それはもう、つい最近新たに源流が見つかって更に伸びたアマゾン川くらいに長くなった人生の中に於いて、目標と言うものは生き方そのものを左右する重大な指標だろう。  
 世の中の超一流の最前線で活躍している人間ともなれば、物心付く頃から想像を絶する様な覚悟と努力をしている事だって珍しい事でもない。  
 そして、その目標が他人よりも大きければ大きい程、それを達成するには相応のモノが必要になってくるのは当然な事で、時には猫の手も借りたくなるのだろう。  
 いや、別にこれは俺が何か途轍も無くでかい夢や目標を持ったとかそう言うワケではなくて、俺自身は空に浮かぶイワシ雲みたいに毎日を只のんびりと過ごせればそれで良かったんだが――  
 「………」  
 そうだな、早い話が最近は何かと色んなイベントに巻き込まれる事が多くなった俺だが、今回もその例に漏れず、嵐の中船から落ちて荒波に揉まれる樽みたいに状況的にもうド壷に嵌まったと言うか、嵌められたと言うか。  
 思い返せばそれなりに良い思い出だと思えるし、結果的にはこれで良かったとは思っているのだが、その時は兎に角必死で生きた心地がしなかったのも事実だった。  
 「………」  
 イカンな、今思い出しても良く丸く収まったものだと自分でも信じられなくなってくるぞ。  
 それに、あんな事は何度も経験する様な事では無いと思うし、何度でも経験出来る様なものでも無いだろう(いや、無いよな?)。  
 まぁ、無駄な長い前置きは置いておいて。簡潔に言うとつまりはこう言う事だったと言う事だ。  
 『世界征服』には、俺みたいな奴でも必要とされる事があるらしい。  
 いや、別に俺の頭が電波とかにやられたとか言うワケじゃなくてだな――  
 
「いくわよ、裕人!!あなたを手に入れた今のわたしに、征服出来ないものは無いわ!!乃木坂だろうが塔ヶ崎だろうが鹿王院だろうが邪魔する奴た全部ブッ飛ばして、わたし、天王寺冬華は世界の頂点に昇り詰めるのよ!!」  
 いや、確かに冬華なら世界征服くらい本当にやっちまい兼ねんが、俺をどうにかしたくらいじゃそんなに自信が付くような事でもないんじゃないのか?  
「何を言っているのかしら、このロドリゲスは?あなたみたいな鈍感メガネを手篭めにするのには、『も〜も〜・がうん』の当たり籤を出すくらいにわたしを梃子摺らせたのよ?」  
 それはどう受け取れば良いんだ?  
「ふん、わたしのものになっても相変わらず鈍いのね。そんなの、飛び上がって喜ぶしかないじゃない。マゼラン星雲まで。ほら、何なら今からでも飛んでいっても良いのよ?」  
 せめて人間が到達出切る場所に行かせてくれ。それだと、片道どころか(16万光年ある)先に俺の人生の終点の方が辿り着くんだが。  
「ならばしっかりとわたしに付いてきなさい、裕人。見せてあげるわ、世界で一番の高みからの光景を。わたしは人生の終点まで輝いてみせるわ」  
 不敵に笑う冬華が、そう言って俺の手を掴んだ。あの夜みたいに俺が掴んだ様に、今度は俺を連れて行く為に…。  
「な、何を笑っているのよ。こうでもしないと、群れからはぐれたヌーみたいにわたしに置いて行かれるかもしれないでしょう?(ぷい)」  
 そうだな。俺と冬華はまだ始まったばかりで、まだスタート地点にしか立っていない。二人で走り出してもいないんだったな。  
「俺なんかに出来る事なんて高が知れてるけど、それで冬華の力になれるんなら安いもんだしな」  
 俺の言葉に、冬華が呆れた表情で溜息を吐いた。いや、何でそこでそんな態度をするんだよ?  
「自分の事を『なんか』なんて言うのは止めなさい。あなたは仮にもわたしの隣に立つ事を許された唯一の人間なんだから」  
 む。それは、そうかもしれんが。俺は冬華みたいに何にでも挑戦出来る程自分に自信が無いぞ?  
「呆れた。それなら、取っておきのステータスがもう裕人にはあるじゃない」  
 いや、家事(あと、体の丈夫さか?)以外に何か他人に誇れる様なもんなんてあったか?  
「わたしの隣にいる事があるでしょう」  
「………」  
「どうらや、破城槌でその空っぽの頭を一度白紙になるくらいボコボコにされたいみたいね…」  
 何でそうなるんだよ?ちょっと嬉しかったから感慨に耽っていただけだろうに。  
「ふ、ふん(ぷい)」  
 そう言ってそっぽを向いた冬華だったが、まだ握ってくれている手は離してくれそうになかった。  
 俺も離す気は無いのでお返しに握り返すと「――っ!!」と冬華が息を呑んだ音が聞こえたが、俺からはそっぽを向いた儘の冬華の赤くなった耳しか見えなかった。  
 全く、こいつももう少しは愛想を覚えれば世界征服も簡単になりそうなものだが、そんな冬華は俺が想像出来ない時点で既に無理だろう。  
 本当に、何処までも不器用で、ひん曲がってて…。そして、自分に真っ直ぐなお嬢様だった。  
 

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