「ン……。裕人の匂いがする……」 
 裕人のベッドで、シーツに包まった椎菜はそんな事を呟いていた。 
 裕人の足音が遠ざかっていくのを感じて暫くすると、料理を始める音が聞こえてきた。 
 武道に心得のある椎菜にとって、奏でられる音と言うのは結構重要だった。 
 それは足運びだったり、腕の動かし方だったりと、動きによって作られた流れの良し悪しを判断するのに音を聞くのだ。 
 裕人が今台所で奏でている料理の音は、何だかとっても優しくて温かくて、椎菜を不思議な高揚感してくれていた。 
 裕人の音が、椎菜の中に静かに染み込んでいく。 
「あ……、やばいかも……」 
 裕人を意識し過ぎて、椎菜の中に、ぽっ、と火が灯ってしまった。 
 裕人の匂いに包まれて、裕人の音を感じていて。 
 椎菜はまるで裕人の中にいる様な気分になっていたのだ。 
「んっ……、っふぅ……。っはぁ……」 
 こしこしと、裕人を感じる外界との境界を無くす様に、椎菜は布越しに体を擦りつけていた。 
 それでも、擦れば擦る程。感じれば感じる程。椎菜の中ではもっともっとと裕人が欲しくなり、裕人を感じたくなる。 
 しゅっ、しゅっと、擦る度に、摩擦とは違う熱さが椎菜の奥で生まれていた。 
「あぁああぁぁ……。ゆうとぉ……。はぁ……、はぁ……。ゆう、とぉ……」 
 押し殺した声が、椎菜の小さな口から切ない声が漏れる。 
「はぅ……ン。こんな事、しちゃ……、いけないのにぃ……。うぅんっ……」 
 既に椎菜の中心は、触れなくても判る程に熱くなっていた。 
 それでも、一度点いた想いの炎は、燃え上がらなければ鎮まりはしない。 
「くぅんっ……!!」 
 臨界を越えた椎菜が、小さく痙攣する。 
「ひぁっ……!!うむぅっ……!!っあぅ……!!」 
 二度、三度。椎菜は声を漏らさない様にシーツを噛み、上げそうになった声を何とか遣り過ごした。 
「はぁ、はぁ、はぁ……」 
 腰を浮かせた状態で、椎菜は裕人のベッドから転げ落ちた。 
「……よ、良かった。汚れてないよね?」 
 ショーツや尻、太腿などは椎菜自身から垂れたモノでてらてらと濡れていたが、裕人のベッドやシーツにはその染みは付いていない様だった。 
 腰が抜けそうになって冷や冷やしたが、どうやら咄嗟に遣り過ごせた様だった。 
 シーツの涎は、少し経てば完全に乾いてしまうだろう。 
 と、椎菜の視線が今まで自分を責めていた指に留まった。 
 一番濡れていた場所に居た為か、その白魚の様な指は少しふやけ、達したばかりの少女の生臭い香りを立ち昇らせていた。 
 ごくり、と椎菜は喉を鳴らせた。 
 こんな事は正気の沙汰ではないと頭の何処かが叫んでいた。 
 一方で、その狂気が椎菜にその行為を魅力的な行為だと囁いていた。 
「裕人……。これが、あたしの本気だよ……」 
 フラフラと、夢の中を歩く様に椎菜は裕人のベッドに再び近付いて行く。 
「裕人も、感じて欲しいな……」 
 そう言って、椎菜は濡れた指を裕人の枕で拭った。 
 一筋、また一筋と裕人の枕に描かれる、椎菜の線。 
「先手、必殺なんだからね……。裕人……」 
 そう言って、椎菜は乾いた指をペロリと赤い舌で嘗めた。 
「ゆうと……」 
 もう一度、椎菜は裕人の名を呟いた。 
 
「は〜い。それじゃあ皆さん、乾杯の準備は出来たわね〜?」 
 鍋を囲み、全員が揃った居間ではなみなみとビールが注がれたグラスを手にした由香里さんが楽しそうに各々のグラスを確認してテーブルに就いていた(最早、何も言うまい……)。 
「それじゃ、『椎菜ちゃんのドキドキ☆綾瀬家宿泊歓迎パーティー』を始めちゃいたいと思いま〜す。今日は、普段は吐けない溜まりに溜まった欲望を心置きなく曝け出しましょう。生徒と教師の垣根も関係無いわよ〜。セクハラも、裕くん限定なら大丈夫〜」 
 既に突っ込むべき箇所があるが、何か教育者云々以前に人として色々とアウトだろ。その発言は。 
「椎菜ちゃんの綾瀬家初お泊まりを祝しまして、かんぱ〜い!」 
「うむ、乾杯」 
「乾杯!」 
「……乾杯」 
 掲げられた四つのグラスが、軽快な音を立てた。 
「はいは〜い。上代由香里二十三歳、今から新記録に挑戦しま〜す」 
「おう、先ずはお手並み拝見といこうか」 
 言うや、判脱ぎ状態のセクハラ教師がいつもの如く一升瓶を手に取り、器用に片手で栓を開けると豪快に注ぎ口に直に口を付けて飲み始めていた。 
「………ごきゅ、………ごきゅ………」 
 水でも飲むかの様に(いや、水でもあそこまで一気には飲めんが……)、一気に中身を飲み下して行くアル中教師。 
「ほう、由香里もまた一段と飲みっぷりにキレが増したか?これを見せ付けられては私も黙ってはおれんな。――どれ、私もいくか」 
 感化されたアホ姉も一升瓶に手を伸ばし、やはり片手で器用に栓を抜く。 
「……ごっ、……ごっ、……ごっ……」 
 最も手本とはならない、駄目な大人の酒飲みが俺たちの前で繰り広げられていた。 
 それよりも、何で二人とも(半分だが)脱いでいるのだろうか。一応、客人(同級生の女子)の前なんだが。 
「ぷはっ……!!」 
「……ぷはぁ!!」 
 先に飲んだ由香里さんに続いて、ルコが口元を拭った。 
 二人に掴まれた一升瓶は、綺麗さっぱり空になっていた(因みに、一升は約1.8リットルである)。 
「今度は一緒に飲むわよ〜?」 
「ふ、望むところだ」 
 不敵に笑い、アル中二人は再び一升瓶を手に取った。 
「………」 
 同じ居間でありながら、二つの異世界(アル中二人と俺&椎菜)が構築されていた。 
「えっと……。裕人……?」 
 魔界の住人に成り果てた二人の混沌さに、椎菜は太古の遺跡からハイブリッド車でも発掘した考古学者の様な表情を浮かべていた。 
 いずれバレるとは思っていたが、いざとなるとどう説明して良いのか分からんな。 
 由香里さんはともかく、馬脚どころかスレイプニィル(八本足の神話の馬)が露れたルコをフォローするのは、現行犯逮捕された被告人の無罪を主張するくらい困難だろう。 
 なのだが―― 
「格好良いね」 
「………は?」 
「大人なりのやり方で、あたしたちのパーティーを盛り上げようとしてくれてるんだよね。あんなに凄い飲み方なんて、普通は出来ないもん。それに、お酒に強いって言うのも大人って感じがするし」 
 大人しか出来ない事(飲酒)だが、そこ(単なる酒好き)にそんな気遣いなんてあるわけが無いのは二人の普段を知っている俺が一番解っているのだが、知らない椎菜は尊敬の眼差しで酔っ払いどもを見詰めていた。 
「やっぱり、ルコさんって格好良いなぁ……」 
「………」 
 やはりお前もか、椎菜。 
 まぁ、夢を見る事自体は悪い事ではないし、椎菜の憧れているルコは俺の知っているアホ姉ではなく、良い印象だけで形作られたルコなのだから問題は無いだろう。 
「ところで、椎菜。そろそろ鍋が煮立ってきたから食おうと思うんだが」 
「あ、うん。そうだね」 
 俺の声に、椎菜が頷く。 
 初めて見た椎菜には衝撃かもしれんが、この儘呆れ返っていては折角の鍋が勿体無いしな。 
「裕人、あたしが取ってあげるよ」 
「そうか?スマンな」 
 適当に盛り付けられた小鉢を椎菜から受け取っていると、何やら向こうの魔界から絡み付く様な視線が送られてきた。 
「あら〜ん?裕く〜ん、何やら新婚さんみたいな初々しくも甘酸っぱい雰囲気じゃな〜い」 
 酒瓶を手に、由香里さんが異次元を渡って来た。 
「最近は春香ちゃんたちとパーティーする事が多かったけど、今日は椎菜ちゃんを侍らせるなんて羨ましいわ〜。良かったら、おねいさんたちも裕くんハーレムに混ぜてくれな〜い?」 
「確かに、そこだけで盛り上がられてもイカンしな」 
 いや、寧ろ盛り上がっていたのはそっちだっただろうに。俺たちは普通に鍋を食っていただけだし。 
 って言うか、何だよそのワケ分からんハレームは。 
「え〜?だって、裕くんいつも女の子を侍らせてるじゃな〜い?」 
「裕人、博愛は結構な事かもしれんが、浮気はイカンぞ?いつも泣きを見るのは女の方だからな」 
 いつもって、いつなんだろうか?あと、(心の中で)いつも泣いているのは俺の方な気がしないでもないのだが。 
 正直、好き勝手に言ってくる酔っ払いのタワゴトなど鍋に湧いてくる灰汁くらいに流し捨てておきたい処だが、そうもいかないのがこの混沌パーティーなのだろう。 
 挙句の果てにはこんな事を言い出しやがった。 
「で、結局。裕くんの本命って誰なの〜?春香ちゃん?椎菜ちゃん?それとも、わ・た・し?いや〜ん♪」 
「ふむ、それは確かにはっきりさせておかねばならんな。おい、裕人。お前はどう考えているんだ?」 
 そう言えば何か前にもこんな事があったな。どうしてこうも俺を色恋沙汰に巻き込みたがるのだろうか。 
 俺の心配をするくらいなら、先に自分たち(二十三歳、独身)の心配をした方が良いと思うんだが。 
「ほら、そうやって誤魔化すんだから、裕くんは〜。もう、おねいさんたちを信じて、素直に白状しなさ〜い」 
「そうだぞ裕人。その気にさせておいて女の子を悲しませるとは、男の風上にも置けん奴だ」 
 その気って、一体誰がそんな気になっているんだよ。第一、俺はもてるような男でもないし、女の子を引っ掛ける気も、テクニックも持っていない。 
「そおかしら?おねいさんは裕くんの事大好きよ〜?裕くんがいないと生きていけないかも〜」 
「おぉ、由香里。既にそこまで裕人にやられていたのか?」 
「だって〜、裕くん凄い(家事の)テクニックなんだもの〜。もう、裕くん無しじゃ(主に突発的な酒盛りとか)満足出来ないわ〜」 
 由香里さんの台詞に括弧入りの言葉が見えるんだが、椎菜が居る手前、そう言う誤解を招く発言は止めて欲しいんだが…… 
「前にも言ったでしょう?春香は仲の良いクラスメイトで、別に彼女とかじゃないですって」 
「そう?じゃあ椎菜ちゃんは何?」 
「椎菜も、仲の良いクラスメイトです」 
「そっか……。まぁ、そうだよね」 
 隣で椎菜が、にっこりと愛想笑いを浮かべていた。そこに何か違和感を覚えた様な気がしたのだが、確認しようにも、その気配は既に消えてしまっていた。 
「うん、あたしと裕人は仲が良いクラスメイトだよね」 
「?あ、あぁ……」 
 確認してくる様な椎菜の言葉に俺もつい頷き返してしまったが、やはり何かが腑に落ちない気分になった。 
「あら〜?」 
「ふん、意気地の無い奴め」 
 興醒めとばかりに吐き捨てられたが、ここで言い返そうものなら焼け棒杭にナパーム弾を炸裂させるだけなので敢えて黙っておく。 
 そんな俺の隣では、 
「うん。だから今日、変わるんだよね……」 
 何やら椎菜が決意を込めた様に呟いていたのだった。 
 
「………………眠れんな」 
 草木も眠る丑三つ時。未だに俺は布団の中で起きていた。 
 あの後、二人がぶっ倒れて鍋パーティーが終わり、そのまま二人を居間のソファーに寝かし付け、片付けを済ませて俺が最後に風呂に入ったところで就寝となったのだが、どう言うワケかさっぱり眠れないでいたのだった。 
 時折、ミシリ、と部屋鳴りが起こったりするのだが、その音すらも俺を寝付かせない様に思えてくる。 
 ……いや、何と言うか。やはり原因は隣の部屋で寝ている椎菜だろう。 
 俺とて健康な男子高校生なのだから、隣に同い年(いや、確か誕生日が三月三日だから年下なのか?)の女の子が寝ていれば意識をするなと言う方が無理である。 
 かと言って、突如発情したシマウマの如く襲い掛かりたいなどと言う犯罪的欲求が生まれているワケではなくて、単に意識し過ぎて眠れないだけなんだけどな。 
 これが、遠足の前日に眠れない小学生の心境の様な緊張だったら俺も直ぐに寝ちまったのかもしれんが、生憎と俺の緊張はそんな小学生の緊張とは大分違ったトコのものだった。 
「し、椎菜の匂いがするな……」 
 俺のベッドの至るところからは、温泉地帯で湯気を出し続けている間欠泉の如く椎菜の匂いが立ち昇っていた。 
 いや、部屋に入れたんだから椎菜の残り香があっても不思議じゃないんだが、それがベッドからすると言う事はつまり、その、椎菜が俺のベッドを使ったと言う事で…… 
 やばいな。カーテンで部屋は真っ暗なのだが、それでも自分が赤面しているのが判る程に顔が熱かった。 
 それに、何だろうか。 
 眠れなくて顔を埋めている枕からする匂いが、やけに俺の鼻についていた。 
 良い匂いと言うには強烈過ぎて、臭いと言うには魅惑的と言うか。 
 今まで嗅いだ事が無い初めての匂いだが、何故かその匂いを感じる事を止められないでいた。 
 それに、その匂いに何だか脳を焼かれているみたいな錯角と一緒にじわじわと俺の中で熱が広がっていくのだ。 
「俺は変態か……」 
 自分に起こった生理的現象に、思わず呆れた声を出した。 
 正直、自分に匂いで催す様なフェチシズムがあったなんてショックだったが、俺自身が匂いに興奮してしまっているのは紛れも無い事実だった。 
 ルコと由香里さんは酔い潰れていたからもう朝まで起きてくる心配は無いだろうし、椎菜もこんなに遅くまで起きてはいないだろう。 
 完全にリスクが無いわけではないが、ここは手っ取り早く自己処理を済ませて朝食の準備に備えて寝てしまおう。 
 そう思ってベッドから身を起こそうとした時だった。 
 こんこん。 
「……ゆ、裕人。お、起きてるかな……?」 
「――!?」 
 椎菜が、俺のドアをノックしてきたのだった。 
「あ、あぁ。起きてるぞ」 
「あ、若しかして起こしちゃった?」 
「いや、丁度眠れなくて起きてたところだから気にしなくても良いぞ」 
 心配そうな椎菜の声に返事をすると、ドア越しに安心した様な気配が伝わってきた。 
「そっか。あの、裕人。少しお話したいんだけど、入っても良いかな?」 
「あぁ、べ、別に構わんが……」 
「そ、それじゃ入るね。裕人……」 
 かちゃり、とドアノブが回り、椎菜がおずおずと俺の部屋に入ってきた。 
 
「……」 
「……」 
 俺と椎菜がベッドの上に座って、どのくらいの時間が経ったのだろうか。 
 ほんのさっきの事の様にも思えれば、ずっとこの儘だった様にも思えてくる。 
 話がしたいと言ってやって来た椎菜だったが、明かりを点けようとした俺に「あ、出来れば暗い儘にしておいてくれるかな……?」と断わったきり、それからまだ一言も喋ってはいなかった。 
 右に座っている椎菜を伺い見ても、カーテンから漏れる月の光に浮かぶその表情からは何の話をするつもりだったのかは俺には判らない。 
 俺から話を始める事が出来ない以上、椎菜が話せる様になるまでゆっくり待つしかないのだろう。 
 そして、更にどれくらい時間が経ったのだろうか。 
「ねぇ、裕人……」 
 椎菜が、ぽつりと俺を呼び。 
 椎菜の言葉を拾う様に、俺は応えた。 
「何だ?椎菜」 
「ほら、金曜日に付き合って貰って買ったあのマグカップの事なんだけど……」 
 あのペアカップ(『夫婦(めおと)槍烏賊マグカップ〜触腕で熱く抱き締めて〜』)の事。いや、多分それを贈る相手の事なんだろう。それくらいの事ならいくら俺でも察しが付く。 
「あぁ、それがどうしたんだ?」 
「うん、実は少し迷ってるんだ……。ううん、違うかな?渡すって決めたし……。どっちかって言うと、不安なんだと思う……」 
 それは今まで俺が聞いた中で、一番の椎菜の弱音だった。 
「後悔はしたくないし、やれるだけの事はやりたいけど、それでもダメだったらって思うとね……」 
「椎菜……?」 
 何だ?単なるお礼や感謝の気持ちに、椎菜はあのマグカップを渡すんじゃなかったのか? 
 そんな疑問が俺の中に溢れてくるが、どうやら椎菜にとっては色々と複雑な想いがあるのかもしれん。 
「へへ…。でも、もうあたしはゆっくりと昇って行くジェットコースターに乗っててね、それが今もの凄く怖いんだ…」 
 情けない笑みを浮かべても、それでも椎菜は話すのを止めなかった。 
「おかしいな?今までは結構頑張ってこれたんだけど、どうしても震えて…。止まんなくて…」 
 そこで、椎菜の言葉が途絶えた。 
「椎菜…」 
 見れば、月明かりに照らされた椎菜が肩を震わせて唇を噛み締めていた。 
 そこにいるのは、いつもの明るいフレンドリー娘ではなくて、何かに怯えている一人の女の子だった。 
 いや、そうじゃない。 
 確かに、椎菜はいつも笑顔で明るくて強い女の子で、それは紛れも無い椎菜の一面であるのだが、本当は寂しがりやで心細い時には不安になる弱い女の子でもあるのだ。 
 今の椎菜を否定しちゃいけない。 
 今の椎菜も、元気な椎菜も、どちらも否定出来ない本物の椎菜なのだ。 
「全く、椎菜は頑張り過ぎなんじゃないのか?」 
「え?ゆう――きゃ!?」 
 何か言おうとした椎菜の頭を、俺はわしゃわしゃと掻いた。 
「椎菜だって、もっと誰かに甘えても良いと思うんだがな」 
 そう言って、俺は椎菜の額を右肩にそっと押し当てた。 
「そうやって、いっつも一生懸命で。誰かの世話を焼いたり、面倒見たりしてるから疲れるんだ。まぁ、兄弟で一番上だったから甘え方を忘れたり知らなかったのかもしれんが、偶には椎菜も我が儘の一つくらい言ってもバチは当たらないと思うぞ?」 
「……」 
 俺の言葉に椎菜は黙っていたが、それでも俺の気持ちが伝わっていると思わせてくれるのは俺のパジャマの袖を固く握ってくる椎菜の小さな手だった。 
「椎菜は俺に素敵な男の子って言ってくれたけど、俺にとっても椎菜は素敵な女の子だと思うぞ?」 
「ほ、ん、とう……?」 
 椎菜の問いに、俺は本心から頷いた。 
「あぁ、本当だ。それに、椎菜は良い子で、可愛くて、凄く優しい奴なんだ」 
 だから、椎菜。 
 いつまでも寂しい思いをしなくても良いんだ。 
 泣く事もあっても良い、悲しい事があっても良い。 
 でも、最後にはまた元気な椎菜の笑顔を見せて欲しいんだ。 
「あたし、裕人に頼っても良いのかな?」 
「あぁ、頼れ」 
「寂しがりやで、結構泣き虫だよ?」 
「もう知ってる」 
 そんな椎菜だからこそ、俺は守りたいんだからな。 
「無理して頑張らなくても良いが、椎菜は頑張り屋だからなぁ…」 
「それなら、裕人…」 
「何だ?」 
 俺の肩に額を乗せていた椎菜が、顔を上げて俺を見上げてきた。 
 月光に浮かぶその顔が何だか凄く綺麗で、息を忘れた俺はつい見入ってしまった。 
「もし、あたしが頑張れたら、裕人からご褒美を貰っても良いかな……?」 
「俺なんかので良いならな」 
 ふるふると、椎菜は首を振った。 
「ううん、『なんか』じゃないよ。裕人からだから欲しいんだよ」 
 椎菜の琥珀色の瞳が、真っ直ぐに俺を見詰めていた。 
「そっか……。分かった。じゃあ、椎菜が頑張ったら椎菜の言う事を聞いてやる。失敗しても大丈夫だ。椎菜はダメな子なんかじゃない、頑張る子だからな」 
「うん……、うん……」 
 椎菜の大きな瞳から、盛り上がってきた涙が頬を伝ってぽたぽたと落ちた。 
「やっぱり、裕人は優しいね……」 
「そうか?」 
 恥ずかしい事を言っているだけな気もするが。 
「ううん、恥ずかしくなんかないよ。裕人は凄く格好良い男の子だよ」 
 目元を拭いながら、椎菜がくすくすと笑っていた。 
 そこにいたのは、もう不安や寂しさの無い。いつものフレンドリーな元気な椎菜だった。 
「有難う、裕人。お陰でもう怖くなくなったよ」 
「そうか、それは良かったな」 
 きっと、これで椎菜もあのマグカップをちゃんと渡せる筈だろう。 
 こんなに相手の事を想って渡すのだから、もしそいつが椎菜の事を拒否する様な事があったら許せんかもしれんな。 
 世の中がどんなに腐っていても、椎菜みたいな良い奴は絶対に幸せにならなきゃいけないと俺は思う。 
 俺なんかは多少の理不尽に振り回されても我慢出来るが、せめて俺の大事な(変な意味ではなくて)人たちくらいの幸せは出来る範囲で守りたい。 
 たとえば、そう。今まさに月明かりに照らされながら俺にあのマグカップを渡してくれている椎菜の笑顔とか…… 
 ん?ちょっと待ってくれ……。 
 眼鏡を取り、俺はゴシゴシと瞼を擦ると、再び眼鏡を装着して目の前のそれを確認した。 
 椎菜が両手で差し出してきたマグカップ。 
 それは先日、椎菜と一緒に買い物をした時に選らんだあのマグカップ(『夫婦(めおと)槍烏賊マグカップ〜触腕で熱く抱き締めて〜』)に他ならなかった。 
「え?椎菜、これは椎菜がプレゼントを贈る相手に渡すプレゼント(当たり前だが)なんじゃないのか?」 
「うん、そうだよ。裕人」 
 そうか、プレゼントを贈る練習をしているんだな?そう言う事なら、練習相手として付き合うのも吝かじゃないぞ? 
 しかし、俺の言葉に椎菜はニコニコと笑顔の儘で首を振っていた。 
「ううん。これは本番だよ」 
「いや、それって……?」 
 俺の驚いた顔がおかしいのか、椎菜は更に元気に、そしてにこやかに笑っていた。 
「うん、そう。あたしがプレゼントを贈りたかったのは裕人だよ」 
 言葉も出ない(いや、本当に)俺は、椎菜に渡される儘にそのマグカップ(『夫婦(めおと)槍烏賊マグカップ〜触腕で熱く抱き締めて〜』)を受け取っていた。 
「裕人、あたしの気持ち、受け取って」 
 それはとびっきりの大輪の花の様な笑顔で、そして何処までも真剣な瞳で―― 
「あたし、裕人が好き。だから、あたしを裕人の恋人にして欲しいな」 
「椎菜、それは――っんぅ!?」 
 ――気が付けば、ベッドに押し倒された俺の唇は押し倒してきた椎菜の柔らかい唇で塞がれていたのだった。 
「あたし、裕人の事が好きなの……」 
「し、椎菜?」 
 唇が離れると、椎菜は俺を見下ろしながらゆっくりと口を開いた。 
「優しいところが好き、誰かの為に一生懸命なところが好き、困ったら傍に居てくれるのも、悲しかったら慰めてくれるのも、全部ひっくるめてあたしは裕人が好きなの」 
 そう言うと、椎菜は俺の胸に頭を乗せ、匂い付けをする様に頭を擦りつけてきた。 
「本気で、好きなの……」 
 俯いて、椎菜は搾り出す様にそう呟いた。 
 いつからだろう。 
 椎菜がこんな気持ちを抱いてくれていたなんて、俺は全く気が付かなかった。 
 ロンドンで初めて出会った時から椎菜とは直ぐに打ち解けて、秋葉で再開した時もそれは相変わらずで、転校してきた時からは一緒に過ごす時間も多くなっていて。 
 一緒に文化祭の買出しに言って、春香のプレゼント選びのお礼にステラ・リングを贈って、初詣もして、旅行もして、――そして足を挫いた椎菜と一緒に夕食を食べて…… 
 いや、俺が気付かなかっただけで、本当はこんなに俺は椎菜と同じ時間を過ごしていたのだ。 
 その度に、俺は椎菜の新しい一面に驚いて、笑って、楽しんで。 
 そうか。 
 俺にとっても、椎菜はもう俺の中では切り離せないくらい大切な椎菜になっていたんだな。 
「椎菜……」 
 カップをベッドの置き棚に置くと、俺は空いた手で椎菜の顔をそっと上げさせた。 
「ゆう、と……?」 
 揺れる椎菜の瞳が不安そうに俺を眺めていた。そんな表情を見せられるだけで、無性に胸が締め付けられてくる。 
「あー、その、何だ……。さっき約束しただろ?頑張ったらご褒美に椎菜の言う事を聞くって……」 
「え?それって……」 
 椎菜の目が、驚きで見開かれる。 
 だけど、そんな表情は直ぐに消えて、変わりに椎菜の顔には意地悪そうな表情が浮かんでいた。 
「ダメだよ、裕人……」 
「え?」 
 今度は俺の方が驚いてしまった。 
 てっきり椎菜はご褒美に俺の返事を期待していると思っていただけに、その椎菜の態度は完全に予想外のものだったのだ。 
「ご褒美で裕人の恋人にさせて貰うなんてダメだよ。そんなのは裕人の本当の気持ちの返事じゃないもん」 
 そう言うと、椎菜は身を乗り出して俺の顔の両側に両手を突いて上半身を支え、再び俺を見下ろした。 
「ねえ、裕人……」 
 期待と不安が混じった椎菜。 
 俺は今更ながら自分の馬鹿さ加減を思い知らされ、そして、そのお陰でどうやら俺は最低のヘタレにならなくて済みそうだった。 
「そうだな……。こう言うのは、言わされるものじゃないもんな……」 
 こんな事すら自分で言えなくては、椎菜を守る事なんて出来るワケがない。 
 何より、あんなに悩んで、不安になって、それでも勇気を出してくれた椎菜に対してそんな返事をするのは不誠実だろう。 
 深呼吸して、覚悟を決めた。 
 確認もした。 
 なら、後はそれを椎菜に教えてあげるだけで良いだろう。 
「俺は、椎菜の事が好きだ」 
「うん……。あたしも、裕人の事が大好きだよ……」 
 閉じられた椎菜の瞳からまた一筋、月光に輝く涙が頬を伝った。 
「椎菜……」 
 ゆっくりと、椎菜の顔が俺に迫る。それに応じて、俺もゆっくりと目を閉じた。 
 「ン……」 
 漏れた息は俺と椎菜、どちらのものかは解らなかった。 
 唇だけが重なり合う、まだぎこちないキス。 
 それが俺と椎菜の、恋人同士の初めて交わした本物のキスだった。 
 と―― 
「――ぅんっ!?」 
 ぬるり、と口の中に熱いものが入ってくる感覚に俺は驚いて目を開いた。 
 「し、椎菜…?」そう言い掛けて開いた口に椎菜の小さな口が入り込む。そのまま椎菜は口を開き、歯を使って俺の口を更に開かせた。 
「ちゅ、ちゅっ……。れろ、ン……」 
 椎菜の小さな舌が俺の舌を探しながら暴れ、そして見つかった俺の舌はまるでハブに負けて締められるマングースの様に椎菜の舌に絡み付かれている。 
 口を閉じようとしても椎菜の舌を噛むわけにもいかず、かと言って逃げようにも俺の顔は椎菜の両手でしっかりと捕まえられていた。 
「はむ……、う、ん……」 
 感覚器官だけあって、椎菜の味とその感触を俺の舌が鮮明に捉える。 
 椎菜の舌が強い力で俺を押さえ、表面のザラザラした感触までもが伝わってきた。 
「ん……、んっ……」 
 そして、椎菜の味を覚えて溢れていた俺の唾液を、椎菜は零すまいと細い喉を鳴らして懸命に飲み込んでいた。 
「ぷは……」 
「はぁ、はぁ。裕人……」 
 唇が離れ、俺と椎菜の口から引かれた糸がつぅ、と月影に浮かぶ。 
「し、椎菜……?その、確かに俺たちは恋人になったワケだが、恋人になった直後にいきなりこんな事をするのは急ぎ過ぎなんじゃないのか?もっと段階を踏んでだな……」 
「ううん。ダメだよ、裕人……」 
 俺の上に圧し掛かっていた椎菜が、ぽふん、と俺の腹の上に座り直しながら首を振る。 
「言ったよね?あたしの好きな言葉は『先手必殺』だって……」 
 確かにそうなのかもしれんが、今のこの状況(逆エロマウントポジション)で使われると色々と危険な事を孕んでいる気がしないでもないんだが。 
「うん、そうだよ。裕人……。だから……」 
 椎菜が少し息を呑み、そして泣き出しそうな恥ずかしそうな笑顔で宣言してきた。 
「だから、え、えっちな事しよ……?裕人……」 
 「……は?」と声には出せない儘、ポカンとアホみたいに口を開いている俺の目の前で、椎菜は着ていたパジャマの前のボタンを一つ一つ外していった。 
 ぱさり、と脱ぎ捨てられたパジャマ。そして俺の見上げる先には、月明かりに浮かぶ、眩しいまでの椎菜の下着姿の上半身があった。 
「――っ!!」 
 その光景に、俺は声にすらならない息を漏らした。 
 椎菜があんまりにも綺麗過ぎて、扇情的で、可愛くて。 
 そして、どうにかなりそうなくらいに愛おしかった…。 
「ねえ、裕人。触ってみて、あたし、こんなにどきどきしてるんだよ?」 
「し、椎菜?」 
 思考が飛び、もう椎菜の名前しか呼べない俺の右手を取ると、椎菜はブラの下の隙間から俺の手を滑り込ませた。 
「ホラ、凄いよね?破裂しちゃいそうなくらい、どきどきしてるんだ。あたしの心臓……」 
「あ、あぁ……」 
 俺の手から零れるくらいの椎菜の胸。 
 しっかりとした形はあるのに、少し力を加えただけで簡単に形を変えてしまうその不思議な感触は、熱を持った様に熱くて、柔らかくて、その奥の椎菜の鼓動を俺の手に伝えていた。 
 とくっ、とくっ、とくっ、と一生懸命な椎菜の心臓がそこにはあった。 
「えへへ……。裕人の心臓も、どきどき言っているね」 
 パジャマの上から俺の胸に手を伸ばし、椎菜がはにかんだ。 
「当たり前だろ。椎菜とこんな事してたら、どきどきしない方がおかしいだろ」 
「そうだね」 
「じゃあこうすれば、もっとどきどきしてくれるかな?」 
 そう言うと、椎菜は今までその胸を覆っていたブラを取った。 
 ふるん、と揺れて露わになった椎菜の胸が、俺の目に飛び込んできた。 
 盛り上がった胸は触っていた時の柔らかさからは信じられないくらいの綺麗な形の儘で、その椎菜の胸の下にはその大きさを示す様に胸の月影が出来ていた。 
「えっと、裕人……。その、流石にそんなに見られると、ちょっと恥ずかしいかな?」 
「わ、悪い!」 
 思わず見惚れていた俺は、椎菜の裸体から目を逸らした。 
 それでも、俺の脳裏に焼き付いた椎菜の眩しい裸は簡単には消えてくれそうになかった。 
「ふふっ……。恥ずかしいけど、嫌なんかじゃないよ……。だって、裕人だもん…」 
 そう言って、椎菜が俺の顔をまた正面に向けた。 
 上半身裸の椎菜が、俺の目の前にいた。 
「裕人だけ、なんだもん……」 
 そして、もう一度。俺たちは唇が重なり合うだけのキスをした。 
 
「うわ〜。男の子のって、こんな風になるんだね〜。弟たちのとは全然違うよ……」 
「いや、その、椎菜……。そんなに見られると、俺も恥ずかしくなってくるんだが……」 
 月明かりに照らされた俺の部屋では、裸になった俺と椎菜がベッドの上で向き合っていた。 
 正確に言うと、M字開脚で座らされた俺の脚の内側で、椎菜が興味深そうに俺のモノを観察している状態だった。 
「ねえ、電気点けて良いかな?裕人」 
「いや、それはちょっと……」 
 そんな俺の態度に、椎菜は八重歯を出して小悪魔っぽく笑った。 
 う〜ん。風説なんかで聞く「電気は点けないで……」は確かに存在するんだな。 
 そんなどうでも良い事を考えている俺を、椎菜がじい、と俺を覗き込んでいた。 
「裕人……。その、裕人のを触ってみても良いかな……?」 
「……う。そ、それはだな……」 
 確かに、今の流れでいけばそうなっても何ら不自然ではないのかもしれないが、改めて良いかと訊かれればどう答えて良いのか俺にはさっぱり見当も付かなかった。 
 こんな時、どう答えれば良いのか判る筈も無い俺は、口を開いて声を出すだけで精一杯だった。 
「べ、別に構わんぞ?」 
 そんな、果てしなくズレた俺の返事だったが、椎菜は何故か頗る上機嫌に頷いていて、満足そうに微笑んだ。 
「うん。それじゃ、触らせてもらうね」 
 トラップが仕掛けられた戦場を進む兵隊の様に、椎菜の白くて細い指が恐る恐る俺のモノへと添えられた。 
「――っ!!」 
 椎菜に触れられた俺は、その感触に思わず身を強張らせた。 
「わっ!?どうしたの、裕人!?もしかして、痛かった?ご、ごめんなさい!!」 
「いや、痛いわけじゃなくて。その、初めてこんな風に誰かに触られたモンだからびっくりしただけだ。気にしないでくれ」 
「そっか〜……。良かった〜……」 
 怯えた椎菜の表情が、一転して安堵のそれになる。 
 本当に、そんな椎菜は可愛くて、優しい奴だと思った。 
「裕人の、凄く硬いね。それに、熱くって、ビクビクいってる……」 
「う……、椎菜。その、そんなに触られると……」 
「気持ち良い?」 
「……あぁ、気持ち良い」 
 得意そうに見上げてくる椎菜に、俺は情けない本音を漏らした。 
「そっか、裕人は気持ち良いんだね……」 
 満足そうに呟くと、椎菜は俺のモノを握った儘ゆっくりと俺をベッドに押し倒してきた。 
「じゃあ、もっと気持ち良くなって……。裕人……」 
「ちょ、ちょっと、椎――はむ!?」 
 俺の体に体を重ね、椎菜が竿を扱きながらキスをしてきた。 
 椎菜の胸がぐにぐにと俺の胸に押し付けられ、椎菜の体に触れたところが焼き鏝を当てられた様に熱かった。 
「ふふっ、裕人の困ってる顔って凄く可愛いね……」 
「そ、そんな――。うぁ……、あっ……」 
 椎菜の琥珀色の瞳が、半眼で意地悪く俺を覗き込んでいた。 
「もっと、裕人の声を聞かせて……」 
 耳元で、椎菜が吐息交じりに囁く。その蟲惑的な響きに、全身にアルコールでも被った様な悪寒のみたいな焼けそうな熱が俺の中で広がっていった。 
「くっ……。し、椎菜……」 
「我慢しないで良いよ、裕人……。ほら、裕人のももうこんなに濡れてるよ……?」 
 椎菜の言う通り、扱かれていた俺のモノは既に自分から滲み出てきた体液でテカテカと光っていて、椎菜は見せ付ける様に、扱いていたその指を俺の前で赤い舌でちろっ、と嘗めた。 
 その光景に、 
「あぁっ……!!」 
「きゃっ!?」 
 ビクンと跳ね上がった俺の分身が幾度となく痙攣し、その先端から自分でも驚く程の白い精を出して椎菜の引き締まった白い腹を汚していた。 
「これが、裕人の……?」 
 突然の事に、椎菜は唖然としていたが、自分の腹にぶち撒けられた俺のモノを指で掬うとスンスンと匂いを嗅いでいた。 
「……いや。そんなモンの匂いなんて嗅ぐなよ……」 
 そう言いたかったのだが、腰が抜けた俺は只息を荒くして、汚れた腹と指先を不思議そうに眺める椎菜を見上げる事しか出来なかった。 
 そんな俺を見て、椎菜は、にへら、と表情を崩した。 
「裕人、気持ち良かったんだね……。こんなにいっぱい出して……」 
 部屋のティッシュで汚れを拭うと、椎菜は横になっている俺の腹を跨いだ。 
「し、しいな……?」 
「や、やっぱり流石にこれは恥ずかしいかな?」 
 椎菜を見上げる俺の視線の先には、月明かりに映る椎菜の大事な部分があった。 
 透明な雫が太腿を伝って流れ、ふんわりと盛り上がった肉の丘の中心にはぴったりと閉じた唇の様なスリットが綺麗に一筋走っていた。 
「こ、ここにね、裕人のを入れるんだよ……」 
 椎菜の指が、ぐい、とその肉と扉を左右に開いた。 
 外の肌色からは想像出来ない、鮮やかな赤色をした椎菜の女の子の秘所が俺の網膜を焼いた。 
「あはは。裕人、また元気になったね……」 
「むぅ……」 
 復活した俺を見て、椎菜が笑っていた。その拍子に、開かれた椎菜の秘所から零れた露がぽたぽたと俺の腹に落ちる。 
「裕人……。あたし、裕人のモノになるから……」 
「いや、待て。椎菜。その儘だと色々とヤバイんじゃないのか?俺、何も準備してないし、万が一妊娠なんてしたらダメだろう」 
 いくら恋人同士でも、欲望に身を任せて求め合えばその結果がどうなるかなんて解りきった事だ。 
 ましてや、それで妊娠や中絶ともなれば一番負担が掛かるのは椎菜なのだ。 
 社会的なものもあるが、何よりも椎菜がそれで心身に一生ものの傷を背負う事なんてのは絶対に嫌だ。 
「裕人……」 
 椎菜の顔が、くしゃりと歪んだ。 
 その儘、椎菜は俺の腹の上にぺたんと座った。張りがあって、驚く程に柔らかい感触が吸い付く様に俺の腹の上に広がった。 
「やっぱり、裕人は優しいね…」 
「違う、椎菜が大事なだけだ」 
 「うん、有難う……。裕人……」 
 目元を拭うと、椎菜は傍に脱ぎ捨てていたパジャマの胸ポケットから四角いプラスチック製の袋を取り出した。 
「…………」 
 その光景に、何と言うか。俺は本当に言葉を無くしてしまうのだった。 
「えへへ〜、先手必殺って言ったでしょ?」 
 それは俗に言う、近藤さんその人であった。 
「あぁ……。確かに決め手だな……」 
 完全に詰んだ俺には、椎菜に意見など出来る筈もなかった。 
 
「あ、う、くぅ……。裕人ぉ……」 
「し、椎菜。ちょっと待て、もう少しゆっくりで良いから」 
 跨った儘の体勢で器用に椎菜が俺に避妊具(いや、直接言うのは恥ずかしいんだよ)を付けると、早速椎菜は俺に腰を下ろしてきた。 
 意外に付けた儘でも椎菜の中の感触が伝わってきて最初は驚いた俺だったが、少し進んだところで椎菜の表情に辛そうなものが混じるとそんな考えは一瞬で霧散してしまっていた。 
 俺を抱き締める腕や、肩を掴む手の強さから椎菜の痛みが相当なものであるのが予想されたが、それでも椎菜は俺を中に入れるのを止めずに腰を落としてきたのだった。 
「痛くても良いよ……。そうすれば、絶対に忘れないから……」 
 心配していた俺に、椎菜は強がって笑ってみせた。 
「大丈夫だよ、裕人……。女の子はね……、こんな事で負けちゃう程、弱くなんかないんだよ……」 
 「あ……」椎菜が声を上げるのと同時に、俺は中で椎菜の大事な、いや、大事だったものが俺のものになったのが分かった。 
「えへへ……。あたし、裕人にちゃんとあげられたよ……」 
 ぽろぽろと、椎菜が涙を零しながら微笑んだ。 
 そんな椎菜を抱き締め、俺はそのショートカットを撫でた。 
「あぁ、確かに貰ったぞ、椎菜……。すげえ嬉しかった……」 
「良かったぁ……。あたしも、裕人にあげられて凄く嬉しいよ……」 
 閉じた椎菜の瞳からは、次々と涙が溢れていた。 
「む……?」 
 急に視界が揺れて、俺は思わず声を上げた。イカンな、これじゃ椎菜の顔が見えないぞ。 
 そう思っていると、すぅ、と俺の視界がクリアになった。 
「裕人、泣いてるよ……?」 
 そこには、俺の目元に指を這わせていた椎菜が映っていた。 
「そっか、裕人も泣いちゃうくらい、嬉しかったんだね……」 
「あぁ、椎菜と同じ気持ちだ……」 
 体だけじゃない。心も繋がっている。 
 その気持ちは本当に幸せな気持ちで、それを椎菜と共有しているのだと思うと目眩がする程に嬉しくなった。 
「もう、大丈夫だよ。裕人……」 
「本当か?」 
 暫く抱き合っていると、椎菜がそう告げてきた。 
「うん、まだジンジンするけどもう平気。痛さのピークはもう過ぎたみたいだから……」 
 その言葉を信じて、俺は椎菜の中で動いてみた。 
「う……んっ……。っはぁ……。うん、これなら大丈夫かな……?」 
 最初は初めての感覚に椎菜は戸惑っていたが、何度か確認するとこくり、と頷き、 
「それじゃ、裕人……。えっち、しよっか……?」 
 少し恥ずかしそうに俺の耳元で囁いたのだった。 
 
「はぁっ、あっ、あっ、あぁっ、ゆうっ、とぉっ……」 
「し、椎菜……。そ、そんなに、動くと……」 
「ゴメンっ、でもっ、腰っ、止まんなくて……」 
 くちゃ、くちゃと、聞いた事も無い粘質な水音が俺の部屋に響いていた。 
「ゆうっ、とぉ……。ゆうっ、……とぉっ……」 
 動きに合わせ、その度に椎菜の口からは嬌声に混じって俺の名前が呼ばれた。 
「好き、大好きだよっ……。んぁっ、ふわぁっ……」 
 俺と椎菜の繋がった部分からは、椎菜から溢れた体液でどろどろになり、シーツに出来た染みからは強烈な椎菜の匂いを放っていた。その匂いに、俺はクラクラとさせられてしまう。 
 初めての椎菜の中は、まるで火でもくべられている様に熱くて、椎菜とは別の意思を持った生き物の様に俺のモノを咥え込んでいて、そして何より今までに感じた事が無い程に気持ちが良かった。 
「ゆ、ゆうとぉ、ぎゅって、ぎゅってして……」 
 抱き付いてくる椎菜を、俺は精一杯抱き締め返した。 
 密着した椎菜の胸が俺の胸でぐにゃりと潰れても、それでも、俺の腰の上の椎菜は腰を振るのを止められず、はしたない音を立ててしまう。 
「ね、ねえ?裕人。あたしの中、気持ち良いかな?」 
 不安そうに、椎菜が俺に尋ねてきた。きっと、俺が椎菜の中が気持ち良過ぎて眉間に力が篭ってしまっているのを勘違いしているのだろう。 
「あぁ、気持ち良過ぎて、正直辛いくらいだな……」 
「そっかぁ……。良かった……」 
 椎菜の瞳が、ふにゃりと崩れた。 
「あたしばっかり気持ちが良かったら、どうしようって思って……」 
「俺もだよ。椎菜……」 
「うん、一緒に気持ち良くなろう?裕人……」 
 「ン……」と、椎菜が俺に口付けてきた。 
「椎菜、その……。俺……」 
 ずりゅ、ずりゅっ、と擦れ合う椎菜の中は兎に角気持ちが良くて、しかも中だけじゃなく肉厚な外の唇が俺の根元までをむっちりと挟んで圧迫しててきていた。 
 限界まで広げられた椎菜の肉の丘は左右に大きく分かれ、その中心の俺のモノが押し広げて盛り上げられた肉が、仕返しとばかりに俺をぎゅうぎゅうと扱いていた。 
 正直、ここまで持ち堪えられていたのが自分でも信じられなかった。 
「くぅ……、し、椎菜っ……」 
「ふあぁ、ふ、深いよっ……。裕人ぉ……」 
 疼く衝動に急かされる様に、俺は椎菜の中を突き上げていた。 
 その一突き毎に、椎菜の胸が揺れ、中の襞が更に俺をきつく締め付ける。 
「うぉっ!?」 
「ひゃあっ!?」 
 急に椎菜の締め付けが細かく蠕動し始めた。 
 今までとは違うその中の動きに気付いたのか、椎菜も驚いた声を出していた。 
「な、何これ?あ、あっ、ゆうとのが、あ、あついよ?」 
 俺にも何が何だか分からんが、更に強烈な気持ち良さに俺はもう椎菜の中で暴れる事しか出来なかった。 
「すごい、ゆうとの、ゆうとのが、ビクビクして、あたしのなかで……。あ、あたし、へんになるぅ」 
 椎菜も、その気持ち良さに中てられたのか、蕩けた表情で闇雲に腰を振りたくっていた。 
 ぐにぐにと蠢いたかと思うと、今度はきゅうっ、と絞り上げられ。俺はもう椎菜との境界が無くなってしまったかの様な錯覚にさせられていた。 
 もう、この儘椎菜の中で溶けてしまいそうだった。 
「はぁっ、はぁっ、も、う、ダメっ……」 
 そう椎菜が呟いた直後だった。 
「〜〜っ!!」 
「くぁっ!?」 
 一番強く椎菜が俺を抱き締めた。 
 同時に椎菜の中の壁全部が俺のモノに絡み付き、ビクビクと何度も締め上げ、つい俺は二度目の精を椎菜の中に叩き付ける様に吐き出していた。 
「あぁっ、出てるっ!!裕人のが、あたしの中に出てるよ!!」 
 その感触を漏らすまいと、椎菜は俺の腰に足を絡ませ、未だに痙攣している俺のモノを更に深く押し込ませようとしがみ付いた。 
 やがて俺の絶頂が終わり、椎菜も漸く足を解いた。 
「ゆ、裕人……。えっちって、凄いんだね……」 
「あぁ、そうだな……」 
 まだお互いの息も荒い儘で、抱き合った俺たちはそんな感想を吐いていた。 
「あ、あれ?」 
「ん?どうしたんだ?椎菜」 
 何かに気が付いた椎菜が、俺と椎菜のまだ繋がっている部分に目を落としていた。 
「あ………」 
「げ………」 
 椎菜の視線を追った俺も、思わずそんな声を上げてしまっていた。 
「もしかして失敗、しちゃった……?」 
「……」 
 俺と椎菜の視線の先では、どろりと白い俺の放ったモノが椎菜の秘所から零れていた。 
「あはは〜。いきなり途中から凄く裕人のを感じちゃってたから、多分その時に外れちゃったのかな〜?」 
 成程、突然椎菜の中の感触が生々しく且つ強烈な快感を伴うようになったのはそれが原因だったのか。 
 行為に夢中で、しかも限界だった俺はつい直前に敏感になってしまったとばかり思っていた。 
「ん……、しょ、っと……」 
 椎菜が退いて結合が解けると、今まで俺が埋まっていた椎菜のところからつつーっ、と赤と白の混ざったものがシーツに垂れた。 
 その光景に、俺は自分がとんでもない事をしたのだと思い知った。 
「その、スマン……。椎菜……」 
「え?何で?裕人」 
 外れたゴムを出した椎菜が、キョトンと俺を見ていた。 
「いや、だってちゃんと避妊出来て無くて。それで……」 
「ううん。失敗したのは裕人だけの所為じゃないよ」 
 バツが悪そうに、椎菜が笑っていた。 
「裕人は、ちゃんと避妊しようって言ってくれたし、それにこれはあたしと裕人の共同作業だったんだから、裕人だけが悪いって言うのはおかしいじゃん」 
 ぽんぽんと、椎菜は俺の精を受けた白い腹を擦りながら笑っていた。 
「本当はね、今日は裕人にあたしの中に出して欲しかったんだ……。勿論、ちゃんとこの日の為に安全な日になるようにしてたし。それにね、裕人の初めてはちゃんとあたしの体で感じたかったから……」 
「椎菜……」 
 そんな想いと覚悟で、椎菜はウチに泊まりに来ていたのか。 
 どうして俺は、こうも他人の心の機微に疎いんだろうか。自分で自分を張り倒したくなってきた。 
「それは違うよ、裕人……。確かに、裕人はちょ〜っと鈍感なところはあるけど、こう言うのは最後まで気付かれちゃダメなんだから、これで良かったんだよ」 
 でも、それで椎菜に今まで辛い思いをさせていなかったかどうか俺にはそれすら分からないんだが。 
「うん。それはもういっぱいあったよ。でもね、裕人。それはあたしが勝手に裕人を好きになったから仕方が無いんだ……」 
 そして椎菜は俺の腕を取ると、そのまま俺の腕の中にすっぽりと納り、椎菜は後ろから俺に抱き締められる格好になった。 
 俺を見上げながら椎菜は更に話を続けた。 
「それでね、裕人……。恋って言うのは、そうやって沢山切ない思いをして、沢山想いを募らせていく事なんだったんだ……。あたしにとっては……」 
 ごろごろと、椎菜が俺の中で甘えてきた。 
 俺も、そんな椎菜を抱き締めた。もう、この腕の中の椎菜が可愛くて仕方が無いのだ。 
「えへへ〜。どう?裕人?『先手必殺』は?」 
「あぁ、もうばっちりやられたよ…」 
 破顔した椎菜に、降参とばかりに俺は肩を竦めた。 
「裕人、幸せ?」 
 俺は、椎菜の頭をわしわしと撫でた。 
「当たり前だろ……。椎菜が居るからな……」 
「うん……。あたしも幸せだよ、裕人……」 
 見上げてくる椎菜の瞳が、静かに閉じられた。 
 それに倣い、俺も黙って目を閉じる。 
「ン……」 
 小さく息をもらした俺たちは、唇を重ねるだけのぎこちないキスをした。 
 そして窓から照らすお月様は静かに、そんな俺たちを祝福してくれていたのだった。 
 
天宮椎菜の秘策〜了〜 

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