何か変なことを聞いたというように目を瞬かせて、信子は恐る恐る聞き返した。
「……大学?」
「YES!」
「………彰が?」
「なにそれ全然信じてないっしょ!」
「うん」
即座に返ってきた答えに「彰ショーック!」と呻いて彰は床に転がった。
いつかの生物のテストが信子の脳裏にちらついたが、とりあえず無視して真意を確かめることにする。
「……なんで?」
おそらくそれは大半の受験生も答えられない問いだろう。
しかし彰が決めたならそこには理由があるはずだった。
「んー。なんかー、大学も出てないような奴に俺の会社はやれん!とか言われちゃったんだよねー」
彰はよくわからない声真似をして、信子は今度こそ耳を疑った。
「かっ、会社、継ぐのっ?」
「のよーん」
「なんでっ?」
仰向けになった彰は天井を見ている。
ひどく単純なようでいて、彰の考えていることは掴みにくい。
「だいぶ好きにさしてもらったかんねー。ケジメ?ってやつ?だーっちゃ」
何を返していいのかわからずに黙っていると、ふと彰が信子を見やった。
「やっぱさ、俺がやんなきゃあかんでしょ。長男だもーんね」
そしてへらりと笑ったので、信子はそれ以上の追及を放棄した。
彰がこういう顔をするときは全部決めてしまった後だ。
「それにちゃんとしてないとご挨拶に行けないじゃん!」
「……挨拶?」
鈍感な信子を笑って、なんでもない、と密かな決心はまた胸にしまう。
信子は一瞬眉根を寄せ、不意に思い出して寝転がったままの彰の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、こっちに、戻ってくるの?」
しばらく信子を見上げていた彰は妙な真顔で聞き返した。
「ドゥーしよう?」
「…え」
「実家戻れって言われてんだけどー、そしたら今より野ブタに会えない気がすんのね」
父ちゃんがやたら張り切っちゃってんの!
わざとらしく彰は眉間に皺を作って、信子は数秒考えてから静かに口を開いた。
「……でも、それが彰の選んだこと、なんでしょ」
「えぇっ!それとこれって別じゃないの!?」
「別じゃないよ。ちゃんと、やらなきゃ」
大真面目に諭されてしまって、不満そうに彰が口唇を尖らせる。
信子は少しだけ笑って、強くはないがはっきりした語調で呟いた。
「私は、大丈夫、だから」
いつかも見た顔だと思った。
目を閉じて、長い息を吐く。
「、わ」
「俺が大丈夫じゃないの!」
一気に起き上がった彰に驚いた信子が慌てて体を引いた。
彰は拗ねた子供のような顔で信子を見ていた。
「大体野ブタはいっつも大丈夫大丈夫ってさー!それじゃ俺がカイショーなしみてーじゃねえか!」
「ご、ごめ」
「ドゥーして謝んぬ!」
じゃあどうすればいいんだろう。
悩んでいたら、ごつん、と軽い頭突きをくらった。
「したいこととかー、してほしいこととか。言ってくんなきゃわかんないじゃん。SAY!」
マイクを持つように握った手を口元に突きつけられる。
困惑しながら信子はどうにか考えを廻らせて、途切れ途切れに言葉を綴った。
「……いつもじゃなくていい、から、」
「うんうん」
「いつも、じゃなくて、ずっと、がいい」
「……うん?」
そこから先を信子は躊躇う。
しばらく信子を見つめていた彰が、突然目の前で手を叩いた。
「野ブタ」
「なっ、なに、?」
「俺のセリフ!取ったらあかんのよーん」
信子が不思議そうに何度も瞬いて、彰は落ち着かない様子で鼻の頭を掻く。
「だってそれってプロポーズじゃん」
大きな目をさらに大きく見開いて軽く数秒信子は固まった。
そして突然の化学反応のように、一気に顔を赤く染めた。
「ちっ、違っ…!そ、そういうんじゃなくてっ」
「うぇっ!違うの!?」
「え、えぇ?」
慌てたところに予想しなかった方向へ突っ込まれて余計に慌てる。
それを見て彰は、ご挨拶はまだ当分先かなあ、と気付かれないように溜息を吐いた。
「まあ俺はずっとでもいつもでも離す気ないけどー。覚悟しちゃって!」