「それでは〜、裕人様〜。こちらが今晩の裕人様の寝室になります〜」  
パジャマに着替えた俺がにっこりメイドさんに通された部屋は、何と言うか、相変わらずの乃木坂家の財力を反映した様な豪勢な造りの寝室だった。  
春香の部屋も十分に立派だが、こちらは客人用に意識した造りになっている分、アットホームな雰囲気と言うよりはホテルや旅館のそれに近いんじゃないかと思う。  
「お鞄は机の上にありますので〜、宜しかったら中身のご確認をされますと良いと思いますよ〜」  
「あ、はい。有難うございます」  
 窓際にある高そうな執務机(マホガニー製?)の上の俺の鞄に手に取って、中身の確認をしてみる。  
 時間割を確認してみたが、どうやら明日の授業で使う教科書や教材は一通り揃っているようで、これなら問題無く学校に持って行けるだろう。  
 なんて思っていると、  
「ん?」  
 鞄の底に、何か小さな箱がある事に気が付いた。  
 はて? まさか煙草なんて事は無いと思うんだが、一体何の箱なんだろうか?  
 確認する為に取り出そうとした俺の手が、あと数センチで鞄から出る、と言う処で  
「――っ!?」  
その物体が何であるかを理解した俺は、マニュアル車をエンスト覚悟でフルブレーキをするか様に、自分の腕を緊急停止させる事に何とか成功した。  
「どうかされましたか〜? もし、何か足りないものがございましたら〜、何なりとお申し付け下さい〜」  
「い、いえ! 大丈夫ですからっ!」  
 俺の背中だけで何かを感じ取れた那波さんには流石としか言い様が無いが、生憎と今の状況を悟られるワケにはいかなかった。  
「ところで、那波さん……」  
「はい〜、何でしょうか〜?」  
「えっと、俺の鞄を用意したのって……」  
「はい〜。由香里様ですよ〜。何でも『いや〜ん。裕くんったら春香ちゃん家にお泊りだなんて、だ・い・た・ん? 裕くんがオトナになっちゃうのは寂しいケド、ここは餞別を贈るべきなのね。きっと一皮剥けて帰って来るって、おねいさん信じてるもの♪』だそうです〜」  
 もう、猫車に追突されて三途ボートで六道一周の旅にでも出ればいいのにあの人。  
「……取り敢えず、授業に必要な物は全部揃っているみたいですから大丈夫だと思います」  
「畏まりました〜。それでは私はこれで失礼しますので〜、裕人様は存分に寛いで下さいませ〜」  
 優雅に一礼をすると、那波さんはドアを閉める音すら立てずに退出していった。  
 一人になった部屋で、俺は改めて鞄の中からセクハラ音楽教師から仕込まれた核爆弾である問題のソレを取り出してまじまじと眺めた。  
 口に出すのは恥ずかしいので具体的には言えないが、つまりは感染症やショット・ガン・マリッジ予防の為に用いられる、ある意味では十分役に立つゴム製品だったりするワケで……  
「全く、何を考えてるんだか。あの人は……」  
 まぁ、人の誕生日にエロ本をダース単位でプレゼントしてくるような人だから、これくらいのアダルトグッズ(主にセクハラ目的)が用意されていても何ら不思議じゃないんだけどな……  
 とは言え、乃木坂家のゴミ箱に捨てるワケにもいかない以上、この(色んな意味での)危険物は鞄の底にでも沈めておくしか無いだろう。  
 ――コンコン  
「――!?」  
 危険物の処理作業に移ろうかと言う瞬間、部屋に響いたノックに俺の背中を冷や汗がナイアガラの如く流れ落ちた。  
「お、おに〜さん。居るかな〜?」  
「み、美夏か?」  
「あ、やっぱり居たんだ。それじゃあ、入るよ〜」  
「い、いや。ちょっと、待、って、く――うおっ!?」  
 がちゃりと俺の背後で回るドアノブの音に動揺した俺の指先が、例のブツを転がり落とし、それでも空中でキャッチしようとして空振った手がそれを盛大に弾き飛ばし、在ろう事かベッドの上にぽとりと落ちた。  
「くっ……!」  
 もう回収して鞄の中に仕舞うには間に合わないと判断した俺は、逆転を懸けたトライを決めるラガーマンの様にベッド(天蓋付き)にダイビングを敢行していた。  
「うにゃっ!? お、おに〜さん、何してるの!?」  
「い、いや。ちょっと五体投地(両膝、両肘、額を地面に付ける礼法)の練習でもしようかと思ってな?」  
「? 良く分からないけど、お泊りだからってそんなにはしゃがなくても良いんだよ? おに〜さん」  
「あ、あぁ……。そうだな」  
 いきなりの俺の胴体着陸を目撃したネグリジェ姿のツインテールお嬢様が一瞬だけ驚いた表情を浮かべていたが、俺の言葉にまるで銭湯で湯浴みをせずに湯船に飛び込む躾のなっていない子供を見る様な目で俺を見た。  
その視線については思う所が無きにしも非ずなんだが、変に反論して藪を突いてバジリスクが出てくるくらいならこの儘誤魔化してしまう方が遥かにマシだろう。  
 
「そ、それで、美夏は何しに来たんだ?」  
 美夏に死角を作りながら身を起こし、腹の下にあったブツが尻の下にくる様にベッドに腰掛けて俺はそう訊ねた。  
 すると美夏は、  
「んふふ〜♪ おに〜さんだって分かってる癖に〜?」  
 とか、意味の分からんを言って横目で俺を見て(何故か後ろ手でガチャッ! っと部屋の鍵を閉めたりして)きた。  
「夜這いだよ、よ・ば・い♪ おに〜さん。きゃっ☆」  
 微妙にどこぞのアル中教師を彷彿とさせる仕種で、しんなりと身をくねらせる美夏。  
 コレはアレか? この前、双葉女学院で部室に閉じ込められた時のあのノリなんだろうか?  
「いや、夜這いとか言われてもだな……」  
 単に、泊りに来た友人の部屋に遊びに来ただけだろうに……  
「も〜、おに〜さんってば〜。この前もそうだったけど、ノリ悪いよ〜? 折角、こんなにお淑やかで大和撫子な美少女と二人っきりになれてるのに〜」  
 ……お淑やかな大和撫子は夜這いなんてしないと思うんだが?  
 そんな俺の冷静な態度に白けたのか、美夏が頬を膨らませて俺の隣にぽすん、と勢い良く座ってきた(!?)。  
 その場所がまた何と言うか、俺が危険物を下敷きにしている側だったりするわけで、  
「? どうしたの? おに〜さん。何か、領海侵犯した違法操業で松葉蟹を大量に積んでたトコロを海上保安庁さんに拿捕されて、職務質問されてる蟹漁師さんみたいな顔してるよ?」  
「そ、そうか?」  
 どちらかと言えば、帰国直前の出国ゲートでいつの間にか二重底に細工されていた自分の鞄から単純所持禁止なモノが発見された海外旅行者の気分なんだが……  
「む〜……。おに〜さん。何か隠してない? おに〜さんの目がマッコウクジラさんから逃げるマサバさんの群体みたいに泳いでる気がするんだけど?」  
「う……」  
 相変わらず良い勘してやがるな、美夏の奴。  
 だが、教えろと言われて直ぐに教えられるかと問われればそれは確実にノーだろう。  
 以前に椎菜に見られた野乃ちゃんのDVDならまだ言い訳も出来たんだが、セクハラ目的で仕込まれたとは言え、今の俺が隠している物が正真正銘のアダルトグッズである以上どう言い繕ってもアウトである。  
 況してや、被セクハラ耐性皆無の耳年増お嬢様に気付かれでもすれば、美夏がフリーズどころかクラッシュしてしまうのは間違い無いだろう。  
 ……ここは思い切って、話題を変えてみるのが良いかも知れん。  
「そ、それよりも美夏。今日の俺のエスコートについてなんだが、美夏から見てみてどんな感じだったんだ?」  
「にゃ? おに〜さんのエスコート?」  
「あぁ」  
 サザーランドの騒動の後にエスコートの続きをさせて貰ったんだが、やった事と言えば四人のお嬢様全員を膝に乗せて人間ソファーになる事だったり、何故かステージに上げられてのエリマキトカゲの物真似だったりと、流石の俺でもどうかと思うものだった。  
 はっきり言って、古文の問題に英語で解答してしまった様な散々なエスコートだったんだが、話題を変えるのなら結果が分かり切ったものの方が良いだろう。  
 まぁ、エスコート自体が落第点だったのは反省すべき事なんだろうけどな……  
 と、美夏からのダメ出しを予想していた俺だったんだが、  
「よ、良かったと思うよ?」  
「そ、そうか?」  
 美夏から返された答案用紙には、意外と高い採点が付けられていた。  
「そ、それは確かにおに〜さんにはまだ色々と頑張って貰わなきゃいけない事もいっぱいあったケド、光や美羽っちやエリちゃんも十分に楽しんでくれたみたいだから結果お〜らいだよ」  
「まぁ、美夏がそう言うんなら良かったんだが……」  
 エスコート中に何度か美夏から謎のプレッシャーを中てられていた分、てっきり美夏には不評だったのかも知れんと思っていただけに、そんな美夏の好評価に余計にパーティーでの態度が判らなくなってくる。  
 じゃあ一体、美夏は何に対して七輪で焼いた餅みたいに膨れていたんだろうか?  
 首を傾げて考えようとしていると、  
「そ、それじゃあ、わたしからも質問だよ、おに〜さん。お、おに〜さんから見て、き、今日のわたしはどうだった?」  
 隣から俺を覗き込みながら、美夏がおずおずといった感じで訊ねてきた。  
 そんなもん、釈迦に生活指導と言うか河童に水難救助訓練と言うか、今日初めてセレブのパーティーに参加した俺が美夏に付けられる文句なんて無いと思うんだが?  
「そ、そうじゃなくて〜……。何てゆ〜か、お、おに〜さんがわたしにときめいちゃったりとかどきどきしちゃったりとか……」  
「?」  
 後の台詞が小声で聞き取り辛かったんだが、どうやら俺の回答は美夏が求めていたものとは違うものらしい。  
 
と言われても、今日の美夏についてどうかと問われれば、俺にとってはセレブに着飾っていてもいつもの美夏とそう変わらんと思うのが率直なトコロだしな。  
「じ、じ〜……」  
 俺が黙り込んでいる状況を否定的な雰囲気と捉えたのか、美夏がその大きな瞳を揺らして俺を見上げてきた。  
む、むぅ……。これは一刻も早く美夏を褒めてやらんと精神的にクるものがあるな。  
そう思った俺は、取り敢えず初めて聞いた美夏のヴァイオリンの事でも話題にしようとして美夏の頭に手を置いた。  
「……あ」  
 褒めようとしていた俺の表情と頭を撫でられた感触に、美夏の顔に期待の色が差す。  
 そんな美夏に、俺の中で美夏に言おうとしていた美辞麗句が、ヒューズが飛んで明りが落ちた電飾みたいに急激に色褪せていくのが分かった。  
「……」  
「にゃ? ど〜したの? おに〜さん」  
 さっきまでの表情とは打って変わって、黙った儘の俺を何処か落ち着かないと言った具合で見上げてくる美夏。  
 その不安気な美夏の頭を、俺はゆっくりと撫でた。  
「なぁ、美夏?」  
「な、何? おに〜さん」  
「美夏は、褒められる為に頑張らなくても良いと思うぞ?」  
「にゃ?」  
 俺の言葉の意味を掴み損なった美夏がキョトンとした表情で俺を見てきたが、それに構わず俺は手触りの良い美夏の頭を撫で続けた。  
「美夏が頑張った事に対しては褒められて当然かも知れんが、褒められる為に頑張り過ぎるのも程々にしとかんとな」  
「お、おに〜さん?」  
「確かに、美夏のヴァイオリンとかには俺も驚いたし、それはちゃんと褒められるべきだと思う。だけど、今俺が美夏の頭を撫でてるのは別にその事を褒めてるからじゃないって言うのは分かってくれ」  
 多分、それは美夏が最も欲していて、一番求めてこなかったものなんじゃないだろうか?  
「俺が美夏をこうやって撫でたいからじゃ、美夏を撫でる理由にはならないか?」  
「……」  
 黙って聞いている美夏の頭を撫でながら、俺は更に言葉を続けていく。  
「美夏は、もっと我が儘になっても良いと思うぞ?」  
 一見我が儘に見える普段の注文の多さも、ひょっとすると美夏の本音を誤魔化す為のものなのかも知れん。  
 だから、美夏には一人くらい無条件で美夏の我が儘を聞いてやる人間が必要なんだと思う。  
「い、良いのかな? おに〜さん。わ、わたし、何でもおに〜さんに我が儘言っちゃうかも知れないよ?」  
「俺に出来る範囲でなら構わんぞ?」  
 体を預けてきた美夏がじっと俺を見つめてくる。  
 そして美夏の小さな唇が何度か開いては閉じた後、何かの決意をした様な息を呑む音が聞こえた。  
「そ、それじゃあ、おに〜さん」  
「ん? 何だ? 美夏」  
「え、えいっ!」  
 ぎゅっ……  
「……み、美夏?」  
「…………」  
 そんな気合いの入った掛け声が聞こえたかと思うと、気が付けば俺の肩口に顔を押し付けた美夏が俺の背中に腕を回して横っ腹にしがみ付いていた。  
 じんわりとサラサラとしたネグリジェ越しに伝わってくる美夏の温かさと柔らかさ、それと仄かに漂う甘い匂いに、俺の喉から思わず上擦った声が出た。  
「お、おに〜さん」  
「な、何だ? 美夏」  
 茹で上げられたオマールエビみたいな真っ赤な顔で見上げてきた美夏の真剣な表情に、不意に耳の奥で俺の心臓の鼓動が響き始めた。  
 む? ぬ? こ、これはいつもの引っ掛けなんだろうか?  
 それにしては少し悪ふざけが過ぎると言うか、これは流石にやり過ぎなんじゃないか?  
「ね、ねぇ、おに〜さん。おに〜さんは今、ど、どきどきしてる?」  
 その言葉に、俺の緊張が一気に解けた。  
 やっぱり、いつもの美夏の引っ掛けだったらしい。  
 そう安心仕掛けた時、  
「わ、わたしは、凄くどきどきしてるよ? おに〜さん」  
 大きな瞳に俺を映した美夏が、消え入りそうな声を絞り出してきた。  
 いつもの美夏なら、その台詞はこう言う駆け引きじゃ言った方が負けになる筈なんだが、それはつまり、どう言う意味なんだろうか?  
「う……」  
 どう反応して良いのか判らずに硬直していると、美夏が俺の胸に頭を載せて目をそっと閉じた。  
「えへへ〜……。おに〜さんも、すごくどきどきしてるんだね?」  
 そこにいつものからかう様な感じは無くて、  
「おに〜さん……。ん……。良い匂いがするね……」  
 ――只、幸せそうに甘えてくる一人の小さい女の子がいるだけだった。  
「……」  
「……う、うにゃ?」  
 微妙にくぐもった声で、美夏が驚いた声を上げた。  
 
 気が付けば、俺の腕の中には美夏がすっぽりと収まっていた。  
「お、おおお、おに〜さん……!?」  
「…………」  
 キズの付いたCDを掛けたコンポみたいに言葉を詰まらせている美夏だったが、何も言わない代わりに俺はその儘抱き締める腕に力を込めた。  
 突然の抱擁に美夏が混乱しているのは判っていたが、それでも美夏が拒絶していないと確信出来たのは俺を離さないでくれている美夏の両腕に込められた精一杯の力だった。  
「……美夏」  
「……おに〜さん」  
 俺の呼ぶ声に、何処かとろんとした表情で見上げてくる顔を真っ赤にしたお嬢様。  
 じっと俺を見詰めてくる美夏の瞳に、何となく俺も目を離せなくなって美夏を見詰め返した。  
 と、  
「お、おに〜さんって、近くで見るとけっこ〜綺麗な顔してるよね……。ルコさんも美人だし、やっぱり姉弟って感じだよね……」  
 唐突に、 俺の頬に手を添えて、息が掛かってくる距離まで身を乗り出してきた美夏がぽつりとそんな事を漏らしてきた。  
「そ、そうか?」  
 一応は褒め言葉なんだろうが、男として綺麗と褒められるのは素直に喜んで良いのか判らんな……  
 と言うか、この距離は少し近付き過ぎだと思うんだが?  
 それとなく、美夏から離れようとした俺は、  
「――!?」  
 俺の頬に添えられていた美夏の両手に、そのままガッチリと固定された。  
「み、美夏?」  
「そ、それに、お、お肌もスベスベで、もちもちしてるし……」  
 ぐぐぐっと、何故か両手に力を込めて更に顔を近付けてくる美夏。  
 いや、何つーか……。その高度差の儘だとニアミス事故を通り越して、俺と美夏の顔が接触事故を起こすんじゃないのか?  
「え、あ……」  
「む、む〜。こ、これは美夏ちゃんのほっぺとお、おに〜さんのほっぺとどっちが柔らかいか調べてみないと」  
 こ、これは一体どうすべきなんだ?  
そ、そりゃあ、今まで俺もそれなりに美夏からのスキンシップを経験してきたワケなんだが、この頬擦りがいつものスキンシップとは微妙に雰囲気が違う様な気がするのはなんでなんだろうね?  
「お、おい……?」  
「に、にゃ、にゃう……」  
 すりすりすりすり……  
 美夏の頬が押し当てられた瞬間、烏骨鶏(体の肉が黒い愛玩用食用の高級鶏)の茹で卵が脱兎の勢いで夜逃げしそうなくらいの張りのある滑らかで柔らかい感触が俺の頬に広がった。  
 おまけに、  
「ん、ふぅ……。にゃ、ふ、ん……」  
 擦り合わせてくる度に美夏が漏らしてくる息遣いが妙に色っぽいと言うか、いや、頬擦り自体はすげぇ気持ち良いんだが、それ以外にも俺の首っ玉に齧り付いている美夏との密着度が色々とアレと言うか……  
「ち、ちょっと、美夏」  
「あ……」  
 取り敢えず、美夏を引き剥がしてその赤く染まっていた顔を覗き込んだ俺は、  
「に、にゃ〜っ!」  
「おうぁっ!?」  
 どう言う原理なのかは判らんが、器用にも座った儘の姿勢で俺に向かっていきなり飛び掛かってきた美夏の特攻でベッドに仰向けに沈めさせられたのだった。  
 目の前には、ベッドの天蓋を背景にして微妙に過呼吸気味ながらも頬を上気させて俺を見下ろしている美夏の姿があった。  
 人生においてそう何度も経験出来るシチュエーションじゃ無いと思うんだが、気が付けば何故か目の前のツインテールお嬢様とは縁のある、俺が美夏に馬乗りにされている逆エロマウントポジションが成立していた。  
「お、おに〜さん……」  
「な、何だ? 美夏」  
 熟れた林檎みたいな顔で、今までで見た事も無い真剣な表情で喋り掛けてくる美夏。  
 その迫力に、何となくこの状態(逆エロマウントポジション)を壊してはいけないと言う声が俺の頭の中に聞こえてくる。  
「く、車の中で訊いたよね? も、若し、おに〜さんを好きになっちゃったお嬢様がいたら、ど、どうするのって……」  
「? あ、あぁ……」  
 確かにそんな事を話していた気がするが、それが今になって改めて美夏から話を振られる意図がイマイチ掴めんのだが?  
「そ、それで。お、おに〜さんはどうするの?」  
「いや、どうするって言われてもだな……」  
 リアルお嬢様の目の前で、俺に好意を抱いていると言う架空のお嬢様への返事をどうするのかと訊かれても、それは獲らぬ狸の皮革産業誘致と言うより他ならないんだが?  
「じ、じ〜……」  
「う……」  
 しかし、俺を見る美夏の目は本気でその答えを聞きたがっていると訴え掛けていて、そんな美夏に有耶無耶な答えを出すのは何でかエラく躊躇われるワケで……  
 い、言うしか無いのか?  
「べ、別に、気にしないんじゃないのか?」  
「え?」  
 俺の言葉に、美夏の大きな目が驚きで見開かれた。  
 
いや、これだけじゃ流石に言葉足らずだろう。  
「えぇっと……。き、気にしないと言っても全然相手にしないって意味じゃなくてだな。その、俺を好きだって言ってくれるお嬢様が居たとしても、俺はそのお嬢様がお嬢様じゃ無くても嬉しいと思う」  
「お嬢様じゃなくても?」  
 俺の言葉を繰り返す美夏に、俺は「あぁ」と頷いた。  
「だから、俺はその、相手がどんな肩書きを持っていても、しっかりと相手を見て、誠意を持って返事をしたいと思う……」  
 つーか、そんなストレート設定のロットゲーム(数字合わせの賭博ゲーム)の数字を挙げる様な詮の無い俺の返答なんかに、やけに真剣な表情で美夏が思案してるのが謎なんだが?  
「そ、それじゃあ、おに〜さん。そのお嬢様が、と、年下とかだったらどうなの?」  
「と、年下?」  
「そ、そう。三つくらい、とか……?」  
「そうだな……」  
 俺が初恋をした頃が小学校に上がるかどうかの頃だし、何より、その相手が六つ年上の由香里さんだった事を考えると、三つの年に差だからって始めから切り捨てるのは相手を蔑ろにし過ぎなのかも知れんしな……  
 かと言って、当時の俺と同じで五つ以下ならつまりは小学生と言う事になるんだが、流石にこれはアウトだろう……  
 ともあれ、三つ下くらいなら相手に判断力も分別もそれなりにあるワケだし、(一般的には)恋愛をしたりする思春期であるのなら、妥当と言われれば妥当な範囲なんじゃないかと思う。  
「そうだな、三つくらいなら大丈夫なんじゃないか?」  
「ほ、本当!? う、うん! じ、じゃあ、次の質問だよ。おに〜さん!」  
「ち、ちょっと待ってくれ。美夏。質問はいくつあるんだ?」  
「に、にゃ?」  
 何故かテンションを上げて更に質問を重ねてきた美夏の顔の前に、俺は手の平を突き出してストップを掛けた。  
 この前の椎菜とのカラオケボックスでのデジャヴが(逆エロマウントポジション状態も含めて)頭を過ったと言うか、この儘だとこのツインテール娘に根掘り葉掘りで、ついでに土壌検査までされそうな質問責めをされかねん予感があった。  
 只でさえ小っ恥ずかしい質問に答えさせられているのに、これ以上恥の多層コーティング処理作業を続けさせられるのはある意味拷問だろう。  
 その旨を伝えると、美夏は少し目を瞑って、  
「そ、そ〜だね。それなら、つ、次の質問が最後って事で良いかな? おに〜さん」  
「あ、あぁ……」  
 幾重にもトラップが仕掛けられた爆発物の最後の解除コードを探り当てる処理班員の様な表情で、俺をじっと見つめてきたのだった。  
 そんな妙に気合いの入った美夏の態度に、俺も面接官から口頭質が始まると予告された就活生(就職浪人中)みたいに腹を括ってその続きを待つ事にしたんだが……  
「お、おに〜さん、あ、あのね……」  
「お、おう」  
「え、ええっと……」  
「み、美夏?」  
「そ、その……。う、うにゃ……」  
「??」  
「……(パクパクと口を閉じたり開いたりしている)」  
 矢継ぎ早だった質問責めが一変して、今度は嚥下しては戻す牛みたいに、言い掛けてはその度に言葉を飲み込む作業を繰り返し始める美夏。  
 いや、そんなに抵抗がある質問なら無理に訊かんでも良いと思うんだが?  
 そう提案してみたものの、  
「――う、ううんっ! ち、ちゃんと言うよ! お、おに〜さんにはちゃんと答えて貰うんだからね!?」  
「そ、そうか?」  
 吃りながらも、ツインテールをでんでん太鼓みたいにぶんぶん振り回して、断固としてそう美夏が言い放った。  
 それで踏ん切りが付いたのか、相変わらず顔を真っ赤にした美夏は一呼吸置いた後に漸く最後の質問が出てきたんだが、  
「お、おに〜さんは、わ、わたしに恋したりしない?」  
「……」  
「……(更に赤面度が上昇)」  
「…………」  
「…………(首まで真っ赤)」  
「………………は?」  
 美夏の奴、今何て訊いてきたんだ?  
 そんな青天のゲリラ豪雨(落雷警報発令)的な展開に、一瞬で俺の頭の中が吹き飛ばされていた。  
 一方で、後は俺の返答待ちになった美夏が、何でか俺の顔を両手でがっしりと捕まえてじっと凝視してくるのがまた何とも落ち着かないと言うか……  
「い、イエスかノーで答えてよ。おに〜さん」  
「え、ええと、それはだな……」  
 つまりは、肯定すればこれから俺は美夏を異性として接する事になるワケなんだが、いくらなんでもそれをこの状況(逆エロマウントポジション)で答えればどんな雰囲気が醸し出されるかは流石に俺でも判るワケで……  
って、今かなりとんでもない事を美夏から告白された気がするんだが……?  
 そもそも、美夏は春香の妹であって、クラスメイトの妹に手を出すのは何と言うか、色々と思う所があると言うか……  
 
 確かに、俺も美夏の事は嫌いじゃないんだが、その好きは異性に対する恋愛感情なんかではなくて、どちらかと言うと美夏が俺をおに〜さんと呼ぶみたいに俺も美夏を妹的な女の子として捉えていたのが正直な所だろう。  
「ず、ずるいよ、そんなの……。わ、わたしは、こ、こんなにおに〜さんの事が好きなのに、おに〜さんはわたしの事を好きになっちゃいけないなんて……。ふ、ふこ〜へ〜だよっ……!」  
 テンパってしどろもどろになる俺を、拗ねた様な口調で、今にも泣き出しそうな怒り顔で見下ろしてくる美夏。  
 そして、圧し掛かられている所から伝わってくる美夏の柔らかさや温かさ、そして仄かに漂う甘い匂いに、俺の全身がマイクロ波でも照射させられたみたいに熱くさせられていた。  
「ほ、本当は今日のパーティーで、おに〜さんの事をみっかみかにしてあげるつもりだったのに……。それで満足する筈だったのに……。お、おに〜さんばっかりわたしに、か、格好良いトコロ見せて……。わ、わたし、もう我慢出来ないよ……。おに〜さん……」  
「――っ!?」  
 俺の胸に手を着いて、その儘上体を重ねる様にゆっくりと美夏が俺の顔に迫ってきた。  
 跳ね除けようと思えば、ちんまいツインテール娘くらい難無くひっくり返す事は出来る筈だった。  
 でも、それが出来ないでいたのは、密着している部分から伝わって来る美夏の緊張や、潤んだ瞳で俺を見詰めてくる美夏がこれ以上に無いくらい女の子に見えたからだった。  
 だから、俺の顔を再びガッチリと固定した美夏がその儘すっと目を閉じて近付いてきて、  
「――ん、ふぅ……。にゃ、むぅ……」  
 俺の口が、とんでもなく柔らかくて熱い美夏の唇で塞がれる迄全く反応出来なかったりするワケで、  
 ……  
 …………   
 ………………  
 ちょっと待ってくれ……。  
 ひょっとして俺、美夏にキスされてないか?  
「――っぷは……。はぁ、はぁ……。おに〜さん……」  
「み、美夏……?」  
 いきなり過ぎる展開に、脳が沸騰した血液で茹で上げられたみたいに俺の思考が真っ白に染め上げられた。  
「え、あ……」  
 目の前の美夏に何を言えば良いのか、何をすれば良いのか。五里どころか千里に広がった霧の中に迷い込んだみたいに、俺は言葉にならない声を出すのが精一杯だった。  
 スーパーのタイムサービスで目が血走ったおばちゃんたちと目当ての商品を競い合った時よりも(いや、これはこれで相当キツいんだが)ずっと激しい心臓の動悸が俺の鼓膜にガンガンと響いて、思わず指先が緊張で震えだした。  
 まるでアナコンダに睨まれたミクロヒラ・ネペンティコラ(ボルネオに生息する世界最小の蛙)の様に、俺は俺よりもずっとちんまい筈のツインテール娘(身長一四七センチ)からの視線に身動きが取れなくなっていた。  
「ど、どう? おに〜さん。わ、わたしが本気でおに〜さんの事がす、好きだって解って貰えた?」  
「あ、あぁ……」  
 いくら色恋沙汰に疎い俺でも男女間で唇にキスする事の意味くらいは解っているつもりなんだが、それを差し置いて今の俺を混乱の極みに立たせてくれている、気になって仕方が無い疑問があった。  
「疑問?」  
「み、美夏は何で俺なんかに惚れたんだ?」  
 その質問に、何故か美夏が呆れと諦めの両方が交った様な表情を浮かべてきやがった。  
「ほ、本当に分かんないの? おに〜さん」  
 いや、全く思い当たる節が無いんだが?  
 そう思った事を素直に口に出してみると、  
「そ、そんなのだからおに〜さんはずるいんだよっ!! ふ、ふこ〜へ〜だよっ!! も、も〜、こ〜なったらぜ、絶対におに〜さんをみっかみかにしてあげるんだからっ!! これはもうおに〜さんとの戦いだよっ!!」  
「は!?」  
 突然、キレた美夏がまた俺の顔をホールドし、その儘の勢いで俺の口を再び塞いできたのだった。  
「ち、ちょっ!? み、美夏っ!? む、むぅ……!」  
「にゃ、ん……。ん、くぅ……。ふにゃ……」  
 夢中で母猫からお乳を飲もうとする仔猫の様に、俺の唇を吸う度に小さく喉を上下させる美夏。  
「ごろにゃ〜ん♪ おに〜さん♪」  
「う……」  
 更に追い打ちを掛ける様な今まで聞いた事も無い甘ったるい美夏の呼び掛けに、俺の中で何かが弾けそうになった。  
 だけど、その衝動に負けてしまったらきっと俺は目の前の美夏を傷付けてしまう様な予感がして、  
「み、美夏っ! こ、これ以上はちょっと!」  
「に、にゃっ!?」  
 なけなしの腹筋を使って上体を起こした俺は、美夏を膝の上に乗せる格好で何とか美夏とのキスを中断させてみると、  
「おに〜……、さん……?」  
 最初は驚いた表情の美夏だったが、直ぐに俺の行動に気付くとその瞳からぽろぽろと涙が零れ始めた。  
 
「……う……ううっ……ぐすっ……」  
 美夏がいくら手の甲で拭ってみても、止めども無く頬を濡らす涙はもう破竹の勢いで溢れ始めてしまっていた。  
「……どう、して、おに〜さんは、うぅっ……わた、わたしの事を、好きに、ぐすっ……なってくれないの……? お、女の子として、う……わたしの事を、ぐすっ……見て、欲しいのに……」  
「……」  
 嗚咽交じりにそう呟く美夏の姿に、狭心症が発症したかの様な痛みが俺の胸を貫いた。  
 その痛みがあんまりにも痛くて、俺は心の深い所に美夏の存在がじんわりと広がっていくのを感じた。  
 きっと、この痛みは美夏だけに感じる俺の痛みで、こんなに苦しい程に美夏は俺にとって笑っていて欲しい女の子で……  
 そんな事を願える女の子に、今更になって俺は自分の気持ちに気が付いた。  
「……う、ううっ……ううっ……」  
「……」  
 どうして、俺はここまで馬鹿なんだろうね?  
 俺なんかよりずっと賢い美夏が、あんな告白とキスをしてくる事がどういう事かなんて解りきっていただろうに。  
 目の前で泣いているのは、クラスメイトの妹で大財閥のお嬢様でもあって、そして俺に精一杯の勇気で告白してくれたちんまい少しマセたツインテールの女の子で……  
 だから、俺は美夏に言わなくちゃいけないんだろう。  
 今、俺が美夏に抱いた気持ちが少しでも色褪せる前に、それが嘘になってしまわない様に……  
「……い、イエスだ。美夏」  
「……ぐすっ……。……にゃ?」  
 俺の言葉に、目を赤く腫らした美夏が首を傾げて俺を見た。  
「ほら、さっき訊かれただろ? 俺が美夏の事を好きになるかどうかって……。だからそれが、俺の美夏への答えだ……」  
「おに〜さん……」  
 俺の返事に、大きく咲いた向日葵みたいな笑顔を向けてくれる美夏。  
 その小さな体をぎゅっと愛しさを込めて抱き締めて、  
「美夏……」  
「……ん、にゃ……ん……」  
 俺と美夏は、恋人としてのキスをしたのだった。  
 
 ――とまぁ、ここ迄は良かったんだが、  
 ――くしゃり……  
「――!?」  
「? にゃ?」  
 膝の上の美夏の座りを良くしようと体を揺り動かした拍子に、『俺の下から紙箱を潰した様な音が聞こえてきやがった』。  
 そう言や、そんな危険なブツが俺の下敷きになってたな……。いや、多分美夏に特攻を食らった時にも音はしてたと思うんだが、あの時はお互いに気付く余裕が無かったんだろう。  
「何か、おに〜さんの下から音がしてきたみたいだけど……?」   
 首を伸ばした美夏が俺の尻の下に目を向けてそう問い掛けてきたものの、このタイミングでそれが美夏に発覚すれば間違い無く今までの一連の遣り取りが全部台無しになるワケで……  
「む〜……。そ〜ゆえばおに〜さん、わたしが部屋に入って来た時にベッドに飛び込んでケド、ひょっとして何か隠してるの?」  
「い、いや……。その、えぇっとだな……」  
 流石に二度目の話題逸らしのネタを思い付かなくて焦った俺を、小悪魔的な笑みを浮かべて肘で突いてくる美夏。  
「ほらほら〜、素直に白状しちゃいなよ。おに〜さん。隠したって、この美夏ちゃんの目は誤魔化せないんだからね〜」  
「むぅ……」  
 俺としては自分の無実を在りの儘に弁明したい所なんだが、それが叶った所で俺に掛けられた嫌疑(不純異性交遊目的とか)が晴れるかと問われれば、それはこの耳年増なツインテールお嬢様の判断に委ねられると言う事で……  
 ……いや、どう転んでも無理があるだろ?  
 とは言っても、莫大な違法献金を貰っておきながら「秘書が勝手にやりました」と臆面も無く言ってのけた政治家みたいな(まぁ、実際にはセクハラ教師が勝手にやったんだが……)説明じゃ美夏が納得するとは思えん。  
 そもそも美夏に俺の尻の下に何かがあると勘付かれてる時点でチェスで言う所の『詰み』の状態である以上、下手な誤魔化しは通用せんだろうし、寧ろ美夏の好奇心を刺激しかねんしな。  
 そう観念して、俺は例のブツを美夏に見せる事を決断したのだった。  
 
「……(じ〜)」  
「ええっと……」  
「…………(じ〜〜)」  
「み、美夏……?」  
 形こそ潰れてはいるものの、表面にプリントされた文字やイラストからナニに使われる道具が収められているのかは一目瞭然なアレな箱。  
 それを美夏の前に出してみたワケなんだが、さっきの風呂場でのアクシデントの時みたいに取り乱すかと思いきや、ソレを見た美夏の反応は意外にもガン見すると言う静かなものだった。  
 いや、俺の呼び掛けに返事をしていない辺り、もしかすると本当にフリーズしてしまったのかも知れん。  
 そう思って美夏にもう一度呼び掛けをしようとした時、  
「じ、実はね、おに〜さん……!」  
 
「あ、あぁ」  
 やけに切羽詰まった美夏の声に、俺の背筋が思わず伸びた。  
「な、那波さんたちはね、今、ルコおね〜さんたちのお世話をしにおに〜さんのお家に行ってるんだよ?」  
「そ、そうなのか?」  
 明日のルコたちの朝飯を気にしなくても良いと言うのは俺にとっては有り難い話なんだが、余所様にウチの家庭の恥部が晒されていると思うと色々と申し訳無さやら情けなさやらを感じずにはいられなくなってくるな。  
「那波さんがおに〜さんの鞄を取りに行ってた時にはもうご飯が無くなってちゃってて、お腹を空かせておに〜さんの匂いを辿ってウチに来ようとしてたんだって」  
「…………」  
 確か、買い溜めていた食糧と冷蔵庫の中身の殆どを使った筈だったんだが、ウチの暴飲暴食の権化たちはウチのエンゲル係数を一体何処まで引き上げる気なんだろうね?  
 それはそれとして、天王寺家襲撃事件の二の舞を演じなくて済んだ那波さんの対応に感謝しておかんとな。  
 冬華の時は功罪相償って事で何とかなってくれたんだが、もしまた同じ轍を踏む事になっていたら借金返済執事ライフに突入する羽目になっていたかも知れん。  
「だ、だからね。おに〜さん。き、今日は、朝までずっと二人っきりなんだよ?」  
 まぁ、流石にルコたちの朝飯を作って貰うのなら、その儘ウチに泊っていってくれた方が都合が良いだろう。  
 そんな事を考えていると、  
「む、む〜……。お、おに〜さん!」  
「うぉっ!?」  
 気が付けば、目の前に何故か頬を膨らませた美夏の顔が迫っていた。  
「わ、わたしがゆってる意味。解ってるよね?」  
「? あぁ……」  
 那波さんたちがウチに泊って、ダメ社会人×二の世話をしてくれると言う事だと思うんだが……?  
「そ、そ〜ゆ〜意味じゃなくて。この状況だよ、おに〜さん。せ、折角の二人っきりなんだよ?」  
 いや、まぁ、そう言われればそうなんだが。  
 ナニに使われるアレ(×十二)が入っている箱を前にして、お互いに正座して向かい合っている状況で二人っきりと言われてもな。  
 これから美夏に単純所持についてどう言い訳をしたものかと、ずっと気が気でなかった俺にしてみればこの二人っきりと言う状況は気拙いと言う以外に言葉が無いのが本音だった。  
「え?」  
「あ、あー……。その、だな……」  
 そんな予想外だったらしい俺の態度に目を丸くした美夏に、取り敢えず俺はどうしてソレがここに存在するに至ったかの経緯について話してみた。  
 が、  
「に、にゃ〜〜っ!!」  
「うぉわっ!?」  
 説明を聞き終えた美夏の執った行動は、またもや俺に特攻ダイビングを仕掛けると言うものだった。  
「ほ、本当に、これっぽっちもそ、そんなつもりは無かったってゆ〜の? おに〜さん?」  
 押し倒した俺に馬乗りになった美夏がそう言ってきたが、寧ろ、そんなつもりで男が泊りに来たら普通は追い返すもんじゃないのか?  
 そもそも、本当ならパーティーが終わればその儘帰るつもりだったんだから、そんな邪な算段自体が在り得んだろう。  
「そ、それじゃあ、おに〜さん……」  
 そこで一旦息を吸い込むと、小さく喉を鳴らした美夏がじっと俺を見下ろしながら口を開いた。  
「わ、わたしがそのつもりだったら、どうする?」  
「……は?」  
 一瞬、美夏に何を言われたのかが理解出来なくて、思わず俺の口からそんな間の抜けた声が漏れた。  
「き、今日おに〜さんをウチに泊めたのは、お、おに〜さんをみ、みっかみかにするつもりだったんだよ?」  
 は? え? つまり、どう言う事なんだ?  
「こ、こ〜ゆ〜事だよ。おに〜さん」  
 そう言って美夏は着ていたネグリジェの裾を掴むと、その儘万歳する様に両手を頭上まで持ち上げた。  
「――っ!?」  
 見上げた先に現れたのは、レースであしらわれたフリルの純白の下着を身に付けた、じっと俺を見下ろしている美夏。  
 いつもなら直ぐに目を背ける所なんだが、美夏の桜色に染まった肌や、その胸元が呼吸の度に上下するのがはっきりと判る程に、何故か俺は美夏の下着姿から目を逸らす事が――  
「ど、どう? おに〜さん。む、むらむらしたりえ、えっちな気分になっちゃった?」  
「…………」  
 曲がりなりにも俺も健全な男子高校生である以上、いくらちんまいとは言え下着姿の女の子に迫られて何も感じないと言う事は無いんだが、生憎とそれを相殺して余りあるくらいに本人が色々とスポイルしちまっていると思う。  
「む、む〜っ。そ、それなら、これはどうかな? おに〜さん!」  
「み、美夏っ!?」  
 そんな俺の態度に業を煮やしたのか、俺の手を取ってその儘俺の掌に下着越しの自分の胸を押し付けてくる美夏。  
 
 そして何より、微かに当る肋骨の下からはっきりと俺に響いてくる美夏の鼓動が、美夏の精一杯さを俺に届けていた。  
 耳に鳴り始めた自分の心臓の音に加えて、俺の顔やら体やらが熱を帯びていくのが分かった。  
「や、やっとおに〜さんもその気になってきたんだよね? み、耳まで真っ赤だし」  
「う……。まぁ、流石にな……」  
「おに〜さんの心臓。すっごくどきどきしてる……」  
 パジャマの上から俺の胸に手を置いた美夏が、安心した様な表情でそう呟いた。  
「で、でも、いつまでもおに〜さんだけ脱いでないのはどうかと思うな〜。わ、わたしばっかり恥ずかしい思いをさせないで欲しいってゆ〜か……」  
「あ、わ、悪ぃ……」  
 ……  
 ……って、ちょっと待ってくれ。  
「な、なぁ美夏。別に無理にこんな事せんでも、ちゃんと順を追っていってからこう言う事はした方が良いと思うんだが……」  
 雰囲気に流されてうっかり脱ぎそうになったが、まだ学生である俺たちがこう言う事をするのは早過ぎると言っても過言でなないだろう。  
 触れ合う事も確かに大事かも知れんが、ここは一旦落ち着いて、俺たちに見合った恋人としての付き合い方をしていけば良いと思う。  
 そう美夏に提案してみたんだが、  
 ……ぷちん  
「にゃ〜っ!!」  
「ち、ちょっ!? み、美夏っ!?」  
 何故か激昂し、胸の前で両手の拳を握りながらじっと俺を見詰めてくる美夏。  
「ぜぇ〜ったいっ、絶対っ、おに〜さんをみっかみかにするんだから〜っ!」  
「お、落ち着いてくれ。美夏」  
「お、落ち着いてなんかいられないよ! こ、こ〜なったら、わたしの魅力でおに〜さんを骨抜きにして、あ、足腰を立たなくさせてあげるんだから!」  
 そう宣言して、美夏は身体を覆っていた上下の下着を脱いで一糸纏わぬ姿になると、今度は俺が着ていたパジャマに手を伸ばしてあっと言う間に釦を外していきやがった。  
 その手際の良さに一瞬反応が遅れたものの、咄嗟に抵抗しようとして美夏に手を伸ばした瞬間、  
「えいっ!」  
「おぉっ!?」  
 エロマウントポジションを取っていた美夏に手首を掴まれて器用にうつ伏せに半回転させられ、その勢いの儘もう半回転させられて仰向けにされた時には、既に俺の上半身のパジャマは手品でもやられたみたいに抜き取られていた。  
 いや、今のどうやったんだ?  
 つーか、何処に力を込めて踏ん張れば良かったのかさえ分からなかったんだが……  
 まぁ、サザーランドを投げ飛ばしていた美夏にしてみれば、俺が抵抗してみせたところで所詮は俎板の上のゲンゴロウブナなのかも知れん。  
 などと悠長な事を考えている間にも一応は脱がされまいと頑張ってはみたものの、その度にベッドの上でゴロゴロと縦横に回されてはポンポン服を脱がされていくと言う、武芸十八般も涙ぐみそうな美夏の技を食らう羽目になり……  
 そして遂には、  
「え〜いっ!」  
「のあっ!」  
 そんな美夏の掛け声と共に、最後の牙城だった俺のパンツが取り払われた。  
「ふ〜っ……。ふ〜っ……」  
「お、おい……? み、美夏……?」  
 両手で股間を隠している俺とは対照的に、猛獣みたいに四つん這いでゆっくりと間合いを詰めて来る美夏。  
 やがてその細くて白い指が俺の肩に伸びて、俺は美夏に静かにベッドに押し倒された。  
「ん〜♪ ちゅ、ん……♪ にゃ〜ん♪ ふぅ、む、あむ……♪」  
「む、むぅ……。んむ……」  
 口の中に広がる美夏の匂いと味、そして舌の感触にまるで俺の頭の中が霞掛かっていくかの様に意識がフラフラと揺れ始めた。  
 ……キスって精神的なものだけかと思っていたんだが、何か普通に気持ち良くないか?  
 口の中のものが俺のものなのか美夏のものなのか、それすらも判らなくなるくらいに混ざり合うキスをしながら、気が付けば俺も美夏を抱き締めて舌を絡め合っていた。  
「すきっ、すきだよっ! おに〜さんっ! だいすきっ! んふぅ、ん? にゃ、ん?」  
「――っ!」  
 在りの儘に好意をその儘に伝えてくる美夏に、俺の中で劣情と愛情が混ざり合った感情が湧き上がってきた。  
 太股にその昂りを感じて、美夏の視線がすっかり戦闘態勢になった俺のものに向けられた。  
「……え?」  
「あ……。あー……」  
 密着している体から伝わってくる美夏の強張りに、俺もその心中が何となく分かった様に思えた。  
「あ、あれ? お、おに〜さんの? ? だって、さっき見た時と全然ちがうよ?」  
 ――って、しっかり見てたのかよ! いや、まぁ、それについては今は置いておくとして。  
 俺でさえ初めてお目に掛かる、これ以上無いくらいに滾っていらっしゃる俺の分身(何故か敬語)に、美夏の中に不安が広がっているんだろう。  
 
「いや、まぁ、何つーか。美夏にこれだけされたら、な……?」  
 申し訳無い気持ちでそう答えたつもりだったんだが、  
「む、む〜っ! じ、じゃあ、あの時は全然どきどきしてなかったって事なの!? おに〜さん!」  
「……は?」  
 どうやら、俺の発言は美夏の地雷を踏んでしまったらしい。  
「み、美夏ちゃんがせくし〜なビキニ姿でご奉仕してあげたのに、お、おに〜さんは何も感じてなかったってゆ〜の!?」  
「いや、結構ギリギリなつもりだったんだが――」  
「それでもだよ! それなら、こ、今度からはわたしの水着姿を見ただけでこ〜ふんしちゃうよ〜に徹底的にみっかみかにしてあげるんだから!」  
 ……それだと、美夏と一緒に遊泳施設とかに行けなくなるんじゃないのか?  
 てか、俺としては所構わずに前屈みにならざるを得ない様な条件反射を植え付けられるのは遠慮したい所なんだが?  
 と、  
「にゃ? さっきより何だか小さくなってない? おに〜さん。何で?」  
 微妙に萎えた俺のソレに、美夏が目聡く反応した。  
 ムードクラッシャーも甚だしいからな。美夏は……  
「ま、まぁ、生理現象だからな……。そう自分の思い通りにはならん事ではあるのは確かだ」  
 ここは正直に言って事態がややこしくなるよりは、それ相応な事を言っておく方が良いだろう。  
「う……。それは、確かにさっきの大きさの儘だと流石にキツそうだったし……。む、む〜……」  
 ん? 今、美夏の奴何て言ったんだ?  
「お、おに〜さん。そ〜ゆ〜のを訊くのはせ、セクハラだよ?」  
 いや、こんな事(セクシャルスキンシップ)をしてる最中に言われてもだな――って、そうじゃなくて、キツそうってどう言う意味なんだ?  
「そ、それは勿論……。お、おに〜さんとわたしが一つになるって意味だよ……」  
 ぷしゅ〜っと、顔から湯気でも出しそうなくらいに赤面しながらそう答える美夏。  
「そ、それに、ちゃんとおに〜さんに着けるものもここにあるし……」  
 そう漏らした美夏の手には、正にこう言う時の為に真価を発揮するゴム製品が収められた箱があった。  
「だから、ね? おに〜さん。」  
 「えっちな事、して……」と、美夏が俺の耳元で囁いた。  
 
「う、う〜……」  
 ベッドに腰掛けた俺と抱き合う形で、美夏が俺の膝の上にゆっくりと腰を下ろしていた。  
 亀頭の半分くらいは美夏の中に埋まってはいるんだが、そこから先に進むのは苦痛を伴うらしく、美夏の動きは進んでは戻ったりを繰り返していた。  
 どうしてこんな時に、男は女の子が感じる痛みの百分の一も味わう事が出来ないんだろうね?  
「美夏……」  
 「無理なら、別に止めても構わんからな?」そう告げようとした俺の唇が、不意に美夏の唇で塞がれた。  
「わ、わたしね、もう覚悟は決めてるんだよ……。どんなに痛くっても、絶対に止めないって……。だからね、おに〜さんも覚悟を決めてよ……。どんなにわたしが痛がっても、わたしが望んでるなら止めないって……」  
「でも、それじゃ、美夏だけが辛いんじゃないのか?」  
「ううん。おに〜さんだって辛い筈だよ? だって、おに〜さんはすっごく優しいから?」  
 そう言って大きく深呼吸した美夏は、さっき迄止まっていた所から更に奥へと俺の分身を受け入れていった。  
「あ、あ、あ、ん……。ん〜っ!」  
 俺の背中に回された美夏の腕。その両手の爪が俺の皮膚に食い込んだ。  
 それに気が付かないか、気に出来ないくらいの痛みを感じていても、美夏は俺と一つになる事を止めようとはしない。  
 美夏が痛みに耐える事が覚悟なら、俺は美夏が痛がっている事に耐える事が覚悟なんだろう。  
 目尻に涙が滲み上がっていく美夏をじっと眺めながら、俺はそんな事を思った。  
「美夏……」  
「お、に、い、さん……。にゃ、にゃ、んっ……」  
 ずりゅ、ずりゅ、ずりゅ、と。ぴったりと閉じている美夏の膣に包まれていく感触と、それを新たに割り開いていく感触。快感を伴いながら、それが少しずつ俺の中に広がっていく。  
 そして、先端が何かを潜り抜けた様な微かな感触を覚えたと思った時が、俺と美夏が一つになった瞬間だった。  
「はぁ、はぁ、はぁ……。おに〜さん……」  
 その儘腰を下ろしていくと、やがて美夏のお腹の奥にぶつかってそれ以上進む事が出来なくなった。  
 痛みに引き攣っているのか、時折俺のものを緩急を付けて締め付けてくる美夏の膣だったが、不謹慎ながらも俺は気持ち良さを感じてしまっていた。  
 まだ動けない美夏に、俺は感謝の気持ちを込めて美夏をそっと抱き締めた。  
「良く頑張ったな、美夏……」  
「えへへ〜♪」  
 
 美夏の頭を撫でると、辛そうだった美夏の表情が幾らか柔らかくなる。痛みで潤んでいた瞳が、今は別の意味で濡れているのが分かる。  
 それだけで、俺の胸が一杯になった。  
「ねぇ、おに〜さん」  
「ん? どうしたんだ? 美夏」  
「キスして、欲しいな……」  
 そう言ってはにかむ美夏の唇は、もう俺の唇で塞がれていたのだった。  
 
「んっ、ふぅっ、にゃっ、う、んっ」  
 零れる唾液を啜る音と舌が絡み合う際に漏れるお互いの吐息が、二人だけの寝室にはしたなく響き渡っていた。  
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。おに〜さん……、おに〜さん……」  
 俺に貫かれた美夏が切なそうに俺を呼ぶ度に、俺の理性が本能で削り落される様な錯覚を覚えた。  
 両手と両足で、繋がった時から俺にしがみ付くようにして抱き合っていた美夏。  
 最初は滑らかだった美夏の肌が、いつの間にか汗ばんでしっとりと俺の肌に吸いついてくるみたいだった。  
「にゃ、にゃふ、ん、にゃあ……。にゃあ、ん、ふぁ、あ……」  
 ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃと言う粘着質な音が、いつしかベッドのスプリングの音に合わせて鳴り始める。僅かに朱の混じる濁った泡が潰れては、俺と美夏との間に糸を引いて塗り広げられていった。  
「う〜……。おに〜さんの、おっきいよぅ」  
「も、もう平気なのか? 美夏?」  
 上下に動く激しい動きではなく、ぐりぐりと前後左右に擦り付けてくる美夏が、とろんとした表情でそう喘いできた。  
「ま、まだじんじん痛むけど……。入口以外なら、だ、だいじょぶだよ」  
 どうやら、処女膜が破れた所以外は美夏に痛い所は無いらしく、寧ろ激しい抽挿で擦らなければ気持ち良くさえあるらしかった。  
 まぁ、痛さしか感じて貰わないよりは美夏も気持ち良くなって貰った方が俺としては気が楽だしな。  
 それよりも、いきなり激しく動かれたら俺の方が保たんかっただろう。  
 ゴム越しとは言え、性感帯全部に常に刺激を与えてくる美夏の膣は収まっているだけで十分気持ちが良いし、控えめながらも柔らかく潰れて押し当ってくる美夏の胸やその頂きの感触や、美夏そのものの抱き心地とかでかなり限界だった。  
 ――きゅうっ……  
「――っ!?」  
 突然締め付けてきた美夏の膣の感触に、思わず全身に力が入った。  
「えへへへ〜♪ おに〜さん、今すっごく可愛い顔してたよ?」  
「み、美夏……?」  
 俺の反応に気を良くしたのか、初めての割に器用に加減を覚え始めた美夏がきゅっ、きゅっ、と俺を攻め立ててきた。  
「ほらほら、おに〜さん♪」  
「うおっ!?」  
 美夏の体が力む度に、襲い掛かってくる美夏の膣からの強烈な刺激。  
 更に地味に擦り付けられてたのが後押しになって、  
「――くっ……あ……」  
 呆気無く、俺は精液を放ってしまっていた。  
「わわっ!? 今、おに〜さんのがびくんって跳ねたよ?」  
「あ、あぁ、そりゃあ出たからな……」  
 お腹を押さえて驚いていた美夏に、俺は脱力感に浸りながらそう説明した。  
「? 出た?」  
「ええと、その、まぁ、射精しちまったって事なんだが……」  
 まぁ、男が射精するのは知っていても、それがどんなものなのかは実際に見てみなけりゃ分からんからな。  
「今のが射精だったの? おに〜さん?」  
「? いや、そうだが……」  
 だから今さっき、美夏も身を以て分かったんじゃないのか?  
「ぜ、全然分かんないよ。おに〜さん。どんな風になっちゃうのか、見えなかったもん」  
「……ええっと、美夏。まさかとは思うが……」  
 果てしなく嫌な予感がむくむくと膨らんでいくのを感じるんだが、多分こう言う時の予想は先ず外れないと言うのが定番なんだろう。  
 案の定、美夏が要求してきた内容なんだが、  
「ね、ねえ。もう一回、射精してみせてよ。おに〜さん」  
 これは一体、何の羞恥プレイなんだろうね?  
 
「く、う……。あ……」  
「へ、へ〜。お、男の人のってこんなに硬くて大きくなるんだ……」  
 にゅちっ、にゅちっ、にゅちっ、と両手で竿を扱きながら、俺の足の間に割り込んだ美夏が感心した声でそう呟いた。  
「何か先っぽから溢れてきてるけど、こ、これっておしっことかじゃないんだよね? おに〜さん」  
「あ、あぁ……、まぁ、先走り汁とか我慢汁とか言われてるんだが、正式名称はカウパー氏腺液と言うらしい……」  
 正直、さっきから美夏にいじられていてそれどころじゃないんだが、何とか俺は質問してくる美夏に答えられる範囲で説明をしていっていた。  
 何で俺が美夏に扱かれているのかと言う事なんだが、最初は俺が自分ですると言った手前だったんだが、  
「わ、わたしがするよ! おに〜さん!」  
 
 と、妙に張りきった美夏に押されて美夏に射精させて貰う事になっちまったと言う次第だった。  
 確かに自分でするよりは比べ物にならないくらい興奮するし、気持ち良さもあるんだが、それ以上にちょっとばかし困った事になったと思う。  
「ほ、ほら、おに〜さん、気持ち良い? 気持ち良いよね? こ、こんなにびくびくさせてて、も、も〜本当にえっちなんだから〜」  
「ふっ、う……。ちょ、み、美夏?」  
 何か変なスイッチが入ったらしく、蕩け切った表情でそう語りかけてくる美夏。  
 その上、さっきから続いている強過ぎず弱過ぎずの絶妙な力加減とストロークのリズムがまた腰が抜けそうに気持ちが良くて、膨れ上がった性感がマグマみたいに湧き上がってきそうだった。  
「ほ、ほら。早く出しちゃっても良いんだよ? おに〜さん。も、もう、爆発しちゃいそうなのは分かってるんだからね♪」  
 射精の前兆を感じ取った美夏が、ラストスパートを掛けて一気に扱くペースを上げる。  
「く、うぅ……。で、出るっ……! っあぁっ……!」  
 そしてもう堪える事が出来なかった俺は、眩暈がしそうな快感と共に、二回目とは思えないくらいの精を美夏の前でブチ撒けたのだった。  
「わわわっ!?」  
 発射口が上を向いていた所為で、何か俺の腹の上が結構悲惨な事になっちまってるんだが、まぁ、ベッドやシーツを汚さなかっただけ良かったと思う事にしておこう。  
 取り敢えず、先ずは俺の体を拭いておかんと渇いた時に色々と切ない思いをしなくちゃならなくなるので、美夏にティッシュか何かを持って来て貰わんとな。  
 そう思って美夏に視線を向けたんだが、  
「すんすん……。ん〜、何かちょっと生臭い、かな?」  
「……」  
 まぁ、あれだけ至近距離で致していたらそりゃあ美夏も汚れていても不思議じゃないな。  
 顔くらいなら拭けば何とかなったかも知れんが、流石にボリュームのある髪に付いたら洗い流さんとイカンだろう。  
 と言うワケで、目立たない程度に汚れを落とした俺たちは水着持参でまた風呂に入る羽目になったのだった。  
 
 そして二人で入る事になった大浴場なんだが、  
「やっ、あっ、あっ、お、おに〜、さぁんっ」  
「み、美夏っ」  
 汚れを流し終わった俺たちは、バスチェアに座って二回戦目に突入していたのだった。  
「すご、い、ね。おに〜さん。にゃ、う。おに〜さんのが、わたしの中に、出たり入ったり、してる、よ」  
 掛け流しになっているお湯が排水溝に流れていく音に混じって、浴室に反響する卑猥な音。  
 そんな状況の中で、向かい合う形で俺の膝の上に乗った美夏が、ずらした水着の隙間から覗く俺たちの結合部分を見ながらその様子を実況していた。  
 まだ痛みは残るものの、どちらかと言うと気持ち良さの方が大きかったと言う事で、破瓜を終えたばかりの美夏はもう一度俺と繋がりたいと言ってきた。  
 最初は乗り気じゃなかったんだが、こっそりと近藤さんを持って来ていた美夏の用意周到っぷりやら、俺も気持ち良かったりやらで結局は両者合意の上での事になったのだった。  
「にゃ、にゃう、ふぁ、あっ、あっ」  
「くっ、うっ」  
 他人には見せられない痴態そのものな露骨な腰の動きさえも、もう俺と美夏との間だけなら認め合える愛の営みそのものになっていた。  
「ああっ、ふあっ、ふにゃあああっ!」  
「くっ……。――っあ!」  
 びくっ、びくっ、と美夏の背中が反り返ると同時に断続的に襲い掛かってきた膣からの締め付けに、俺も釣られて果てた。  
「にゃ〜……。おに〜さ〜ん……♪」  
 繋がった儘俺の肩に顎を載せて、匂い付けをする猫の様に甘えてくる美夏。  
 そんな美夏が堪らなく可愛くて、美夏を強く抱き締めた。  
「えへへ〜♡ おに〜さんに捕まえられられちゃったね♡」  
「俺も美夏に捕まったから、お互い様だろ」  
 両手どころか、両脚まで使われてホールドされてりゃ、そりゃもう逃げる気なんて起きんだろう。  
「どう? おに〜さん、みっかみかにされた気分は」  
 返事の代わりに俺は、もう一度強く美夏を抱き締めた。そんな俺の思いが伝わったのか、ふるふると震えた美夏がお返しとばかりにしがみ付いてくる。  
「宜しくな。美夏……」  
「うん、ずっと一緒だよ♡ おに〜さん♡」  
 どちらからともなく、それが当たり前であるかの様に俺と美夏の影か一つに重なり合う。  
 斯くして美夏の作戦は、成功と言う運びになったのだった。  
 
<了>  
 
 
 

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