言えばそうでもないんだが……  
「いいえ。綾瀬さんが心配なさっている様な事は無いと思いますよ」  
 と、会場の喧騒の中でも良く通る澄んだ声が俺に掛けられた。振り返ってみると、いつの間にか、そこには美夏たちと同じ様にパーティードレスに身を包んだエリが俺の隣に立っていた。  
「美夏は良く綾瀬さんのお話を私たちに聞かせてくれます。そして、いつも美夏はとても楽しそうに話しているんですよ。美夏にとって、綾瀬さんは自慢のおに〜さんなんです」  
「へぇ……」  
 どちらかと言えば、『あと一歩足りない』くらいの評価だと思っていたんだが、意外にも美夏の中での俺の評価はそこまで悪いものでもないらしい。  
 実際には一歩どころか、五十歩百歩(?)も足りてないんだが、そんな話を聞かされては、俺としても美夏の期待に沿えるようにならんとイカンな。  
 ……まぁ、最終的な美夏の期待が『お義兄さん』だと、高さがハードルどころか棒高飛びくらいになるかもしれんが。  
「ふふっ。是非、頑張ってくださいね。綾瀬さんの事、応援してますから」  
 とは言っても、何を頑張れば良いのかは俺自身まだ分からんのだが……  
「あ、エリちゃん」  
「ホントだー」  
「エリちゃんなのぉ〜」  
 俺とエリとの会話が一段落着いた処で、こちらに気付いた美夏たちが繰り広げていた戯れ合いを止めて集まって来た。  
「美夏が言っていたお楽しみって、綾瀬さんの事だったんですね」  
「あたしもビックリしたよー。だって、美夏ってばちっとも教えてくれなかったしー」  
「美羽も〜」  
「ま〜ま〜、細かい事は気にしな〜い。それに、こう言う"さぷらいず"は内緒にしとかなきゃ面白くなくなっちゃうしね?」  
 三人に詰め寄られつつも、何処と無く美夏の表情が得意そうに見えるのは、美夏の演出が上手くいったからだろう。  
 伊達に演劇部の副部長と脚本担当を務めていないと言うか、何事も盛り上げようとする美夏の前向きさの顕れなのかもしれん。  
 
 そんな事を考えていると、  
「あ〜、そうそう。今日の"さぷらいず"はまだあるんだよ? 何と、今日のパーティーはおに〜さんがわたしたちをエスコートしてくれま〜す!」  
「え? 綾瀬さんがですか?」  
「綾瀬おにーさんのエスコートですかー」  
「それは中々に魅力的ですな〜」  
 美夏の言葉を聞いて、エリ、光、美羽の三人の視線が俺に集まった。  
「ほらほら、おに〜さん。ちゃんと皆に言わなきゃ」  
「あ〜、え〜と。その、宜しくな」  
 隣に立った美夏から肘で脇腹を突付かれて、俺はセーターを脱いだ後の静電気に擽られる様な痒さを項に感じながら三人に会釈を済ませた。  
「そうそう。『こんなにぷりてぃ〜で愛らしい女の子たちのエスコートを任されるなんて最高だ!! 今日は他の狼たちが手を出せないくらい、俺の熱く猛り狂ったパトスで面倒見てやる!!』だなんて。きゃっ☆」  
 ……  
 流石にその台詞はアレだろうに……。つーか、そんな危ない奴にはエスコートされたくないと思うんだが?  
「も〜、解ってないな〜。おに〜さんは。それくらいおに〜さんに喜んで欲しくて、エスコートして貰いたいんだってば。それとも、こんな美人揃いを前にしておに〜さんは何とも思わないってゆ〜の?」  
 美人って……  
 そりゃあ、四人とも間違い無く美少女に分類されるだけの容姿だとは思うが、美人と言うよりはまだ可愛いと言うのが妥当な処だろう。  
 そんな事を考えながら、美夏、光、美羽と、ちんまいお嬢様たちを順繰りに眺めたが、頬を膨らませて不満そうな視線を放っている様を見せつけられても尚更そうは思えないっつーか、まぁ、エリくらい落ち着きがあって大人びていれば美人と言えるのかもしれんな。  
「……おに〜さん。な〜んでそこでわたしたちとエリちゃんを見比べてるのかな〜?」  
 例の如く、鋭い勘で美夏が半目でじ〜っと俺を見てきやがった。  
「え? あ、あの、綾瀬さん。私、何処か変でしょうか?」  
「ん、あぁ。何でも無い。気にせんでくれ」  
 美夏に言われて俺の視線に気が付いたエリが不思議そうに首を傾げてきたが、まさか女の子に向かって浮くどころか、クシャミの拍子に飛んだ入れ歯の様な台詞が吐ける程、俺は器用じゃないワケで……  
「あー。まー、エリはあたしたちから見ても文句無しに綺麗ですからねー」  
「むぅ〜。美羽だって〜、もう少し大きくなったらおに〜さんを誘惑出来るのになぁ〜……」  
「そんな、私なんて……。それに、ゆ、誘惑だなんてそんなつもりは……」  
 納得した感じの光と少し残念そうな美羽の二人の言葉に、耳まで真っ赤になったエリが顔を伏せた。  
 その恥らう姿から醸し出される慎ましさや淑やかさが、また一段とエリの大和撫子っぷりを際立たせていると言うか。ウチのアホ姉とその親友にも、エリの爪の垢を煎じてガロン単位で飲ませてやりてぇな。  
 まぁ、あの二人の場合はそれ以外にも必要最低限の家事スキルの修得と酒癖の悪さを何とかせんとイカンのだが。  
「――って、おに〜さんもエリちゃんに見惚れてないで、わたしたちもエスコートしないとダメだよ」  
「ん?」  
「そうですよー。この前は皆一緒に相手してくれたじゃないですかー」  
「む?」  
「温かくて大きくて、凄く気持ち良かったよね〜。美羽、またおに〜さんに乗りたいな〜」  
「……」  
 (最後が激しく微妙な言い方のような気がするが、)そう言って美夏を真ん中にして、右と左から光と美羽の三人が俺に寄り掛かってきた。  
「お、おい……」  
 いくらちんまいとは言え、流石に三人からプッシュされれば二歩三歩と後退せざるを得ず。  
「おわっ!? んがっ!?」  
「にゃあっ!?」  
「わわっ!?」  
「きゃ〜!?」  
 割と入り口の近くに居たお陰もあってか、ホール隅の壁側に設置してあった休憩用のソファーに膝を折られた俺はその儘三人の押し倒される形で見事に倒れ込み、微妙にソファーの幅から漏れた後頭部を壁にブチ当てしまった。  
「あ、綾瀬さん。みんなも大丈夫ですか?」  
 一人、当然ながら無事だったエリが心配そうに覗き込んできたが、やたらとデカい上にクッション性の高かったソファーのお陰もあってか、俺の腹と腕の中の美夏たちは何とか無事のようだった。  
「あ、あぁ。ソファーのお陰で大した事は無いぞ。美夏たちも、何処かぶつけたりしてないか?」  
「う、うん。大丈夫だよ? おに〜さん」  
「あちゃー。調子に乗り過ぎちゃいましたねー。済みません、綾瀬おにーさん」  
「ごめんなさい〜」  
 一瞬、瞼の裏で星が幾つか弾けたが、喉の奥から漏れ出そうになった呻き声はそのまま飲み込んで何とか遣り過ごした。  
 
「あ、あの……。綾瀬さん……」  
 俺が頭をぶつけた事を知っているエリが何か言いたそうにしていたが、それを俺は首を振って制した。エスコートする俺が、余計な気を遣わせては本末転倒だろう。  
 幸いにも体の頑丈さは俺の数少ない長所であるし、それに痛さと衝撃ならこの前の初詣ででの地蔵(安産祈願)との正面衝突の方が上だったしな。  
 良い加減、この辺りで美夏たちを楽しませてやらんと俺の立場が無い気がする。  
「あー、それよりもだな」  
「にゃ?」  
「はい?」  
「なぁに〜?」  
 取り敢えず、俺の上に乗っかっている三人を立たせて、  
「折角こうやって休日にみんなで集まったんだ。ウマそうな料理も並んでるし、そろそろ俺たちもパーティーを楽しもうと思うんだが?」  
 微妙にまだ痛む頭を誤魔化す為に、ちと無理して笑ってみたんだが、  
「! う、うん。そだね」  
「! で、ですよねー」  
「! そ、そうなのぉ〜」  
 それを見た美夏たちの表情や動きが何やら途端にカタくなってしまった感じからして、俺の目論見は見事に外れたらしい。  
 むぅ……。これは若しかして、やっちまったんかね?  
「そ、それじゃ〜、おに〜さんはここで待っててね? わたしたちがお料理を運んでくるから」  
「い、行ってきますー」  
「え、えへへ〜」  
 散った後に殺虫剤を撒かれた蜘蛛の子みたいに、三人は俺から離れるといそいそと料理が載せられているテーブルに逃げる様に向かって行った。  
 ……  
 そりゃあ自分でも愛想の良い方だとは思わんが、人懐っこいあの三人に逃げられると多少なりともショックと言うか、寧ろあの三人でアレなら俺の笑顔(のつもり)は普通に職務質問されかねんレベルと言う事なんだろうか?  
 両手で顔を覆ってソファーにガックリと肩を落としていると、ふんわりとした甘い香りとソファーが柔らかく沈む気配が俺の隣から感じられた。  
「驚きました。綾瀬さんって、美夏とは普段からあんな風にされているんですか?」  
「いや、何つーか。その……」  
 オウンゴールでハットトリックを極めちまった様な居た堪れない気分だったが、それでも話し掛けてきたエリの方に顔を向けようとした時、「失礼しますね」と言うエリの声が聞こえてきた。  
「お?」  
 後頭部に伝わってくるヒンヤリとした冷たい感触。  
 目だけ向けて見てみれば、水の入ったグラスを持ったエリが濡らしたハンカチを絞って俺の頭に押し当ててくれていた。  
「良かった、コブにはなっていないみたいです。ですけど、少しでも体調がおかしくなったと感じられたら直ぐに病院で診て貰って下さいね」  
「あ、あぁ。悪いな、気を遣わせちまって……」  
 後は自分で冷やそうと思ってエリからグラスとハンカチを受け取ろうとしたが、エリは俺の手をひらりと上品に躱してニコニコと俺の後頭部を冷やし続けた。  
「?」  
「ふふっ。美夏が綾瀬さんの事を楽しそうに話す筈です。私も、クラスのみんなにお話したくなってしまいました」  
 情けない処を見られた割には、エリは清々しい表情で俺にそう漏らしてきた。  
「いいえ、全然情けなくないです。ソファーに倒れる時。みんなが怪我をしないように、綾瀬さんが上手に守ってくれてました。私、何だかドラマのワンシーンみたいで、凄くドキドキして……」  
「まぁ、三人ともそんなに大きくはないからな……」  
 俺自身、咄嗟に体が動いただけで上手く三人をカバー出来たかどうかすら覚えていなかったが、流石に演劇部の部長であるだけにエリは色々と細かい動作にも気が付いてしまうらしい。  
「も、若し、私が転びそうになってしまっても、裕人さんは美夏たちみたいに抱き止めて下さるのでしょうか?」  
「ん?」  
 エリにしては珍しい聞き取り難い声で話し掛けられ、後頭部を冷やされていた俺は首だけを動かしてエリの方を見てみて、  
「――っ!? い、いえ。何でもないです」  
 何故か急にエリにそっぽを向かれてしまったのだった。  
 処で、そんなに俺の顔は驚かれる様な造作をしているんかね?  
 
「ほらほら、おに〜さん。キョフテ(トルコのハンバーグ)を持ってきたよ〜」  
「あ、あぁ。有難うな、美夏」  
「あたしのはミーゴレン(インドネシアの焼きソバ)ですよー? どうぞー」  
「おぅ、光もサンキューな」  
「美羽は〜、トムヤンクン(タイのスープ)だよ〜。召し上がれ〜」  
「わ、わざわざスマンな、美羽も」  
 それからの俺はと言うと、あの盛大に倒れ込んだソファーの上で、せっせと(主にアジアの)料理を運んでくるお嬢様たちに囲まれ、餌付けされる雛鳥の様な状態になっていた。  
 
 別段、皿に盛られてくる料理の量自体はそんなに多くはないんだが、如何せん椀子ソバの早食い大会の選手の隣でスタンバっている継ぎ手の如く三人が料理を持ってきてくれるお陰で、俺の胃袋は確実にその空き容量を埋められつつあった。  
「な、何でこんなに俺に食わせたがるんだ?」  
 次の料理を運んでくる為に三人が散開して行った後の小休止に、俺は天井を見上げて一息吐いた。  
 一皿が一口二口の量とは言え、流石にこのペースでは下手をすればマーライオン(つまりは、リバース)にもなりかねん勢いである。  
 取り繕わねばならん体裁や外聞の無い俺がどう思われようと一向に構わんが、このパーティーでマーライオンになってしまえば俺を招待した美夏や一緒になっていた三人にも迷惑が掛かる事は閃光弾を直視するより明らかである。  
 まぁ、美夏たちがこれ以上俺に料理を食わせなければ良いんだけどな……  
「それは、やっぱり綾瀬さんだからじゃないでしょうか?」  
 天井を映していた俺の視界に、口元を綻ばせたエリが入ってきた。  
「俺だから?」  
 俺の言葉に、料理を持ったエリが強く頷いて肯定してきた。  
 はて? 今までの人生で食べっぷりを褒められたり、牛飲馬食の伝説を作った覚えは無いんだが?  
「いえ、そうではなくて。みんなは綾瀬さんに美味しいものを召し上がって戴いて、喜んで欲しいのだと思います」  
 確かに運ばれてくる料理はどれも文句の付けようが無いくらいにウマかったが、平均的な食の男子高校生の俺にはそろそろ兵糧攻め(?)になってきていたりするわけで……  
「そ、そうですね、この儘だと綾瀬さんがお腹を壊してしまうかもしれませんね……」  
 エリが心配してそう呟いているものの、その手にある料理と俺とをちらちらと見ては何処と無く残念そうな表情を浮かべている様に見えるのは気の所為だろうか?  
「……(じ、じー)」  
 ……ひ、一口くらいならまだ余裕だよな?  
 引き攣りそうな胃袋の具合を細心の注意で確認しつつ、俺は覚悟を決めて口を開いた。  
「あ、あー……。そう言えば、エリが持ってる料理は何かウマそうだな」  
「そ、そうですか?」  
 俺の言葉に、青菜に天然塩だったエリの表情に期待の色が差した。その表情に奮い立たされて、俺は己の胃袋にもう一頑張りをさせてみる事にした。  
「あぁ、美夏たちが持ってきたヤツとも違う感じだし。何て言う料理なんだ?」  
「これはトゥクパと言って、チベットの饂飩なんだそうです。良かったら、綾瀬さんも如何ですか?」  
「それじゃ、一口貰うぞ?」  
「はい。どうぞ、裕人さん」  
 エリから皿を受け取ると、俺はトゥクパをずるずると食い始めた。  
「ど、どうですか? 裕人さん」  
「うん、野菜とか肉とか色々入ってる割にはあさっりしてるんだな。結構ウマいと思う」  
 結構腹が膨れていたにも関わらず、エリの持ってきてくれた料理は呆気無く俺の胃袋に収まった。そんな俺の食べる様子に、エリが安心した様に吐息を漏らした。  
「裕人さんのお口に合って、良かったです」  
「まぁ、エリの持ってきた料理はまだ食ってなかったしな」  
「あ、はいっ……!!」  
 エリが、少し驚いて俺を覗き込んだ。  
「――とは言ったものの、流石にこれ以上はもう入らないけどな。悪いが、エリが最初に持ってきてくれた料理で最後みたいだ」  
 そして、遂にソファーに凭れ掛かってギブアップを宣言した俺に、  
「ええ、お粗末様でした。裕人さん♪」  
 にっこりとエリが笑い掛けてくれたのだった。  
 
「……なぁ」  
「? どうしたんですか? 綾瀬おにーさん」  
「なぁに〜?」  
 かしまし三人娘からの物量戦から解放されたのも束の間、  
「この状況は、一体何なんだ?」  
「えー? そりゃー、アレですよー」  
「おに〜さんからのぉ、エスコートだよぉ」  
 今度は右と左から光と美羽に挟まれて、俺はソファーに座らせられている状態になっていた。  
 まぁ、単に隣に座られているくらいならさっきのエリが座っていた様に何ら問題は無いんだが……  
 それが二人に掴まれた腕がそれぞれの肩を抱く様に回されている状況となると、何処からどう見ても俺がお嬢様(×二)を侍らせている様にしか見えないわけなんだが。  
「男の人って、こうやって女の人のお相手をするんですよねー?」  
「ご指名されて〜、一緒にご飯を食べたり〜、お喋りしたりするの〜。そして〜、お捻りを貰うんだよ〜」  
 選りにも選ってと言わんばかりの箱ならぬ無菌室育ちのお嬢様その認識は、一体何が元になっているんだろうね? 美羽に至っては、まんまホストだしな……  
「あれ? でもー、あたしはコレはコレで十分に楽しいですよー?」  
「えへへ〜。美羽もだよぉ〜」  
 
 上機嫌そうに目を細めながら、光と美羽が俺の腕を更に引っ張ってすりすりと摺り寄ってきた。  
 当然、そんな事をすれば密着度は劇的に上がるわけで、しかも二人の肩から腰へと回されているシートベルトならぬソファーベルト(?)状態の腕に、ささやかではあるがふにふにとした柔らかい感触が伝わってくると言うか……  
 下手に動くと余計にマズイっつーか、かと言って無碍に振り解くわけにもイカンし……。  
「どーしたんですか? 綾瀬おにーさん、何か顔が赤いですよ?」  
「お手手もぉ、ガチガチだよぉ〜?」  
 両脇の二人が俺の顔を覗き込むように、ずいと顔を寄せてきた。その拍子に、二人から起こったそよ風に乗って甘い匂いが俺の周囲を漂ってくる。……いくら何でも、無防備過ぎると思うんだが。  
「! そ、それより、美夏は何処に行ったんだ? さっきから姿が見えないんだが?」  
「あー、美夏ですかー?」  
「それなら〜、あそこにいるよぉ〜?」  
「あそこ?」  
 謎の不整脈気味の心臓を無視しつつ周囲を見渡していると、(相変わらず俺の腕を抱いた儘の)光と美羽が揃って前方を指差した。その時、マイク越しの那波さんの声が会場に響き渡った。  
「それでは〜、本日お集まり頂いた皆様に、美夏様から謝意を表しましての御演目がございます〜」  
 目を遣ってみれば、設置されたステージの上に、少し前にドネルケバブを持って来てくれていたちんまいツインテール娘の姿があった。  
 しかし、今壇上にいる美夏の手にあるのは料理を載せた皿なんかではなくて……  
「ヴァイオリン?」  
「あれ? 綾瀬おにーさんは、美夏のヴァイオリンを聞いた事無いんですか?」  
「すっごく〜、上手なんだよぉ〜」  
 そんな俺を、得意そうに見上げてくる光と美羽。  
 確かに、ヴァイオリンが趣味だとは聞いていたがその腕前を披露された事は無かった気がするな。  
 そんな事を考えている間に、ステージの中央で全員の前で優雅に一礼をする美夏。その動作に、喧騒に包まれていた会場は水を打ったように静まり返っていた。  
 そして、弓をその小さな顎と肩で挟んだヴァイオリンの弦の上にそっと載せると、流れるように弓を引き始めた。  
「……」  
 聞こえてきたのは、音楽に関しては全くの素人の俺でも知っているCMやBGMなんかで良く流されている、馴染みがあり過ぎて普段なら聞き流してしまいそうな曲だった。  
「弦楽五重奏曲ホ長調G275ボッケリーニ作曲の第3楽章、『メヌエット』ですね」  
 ソファーの後ろで控えていたエリが、ぽつりと声を漏らした。  
「王室作曲家でしたボッケリーニの曲の中でも、特に名曲と言われている作品です」  
 耳に馴染みがあるだけで、割と雅な曲であるらしい。それでも、奏でられている旋律の中の何処か親しみを覚えてしまうのは演奏している美夏の腕前なんだろう。  
「何つーか、美夏らしい演奏だな。フレンドリーっつーか、聴いてるこっちまで楽しくなってくるっつーか」  
 今まで何度も耳にしてきた曲の筈なのに、心の底から高揚感が天然温泉のように湧き上がってくる。  
 時間にして三分半ちょいの短い演奏だったが、手を引かれて遊びに誘われている様な、自然と口元が緩んでしまいそうになる美夏のヴァイオリンだった。  
「ご清聴、有難うございました〜」  
 締めに美夏が一礼をした直後、  
「こんなに素晴らしい『メヌエット』は、初めて聴きましたわ!」  
「ブラボー!」  
「こ、これが、あの乃木坂美夏の実力……(ごくり)」  
 盛大な拍手と賞賛の声が一斉に会場に湧き起こった。  
「すげぇな……」  
 そんな盛り上がった空気の中で、音楽の知識も語彙力も無い俺が搾り出せたのは、在り来たりな月並みの言葉だった。それでも、その一言には俺の万感の思いを込めたつもりだった。  
「でも何て言うかー、いつもより良い音が出てた感じでしたよねー? 情熱的って言うかー」  
「うんうん〜。やっぱりぃ、おに〜さんが聴いてるからなのかな〜?」  
「聴いているだけで、何だかドキドキしてしまうような演奏でしたね」  
 隣で、何やらうんうんと頷き合っている光たち。喧騒に紛れて何を言っているのかは聞き取れなかったが、三人の納得した表情を見れば内容を気にするまでもないだろう。  
「やっほ〜☆ おに〜さん、わたしの演奏どうだった〜?」  
「お?」  
 元気な声に振り返って見てみれば、そこには会場を沸かせたツインテールのお嬢様がアジリティー(ハードル、トンネル、シーソー等をクリアしていく犬の障害物競走)を遣り遂げたウェルシュ・コーギーのような期待に満ちた目で俺を見ていた。  
 脳裏に蘇ってくるのは、一月の旅館での温泉卓球で美夏(と澤村さん)が勝利した時の状況。  
 
 後ろ手にしてやや前傾姿勢を取っているのは、罷り間違っても俺に頭突きを喰らわせる為ではないだろう。  
 美夏は褒められると伸びるタイプだと言う那波さんの言葉を思い出し、俺はトレードマークであるツインテールの頭をゆっくりと撫でた。  
「あぁ、巧かったぞ。正直、びっくりしちまったくらいだ」  
「え、えへへ〜……♪」  
 嬉しそうに目を細める美夏に、俺の口の端も釣られて綻んだ。  
 甘えん坊で寂しがりやの癖にそれを認めたがらない美夏は、こうやって褒められる事とかを理由にしないと色々と素直になれんのかも知れん。  
「おー、『月下の苺姫』が真っ赤に熟れてますなー」  
「ですな〜。でもぉ、美羽も撫でて欲しいかも〜」  
「そうですね。ちょっと、羨ましいです」  
 光と美羽はニヤニヤと、エリは微妙に顔を赤らめながらそんな事を呟いていた。  
 そして、更にその周囲では、  
「おい、何だあの男は? それに、美夏様があんなに気を許した態度を取られているなんて」  
「美夏お嬢様の頭を、気安く触るだと……?」  
「いやそれよりも、あの男と一緒に居るのは確か――初瀬家と藤ノ宮家、それに塔ヶ崎家の御令嬢じゃないかっ!?」  
「……(脳内検索中)……。あぁ、思い出したぞ! 確か、春香様のお誕生日会で玄冬氏や秋穂氏に挨拶していた男だ!」  
「そう言われれば、あのメガネは見覚えがあるぞ!」  
「俺も、あのメガネだけは思い出した! まさか乃木坂家だけでなく、東ヶ崎家ともパイプを持っているのかっ!?」  
「恐るべし、メガネっ……!(ゴクリ)」  
 などと、(主に御曹司を中心に)どよめきと憶測が広がっていた。  
……つーか、どうやら俺の印象はメガネしか残っていないらしい。  
 そんな周囲からの俺への認識を切ない気分で確認させられていると、俺たちを眺めていた人込みの中から取り巻きを引き連れたセンスの悪いスーツを着た金髪男が俺たちの前に現れた。  
「HEY. 皆、騙されちゃいけないよ! こいつはどこぞの御曹司でもなければ一国の王子様ってワケじゃない。正真正銘、只の貧乏人なんだからさ!」  
 俺を指差しながら、そのパツキンが何かイキナリそんな事を言い放ちやがった。  
「RESTROOMに涌いてくるカマドウマみたいにボクたちのパーティーに潜り込んでくるなんて。全く、油断も隙もあったモンじゃないよ。HAN」  
「GET OUT!」  
「SON OF A BITCH!」  
「GOD DAMN!」  
 仰々しい身振り手振りをしながらパツキンが気障ったらしく台詞をベラベラと垂れると、続いてその取り巻きからも野次が沸き起こった。  
「あのクソ忌々しい執事の真似事から抜け出して今日のパーティーに来てみれば、まさかお前がこんな所にいるなんてな。パパへ手土産を持参してボクの正しさを証明するついでに、どうやらボクの雪辱も果たせるってワケだ。HAHA」  
 ツカツカとシークレットシューズ(特注二十五センチ)の踵を鳴らしながらパツキンが俺に近寄ってきたが、生憎と此処に居る知り合いと言えば双葉のお嬢様たちくらいしかいないわけで……  
「え〜っと、この人っておに〜さんのお知り合い?」  
「いや、全く以って記憶に無いと思う」  
 ダイビング中にテヅルモヅル(クモヒトデの一種で、やたらモジャモジャしている生物)を見付けた様な表情で美夏が小声で訊いてきたが、俺よりもこのパーティーに縁のある美夏ですら知らないとなれば、今日が初参加である俺の知り合いである筈が無いのは明らかだろう。  
「あー、すみませんが人違いとかじゃないですか?」  
 俺としては妥当な対応だったと思ったんだが、その対応にパツキンの眉間にビキィ! と深い皺が寄りまくった。  
「ひ、人違いだって? そ、そんなワケがあるもんか! たかが下流の階級の下衆の分際で、に、二度もボクに恥を掻かせやがったお前の事を、間違える筈が無いだろう! 春香様の誕生日の件と言い使用人たちの集まりの件の事と言い、忘れたとは言わせないぞ!」  
「あ〜……」  
 その言葉で、俺の頭の中のそろそろ抹消されそうになっていた記憶が浮かび上がってきた……  
 そう言えば、何かと粘着質なちょっかいを出してくる度に張り倒されたりぶっ飛ばされたりしていたパツキンがいた気がするような……  
 まぁ、その後に色々と嬉し恥ずかしなイベントが起こったりして記憶から上書きされてしまっていたりするんだが、別に上書きされんでもコイツに関する記憶は優先的に削除フォルダ入りである事は間違い無いだろう。  
「くっ……。ど、どうしてもボクを虚仮にしたいらしいな、貧乏人……。お前が、お前如きがボクに関わってこなければ、こんなに面倒な事にはならなかった筈なのに……」  
 (不本意ながら)思い出した俺を見て、ふるふると身を震わせたサザーランドの眉間に更に日本海溝の様な深い皺が立った。  
 
 と言われてもコイツの場合、面倒な事は身から出た緑青(有毒)であるし、俺から関わった覚えも一切無いんだが。  
「ふ、ふん。そうやってボクを挑発して罠に嵌めようったってそうはいかないからな」  
 サザーランドは大きく深呼吸をすると、爪先で床を鳴らしながら前髪を掻き揚げて不敵に口の端を吊り上げた。  
「卑しい貧民は、高貴で誇り高いボクには考え付かないような姑息な手段で貶めようとしてくるからね。だけど、もうボクには同じ手は通用しないぜ?」  
 「何故なら――っ!」と、サザーランドは両手を大きく広げてぐるりと回転し、  
「ボクは気付いたんだ! 人の上に立つ選ばれた人間にとって、何が一番大事かって事をね!」  
 正面に戻ってきて、ビシッ! っと俺を指差した。  
「その人にとって、何が一番幸せかが判るって事さ!」  
 言い放たれた言葉は、以前のコイツからしてみれば、他人の事を考えられるようになっただけでも十分なくらいマトモな言葉だった。何だ? 一応、執事の修行とかで少しはマシになったのか?  
 そう思い掛けた時、  
「だからお前みたいな使用人は使用人同士、そしてボクたち資本家は資本家同士で釣り合っているのが正しいのさ。それが互いの為なんだよ。前回は悪かったな、貧乏人。あんな使用人でも、お前にとっちゃ大事な使用人だったんだろ?」  
「…………」  
 続いたのは、前言どころか、一瞬でも見直そうとした自分自身すらも撤回したくなるような言葉だった。  
「と言うわけで――」  
 呆れて物も言えない俺に、サザーランドがツカツカとシークレットシューズ(特注二十五センチメートル)の踵を鳴らして近付いて来て、  
「解ったら、その薄汚い手を美香お嬢様の頭から離せよ。この貧乏神の疫病神」  
 美夏の頭から、俺の手を叩き落としたのだった。  
「痛っぅ!?」  
「わわっ!?」  
 いきなりのサザーランドの行為に、美夏が思わず驚いた声を上げた。  
「美夏っ! 大丈夫か!?」  
 咄嗟に美夏に手を伸ばそうとしたが、その腕をぐいと横から伸びてきた手に掴まれた。  
「ANN? ボクの言った事が理解出来てないのか? 身の程を弁えろって言ったんだよ。コレだから教養の無い下民風情は」  
 俺の腕を掴んだシュートが、自分のこめかみをトントンと叩く仕草をして片目で俺を覗き込んだ。  
「おい、みんな。この勘違いした貧乏人をちょっと捕まえておいてくれよ」  
「OK.任せとけ、シュート」  
「OH! STINK! HAHAHA!」  
「WELCOME! FUCK'ING JAP!」  
「くっ!?」  
 取り巻きに押さえ付けられ、側線を押さえられた魚みたいに身動きが封じられてしまった。  
「お、おに〜さんっ!」  
「おっと、あんな男に近づいちゃいけないよ。美夏お嬢様」  
 心配した美夏が俺に駆け寄ろうとしたが、その進路をサザーランドが遮った。  
「奴は正真正銘の貧乏人なんだぜ? どうせ美夏お嬢様に取り入って、良からぬ事をしようと企んでいる下衆な野郎に決まってるのさ」  
「お、おに〜さんはそんな人じゃないもん!」  
「OH! 可哀想に、美夏お嬢様! ホラ、みんな見たかい、聞いたかい!? その男は純真な美夏お嬢様を誑かして弄んでる最低最悪の貧乏人なんだぜ!?」  
「OH REALY!? そいつは、酷いね!」  
「SCUM!」  
「GO TO HELL!」  
 サザーランドの言葉に美夏が抗議したが、その言葉を待っていたとばかりにサザーランドが俺を扱き下ろし、取り巻きたちからもそれに呼応する様に合いの手が出された。  
「ちょ、ちょっと。いきなり何なんですかー!?」  
「おに〜さんはぁ〜、とぉってもぉ、優しい人だよぉ〜!」  
「何を根拠にそんな事を言うんですか!」  
 光、美羽、エリたちも抗議の声を上げるが、その言葉にサザーランドは「HAN」と鼻で笑って俺を指差した。  
「根拠? そんなもの、その男が貧乏人だからで十分じゃないか」  
「はいー?」  
「えぇ〜っ?」  
「――っ?」  
 返ってきたサザーランドの予想外の言い分に、面を喰らった三人が唖然として目を丸くした。  
 返す言葉も無い三人の様を見て論破したとでも思ったのか、サザーランドが得意そうにそのパツキンの前髪を掻き揚げた。  
「オイオイ。ボクは親切で教えてやっているんだぜ? それに、その男はこの会場にやって来てからやった事と言えば、満足に動けなくなるまで馬鹿みたいに料理を食べまくっただけじゃないか。HAN! 流石は貧乏人。さもしいったらないね」  
 コイツ、そんな時からわざわざ俺たちの事を見ていやがったのか?  
 どうせならその儘見るだけで終って欲しかったんだが、この手の連中に限ってはそうは問屋が販売拒否と言うか、何でこうも俺に関わってこようとするんだろうか?  
 
「NN〜? 目の前で不愉快極まりない下衆な人間がいつまでも野放しにされていたら、それを正すのは当然だろ? ボクはみんなの為を思って率先してやってあげてるのさ」  
 自慢げに、サザーランドが両腕を広げて会場の全員に言い放った。  
「残念だったな、貧乏人。お前の考えなんて、このボクには全てお見通しなんだよ」  
 俺の何を見通したのか判らんが、サザーランドは俺を一瞥した後、隣にいた美夏を見下ろして口の端を吊り上げた。  
 「に、にゃ〜っ……!」と、威嚇する様な声を上げて一歩後退った美夏に、サザーランドが俺を顎でしゃくる。  
「良いかい、美夏お嬢様? そいつは美夏お嬢様を利用しようとしてるんだぜ?」  
「にゃ……?」  
 ……何を言っているんだ、コイツ?  
「知らばっくれるなよ? じゃなけりゃあ、何でお前は美夏お嬢様に気に入られているのさ? HAN! どうせ、春香様を狙っているんだろう? それ以外に考えられないね!」  
「――っ」  
 サザーランドの言葉に、美夏の小さな肩が僅かに震える。その様子を見たサザーランドが、肩を竦めて溜息を吐いた。  
「ショックだったかい? 美夏お嬢様。でも、それが現実なのさ。この男は、目的の為なら人の心も平気で踏み躙る最低最悪の人間なんだからさ」  
 そして、サザーランドがしゃがんで美夏の小さな肩に手を伸ばそうとした瞬間、  
「……美夏、スマンな」  
「え? お、おに〜さん?」  
 俺は美夏に謝罪の言葉を口にしていた。  
「HA! とうとう自分の非を認めたようだね? 良いぜ。おい、その貧乏人を放してやれ」  
 俺の言葉を聞いて満足したのか、サザーランドが俺を取り押さえていた取り巻きたちに指示を出した。  
「非を認めたんなら、次は何をするか解っているよな? 貧乏人?」  
 ニヤリと酷薄に笑うと、サザーランドは自分と美夏の前を指差した。  
「どうせ心から反省してるなんて思わないけど、形だけでも詫びを入れさせてやるよ。這い蹲って土下座しな、貧乏人」  
「お、おに〜さん……?」  
 俺の謝罪の言葉に動揺したのか、美夏が不安そうな表情で俺を見ていた。  
「美夏……」  
 そんな美夏の前で俺は膝を着き、  
「エスコートを任されたってのに、こんな思いをさせちまって悪かったな」  
「――っ!? お、おに〜さんっ!?」  
 目の前の小さな体を、そっと抱き締めた。  
「ちゃんと守ってやるからな。もう大丈夫だ、美夏」  
「あ……」  
 声が震えたかと思うと、美夏はその儘俺の肩に目頭を押さえ付けてきた。  
 俺の服を掴む手の強さや腕の中から伝わってくる震えに、もっと早くこうしてやれば良かったと思い知らされる。  
「HAAN!? おい、美夏お嬢様に何をやっているんだよ!? この変質者がっ! これ以上、美夏お嬢様を辱めようって言うのか!?」  
 激昂したサザーランドが罵声を浴びせてきたが、その言葉に俺は真正面から迎え討った。  
「侮辱してるのは、あんたの方だろう……!」  
「――なん、だって……!?」  
 俺なんかがいくら中傷されて笑われようとも、そこは流す事が出来た。  
 だけど、美夏を春香に近付く為の駒だと言ったコイツの言葉はどうしても流す事は出来なかった。  
「確かに美夏はお嬢様で色々と複雑なのかも知れんが、俺にとってはそれでも普通の女の子と変わらない存在なんだよ! 家柄だとか春香に近付く為だとか、そんな理由で優しくしてるんじゃない! みんな美夏の事が大好きで、大切にしたいからそうしてるんだ!」  
 それは美夏がみんなを喜ばせる為に周囲に配ってきた優しさと幸せに対するみんなからの気持ちで、だからこそ美夏が何処の誰であっても決して揺るがない愛されるべき美夏の本質だ。  
 それを利用価値があるだとか、そんな下らない理由で優しく接する方が美夏の事を想っていないって事だろう。  
「き、奇麗事ばかり並べやがって! そんなのは誰だって出来る事なんだよ!」  
 一気に吐き出した俺の腹の底からの言葉にサザーランドが表情を引き攣らせたが、横薙ぎに腕を払う仕草をすると周囲の人だかりに向かって大きく両腕を開いた。  
「HAN! 貧乏人には精々それくらいが関の山だろうけど、金持ちのボクなら現実的な幸せも保証出来るんだぜ? そんな貧乏人と一緒になるのと、このボクと一緒になったのとどっちが幸せかなんて判りきってるだろう?」  
 そう訴えるサザーランドに、  
「……もん」  
「ANN? どうしたんだい? 美夏お嬢様? 良く聞き取れなかったんだけど?」  
「そんなことないもん! わたしは、おに〜さんと一緒になった方が幸せだもんっ! にゃ〜っ!!」  
 俺の肩から顔を上げた美夏が、会場に響き渡る声でそう言い放った。  
 
「確かにおに〜さんは甲斐性無しかも知れないけど、そんなのはどうだって良いんだもん! いつも優しくて一生懸命で、偶にすっごく格好良いおに〜さんが好きなんだもん!」  
「――なっ!?」  
 とことん自分に対する反論を想定していなかったのか、サザーランドの顔色が一気に変わった。  
「WHY!? そんな貧乏人と一緒になって何のメリットがあるのさ!? どう考えたって、ボクと一緒になった方が賢明ってモンだろ!? 此処に来てる他の奴等だって、自分と釣り合う相手を探しに来てるじゃないかっ!?」  
 サザーランドが周囲に賛同を求めてみても、他の御曹司とご令嬢たちは気拙そうに目を逸らし、そればかりか、サザーランドの言葉に嫌悪感を抱いた人たちからぽつぽつと非難の声が囁かれ始めた。  
「シュ、シュート。そんなに露骨に言わない方が良いんじゃないか?」  
「び、BE COOL.だぜ?」  
「ほ、ほら。俺たち、紳士だしな?」  
 怒り狂ったサザーランドを取り巻きたちが宥めようとしたが、それは高性能爆薬の信管のスイッチを入れる行為になっただけだった。  
「う、煩いっ! このパーティーでパパに手土産を持参しないと、ボクの立場が無いんだよ!」  
 と、そこでサザーランドの血走った目と俺の目が合った。  
「そうだよ。そこの貧乏人が全部悪いんだ……。春香様の誕生日会といい、使用人たちの集まりといい……。お前さえいなければ、ボクがこんな目に遭わずに済んだんだよ!」  
「ぐっ!?」  
「おに〜さんっ!」  
 俺の胸倉を掴むと、もう片方の腕を振り上げたサザーランドがそのまま俺を立ち上がらせた。  
「この、貧乏人風情がっ!」  
 振り上げたサザーランドの拳が、俺のメガネに迫った。瞬間、  
「んにゃ〜っ!」  
「A.AUOOOOOO!?」  
 それまで掴まれていた胸倉の感触が無くなり、ほぼ同時にサザーランドの姿が視界から消えていた。  
「?」  
 周囲を見てみると、何故か天井を見上げている人たちの顔。  
 それに倣って視線を向けてみると、  
 休日の河川敷で打ち上げられたペットボトルロケットの如くぐんぐんと上昇した後、錐揉み状態で自由落下しているサザーランドの姿が見えた。  
「――ぶべっ!?」  
 そして料理の載ったテーブルに墜落し、サザーランドの短い空の旅は周囲に料理をブチ撒けて終了となった。  
 以前に何処かで見た事がある光景だと思っていると、隣にはサザーランドを投げ飛ばしたと思われる技の型を取っていた美夏の姿があった。  
「わ、わたしのおに〜さんに手を出したら承知しないんだから! にゃ〜っ!」  
 ツインテールを振り回し、両手を振り上げた美夏がそう宣言した。  
「い、いくら春香様の妹でも、こ、このボクにこんな事をしてタダで済むと思っているのかい……?」  
 倒れたテーブルの縁に手を掛けて、料理塗れになったサザーランドがゾンビの如く立ち上がってきた。  
「そっちが先におに〜さんに乱暴しようとしたんでしょ〜が。せ〜と〜ぼ〜え〜だよ、せ〜と〜ぼ〜え〜」  
 呪詛のようなサザーランドの言葉に、腰に手を当てた美夏が頬を膨らませて反論した。  
「そうですよー、こっちから手は出してませんよー」  
「言い掛かりはそっちなのぉ〜」  
「綾瀬さんは、ちっとも悪くありません」  
 続く光たちの援護射撃に、サザーランドの顔が怒りに染まる。  
「た、たかが貧乏人の為にサザーランドグループの後継者であるこのボクが蔑ろにされるなんておかしいだろ? 覚えておけよ、貧乏人! サザーランドグループの力の前じゃ、お前なんか駆除される害虫なんだからな!」  
 と、そこでサザーランドはポケットから携帯電話を取り出すと、早速何処かに電話を掛け始めた。  
「HELLO.ボクだよ。何? 今ボクが何処にいるのかだって? そんなのボクの勝手だろ? それより、訴訟担当部署に繋げよ。目障りなゴミをちょっと処理したいんだ」  
 聞こえてくる言葉からして、どうやらサザーランドは会社の権力を行使して俺を潰しに掛かるつもりらしい。  
 俺としては間違った事はしていないつもりだが、それはきっとサザーランドの方も同じなんだろう。仕方が無いが、ここは腹を括って構えるしかないかも知れん。  
 そんな事を考えていた時、  
『……この、大うつけが!』  
「え、パ、パパ!?」  
 会場を震わせるような怒声が、サザーランドの携帯電話から轟いた。  
『執事の仕事を抜け出して何をしているかと思えば、そんな所にいたのか。聞いたぞ、口止めをせんとクビにすると他の者を脅したとは。このバカ者が』  
「だ、だって執事なんてつまらない下々の仕事より、他のお嬢様を口説いた方が有意義に決まっているじゃないか。ボクはサザーランドグループの為を思って――」  
 
『その考えを改めろと言っておるのが、まだ解らんのか。そもそも、今日お前が抜け出した執事の仕事は、誰のお相手をする筈だったのか分かっておるのか』  
「で、でもそんなのはウチの使用人たちにでもやらせておけば良いじゃないか? 所詮は接待なんだし」  
『……シュート。知らんのなら教えてやろう。今日、お前が会う筈だった相手は乃木坂グループの会長の玄冬氏と春香お嬢様だ』  
「そ、そんな……」  
 蒼白になったサザーランドの手から、携帯電話がぽとりと床に落ちた。  
『乃木坂家のパーティーに参加された方々、度々ウチのバカが迷惑を掛けた。電話越しではあるが、謝罪の言葉を述べる事を許して戴きたい。恥ずかしい限りだが、全ては育て方を間違えた私の責任だ。シュートの処遇は、そちらの裁量で決めて構わん』  
 その言葉を最後に、携帯からは規則正しい通話音が鳴り響いていた。  
 
「あらあら〜? どうやら私たちの出番はもう無いみたいですね〜」  
「うぉっ!?」  
 サザーランドが取り巻きたちに連れられ、一応は事の収拾が着いたと気が緩んでいた瞬間、いきなり頭上からにっこりメイドさんの声が聞こえてきた。  
「な、那波さん!?」  
「あらあら、裕人様〜。そんなに驚かれますと〜、那波さんはちょっぴり傷付いてしまいますよ〜?」  
 振り返って見てみると、そこにはにこにこと悲しそうな表情(?)の那波さんの姿があった。  
 いや、気配も無しにいきなり間近で声を掛けられると、肝が瞬間凍結させられるんですが?  
「隠密行動も、メイドには必須スキルなのです〜」  
「――(こくこく)」  
 と、更に那波さんの影から現れて頷くちびっこメイド。  
「すみません〜、美夏様、裕人様〜。実は、先程は丁度サザーランド様からのご連絡がございまして〜。何でも今日の玄冬様と春香様とのご挨拶をすっぽかされた御子息がこちらに来ていらっしゃらないかどうか、確認をさせて戴いていたんですよ〜」  
「――(ちょいちょい)」  
「ん? どうしたんだ? アリス」  
 俺の裾を引っ張りながら、アリスが自分を指差した。その隣で、珍しく複雑そうな表情を浮かべている那波さん。  
「え〜っと、実はアリスちゃんは既に美夏様たちを助けに行こうとしていたんですね〜。ですが、ちょっと気合を入れ過ぎたと言いますか〜。『バルムンク』を持ち出そうとしていまして〜、それで他の皆さんに何とか止めて戴いていたのですよ〜」  
「――(しゅん)」  
 何やらしょんぼりとしているアリスの手に持っている、柄に青い宝石が埋め込まれた金ピカのデカい剣。  
 最近はやたらとチェーンソーやハンマーを見てきた所為でこの手のものに接してもあまり驚きはしないが、それでもみんなが止めるような武器を使ってでもアリスが俺たちの事を助けようとしてくれていたと言う事は判った。  
「ありがとな、アリス……」  
 受け取った気持ちのお返しにアリスの頭を撫で撫ですると、  
「――(ぽっ)」  
 少しだけ頬を赤らめたアリスが、目を細めて俺を見た。まぁ、素手であの玄冬さんを昏倒させる事が出来るアリスが本気を出したら洒落にならん気がするし、そのやたらと大層な名前の剣は抜かれない方が良かったんだろう。  
 そんな事を考えながらアリスの頭を撫でていると、  
 きゅっ……  
「ん?」  
 今度は腰の辺りを引っ張られた。  
 振り返って見てみると、  
「じ、じ〜……」  
 何か言いたそうな表情のツインテール娘が、俺のスーツの端を掴んで見上げていた。  
 むぅ……  
普段なら思った事を徹甲弾の様な言葉で忌憚無く言ってくれる美夏なだけに、今みたいな仕草だけのアピールをされてもブラキオサウルス並に鈍い俺にはイマイチその意図が汲み取れんっつーか……  
「あらあら〜?」  
 そんな美夏の様子に、にっこりメイドさんのサングラスがキラリと輝いた(ように見えた)。  
「それでは〜、私たちはそろそろ裏方に戻らさせて貰いますね〜。アリスちゃんも〜、裕人様と離れるのは名残惜しいかもしれませんけど〜、あまりお邪魔をしちゃいますと〜、ポニーに蹴られて臨死体験ですからね〜」  
「――(こく?)」  
「ち、ちょっと、那波さんっ!? そ、それって、ど〜ゆ〜意味なのっ!?」  
「裕人様〜。美夏様たちのエスコートはお任せ致しますね〜♪」  
「――(こくり)」  
 顔を真っ赤にした美夏の質問を躱しつつ、雲隠れした様に那波さんはアリスを連れて会場の中に消えていった。  
「む、む〜。な、那波さんてばすぐにわたしの事をからかうんだから〜。そ、それは確かにわたしより年上でけ、経験だって色々と豊富なのかもしれないけど、わたしだってそろそろれでぃ〜として扱われるべきってゆうか……。ぶつぶつ……」  
 
 恐らくはポニーの辺りに反応したちんまいツインテールお嬢様(身長一四七センチ)が渋い表情で何やらボヤき始めた。  
 全く、那波さんも付き合いが長いんならわざわざ美夏の逆鱗を紙ヤスリで削らんでも良いと思うんだが、多分、拗ねた美夏の機嫌を直すのもエスコートを任された俺の役目と言う事だろう。  
 それに、結局さっきのイザコザは美夏に助けられたと言っても過言ではないし、良い加減この辺で何か応えてみせんと美夏の言う「もう一歩」を進む事は出来んと思う。  
「あ、あー……。美夏」  
「――っ!? な、何かな? おに〜さん」  
「その、あんな騒ぎになってこんな事を言うのも今更かも知れんが……。出来れば今日のエスコートを続けさせて欲しいんだが、ダメか?」  
「にゃ……?」  
 じっと美夏が真っ直ぐに俺の目を覗き込んだ後、美夏の顔が伏せられ、表情が見えなくなった。  
 その直ぐ後に美夏の両手がぎゅっ! と握り拳を作るのが見えた瞬間、  
「も、勿論だよ! 今日はおに〜さんに、ばっちりエスコートして貰うつもりだったし、わ、我が儘だってい〜っぱい聞いて貰うんだからね!?」  
「あぁ、そうだな」  
 後半は聞いてなかったが、そこは美夏へのささやかな恩返しの機会を与えられたと考えるべきなんだろう。  
 多少の無茶は覚悟して、俺は苦笑交じりに美夏に大きく頷いて応えた。  
 俺の首肯を確認した美夏が、「……ん、んんっ!」と咳払いをして、  
「そ、それじゃあ、おに〜さん。ま、先ずはわたしを両手で抱き締め――」  
「おーっと、綾瀬おにーさん。それは良い事を聞きましたねー☆」  
「それなら〜、美羽たちもおに〜さんにエスコートして貰うのぉ〜」  
「お?」  
 光と美羽が俺の腕の右と左とにしがみ付いてきた。  
「いやー、みんなの前で啖呵を切った綾瀬おにーさんは中々に高ポイントでしたよー」  
「うんうん〜。すごく恰好良かったよぉ〜」  
 腕の内側に身を滑り込ませると、匂い付けをする猫みたいにすりすりとその特上の薄皮饅頭みたいな柔らかくて張りのある頬を俺の脇腹あたりに擦り付けてくる光と美羽。  
「お、おい?」  
「ひ、光っ、美羽っち〜!?」  
前傾姿勢を取っていた美夏が思わず踏鞴を踏んで声を上げていると、ぽふんと、背中に羽が降りた様な柔らかい重さが加わり、仄かに甘いフローラルな匂いが鼻先を擽った。  
「え、えっと……。あ、あの、で、出来れば私もよろしくお願いします……」  
「エ、エリ? あ、あー。別に構わんが……」  
俺の返事に、俺の背中に凭れながら額を軽く押し付けてくるエリ。  
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!  
「――はっ!?」  
 背筋に走る液体ヘリウムの様な汗と殺気に、正面に目を向けた瞬間。  
 「エ、エリちゃんまで……!? む、む〜っ! お、お、おに〜さんのスケコマシ〜! ほ、ほんとに油断ならないんだから〜っ!」  
 何故かそこには、背景に荒らぶる猛虎のオーラを背負った美夏が全身を戦慄かせて俺を凝視していた。  
……いや、確かこの三人もエスコート対象だったんだよな?  
そんな疑問が俺の脳裏に浮かんでいる間に、何やら美夏がさっきよりもやけに角度の付いた前傾姿勢を取り始た。不意に蘇る、二人で部室に閉じ込められた時の不意打ち特攻。  
「は!? ま、待ってくれ! これは一応、美夏が頼んでおいたエスコートでも――ぬおぅっ!?」  
 弁解が述べられる暇も無く、両腕を光と美羽に抱き付かれてノーガードとなっていた俺の腹にしがみ付いてぐりぐりと押し付けてくるツインテール娘のコルクスクリューブローな頭突き(いや、限界まで詰め込まれている腹にはかなりキツいんだが……)。  
「む? あたしたちだって負けてられないよー。美羽、エリちゃん」  
「うん〜、それそれぇ〜♪」  
「あ、え、えっと……。そ、それでは私も……」  
 美夏に呼応する様に便乗してくる光と美羽とエリ。  
「に、にゃ〜♪」  
「あははー☆」  
「えへへ〜?」  
「……(すりすり)」  
 四面楚歌ならぬ四面お嬢様の、やたらと柔らかくて甘い香りのする押し競饅頭状態(一平方キロメートルに換算して、五百万人)を味わいながら、  
 俺は喉元に迫上がりかけてくるマーライオン変身セットの素を必死に堪えて立ち尽くしていたのだった。  
 

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